フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2018 Kayoko Kimura
by k_nikoniko


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フランスの婚活事業

意外かもしれませんが、「出会いのチャンスがない」と嘆いているフランス人は52%。
90年代末から、こうした状況が問題視されるようになり、出会いの場を作り出そうというムードが高まっています。
その頃から、「男性との出会い方」といった特集がよく雑誌に掲載されました。
「日常生活 (職場、スーパー、本屋、地下鉄など)を見直そう」とか、「スーパーが穴場。買物内容で独身かどうかチェック」とか、かなり実用的な方法が紹介されました。フランスでは、エリアごとに出没する男性が違うので、「場所別、男性タイプ別誘惑法」といったものまで幅広く出会いの手段を提案していました。

フランスでは、街中や、サークル活動などの余暇(スポーツや映画、フェスティバル、美術館など)で声をかけるといった突発的な出会い(ようするにナンパ)が大きな割合を占めています。
出会いの場は階級により異なり、エリート層は大学や友人のパーティ、一般層は職場で、それぞれ12%。それに続き、バカンスでの出会いが5%、その他として、フェスティバル、美術館、スーパーマーケット、バーなどがあります。結婚相談所での出会いは1%です。
ただ、活動の場が広がったわりには、いずれも決定的な新しい出会いポイントにはなっていないそうです。
以前はダンスパーティや近所づきあいでの出会いが多く、40%(戦前)がこのパターンでした。
しかし、1980年の調査では、「ダンスパーティや近所づきあいで交際が始まった」と答えた人はほとんどいません。

それに加え、インターネットや携帯電話の発達で面と向かって語り合う機会は減り、人々は疑い深くなっているためになれなれしく話しかけるのも危険、というわけで、「声をかけたくても、どこで?」と悩んでいる人が増えているというのです。

ここ数年、恋が芽生える優しい環境づくりが加速しています。
パーティ・ビジネスも盛況で、出会いを演出するレストランやカフェも増加中。
2004年に発行された総合誌「Le Obserbvateur」の別冊パリ・ガイドには、ナンパに最適なスポットを紹介する項目も加えてありました。
カフェ、書店、市場、映画館、スーパー、図書館、プール、CDショップなど、ジャンルもいろいろで、異性愛者向け、同性愛者向けのマーク入りです。



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by k_nikoniko | 2018-05-27 07:59 | フランス

こんな国際恋愛も…という話を連載中です

イギリスのロンドンを舞台に、憧れの海外生活をはじめた日本人女性と、日本女子好きなイギリス人男性とのラブストーリーを連載中です。


「イギリス人の恋人」にちょっぴり期待する弘美と、「日本人女性」と夢みるイギリス人のマシューは、パブで出会い、交際をスタート。
でも、言葉や文化の違いから、あこがれていたような関係になるどころか、ギャップは広がるばかり……。

紳士的なイギリス人、が実は同国の女性にはモテない「ダメ男」だったり。
外国人が抱く日本女性のイメージに誤解が多かったり。

実際にロンドンなどで見聞きした話を参考に、日本人女性と外国人男性(特に欧米人)が陥りがちな恋愛パターンを描いた作品です。

この作品はフィクションで、登場するイギリス人などの外国人は、架空の人物です。
こんな外国人(特にイギリス人)ばかりではないことを、お断りしておきますが…。


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by k_nikoniko | 2018-05-24 08:48 | 男と女

「男性の草食化進行」に合わせた生きやすい社会を

先日新聞に、「男性『草食化進む』69%」の記事が掲載された(共同通信の配信「沖縄タイムズの記事はこちら)。
もとになった資料は見ていないので、北海道新聞に掲載された記事を参考にすると、つぎのような調査結果。

日本の男性の中で恋愛に消極的な、いわゆる「草食化」が進んでいると考える人が69%に上ることが、本社加盟の日本世論調査会が1、2両日に実施した「結婚・恋愛観」に関する全国面接世論調査で分かった。
30代女性に絞ると、83%が男性の草食化進行を認識。一方で20代男性の84%が恋愛についてのイメージを「お金がかかる」と回答。「疲れる」とした20代男性も同年代女性より9ポイント高い55%で、恋に関心が薄い若年層男性の実態が浮き彫りになった。

添付されていた表によると、全体で、男性の66.9%、女性の70.3%が「男性の『草食化』が進んでいると思う」と解答。

では、いつに比べて草食化が進行したといいたいのだろう?
私と同世代の男性は、子どものころから「草食系」のほうが圧倒的で、現在も周囲を見回すと、そのタイプが多い。
ずっと以前から、男性の草食化ははじまっていたのでは?

ファイルしてあった『アエラ』の記事のなかに、「女性の味方のモテない苦しみ 頑張ってるのに相手にされない男」(1999年3月29日号)というのを見つけた。
フェミニストの本を読みあさり、女性好みの男になろうと頑張っている男性の話。当時35歳なので、今は50歳。
その記事に、こんな文章があった。



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by k_nikoniko | 2014-04-04 10:24 | ジェンダー

永遠の男性像を求めて

10数年前、イギリスの新聞電子版に「白人社会に住む黒人女性の理想の男性」に関する記事が掲載され、そのときに書いたものです。

 理想の男性像は、時代によって異なる。10年前のトレンディ男が、現在はダサいということも、よくある話し。日本国内ではキムタクからタッキー、全世界的にはブラピからデカプリオといったように、女性の好みは日々変化する。それでは、それぞれの国、それぞれの人種の典型的な男性像は、変わっていくものなのだろうか? どういうわけか、フランス人というと「え! ベレー帽かぶって、愛をささやくの?」とか、イタリア人といえば、「やっぱり女好き?」とか、ほぼ不変的なイメージができあがっているから不思議だ。
 周囲からの印象で語られるならまだしも、「日本男児たるもの」風に、勝手に自ら男性像を作り上げている人たちもいる。この価値観が時代に逆行してしまっているために、いただけないと批判され、ピンチに陥っている男性たちもいるのだ。日本男子ではない。ステレオタイプの黒人の男性たちである。
 「たくさんの女性との間に数多くの子供を産ませる」 ちょっと言葉は悪いが、イギリスの新聞によると、これが黒人社会で自他共に認める男性像なのだそうだ。ダンスでデートが始まり、熱烈な恋愛期間があり、子供で関係が終わる。強さが男のシンボルの彼らにとって、「子沢山であること」が勲章らしい。しかし、時代は刻々と変化している。白人社会に住む黒人女性は、こんな同郷の男たちにウンザリしているのだ。彼女たちは、BMWを持ち、花をプレゼントしてくれるような優しい男性、永遠の幸せを約束してくれる堅実な男性を理想としだしたからである。こんなメメしいことは、主義に反する。黒人男性にとっては、最も苦手とている振る舞いが、求められているのだ。
 これでは、男と女の溝は深まるばかり。黒人男性は、知的な黒人女性が苦手。自分を尊敬してくれる女性が好きなのだ。行き着く先は、ウブな若い女の子。そして、デートが始まり、子供で終わる・・・。
 これまでの価値観がひっくり返り、男性は戸惑う。まして、男性が絶対的権力を持っていた文化圏ほど、そのドンデン返しは大きいといえる。男女平等に敏感な白人社会で生活する黒人たちは、そのギャップに悩むのも当然だろう。
 同じ文化、肌の色を持ちながら、価値観がズレてしまうのは、男性にとっても、女性にとっても、寂しいものだ。黒人男性たちは、子供の数自慢をする時代は終わったと、ひそかに感じているそうだ。だからといって、女性たちの理想とする男性像をそのまま受け入れることができるのか。新しい黒人男性像は未定で、本人たちもこれからどう作り上げていくかを模索中という。
 男性は、女性の理想に近づいていくのか、それとも、わが道を突っ走るのか? いずれにしても、時代の流れの中で、男と女の理想は、永遠ではないということは確かだ。
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by k_nikoniko | 2013-09-25 08:00 | 男と女

「命を継承していく場所じゃなくなったんだな」福島で話したこと(3)

2011年5月に開催された福島の母親の講演会で、妙に心に残った一文があった。
「『息子が年下の女性と結婚するとしたら、今、学校給食を食べている世代かなぁ』と想像したとたん、給食に汚染された食品が使われるのではないかと心配になった」
これを聞いて、「息子の嫁の心配ね~」とちょっと思ったけど、なんだかとてもリアル感があり、ふと、彼女が孫である赤ちゃんを抱いている姿が目に浮かんだ。
「汚染された食品は危険」という言葉では得られない、感触やヴィジュアルで“いのち”に近づいたというか。
命をつなぐ、というのは日常的な営みにあるのだなぁ、と。

この話をしたら、その発言をした女性が、地元新聞のコラムを見せながら、こう言った。
「これだと思ったんです。男の人も父性愛があるし、子孫繁栄を考えている人もいるんだろうけど、子どもがいるいないにかかわらず、女性の性って、『種を守る』ことにあると思うんですよ」
これを受けての会話。
Aさん:一番何が悲しいって、福島が命を継承していく場所じゃなくなったんだな、というのが、それがすごく悲しいです。
Bさん:うちの娘は高校1年生ですけど、「私も避難したほうがいいのかな」と言うから、「これから子どもを産む人は避難したほうがいいって言われているね」と答えたら、「私、産まなくてもいいや」と。
Aさん:高校生の女の子は、そう言いますよ。「子ども産まない」って。
Bさん:高校生の女の子にそういうこと言わせるこの社会って、なんでしょう? そんなこと言わせてるんだ、私たち…。
Aさん:私もそれは感じます。これは大人の責任だ、と。福島で20マイクロシーベルト超えてたときに、情報が流れなかったから、雨の中で子どもを被ばくさせてしまった、と友だちが悩んでて。どれだけ子どもの体に影響があるのか、自分でインターネットで調べたら、「子どもを産むのにはダメだ」とわかって。「私、結婚しないから」と娘はお母さんに言ったそうです。それを聞いたら、涙が出てきてしまって。
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by k_nikoniko | 2013-09-24 09:06 | 原発・核

女に生まれてはみたけれど

このところ書くことから離れていたので、投稿するのがおっくうになってしまっていた。
このままではマズいので、今日はがんばって書いてみます。
とりあえず、やわらかい話題から。

10月の記事で、「『性差研究入門』の講義を聴講」について触れたが、もうひとつ参加していた「男に生まれる」という講座が12月で終了した。
「男とは何ぞや?」がわかるかと思いきや、結局、さらに混乱してしまった。

「女らしい」「男らしい」というのがあるとしたら、私は「男らしい」ほうだと思う。
子供の頃の遊びでいえば、カブトムシ採りが好きだったし、トカゲの卵を育てたり、ドライバーで機械を分解するのも楽しかった。
その一方で、リカちゃん人形も持っていたし、おママゴトもしたし、女であることに違和感を抱いたことはない。

エラそうなことを書いている割には、昔ながらの「男らしさ女らしさの神話」に縛られているところも大いにある。
最近、自分が伝統的な「男と女」に縛られていることを自覚して愕然とした。
ある人に、「あなたは男っぽいから、女っぽい男性とのほうがうまくいく」と言われ、「え~!」と大げさなまでに拒絶反応を示してしまったのだ。

「え~!」と大声を出してしまった理由はふたつ。
1)「男っぽい」と指摘されてがっかり
2)「女性っぽい」男性が恋愛対象なんてイヤだ~

でも、少し冷静に考えてみれば、その人の言うとおりのような気もしてきた。
1)「男っぽい」というのは褒め言葉、ともとれる。さっぱりしているってこと?
2)確かに、マッチョな男性より、女性的な男性のほうが合うのかもしれない
そして、この「え~!」という態度が過去の失敗の元であった、と実感した。悲しいかな。

どうして瞬間的に否定したかというと、まさに「異性愛規範」の呪縛ともいえる。
恋愛関係において、男女の役割分担がほぼ決まっている。
社会的地位のある女性であっても、異性愛ともなると、ステレオタイプの役におさまるというか。
それからはずれると、それは「異性愛」じゃないような錯覚におちいるというか。

「男らしい」私が、「女らしい」男性を好きになった場合、最初はうまくいくのだけど、そのうち、「なんで女の私より彼が女々しいんだ?」と疑問に感じはじめる。
そして、「彼のほうが男らしくあるべき」などと機嫌が悪くなり、口論が増え、「さようなら~」と離別。

典型的な男女の役割に固執してしまっているからだ。
「男らしい」私が、「女らしい」男性を好きになったのだから、「私より彼が女々しくてもいいや。そういう恋愛関係もありうる」と開き直ることができたら、悩む必要もないのだ。
このようにポジティブに考えることができていたら、私の人生、もう少し違っていたかも。

幸せを逃しちゃったかな。やや遅すぎる気づき、ではありますが。
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by k_nikoniko | 2008-12-23 01:28 | ジェンダー

愛の形はいろいろ

昨夜、パリから来た友人の息子C、彼の日本人の彼女と5歳の息子の4人で夕食をともにした。
彼ら3人は北海道を旅行中。

Cくんは3年前にはじめて日本を旅し、そこで彼女と知り合った。
パリと日本の遠距離恋愛。
友人からCくんの相手が「10代で出産した医学部の学生」と聞いたとき、てっきり騙されていると思い心配した。
「日本でそういう女の子はいわゆる一般的ではない」とまで言ってしまった。

Cくんのことは14歳から知っているが、それまで彼女がいなかった(ようだ)。
日本の漫画が大好きで、控えめでやさしい男の子。
なので、ヘンな日本女性に引っかかった、と思ったのだ。

で、今回も会うまで、ちょっとドキドキした。
ところが、彼女はとてもしっかりした、礼儀正しい、いまどき珍しい女性だった。
調子のいいもので、「さすがCくん、目が高い」と自慢したい気持ちになった。

5歳の男の子がまたかわいい。
やんちゃなのだが、ちゃんと育てているんだな、というのが見てとれる。
母親と子どもの様子を見ると、その関係がなんとなくわかるものだ。

Cくんとの仲もいい。
そもそも、Cくん自身が複雑な親子関係のなかで成長したのだから、男の子の心も理解できるのかもしれない。
私の友人は、Cくんの父親と離婚後、何人かの男性と同居した。
そのたびにCくんとその弟の部屋がいつも用意されていて、彼らはママの恋人と仲良く過ごしていた。

フランスにいたら、出産もしていないのに母親になるのは珍しくもなんともない。
恋した相手が子持ち、というケースが多いからだ。
子どもたちは両方の親と過ごすことになっているため、男でも女でも、明日から父親や母親のような役をこなす可能性が高い。

日本にいるときは考えられなかったけれど、パリに住んでいれば、こういうことが現実味を帯びてくるのだ。
突然お母さんになれるような、うぬぼれもあったりして。
血のつながっていなくても、愛情の注ぎ方にはいろいろあっていい。
子どもが本来の親と決別する必要もなく、それとは違う愛で結ばれればいいと思う。
愛し方はひとつじゃないし、時間とともに変化するものだ。

Cくんと彼女は、子どもがいるからか、若者のギラギラした愛というより、もっと穏やだった。
二人を見てたら、ちょっと人生やり直したくなった。
こんな風に思うことはめったいないのだが。
愛する人がいるというのは、とてもいいことである。
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by k_nikoniko | 2008-08-20 23:19 | 男と女

歩いても 歩いても

久しぶりに映画を観た。是枝裕和監督の「歩いても 歩いても」 
主演の阿部寛さんと是枝裕和監督の舞台挨拶つき。
阿部さん、背が高い、顔が小さい、足長い!
映画は心にしみた。老いた両親の家に久しぶりに戻ってきた子どもたち。何気ない会話に笑い、じわりともくる。
うちに似ているようでもあり、というより、40代の自分たちと親の関係は、この映画の登場人物に通じるのではないかと思う。子どもも親もなかなかドライで…。
ついでに、阿部さん演じる失業中の男のふがいなさが、自分と重なり、情けないというかため息というか。

たまたま今日、実家から車で荷物を運び、帰りは父の運転で帰ってもらうつもりだったのに、父が免許証を忘れ、結局運転してまた実家に行き、車を置いて、私はJRで自宅に戻った。
忙しい一日だったので、免許証を忘れたことに腹を立てたが、考えてみれば、親はもう”物忘れする”年になっているのである。
そのことにあらためて気づき、ある種の覚悟みたいなものを感じてしまった。
そしてこの映画を観たので、ズキリと心が痛かった。

映画を観ながら、老後についてちらりと考えたりした。
最近、カレセン(枯れオヤジ)がもてているらしいけれど、そんなイケイケのオヤジがいる一方で、自分の老後の心配を理由に、「相手に迷惑をかけるから」と恋愛を躊躇する人もいるという。
まぁ、女性をふる口実としては上出来かも。いかにも思いやりのある言葉といえなくもない。
でも、誰かを愛したことのある人なら、その話しを聞いて、やるせない気持ちになるだろう。
愛する人の面倒をみることは、決して迷惑ではないから。
たとえば、余命1ヶ月の人を好きになったとして、ともに過ごすことを拒否されて悲しい日々を送るより、短い時間でも一緒の想い出を作ったほうがどんなに幸せか。
あるかないか先の見えないことを心配して、目の前にある幸せ(恋には苦痛もつきものだけど)をつかまない、というのは、私にはちょっと理解できない。
人生一度しかないのに。

映画の最後で、ぽつりというセリフ。
「人生は、いつもちょっとだけ間にあわない」
そんなものなんだけど、ときには間にあうこともある、間にあわせることができる、と私は思ったりする。
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by k_nikoniko | 2008-05-30 03:32 | 男と女

カフェで声をかけるのは変な人?

娘がパリに留学中という女性に、フランス男性のナンパ状況について聞かれた。
「『三国ナンパ論』に出てくる男性は特にひどい人たちでしょ?」と問われ、「確かに全員があのような男性ではないけれど…」と答えつつも、「けっこういるんですよ、あのタイプの男性が」とも言ってみた。
私だけでなく、多くの日本女性があの手の男性に出会っているのだから、かなりの数いるのではないかと思う。
でも、信じてもらえそうにない。
「まともな人はカフェで声をかけないはず」と主張されても、それは正しいとはいえない。
どちらかというと、声をかけない人のほうが珍しい。
女性を引っ掛ける目的とは限らず、何かひと言ぐらい話しかけるのが、フランス人やイタリア人だ。
うっとうしくても、それが普通なので、生活していくうちに慣れてくる。
しかし、日本にいると、カフェで声をかけるのは、変態の部類ととらえられがちだ。
「カフェではみな声をかけますよ。恋愛が生活の一部なので、カフェも大切な出会いの場なのです」などと返答してみたけれど、自分の言葉が恐ろしく浮いてしまった。
”恋愛が生活の一部”なんて、ここではかなり“異質”な感じ。言ってしまった自分に引いた。
もうひとつ、その女性は「フランス人は簡単に恋愛をする」的な発言をしたが、これも間違った情報だ。
フランス人は、日本人がイメージするほど、ポンポンと恋愛を楽しむ軽々しい人たちばかりではない。
どちらかというと、重苦しい人たちだと思う。
結局、「しっかりしていれば、変な男性に騙されたりしませんよ」と締めくくってみたけれど、本当だろうか。自信はない。
“しっかりしている”って、どういうことだろう?
そもそも、日本女性は、国際レベルで自律しているのだろうか?
私たちの世代は、外国人と接する機会がいまほどなかったし、外国人とのつきあい方もよく知らなかったし、女性の地位も低かった。
それゆえ、海外に住みはじめたとき、みんなとんでもない経験をしたりした。今なら笑い話だけど。
あれから20年近くたっているので、最近の女性たちは、もっと上手に外国人とつきあい、堂々と自分の意見を言い、胸を張って海外で生きているのだろうか?
だとしたら、「日本女性好きの外国人に騙されないように!」なんて、時代錯誤ということになる。
でも、実際は、昔とあまり変わっていないのではないかと思う。
この夏、パリのパーティを覗いたが、男性はほとんどフランス人、女性は圧倒的に日本人、という、あいかわらず歪んだ光景だった。
それにしても、こうしたことを言いつづけるのも疲れてきちゃった。
外国人と関係を築く日本女性はそれほど多くないのだから、あれこれ気を揉むこともないのかな、と。
日本人同士が自律した関係を築くことができたら、日本女性も国際社会で立派にやっていけそうな気がする。
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by k_nikoniko | 2007-11-18 02:57 | 男と女

フランス婚!?

フランス婚なんていうものがあるわけではないけれど、この夏、パリで会ったカップルたちは、みなラブラブでした。
知り合いの娘の結婚式にちょっと立ち寄り、50過ぎにしてパパになる友人宅で昼食をし、同じく50にして年下の男性と暮らしはじめた友人のアパートに泊めてもらいました。
ほのぼのした気持ちを忘れかけていたので、フランスの“浮いた”雰囲気は妙に新鮮。
とはいっても、若い二人は生活費をがんばって稼がねばならず、父親になった友人はここまでくるのに紆余曲折し、新婚?の彼女はイスラム教徒の夫と過ごす難しさを知り…と、単にラブラブなわけではありません。
こうした“複雑さ”をともなうのが、まさにフランス婚ともいえます。
当の本人たちは、“複雑さ”などなんのそので、これが“普通”だと思っているに違いありませんが。
ちなみに、フランス婚といっても、このなかで正式に「結婚」したのは若いカップルだけ。

ところで、フランスの女性がどのように男性を”調教”していくのか、今回はじっくり観察(?)できました。
居候させてもらった友人は、年下の北アフリカ出身の男性と暮らしています。
離婚経験もあるバリバリのフランス女性が、パリに住み始めたばかりの封建的な北アフリカの男性を手なずけるのです。
「手なずける」とは言葉が悪いのですが、たとえば、食事を運ぶとか、コーヒーをいれるとか、いちいち教え込んでいきます。
フランス男性があたりまえにやることが、彼には進んでできないのです。
彼女の態度に対して、「それは女性がやることだ」とちょっと文句を言ったり、「そうだよね?」と私に同意を求めます。
日本人の男性も、フランス女性にかかると、こうして“教育”されるのでしょうか。

それにしても、彼女は厳しい。さすがの私もそこまではできない…。
フランス女性のような徹底していなければ、男女平等など達成できないのかも。
と思いつつも、つい手伝ってあげたくなるのです。
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by k_nikoniko | 2007-11-06 22:52 | 男と女