フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2018 Kayoko Kimura
by k_nikoniko


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イラクで失業や水・電気の供給を求めて抗議デモ

猛暑がつづくなか、イラク南部バスラを中心に、デモが頻発している。

「ここ3か月、大きなデモがイラク全土に広がり、特にイラクの南部バスラ周辺でつづいています。特別なことを要求しているのではなく、水と電気、仕事の供給を求めているだけです」とイラク南部のバスラに住むフサーム・サラ医師は語る。
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「デモの参加者はほとんどが若者です。若者たちは大学を卒業して働きたくても、仕事に就くことができません。彼らは大学を卒業したのに、何もすることがなく、路上にいるしかないのです。
バスラのこうした若者たちが自然発生的に集まり、関係機関や大企業の前でキャンプをはじめました。それが次第に各地に拡大していきました。日に日に人数が増え、新しい人がどんどん加わっています」

「イラク戦争から15年経ったにもかかわらず、生活に必要な水と電気の供給が十分ではありません」とフサーム医師。

電気は数時間止まるため、多くの人が自家用発電機のコードを公共送電線につなげ、蜘蛛の巣状態になっているという。

フサーム医師が働く病院には、2台の巨大な発電機が設置されており、停電に備えている。

「集中治療室やモニターがあるので、電気を止めるわけにはいきません。2時間、3時間停電したら、患者は亡くなってしまいます。
でも、病院の水道は汚染されていて、患者は飲むことができず、手を洗うこともできません。飲料水のボトルを購入しています」

イラクの水道水は塩分が多く、飲むのはもちろん、洗濯さえできない。

「ティグリス・ユーフラテス川が流れるイラクは水に恵まれた国でしたが、トルコとイランがダムを建設したため、イラクに水が流れてこないのです」

ティグリス・ユーフラテス川の源流はトルコにあり、70年代からトルコが上流に大規模なダム建設をはじめ、イラクへの流量が減少した。
これまでもトルコとイラクは水をめぐる紛争を繰り返してきた。
さらに、2012年には、ティグリス川の支流の上流でイランが大規模ダム開発に着手し、イラクへの流水が阻まれた。
ここ数年、イラクの慢性的渇水は深刻を極めている。

「イラク南部の大湿地帯マーシュランドはユネスコの世界遺産に登録されていますが、干上がってしまいました。以前は多くの人がここに住んでいましたが、いまでは誰も暮らすことができません」

「国は崩壊しています」と彼は嘆く。

「政府関係者たちは、戦後イラクに来た人たちです。彼らはイラクで暮らしていたわけではなく、国や人々についてあまり知らず、関心もありません。その人たちがいまでは国を支配し、国民のためではなく、自分と自分の家族のために利益をむさぼっているのです」

イラク戦争でサダム・フセイン政権が倒壊し、国外で亡命生活を送っていたさまざまな政党や政治家がイラクに戻り、政権を担うことになった。戦後の主要政党はこうした政党だが、亡命の長期化により、一般のイラク人の支持を得ていない。

「汚職や賄賂といったイラク政府の腐敗はすさまじい」と怒りをあらわにする。

「政府の一部の人が利益のすべてを独占しています。
例えば、イラク中央銀行総裁の息子はヨルダンで車を買い、特別な数字のナンバープレートをオークションで7万ドルで落としました。
サダム・フセインがいいとは言いませんが、彼だったら、オークションで7万ドルのナンバープレートを落とした息子やその父親を処罰するでしょう。
でも、今は誰もチェックしたり、批判したりせず、何のルールもありません」

イラクでは、ひとつの政党が省庁を独占的に管理し、汚職や賄賂が慣例化しているそうだ。

「イラク戦争後、多くの外国企業、イギリスのBPやイタリア、中国の企業が進出してきました。でも、企業の契約は、すべてを支配している政府との接触だけに限られていて、そこでは、多くの汚職やわいろが発生しています。
たとえば、企業が発電所建設事業を進めようとしても、総事業費の20%のリベートを支払うなど、政府関係者にさまざまな部署で搾取されます。海外の大企業はこのような契約を拒否し、事業に着手できないのです。
ただ、石油企業は例外で、不正な契約を交わし、お互い相応の分配金を受け取っているのではないかと思います」

イラクの石油埋蔵量は世界のトップレベルを誇り、膨大な量の石油が輸出されている。
にもかかわらず、貧困が大きな問題となっている。

「路上でお金を求めたり、車磨きをして稼いだりするストリートチルドレンが増えました。イラク戦争以前はこうした子どもはいませんでした。
イラクは石油産出国であり、貧しい国ではありません。
でも、イラクの経済は停滞し、危機的状況です。
すべてを支配する政治家や政府関係者が利益をむさぼるという腐敗が蔓延しているからです」

腐敗は政治家ばかりではない。

「宗教者も同様です。かれら宗教者は、モスクを立派にするためとか、人々を助けるためとか、と言って寄付を募りながらも、イスラム寺院のお布施を横領し、豪勢な食事をしています。貧困や子どもの教育、国の問題について関心がありません。
普通、宗教者は腐敗と闘い、政府の不正を許さないのですが。
こうした宗教者がいるから、イスラム教はだめなのだ、という悪いイメージを植え付けることになるのです」

イラク戦争後、イスラム教シーア派主導の政府が成立したが、一般のシーア派イラク人の反発は強まるばかりだ。
イスラム教シーア派政党がイランから支援を受けていることへの不満も大きい。

「イランと関係が深い宗教家たちはこの国のために何もしない」と、自らもシーア派のフサーム師は批判する。


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by k_nikoniko | 2018-09-05 17:28 | 国際ニュース

むのたけじさんの2014年都知事選の思い

むのたけじさんのお話を、1度だけ、間近でお聞きしたことがあります。
2014年2月3日、「原発都知事一候補に統一を呼びかける会」の記者会見。

99歳でいらしたけれど、ときどき手を振り上げ、力強い声で語られました。
そのお姿に圧倒され、強烈な印象となっていまでも残っています。
あのとき、直接お目にかかれてお話が聞けたこと、とても幸運でした。

あの日、「ジャーナリズムの道を歩んで78年目」とおっしゃい、「会場においでになっておりますマスコミ関係の方々にお願いいたします。ぜひ、こういう動きがあるということを、日本人に広めてください」と訴えられました。

が、あの席にいた記者たちの多くは、パソコンの打ち込みに一生懸命で、むのたけじさんの表情や手振りを見ていなかったのではないかと思います。
翌日の新聞やテレビではほとんど報道されませんでした。
このときの憤りは、こちらに書いてます。

あらためて、あの日のむのたけじさんのお話を書き起こしました。

動画でも観ることができます。
「原発都知事一候補に統一を呼びかける会」記者会見
むのたけじさんの登場は、25分25秒~35分45秒です。

むのたけじさんのお話
 ↓


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by k_nikoniko | 2016-08-31 17:49 | ひとりごと

季刊戦争責任研究86号に寄稿しました

日本の戦争責任資料センターが発行する『季刊戦争責任研究』第86号に、「フランス軍専用売春宿BMC」を寄稿しました。

フランス軍専用売春宿(BMC:Bordels Millitaires de Campagne)に関するフランスの文献2冊のごく一部をまとめたものです。

よかったらご覧ください。

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by k_nikoniko | 2016-08-13 22:13 | 歴史

「不思議なクニの憲法」松井久子監督インタビューのお知らせ

本日(5月1日)発売の『ビッグイシュー日本』に、ドキュメンタリー映画「不思議なクニの憲法」を制作した松井久子監督のインタビューが掲載されました。
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映画は、5月21日(土)から渋谷シネパレスで上映開始。
すでに各地での上映が決まっています。
詳しくは公式サイトで!

なお、松井監督から「自主上映会」のお願い。
参院選前は、参加者数最低10名の小規模上映会を開催いただけるそうです。
日本中に上映の輪を広げましょう!

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by k_nikoniko | 2016-05-01 09:55 | 戦争

韓国の写真家の記事掲載のお知らせ

本日(11月13日)発売の『週刊金曜日』の「『金曜日』で逢いましょう」で、韓国の写真家・ソン・スンヒョン(孫昇賢)さんを紹介しています。

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離散した朝鮮人ディアスポラを撮影しつづけているソンさん。
今年9月、北海道に残されていた朝鮮人強制労働者の遺骨115体を韓国に返還する際、10日間の全行程に同行されていました。

最終日、納骨の待ち時間にお話をうかがいました。

よかったらご覧ください。


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by k_nikoniko | 2015-11-13 23:16 | 歴史

「芸人9条の会」旗揚げ公演に行ってきました

9月5日(土)は、「芸人9条の会」の旗揚げ公演でした。
古今亭菊千代さんらが中心になって声をかけ、この会を立ち上げ、現在は60人ほどの芸人さんたちが賛同しているそうです。

プログラムは、古今亭菊千代さんの落語でスタート。
貧しかった男が死神から呪文を教えてもらい、病人を治して金持ちになる、という古典落語「死神」ですが、呪文を「安保、安保、安保は戦争法。原発大好き……」と変え、会場大笑い。

趙博さんの「世新説阿呆陀羅経」、松本ヒロさんのひとり芝居「憲法くん」、良かった。

なにより、オオタスセリさんの「お局OLラジオ体操」と「ストーカーと呼ばないで」がツボにはまってしまいました。

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by k_nikoniko | 2015-09-07 00:11 | 戦争

「安保法制反対の若者デモ」記事掲載のお知らせ

昨日(9月1日)発売の『ビッグイシュー日本版』の「2015年夏、ストリートデモクラシー」特集で、札幌の「戦争したくなくてふるえる」の若者たちの記事を書きました。

「札幌には国会ないけど、ここで声を上げることが大切」「ギャルに政治的関心を持ってもらいたい」と発起人の高島愛鳥さん。

8月15日、札幌の大通公園で、このグループが「平和したくてふるえる」の集会とデモを開催し、500人が参加しました。
大通公園に遊びにきていた小学校2年生ぐらいの男の子が、デモの呼びかけに合わせて、小さな声で「戦争反対」と言っていたのが印象的でした。
街ゆく人たちの視線が、いつもより好意的だったように思います。
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by k_nikoniko | 2015-09-02 20:27 | 戦争

ガザの友人が来日

9年ぶりにパレスチナのマジダさんと再会しました。
昨夜、一緒に来日したラシャさんと3人で、東京の街へ。

59階のスカイレストランで夕食。
うまく映っていませんが、窓の外は光輝く都会の夜景。
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東京のネオンに驚く二人。
福島第一原子力発電所の電気が東京で消費されていたことは知らなかったマジダさん。
「あんな事故があったのに、なんて残酷な」と…。

今日14日、マジダさんとラシャさんの講演会があります。
マジダ・エルサッカさん来日講演会「ガザの私たちが世界に伝えたいこと」

2009年のガザ侵攻のとき、送られてきた手記の翻訳はこちらです。
ガザからのメール(1/3)
ガザからのメール(2/3)
ガザからのメール(3/3)

昨年の攻撃はこれよりひどかったそうです。
紛争のたびに悪化する、ともらしていました。


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by k_nikoniko | 2015-06-14 10:39 | ひとりごと

敗戦70年の年に本多立太郎さんの投書から

敗戦の日の今日、本多立太郎さんの投稿をまとめた『本多立太郎 投書集 1976~2010』より、4つの投書から抜粋して紹介します。
おすすめの著書です。

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「戦争」答えられるのはあなた
……やがてわれわれ戦争体験者が死に絶えた後、知らぬが故に、男は一生に一度、軍服を着て銃を執らなければ男にならねえ、などと言い出さないと限らない。現にわれわれの見えないあたりでそのための法的手続きが用意され、国家の名による平和教育もその中身が変質されつつある。「過去を変えたり怒らなかったことにするため」の、いわゆる自由主義史観が日本近現代史をゆがめようとしている。
(「戦争の出前話」語り部 和歌山県在住=投稿) 1998年12月8日 朝日新聞「論壇」 全国4社同時掲載

天皇の責任を忘れ去れない
戦時中、日本人は皆、死に物狂いだった。当時植民地だった朝鮮、台湾の人々もそれに巻き込まれた。
私も軍服を着せられ、友を失った。しかし戦友は靖国にはいないと思っている。戦争に駆り出されて殺された者が、殺したやつらと同じ屋根の下にいられるはずはない。彼らは皆、故郷の自分の家の墓に戻っている。会いたければそこに詣でればよい。私は3人の亡き戦友の墓を詣でた。
2006年7月28日 朝日新聞「声」

今日の日本は愛し得る国か
愛国心を問う前に、まず、愛し得る国家とは、を問わねばならないのではないか。国家とは山でも海でもなく、人間が人間のために作った一つの組織、機構に過ぎないのに、これを故郷の山や海とごっちゃにするから、戦前のように国家に対する無条件の愛着と奉仕を強要されることになる。
1983年1月28日 朝日新聞「声」

戦争ばなしの出前1年
……反戦は決して理屈ではない。
しかし、私は声高に反戦を語らない。ただ事実を正直に語ればそれが直ちに戦争批判となるという特質を戦争は持っているからだ。
戦争噺は高い演壇からでなく、円座の中で互いに瞳を見合いながらするものなのだ。
決して難しいものではない。
1987年3月18日 朝日新聞「声」



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by k_nikoniko | 2015-05-01 21:57 |

「新しい自由な世界へ」平塚らいちょう

1951年11月に平塚らいちょうが書いた短い新聞記事を見つけました。

わたしたち一人ひとりが、どれほど平和を強く望んでいても、それが個人的な立場にのみとどまるかぎり、この世界から戦争をなくするコトはできません。わたしたちの平和への熱意と努力が、新しい世界機構の創造に向けられなければ、云いかえれば、世界政府をつくるというコトに集結されねば真の平和の実現は期待されません。世界政府こそ恒久平和への門であり、入口であるからです。
今日の世界??は??の政治家や軍人、また男子ばかりの手に任せておいたのでは、もはや?われません。彼らにばかり任せていたら、世界はそして日本はいったいドコへ行くコトでしょう。
今、日本の母たちは一人残らず戦争を心の底から憎み、子どもたちや孫たちが再び戦争しなければならない様なコトのないようひたすらに平和を望んでおります。
この母たちこそ、過酷な戦争のギセイにおいて得た唯一の収穫である日本の平和憲法を守りぬくと共に、これを世界的なモノにおしひろめなければならない切なる?と決意をもってこの世界政府運動の旗の下に?せ?まるべきでありましょう。
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by k_nikoniko | 2015-04-30 11:43 | 戦争