フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2018 Kayoko Kimura
by k_nikoniko


木嶋佳苗を考える(1)

この事件、さほど興味がわかなかったのはなぜだろう?
マスコミが騒ぐほど、彼女が奇異に感じなかったからか…。
男性を殺害した理由はまったく理解できない。
でも、それ以外では、どこかにいそうな女の子と思えてしまうのだ。
「フワフワして、よくわからない人だな~」みたいな女の子。
性を売り物にしている人はいたし、セックス好きの女性もいたし、ブランド好きは珍しくないし。ウソつきってのも。
会ったことがあるような気がする、こんなタイプの子。

私が彼女の事件にそれほど関心がなかったのと同じように、彼女は自分の人生や未来に夢や希望がなかっただけなんだと思う。これは推測ですが。
日々楽しく、リッチに優雅に、好きな人と好きなときだけ会う生活で満足し、それ以上の夢や希望なんて、なかったんじゃないのかなぁ。
この国は、希望をもたない人を「かわいそう」「ひねくれてる」「やる気がない」と責めるけど、希望をもてない人だっている。
夢を持ってるふりをしてても、実際はそうじゃない人なんて、たくさんいそう。
“希望”って声高に言われると、鬱陶しくなるときもあるし。

どうして彼女はそうなっちゃったんだろう、とは考える。余計なお世話だけど。
田舎(という表現は好きじゃないが)ではあってもちょっとした名家に生まれ、モダンな暮らしをし、頭が良くて、早熟で、思春期に男を知り、自分の身体でお金が稼げる術を覚えた。
(売春で)出会った男たちは、“高い位”でも、寝てみたらみな同じ(じゃないか?)。
「こんなもんかぁ~」って。
30代で70歳ぐらいの域に達しちゃったのかも。人生経験抱負だもん、彼女。

結婚にあこがれていた、というのもどうだろう?
彼女は文章が上手だったそうだ。
男性に「普通の女の子」と思わせるために、結婚にあこがれてるふりをしてたとか。
“高い位”の男をはじめ、出会った男は既婚者も多く、「男は女遊びするもの」とインプットされていただろう。
それでもなお、男を信じて結婚にあこがれるだろうか?

彼女の場合、“外向性引きこもり”な印象を受ける。
一般に言われる“引きこもり”は家にこもるけど、彼女は、人(女友だちはいなかったらしいので、友だちではない男)と会うし、外出もする。
でも、自分が作り上げた世界のなかで生き、外界を現実ととらえず、深い人間関係を拒否する。

どこで彼女は踏み外したんだろう。それを他人がとやかく言ってもしょうがないのかな。
彼女そのものの奇異さより、彼女をとやかくいう人たちのほうが、この時代の奇妙な日本を反映しているようにみえる。
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by k_nikoniko | 2012-08-31 10:34 | 男と女
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