フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2018 Kayoko Kimura
by k_nikoniko


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東電の元会長ら3人を強制起訴

久しぶりにうれしいニュースです。

東京電力福島第1原発事故をめぐり、東京第5検察審査会は本日31日、勝俣恒久元東電会長(75)、武藤栄元副社長(65)、武黒一郎元フェロー(69)の3人について、業務上過失致死傷容疑で起訴すべきだと議決しました。

告訴、告発された旧経営陣3人は、これまで2度にわたり、事前に事故を防ぐことは不可能だったとして、東京地検が不起訴処分にしていましたが、2度目の検察審査会でも起訴となりました。

川内原発の再稼働が差し迫ったこの時期に、東電の元会長らが強制起訴されたことは、とても意味深いと思います。

検察審査会の議決要旨から、「犯罪事実」を掲載します。
内容は変えていませんが、読みやすいように少し手を入れています。

被疑者・勝俣恒久(以下「勝俣被疑者」)は、平成14(2002)年10月から東京電力株式会社(以下「東京電力」)の代表取締社長、平成20(2008)年7月からは東京電力の代表取締役会長。
被疑者・武黒一郎(以下「武黒被疑者」)は、平成17(2005)年6月から東京電力の常務取締役原子力・立地本部長、平成19(2007)年6月からは東京電力の代表取締役副社長原子力・立地本部長。
被疑者・武藤栄(以下「武藤被疑者」)は、平成17(2005)年6月から東京電力の執行役原子力・立地本部副部長、平成20(2008)年5月からは東京電力の常務取締役原子力・立地本部副部長、平成22(2010)年6月からは東京電力の取締役副社長原子力・立地本部副部長。
つまり、勝俣被疑者は東京電力の経営における最高責任者としての経営判断を通じて、武黒被疑者は同社の原子力担当の責任者として原子力発電所に関する知識、情報を基に実質的経営判断を行うことを通じて、武藤被疑者は同社の原子力担当の責任者として原子力発電に関する知識、情報を基に技術的事項に関して実質的判断を行うことを通じて、3人はいずれも、福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」)の運転停止または設備改善等による各種安全対策に関する実質的判断を行い、福島第一原発の地震、津波による原子力発電所の重大事故の発生を未然に防止する業務についていた者である。

福島第一原発は、昭和40年(1965年~)代に順次設置許可申請がなされて設置され、我が国では津波に対する余裕の最も少ない原子力発電所とされていた。

しかし、文部科学省に設置された地震調査研究推進本部(以下「推本」)の地震調査委員会が平成14(2002)年7月31日に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」)において、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでも津波マグニチュード8.2前後の津波地震が発生する可能性があるとされた。

原子力安全委員会が平成18(2006)年9月に改訂した耐震設計審査指針(以下「新指針」)では、津波について、施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことは十分に考慮したうえで設計されなければならないとされた。

原子力安全・保安院は、それを受け、各電力業者に対し、既設の原子力発電所について新指針に照らした耐震バックチェックを指示。
そのバックチェックルールでは、津波の評価につき、既往の津波の発生状況、最新の地検討を考慮するとされる。
その一方で、それまでの海外の事例や東京電力内で発生した浸水事故等により、想定津波水位を大きく超える巨大津波が発生して原子力発電所が浸水した場合には、非常用の電源設備や冷却設備等が機能喪失し、最悪の場合には炉心損傷等の重大事故が発生する可能性があることがすでに明らかになっていた。

平成19(2007)年11月ころより、東京電力では、耐震バックチェックにおける津波評価につき、推本の長期計画の取り扱いに関する検討を開始。
その結果、平成20(2008)年3月ころには、推本の長期評価を用いると福島第一原発の小名浜港公示基準面+10メートルの敷地(以下「10m盤」)を大きく超える津波が襲来することが判明した。
それ以降、武藤被疑者は少なくとも平成20(2008)年6月に、武黒被疑者は少なくとも平成21(2009)年5月ごろまでに、勝俣被疑者は少なくとも平成21(2009)年6月ごろまでにはその報告を受け、被疑者ら3名はいずれも、福島第一原発の10m盤を大きく超える津波が襲来する可能性があり、それにより浸水して非常用の電源設備や冷却設備等が機能喪失となり、炉心損傷等の重大事故が発生する可能性があることを予見し得た。
したがって、武藤被疑者は少なくとも平成20(2008)年6月以降、武黒被疑者は少なくとも平成(2009)年5月以降、勝俣被疑者は少なくとも平成21(2009)年6月以降、福島第一原発の10m盤を大きく超える津波が襲来した場合に対する何らかの設備改善等の安全対策を講じることを検討し、何らかの合理的な安全対策を講じるまでの間、福島第一原発の運転を停止すること等も含めた措置を講ずることにより、いつか発生する可能性のある大規模地震に起因する巨大津波によって福島第一原発が浸水し、炉心損傷等の重大事故が発生することを未然に防止すべき注意義務があった。
しかし、これを怠り、必要な対策を講じることなく、運転を停止することもないまま漫然と福島第一原発の運転を継続した。

その過失により、平成23(2011)年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」)に伴い、本件地震に起因して生じた巨大津波による福島第一原発の浸水により、全電源喪失により非常用の電源設備や冷却設備等を機能喪失させ、炉心損傷等の重大事故を発生させた。

同日以降に生じた水素ガス爆発等により福島第一原発から大量の放射性物質を排出させた結果、別紙被害者目録(省略、以下同様)の番号1ないし13の計13名につき、水素ガス爆発等により生じたがれきに接触するなどして同人らにそれぞれ同目録記載の障害を負わせた。

福島第一原発から約4.5キロメートルに位置する福島県双葉郡大熊町大字熊字新町176番1所在の医療法人博文会双葉病院に入院していた患者のうち同目録の番号14ないし57の計44名につき、前記放射性物質の大量排出に起因して災害対策基本法に基づく避難指示により、長期間の搬送、待機等を伴う避難をさせた。その避難の過程において、同目録記載の同人らの既往症をそれぞれ悪化させ、よって、同項目記載の日に同人らをそれぞれ同目録記載による死因により死亡させたものである。


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by k_nikoniko | 2015-07-31 19:14 | 原発・核

「戦争はイヤ」なので集会に参加

昨夜、安保関連法案に反対する集会に参加しました。
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さすがに今回はマスコミ各社がこの集会&デモを報道しています。

日比谷で安保法案反対集会 2万人参加と主催者(NHK)
安保関連法案 15日の採決が委員長の職権で決まる(フジテレビ)
日比谷で安保法案の反対集会、採決強行の動きを批判(TBS)
安保法案の強行採決反対で集会 東京・日比谷 (日本経済新聞)
「強行採決、絶対反対」 安保法案巡り、東京などで集会(朝日新聞)
安保法案:「戦争させない」2万人超が反対集会(毎日新聞)
安保法制、2万人が反対デモ 「私たちの独裁を打倒する記念日に」(ハフィントンポスト)



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by k_nikoniko | 2015-07-15 08:33 | 戦争

戦時中の「興亜への協同新聞記者大会」

日本の戦時中のプロパガンダ映画に、こういうのがありました。
ナレーションもそのまま引用します。

昔も今も変わらない、というのが恐ろしいです。

興亜への協同新聞記者大会(1941年)

東亜弁論界の代表が一同に会して、意見を戦わせる歴史的な催し、東亜新聞記者大会は8月4日から1週間、中国革命の発祥地、広東の中山記念堂で開かれました。日本から23名、中国から50名、満洲国から7名、合計80名の代表者が出席。国民政府からは特に汪主席が林宣伝部長らを従えて大会に乗り込みました。林伯生(りんはくせい)氏の開会の辞をもって大会の幕は切って落とされ、汪主席の特別訓示をはじめ、終始真剣なる態度をもって東亜共栄の実践方法を協議し、東亜新秩序を建設のうえに幾多の大きな収穫をあげました。大会第4日には中山記念堂前広場において、新中国建設の意気軒昂(いきけんこう)たる中国童子軍を汪主席自ら閲し、その前途を祝いました。

これは、NHKが公開している「日本ニュース」のひとつです。
以下、サイトから引用した「日本ニュース」の説明です。

「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。



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by k_nikoniko | 2015-07-05 15:39 | 歴史

フランス自殺防止対策(1997年)

健康雑誌サンテの1997年9月号の記事。

フランスでは、毎年約15万人以上が自殺を図り、約12000人が死亡している。ここ20年で、自殺者数は毎年増加の傾向にある。
自殺を図る女性の数は、男性の2倍だが、自殺による死亡者数は、男性のほうが倍多い。
年齢別では、55才以上が46%で、25~34才、15~24才と続いている。
都市部に比べ、地方での自殺が多く、すべての社会階級に及んでいる。
自殺は、フランス人の心の嘆きである。
特に、失業、暴力、迫害などの不安に満ちた社会で生きる若者や、孤独に苦しむ年配者の悲嘆を象徴している。

<なぜ自殺をするのか?>
家族の断絶、不和、引きこもり、自分の殻に閉じこもるなどが主な原因。また、過酷な人権侵害(近親相姦、近親相姦の脅威、暴力)や孤独、さらに、深刻な病い、失業、離婚や別居、親や友人の死、依存症(ドラッグ、お酒)、過度の仕事のストレス(政治家に多く見られる)。
若者に関しては、成績の悪さを苦にしたり、失恋、仲間外れなどが原因になっている。思春期に陥りやすいナルシスト的妄想(屈辱的な)が自殺の引き金となる。
自殺には前触れがある。自殺を図った人および自殺者の80%が、実行する前に、医者か近親者の誰かにほのめかしている。

<相談された場合、心理学の知識がないのに、どう答えたらいいか?>
このような人の行動や自殺について理解する必要がある。フランスでは、自殺に偏見があり、敏感に反応する点で遅れている。他の国は、自殺に関して、よりオープンで、大胆な防止対策がとられている。ケベックでは、一般市民向けのインフォメーション・キャンペーンが常に行われている。
まず、自殺願望者の話を聞くよう心がけること。非難するのはもってのほか。抱えている問題を理解しようとすることで、解決の糸口を発見し、解決策を見出すことができるかもしれない。
ただし、長期間、強制的に話を聞こうとしてはいけない。
話したがらないようなら、心理カウンセラーに相談するのがいいだろう。
専門家でもないのに、いきすぎた行動をし、相手を追い詰めてはいけない。

自殺未遂者の半分は、1年以内に再び自殺を図り、その方法は次第にエスカレートする。
自殺未遂により、家族はショックで言葉を失いがちで、その結果、再び対話が途絶えてしまう危険性がある。こうなると、自殺未遂者は、「自分はあまり注目されていない」「何かできたはずなのに」「私が悪い」などの罪責感を抱くことになる。
本人と家族が、同時に方向性を修正しなければならない。

自殺未遂者は、救急病院で温かい看護を受けるが、病院の93%はその専門ではない。患者は肉体的な看護を受けても、4人に3人は、24~48時間以内に病院を退院する。
心理的なケアを頼む時間も手段もない。
カウンセリングを受けるべきだと言われたり(このアドバイスは、9割の人に無視されている)、精神分析の診療所へ移送されたりすると、精神的ショックは大きい。
不当な入院は、最悪の体験となる。なぜなら、自殺者の70%は精神障害ではなく、自殺は発狂者のする行為ではないからだ。
最近、少しずつ、立ち直りを目的としたサービスが行われるようになってきた。
自殺願望者は、精神分析医や心理カウンセラーと面接し、適切な治療や知識などを教えてもらえるようになってきた。
自殺未遂を繰り返す割合が高い若者のために、専門の病院も存在している。
フランスでは、1997年2月、「自殺防止全国集会」が開催されて以来、本格的に自殺の問題と取り組んでいる。


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by k_nikoniko | 2015-07-04 17:45 | 社会問題

フランス自殺の原因 (1998年)

1998年4月25日のフィガロ紙に掲載された記事の翻訳。

1996年の調査によると、フランスの自殺の原因は、「失業」「不安定な生活」「家庭の崩壊」。
10万人に19人が自ら命を絶ち、自殺はフランスの死亡原因の2%を占める。
若者の自殺が深刻で、25~29歳の若者の死因の20%以上が自殺であり、15~49歳においては死因の13%に上る。
1996年の自殺による死者は11300人で、交通事故死7800人、エイズによる死亡3500人より多い。
失業と自殺の関連は、15~24歳に多くみられる。
1993年3月、1994年3月の失業増加にともない、自殺も増加している。1993年が最悪だった。
年齢別では、25~49歳では、失業と自殺は同じ曲線を描いている。
50~64歳では、1977~1986年の失業率の増加にともない、自殺も増加。1987~1991年に失業率が頂点となり、その後、失業が減少したことで、自殺も急速に減った。
75歳以上の高齢者の自殺率がここ10年で減少したのは、高齢化社会に対する環境が整ったからといえる。
また、独身者、離婚者の増加が、全人口の自殺数を上げている。
以前は結婚が自殺防止の役目を果たしていたが、現在はそれが機能しなくなっている。
結婚する人の数や結婚期間の減少が、自殺の増加に関係している。
25~44歳の女性の自殺者は、1973/75年と1985/87年の12年間に59%増加した。
この数は、結婚の崩壊に関係していると思われる。事実婚は、正式な結婚より自殺防止機能が低い。
結婚は社会的安定であったが、現在は、家族のメンバーが防止の役目を果たすとはいえない。
失業、雇用の不安定、欠如、弱さ、収入の減少は、家庭の崩壊、精神的および肉体的な孤独を導くといえる。


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by k_nikoniko | 2015-07-03 09:24 | 社会問題