愛国心について考えてみました
2006年 05月 31日
先日、「教育基本法改正問題を考える市民の集い」で、北大大学院教授の山口二郎さんが、「日本の“愛国心”は、フランスやインドでの使われ方と違う」と説明してくださいました。
“愛国心”とは、その人がその国の主人公であり、国を動かす主権者であるときに生まれる国を愛する心、というお話しだったと思います。
そうであれば、“愛国心がある”と言われてもイヤな気はしません。
10数年前、ロンドンの英語学校でのグループディスカッションの時間で、「日本人は愛国心が強い」と指摘されたことがありました。
イタリア人の男女と3人で、テーマははっきり覚えていないのですが、たぶん、「迷信」について議論していたときだったと思います。
「迷信は伝統的なしきたりと関係がある」といった話しをしているうちに、どういう経路かは忘れましたが、“愛国心”という言葉が出てきました。
イタリア男性は、「日本人は愛国心が強いと思う。僕たち、イタリアや日本は、特に愛国心には慎重になるべきだ」と言いました。
日本では、“愛国心”についてオープンに語ることはなかったし、どちらかというと避ける傾向にあるように思います。
でも、「日本人は“愛国心”が強い」と見ている外国人はけっこういます。
海外のメディアは、行事のときに小さな国旗をパタパタ振る日本人群集をクローズアップして取り上げるので(たとえばマラソンの応援とか)、このシーンだけを見れば、そう思うのかもしれません。
イタリア男性は、戦争の失敗をふまえて、「愛国心に慎重になるべき」と言っていました。
日本人はどうでしょう?
“愛国心”を押しつけられると、せっかくの国を愛する心が拒絶反応をおこしそうです。
“愛国心”とは、その人がその国の主人公であり、国を動かす主権者であるときに生まれる国を愛する心、というお話しだったと思います。
そうであれば、“愛国心がある”と言われてもイヤな気はしません。
10数年前、ロンドンの英語学校でのグループディスカッションの時間で、「日本人は愛国心が強い」と指摘されたことがありました。
イタリア人の男女と3人で、テーマははっきり覚えていないのですが、たぶん、「迷信」について議論していたときだったと思います。
「迷信は伝統的なしきたりと関係がある」といった話しをしているうちに、どういう経路かは忘れましたが、“愛国心”という言葉が出てきました。
イタリア男性は、「日本人は愛国心が強いと思う。僕たち、イタリアや日本は、特に愛国心には慎重になるべきだ」と言いました。
日本では、“愛国心”についてオープンに語ることはなかったし、どちらかというと避ける傾向にあるように思います。
でも、「日本人は“愛国心”が強い」と見ている外国人はけっこういます。
海外のメディアは、行事のときに小さな国旗をパタパタ振る日本人群集をクローズアップして取り上げるので(たとえばマラソンの応援とか)、このシーンだけを見れば、そう思うのかもしれません。
イタリア男性は、戦争の失敗をふまえて、「愛国心に慎重になるべき」と言っていました。
日本人はどうでしょう?
“愛国心”を押しつけられると、せっかくの国を愛する心が拒絶反応をおこしそうです。
by k_nikoniko
| 2006-05-31 23:18
| 民主主義

