フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2018 Kayoko Kimura
by k_nikoniko


「死を待つ少女たちと彼女たちを救う男性」デニ・ムクウェゲ医師

戦争の性暴力は日本に限ったことではない。
というのは、ウソではないでしょう。
世界中の紛争地で、多くの少女や女性たちが性暴力の犠牲になっています。
だからといって、日本もやっていいわけがありません。
日本がその慣例を容認するなんてもってのほか。
そんな悪癖は徹底的に撲滅すべきです。
日本が「慰安婦」問題と真摯に向き合い、犯した過ちを謝罪することは、同時に、世界中の戦争による性暴力の被害者の救済にもつながります。
日本が深く反省し、二度とこのような被害者を生まないように訴えるのもまた、価値ある国際貢献だと思います。
経済援助だけが国際貢献ではありません。
残忍な性暴力をなくすために、なによりも戦争をなくすために行動する日本だとしたら、それほど誇らしいことはないでしょう。

「死を待つ少女たちと彼女たちを救う男性」イヴ・エンスラー

毎年数えきれないほどの女性たちがひどい性暴力を受けているコンゴでは、デニ・ムクウェゲ産婦人科医が彼女たちの傷ついた体と心を癒している。イヴ・エンスラーはその医師を訪ね、恐怖に震えながらも希望を見出した。

私は地獄から戻ってきたばかりだ。なんとかして、コンゴ民主共和国で目にし、耳にしたことを伝える方法がないか頭を悩ませている。あなたに途中でさえぎられることなく、ページをとばさせることなく、過剰に動揺させることなく、これらの残虐な話を伝える方法はあるのだろうか?

兵士のグループにレイプされた9歳の少女の話や、ライフルの一撃で内部が吹きとんで排泄のコントロールができなくなってしまった女性の話を、どのようにあなたに語ったらいいのだろう?

この旅は私にとっての始まりだった。2006年12月にニューヨークでデニ・ムクウェゲ医師と知り合って話す機会があり、そのとき彼は、ブカヴのパンジィ病院で女性を救済する仕事について話してくれた。私の耳障りなフランス語と彼のつたない英語でのやりとりのはじまり。彼の充血した目には静かなる苦悶が見え、その目の充血の原因は、彼が目撃した残虐なシーンであるかのように思えた。

話をしているとき、この医師に会うために世界を半周しようという強い気持ちがわきおこった。この素晴らしい男性は、狂った民兵が裂いた女性の体を縫い合わせているのだ。

彼が救った患者の話しからはじめよう。顔のない、一般的な、戦争でレイプされた女性たちは、名前と想い出と夢を持つ女性の名前、アルフォンシーヌかナディーヌと名のる。

私のそばで話を聞き、心を開き、私が遠いブカヴのパンジィ病院で座っていたときのような怒りと吐き気を感じてもらえるか、あなたに聞いてみたい。

コンゴに行く前の10年間、私は女性や少女に対する暴力を撲滅する世界的な運動V-day(訳注:http://v10.vday.org/)で働いていた。ボスニア、アフガニスタン、ハイチといった、戦争の武器として性暴力が用いられている国々の、世界中の性暴力センターを訪問した。しかし、コンゴで行われているほど、惨く、恐ろしく、完璧な性的拷問、女性をズタズタにしているところはいまだかつて経験したことはない。これを女性抹殺と呼んでも言い過ぎではないだろう。コンゴの女性の将来は深刻な危機状態にあるといえる。

この旅で学んだのは、悲しみとやるせなさを抱え、女性の体をズタズタにする男性がいること、その一方で、同じく悲しみとやるせなさを抱え、自分の人生を癒しと救いにささげる男性がいるということだった。どのような理由で、女性をズタズタにする男性になるのか、癒し救う男性になるのか、私にはわからない。ただ、わかっているのは、立派な男性はより多くのことを創り出していくということである。立派な男性は、女性の痛みに共感し、彼女たちのために闘い、彼女たちを守るよう、他の男性たちに示唆することができる。立派な男性は、レイプされた女性たちのコミュニティーで信頼を得ることができ、そうすることで、人間としての誠実さを保ち続けることができる。

ムクウェゲ医師は私を6時30分に迎えに来た。青々とした清らかな朝である。パンジィ病院のあるコンゴ東部は、広大な肥沃の地である。まるで野菜が育つ音が聞こえるかのようだ。バナナの木、そして漫画のようなカラーの鳥たち。メタンを十分に含んだ水をたたえるキヴ湖は、サブサハラに電力を供給するのに良い位置にあるのだが、その河岸にあるブカヴ市は、常時電気が使えるわけではない。これがコンゴの問題である。地球上のどこよりも豊富な天然資源を有しているのに、人口の8割は1日1ドル以下の生活をしている。思ったより雨がたくさん降るが、何百万もの人がきれいな飲み水にありつけない。この土地は地理的に肥沃であっても、人口の約1/3が飢えている。

道路らしき道をドライブしている間、医師は、子どもの頃と比べてどれだけここが変化したかを話してくれた。60年代、ブカヴの住民は5万人だった。平穏な場所だった。湖でスピードボートを楽しむ裕福な人もいた。山にはゴリラがいた。現在、少なくとも100万人のコンゴ難民がいて、1996年に発生した紛争以来、郊外を略奪している多くの武装グループから逃れるために、難民のほとんどが都市部に住んでいる。独裁者モブツ・セセ・セコを打倒しようと内戦がはじまり、すぐに“アフリカ”の第一次大戦となった。オブザーバーはそう呼んでいる。この混乱に乗じて、隣国から兵士が参戦した。軍隊のアジェンダはさまざまだ。多くは、あふれるほどの鉱物に恵まれた地域を支配下に入れるために戦っている。手に入るものはなんでも略奪しようというのもいる。

しかし、現在のコンゴで何が起こっているかを理解するには、1996年以前にまでさかのぼらなければならない。この国は、120年以上も拷問されつづけている。1885~1908年にコンゴを統治したベルギー王国のレオポルド2世の時代にはじまり、人口の約半分である1000万人もの人が惨殺された。虐殺と植民地主義の暴力的な結果により、コンゴの人々の精神状態は深刻なインパクトを与えられたのである。2003年の和平合意および近年の選挙にもかかわらず、武装グループはコンゴの東半分を脅かしつづけている。紛争を通し、第二次世界大戦後のいずれの紛争での死者よりも多い400万人近くの人が命を失っている。そして、数え切れないほどの女性や少女がレイプされている。

ブカヴでは、朝早くから夜遅くまで、紛争から逃れようとする人々が歩いている。彼らは、トマトを売ったり買ったりするために、もしくは、赤ん坊のためのバナナを手に入れるために、ひたすら歩く。それは不安を抱え飢えている人間の残忍な川である。「人々は1日3度の食事をしたものだ」とムクウェジ医師は言う。「今は1日1回でも食事ができたらラッキーだよ」

(原文は英語ですが、出典は不明。2008年夏以前に書かれたものです)

(2013.07.04.23.46)

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# by k_nikoniko | 2018-10-06 19:57 | 社会問題

noteをはじめました!

よろしくお願いします!

「三国ナンパ論」「マインド・ザ・ギャップ~すれ違いにご用心~」をアップしています。





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# by k_nikoniko | 2018-09-12 14:02

イラクで失業や水・電気の供給を求めて抗議デモ

猛暑がつづくなか、イラク南部バスラを中心に、デモが頻発している。

「ここ3か月、大きなデモがイラク全土に広がり、特にイラクの南部バスラ周辺でつづいています。特別なことを要求しているのではなく、水と電気、仕事の供給を求めているだけです」とイラク南部のバスラに住むフサーム・サラ医師は語る。
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「デモの参加者はほとんどが若者です。若者たちは大学を卒業して働きたくても、仕事に就くことができません。彼らは大学を卒業したのに、何もすることがなく、路上にいるしかないのです。
バスラのこうした若者たちが自然発生的に集まり、関係機関や大企業の前でキャンプをはじめました。それが次第に各地に拡大していきました。日に日に人数が増え、新しい人がどんどん加わっています」

「イラク戦争から15年経ったにもかかわらず、生活に必要な水と電気の供給が十分ではありません」とフサーム医師。

電気は数時間止まるため、多くの人が自家用発電機のコードを公共送電線につなげ、蜘蛛の巣状態になっているという。

フサーム医師が働く病院には、2台の巨大な発電機が設置されており、停電に備えている。

「集中治療室やモニターがあるので、電気を止めるわけにはいきません。2時間、3時間停電したら、患者は亡くなってしまいます。
でも、病院の水道は汚染されていて、患者は飲むことができず、手を洗うこともできません。飲料水のボトルを購入しています」

イラクの水道水は塩分が多く、飲むのはもちろん、洗濯さえできない。

「ティグリス・ユーフラテス川が流れるイラクは水に恵まれた国でしたが、トルコとイランがダムを建設したため、イラクに水が流れてこないのです」

ティグリス・ユーフラテス川の源流はトルコにあり、70年代からトルコが上流に大規模なダム建設をはじめ、イラクへの流量が減少した。
これまでもトルコとイラクは水をめぐる紛争を繰り返してきた。
さらに、2012年には、ティグリス川の支流の上流でイランが大規模ダム開発に着手し、イラクへの流水が阻まれた。
ここ数年、イラクの慢性的渇水は深刻を極めている。

「イラク南部の大湿地帯マーシュランドはユネスコの世界遺産に登録されていますが、干上がってしまいました。以前は多くの人がここに住んでいましたが、いまでは誰も暮らすことができません」

「国は崩壊しています」と彼は嘆く。

「政府関係者たちは、戦後イラクに来た人たちです。彼らはイラクで暮らしていたわけではなく、国や人々についてあまり知らず、関心もありません。その人たちがいまでは国を支配し、国民のためではなく、自分と自分の家族のために利益をむさぼっているのです」

イラク戦争でサダム・フセイン政権が倒壊し、国外で亡命生活を送っていたさまざまな政党や政治家がイラクに戻り、政権を担うことになった。戦後の主要政党はこうした政党だが、亡命の長期化により、一般のイラク人の支持を得ていない。

「汚職や賄賂といったイラク政府の腐敗はすさまじい」と怒りをあらわにする。

「政府の一部の人が利益のすべてを独占しています。
例えば、イラク中央銀行総裁の息子はヨルダンで車を買い、特別な数字のナンバープレートをオークションで7万ドルで落としました。
サダム・フセインがいいとは言いませんが、彼だったら、オークションで7万ドルのナンバープレートを落とした息子やその父親を処罰するでしょう。
でも、今は誰もチェックしたり、批判したりせず、何のルールもありません」

イラクでは、ひとつの政党が省庁を独占的に管理し、汚職や賄賂が慣例化しているそうだ。

「イラク戦争後、多くの外国企業、イギリスのBPやイタリア、中国の企業が進出してきました。でも、企業の契約は、すべてを支配している政府との接触だけに限られていて、そこでは、多くの汚職やわいろが発生しています。
たとえば、企業が発電所建設事業を進めようとしても、総事業費の20%のリベートを支払うなど、政府関係者にさまざまな部署で搾取されます。海外の大企業はこのような契約を拒否し、事業に着手できないのです。
ただ、石油企業は例外で、不正な契約を交わし、お互い相応の分配金を受け取っているのではないかと思います」

イラクの石油埋蔵量は世界のトップレベルを誇り、膨大な量の石油が輸出されている。
にもかかわらず、貧困が大きな問題となっている。

「路上でお金を求めたり、車磨きをして稼いだりするストリートチルドレンが増えました。イラク戦争以前はこうした子どもはいませんでした。
イラクは石油産出国であり、貧しい国ではありません。
でも、イラクの経済は停滞し、危機的状況です。
すべてを支配する政治家や政府関係者が利益をむさぼるという腐敗が蔓延しているからです」

腐敗は政治家ばかりではない。

「宗教者も同様です。かれら宗教者は、モスクを立派にするためとか、人々を助けるためとか、と言って寄付を募りながらも、イスラム寺院のお布施を横領し、豪勢な食事をしています。貧困や子どもの教育、国の問題について関心がありません。
普通、宗教者は腐敗と闘い、政府の不正を許さないのですが。
こうした宗教者がいるから、イスラム教はだめなのだ、という悪いイメージを植え付けることになるのです」

イラク戦争後、イスラム教シーア派主導の政府が成立したが、一般のシーア派イラク人の反発は強まるばかりだ。
イスラム教シーア派政党がイランから支援を受けていることへの不満も大きい。

「イランと関係が深い宗教家たちはこの国のために何もしない」と、自らもシーア派のフサーム師は批判する。


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# by k_nikoniko | 2018-09-05 17:28 | 国際ニュース

イラク南部バスラで増加する子どもの白血病と脳腫瘍

イラク南部バスラで小児がんの治療にあたっているフサーム・サリ医師。
増加する白血病や脳腫瘍、厳しいイラクの医療体制について語った。

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「私が勤務するバスラ小児がん(腫瘍)センターは2003年5月に設立され、2010年に新しい病院として再スタートしました。
2004~2017年秋までに診た患者は約2180人で、主に白血病、その他リンパ腫や固形がんの患者です。外来患者は毎月450人、2017年の小児がんの発症は216人でした」

この間の病気の内訳は、白血病が944件(急性リンパ性白血病が713件、急性骨髄性白血病が201件、慢性骨髄性白血病が24件)、骨髄異形成症候群が4件、未分化型白血病が2件。リンパ腫が368件(ホジキンリンパ腫が146件、非ホジキンリンパ腫が222件)、固形がんが868件にのぼる。

「小児がん患者は増加し、白血病も固形がんも増えています」

小児がんの発症は、2004年の78年から、2005年に108人、2007年の111人から徐々に増加し、2015年以降は200人以上だ。
2006年は、小児がんの発症が167人に急増し、白血病が78件、固形がんが89件にのぼる。

固形がんも、2004年の45件から2017年には120件と3倍近く増えた。

「2017年に発症した固形がんは、脳腫瘍が最も多く、次が骨腫瘍です」

次いで、神経芽細胞腫、腎腫瘍、横紋筋肉腫が多い。

「2015~2017年の3年間の固形がんの件数をみると、脳腫瘍が17件から24件に増加しています。骨腫瘍も14件から19件に増えています」

白血病は、2004年に33件だったのが、年々増加し、2017年は96件。

「2017年の悪性腫瘍の割合を見てみると、急性リンパ性白血病が最も多く、70件で62%を占めます。
一方、急性骨髄性白血病は24件です。
そして、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫の悪性リンパ腫が約14%です」

子どもの白血病と脳腫瘍の増加は、チェルノブイリ原発事故後にもみられ、劣化ウラン弾の放射線の影響が考えられる。

「イラクでは、病気の原因が劣化ウラン弾にあるとは理解していない人が多いと思います。研究機関もありませんし、放射線線量の測定はしておらず、政府はこの問題についてこれまで一度も語っていません。誰もこの問題について触れず、病院のスタッフでさえ話しません」

「日本でも、原爆被ばく者の調査がすべてアメリカに委ねられていたので、それと同じだと思います。先日、原爆の被爆者の組織の方とお会いし、戦後73年経つのに、被ばく者の調査が現在もつづけられ、そのデータをアメリカに送っていることをお聞きし、驚いています。
我々は劣化ウラン弾による被ばく量を調査できません。アメリカがいまでもイラクを支配しているからです。イラク政府はそのような状況で何もしないのです」

2009~2017年の急性リンパ性白血病患者の経過結果によると、がんの発症数は年々増加し、2017年は70件。

「2009年は38人が急性リンパ性白血病と診断されましたが、5人は初期治療を断念しました。親が治療を拒否したりしたためです。
住まいが遠い、貧困などの理由で、早急な治療ができず、治療を継続できないケースがあります」

治療を断念したのは、2010年と2013年が各1人、2011年が6人、2014年と2016年が各4人、2017年は2人だった。2017年は治療の前に6人が亡くなっている。

「専門的な治療をした患者は32人で、現在も生存しているのは16人です。
生存率は50%で、他の年も、約50%が生存しています」

治療を行った患者の9割以上が完全寛解(がんの徴候がすべて消失)し、約半分が現在も生存している。

その一方で、再発件数は、2009年が10件、2010年が7件、2011年が9件、2012年が24件、2013年が13件、2014年が18件、2015年と2016年が6件、2017年は3件。

「再発率はいまでも高いです」

そして、再発した患者の5割近くが、治療を断念している。

「治療を拒否するのは、がんの発症を信じたくないから、それから、手術を嫌うという理由もあります。身体の一部を摘出するのを拒絶するというのが大きな問題のひとつです。
白血病の小さな赤ちゃんを治療しようとした際、『家に帰らなければならないので、治療は受けない』と言う母親もいました。『この子のために病院に残ると、家で待つ7人子どもたちが死んでしまう。私は働いて、食事を作って、子どもたちを学校に通わせている。7人の子どもを犠牲にして、この赤ちゃんを救うわけにはいかない』と」

「それでも、私たちはあきらめないで、治療するよう勧めています。
少し大きな子どもたちは、それほど深刻ではなく、健康状態も良く、特に白血病は直る可能性が高いため、治療に来るよう何度もあきらめないで頼みます。
治療をつづけるために寄付を募ったり、遠くに住む人は通院が難しいので、地域の人に送迎を頼んでサポートしてもらったりして、治療をしています。
ただ、そういうサポートもバスラ周辺に限られていています。」

少しずつではあるが、がん治療の医療機器も導入されている。

「放射線治療機器は、2010年に導入される予定でしたが、6年ほど遅れ、昨年設置されました。これまでの化学療法に加え、放射線治療も可能になりました。
また、フローサイトメトリーでの白血病の精密な血液検査も可能になりました。とはいえ、フローサイトメモリー用の抗体が十分ではなく、不足しています。
PET検査をする機器はまだありません」

「私の病院の患者は、多くのハンディを負っている」とフサーム医師は言う。

「細胞遺伝学の研究および民間研究機関が存在しないため、医師はその経験を積むことができません。
骨髄移植センターもありません」

なかでも深刻なのが、医薬品の問題だ。

「ほとんどの医薬品が足りず、抗生物質、抗ウィルス剤、そして最も深刻なのが抗菌剤の不足です。厚生省は我々が必要とする医薬品の20%しか供給できず、しかも質が悪く、どこの製品か信用できません」

例えば、注射用薬品に注射針をさすとゴムの蓋が中に落ちてしまったり、水を入れても溶解せずに固形のままだったり、多くの医薬品がこのような状態だという。

「薬の有効期限やどこの製薬会社か、まったく信用できません。
パッケージにカナダとあっても、箱が安っぽく、カナダの医薬品かどうか疑わしいのです。
腐敗が一般化していて、輸入する際も多くの契約や賄賂などがあり、医薬品を国内に持ち込み、誰かが誰かに薬を渡しています」

医療業界でさえ支配されている、とフサーム医師は嘆く。

「90年代まで、イラクのサマワに有名な製薬会社があり、非常に質のいい薬を製造していました。
ファイザー、バイエル、スイスやドイツ、イギリス、アメリカなどの薬品も輸入されていましたが、これらの海外の製薬会社と比べても、サマワの医薬品は質が良く、信頼できました。
しかし、今は信用ゼロです。
イラク戦争後、製薬工場は民営化され、新政府が支配し、品質に注意を払わなくなりました。
もはやこのイラクの製薬会社は信用できません。たぶん、ここで製造しているのではなく、インドやイランから持ち込まれた安い薬だと思います。
効果も期待できません」

こうした理由から、イラク国内での治療を拒否する人もいる。

「イラクの薬、医師や病院を信用していない一部の人は、レバノンなど外国に子どもたちを連れて行って治療しています」

また、コンプライアンスも確立していない。

「患者側の病気に関する知識不足、貧困、治療に対する恐怖があるからです」

これらの問題が組み合わされ、日本では8割近い小児がんの治癒率に対し、イラクではそこまで至っていない。

「私の患者、サディーンについてお話したいと思います」

フサーム医師は2年前、サディーンが白血病を克服して小学校を卒業したと話していたが、その後、再発したという。

「彼女はこう書いています」

私の名前はサディーン、7歳です。
ラマダンが終わったら、イードの祭りに新しい洋服を着ることができるよね?と毎日家族にお願いしていました。
でも、イードの祭りの朝、吐き気がして、ひどく身体が痛み、頭痛がしました。
それが白血病のはじまりだとはまだ気づきませんでした。

「彼女はとても賢く、発想が豊かで、たくさん絵を描きました。
例えば、これは、痛みを恐ろしい蛇で表現しています。
病院の治療には、化学療法、注射、カニューレ、点滴、苦い薬、抗がん剤の髄腔内投与があり、こうした治療は彼女を傷つけ、苦しめていたのです。
もうひとつの絵は、化学療法からヘリコプターで逃げるサディーンです。
化学療法をしようとするこの医師は、私です」

残念ながら、今年3月にサディーンは亡くなった。

「それでも、私の病院では、たくさんの患者ががんや白血病を克服しています。
治癒した子どものそれぞれの写真を病院に貼り、患者の励みにしています。
今年、5年以上の化学療法を終えて治癒した患者が集め、祝賀パーティーを開催しました」

「なぜあなたは腫瘍学、癌の専門医になったのですか?」と何度も聞かれ、医師同士でも、お互い質問することがあります。
がんは非常に難しい病気で、一般に不治の病といわれています。
病院内においてでさえ、治癒できない、患者はみな死んでしまう、と思われている場合がよくあります。
ですから、「なぜあなたは治療をつづけるのですか?」と聞かれることが多いです。
たとえ件数は少なくても、がんは治癒します。
数件であっても、がんの治癒は、私たちにとって勝利なのです。
私たちは、患者と家族、そして医師らとともに喜びあうために治療をしています」

フサーム・サリ医師は、イラクセイブチルドレン広島の支援で、広島大学病院で腫瘍とがんの研修をしている。
初めて来日したのは2003年、今年の来日は6回目だ。

「広島大学病院での研修で、医療経営や悪性腫瘍の患者の治療の点でイラクとの格差に失望することがあります。
でも、私が広島で集めた情報、ここで学んだことは、イラクでの治療の質の向上に役立っています。ここで研修を受けることで、患者の治療はずっと改善しました。
広島に来てから、希望が持てるようになりました。
広島は私たちに多くの希望を与え、前向きな気持ちにさせてくれています。
それが、患者の治療をより効果的にし、良い結果へと導いています」

(2018年8月12日 広島市で開催された報告会より)


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# by k_nikoniko | 2018-08-26 21:45 | 国際ニュース

アイヌ遺骨問題の記事掲載のお知らせ

アイヌ遺骨問題の記事がジャパンタイムズに掲載されました。


研究のために持ちだされたアイヌの人骨は全国の大学に1600体ほどあり、そうした遺骨は2020年のオリンピック・パラリンピックに合わせてオープンする白老に「象徴空間」の慰霊施設に集約する計画が進んでいます。
これに反対し、ここ数年、北海道ではアイヌ遺骨の返還を求める訴訟が相次いでいます。
今年は北海道命名150年で、8月5日に記念式典が開催されます。この事業では、アイヌ文化のみ強調され、先住民族の歴史はまったく触れられていません。
この機会に、アイヌ民族の問題について、関心を持っていただけましたら幸いです。

仮訳はこちらです。


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# by k_nikoniko | 2018-08-08 08:55 | 社会問題

「明日、ママがいない」変更すべきは社会的養護の意識

虐待された子どもたちが施設でたくましく生きる姿に心打たれるだけでいいの? 子どもたちが本当に必要としているのは、傷つけないことではなく、充実した社会的養護

普及が遅れる里親養護に悪影響も

「里親のお試し期間の場面、子どものほうから断るなどありえないし、現実とは違いますよね」 日本テレビ系のドラマ「明日、ママがいない」を観て、Aさんはそう感じたという。Aさんは7年前に里親になり、現在は2人の里子を養育中だ。
 このドラマでは、第3話までのところ、里親がネガティブに描かれている。それでなくても、日本では里親や養子縁組に対してマイナスイメージがつきまとう。ドラマによって、里親への偏見が助長されるのではないかと心配するのは、Aさんだけではない 。
 里親とは、要保護児童を家庭的な環境で育てる制度。児童が実の家庭で養育できない場合、国や地方自治体などが要保護児童を養育することを“社会的養護”というが、この言葉が公的に使われだしたのは2003年からで、日本にはまだなじみが薄い。
 社会的養護には、家庭的養護と施設養護の2つに分けられる。家庭的養護の中心的役割を担うのが里親制度だ。
 家庭的養護は、子どもに一般的な家庭環境を与え、特定の大人と安定した人間関係や信頼関係を築くことができる。虐待を受けた児童のケアには特に、「温かい家庭」が必要だ。
 児童虐待はここ20年50倍超にも膨れあがり、児童養護施設で暮らす子どもの半分以上が被虐待児だ。入所する子どもの数は年々増加し、施設はほぼ満杯状態。施設職員の人員は不足し、専門的なケアを必要とする子どもたちに目が届かない現実がある。
 にもかかわらず、日本では要保護児童の約9割が施設に入所し、里親委託児童の割合は12%と、他諸国に比べて極端に低い。
「海外では、養護施設より里親に委託される子どものほうが圧倒的に多いのに、日本ではその逆なんです」
 Aさんが昨年出席したFICO(国際フォスターケア機構)大阪世界大会でも、海外の里親関係者から「日本の施設養護への偏り」を指摘されたという。
 厚生労働省がHP上で公開している社会的養護の資料によると、児童養護施設の入所児童数は29,399人(13年10月現在)、里親への委託児童数は4,966人(12年度末)。
 一方、イギリスやアメリカは70代、フランスは54.9%、オーストラリアは93.5%が里親委託。香港は79.8%、韓国は43.6%で、アジアの国と比較しても日本は低い割合だ。
 日本で里親養護が広まらないのには、「里親養護に対するスティグマが関係している」と森口千晶教授(一橋大学)は書いている。実際、里親によって子どもが再び虐待される事例もあり、児童相談所の職員は、プロがいて規則正しい生活を送れる施設にあずけたほうが安心だと考えがちだという。預ける側(実親)も、「里親に子どもが奪われる」と、施設を望む人が多い。
 里親への信頼度が低いのには、日本の里親制度の不備にあるともいえる。里親になる前の研修や子育て中のケアがほとんどなく、児童相談所では、子どもひとりに対してひとりのケースワーカーが担当するが、里親の面倒をみるわけではない。
「里親に対する専門家のケアがないので、自分たちで『この子には何が必要か』を考えて子育てしなければならないんです。里親にケースワーカーがつかない日本の制度に、海外の専門家は批判的です。そうした状況なので、なかには、里親になってから放棄する人もいます」とAさん。
 日本の里親制度は、里親のボランティア精神に頼り、社会的養護としての位置づけが薄かった。里親の専門機関がなく、研修や支援がなされず、子どもの権利についての意識も低い。イギリス、ドイツ、フランスなどの家族政策関連支出の予算は、GDPの2~3%だが、日本の0.75%(03年)にとどまっている。
 要保護児童のおかれた状況がますます深刻化する昨今、政府はやっと重い腰を上げ、社会的養護体制を充実させるための検討がはじまった。2007年2月に厚生労働省は「社会養護体制に関する構想検討会」を設置。検討会の報告書では、より多くの社会的資源を投入するなど、社会的養護体制の拡充の必要性が指摘されている。
 社会的養護体制強化の方向性として「里親委託の推進による家庭的養護の拡充」が示され、2010年1月に閣議決定した「子ども・子育てビジョン」では、里親委託率を来年度までに16%に引き上げる目標を掲げた。さらに、5年前には、里親に支給される手当を引き上げ、研修も充実させた。これらの成果もあってか、里親委託はここ10年間で2倍以上に増えている。
 こうした里親養護の見直しがなされているさなかに、「ママ、明日がいない」が放映された。ドラマが、里親養護の拡大に水を差すのではないかと懸念するのも無理はない。

不妊治療から里親へつながらないワケ

「不妊治療と里親養護がつながっていないんです。晩婚化が進み、里親制度を活用したい人も増えると思うのですが…」 不妊治療の末、実子を断念して里親養護に踏み切ったAさんはそう話す。


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# by k_nikoniko | 2018-06-13 21:00 | 社会問題

女性除染作業員の取材追記(2)

「道路工事に出くわすように、除染現場に出くわすことがあります。子供を連れていて、マスクも何も用意してなくても、その道を通らなくてはならないんですよ」
福島市在住の女性はそう言っていた。
「でも、今は雪があるから、除染はしてないですよ。計画通りにはやってないです。そうそう、高校の敷地内に除染した汚染物質が積み重なってるので、ぜひ行ってみてください」

そう教えられ、ホテルでの朝食後、さっそく学校へ行ってみた。
ちなみに、私が滞在したホテルは、復興庁のあるビルにあったので、平日の朝食は、作業員らしい人や、職員らしい人(みな顔色悪い感じ)と一緒になった。
地産地消がホテルの朝食の売りらしく、福島産コシヒカリや牛乳などが並んでいた。

説明通り行ったら、高校にたどりついた。通学路に沿って、敷地内にずら~っと放射性汚染物の袋が並ぶ。
除染作業は終了していないようで、ここに一時保管しているらしい。

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福島に住む別の女性が、「美術館と図書館の横に汚染物が積まれていた。開館してないと思ったら、通常通りやっていて、びっくり」と言っていたのを思い出し、美術館にも行ってみる。


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# by k_nikoniko | 2018-06-07 09:07 | 原発・核

自殺予防週間だったのですが…

9月10日は世界自殺予防デーで、16日までの一週間は「自殺予防週間」だった。
2007年にはじまり、今年で4回目。
私の知る限りでは、ほとんど報道もされず、国民の認知度は低いのではないかと思う。
昨日、「秋の交通安全週間」のニュースは流れたが。
警察庁のHPによると、2009年度の交通事故死亡者数は4914人、自殺者は32845人。
今年、この予防週間がほとんどニュースにならなかった大きな理由は、民主党の代表選、でしょう。
2010年8月の自殺者数(暫定、警察庁HP)は2521人で、1日平均80人以上が自ら命を絶ってる。
民主党代表選の2週間で1000人以上、という計算だ。
実際に自死した人の数は、警察発表よりずっと多いと思われる。

1993年、ロンドンで、サマリタンというイギリスの「いのちの電話」のことを知った。
当時、イギリスでも自殺が問題になっていた。
日本人の知り合いは、「イギリス人は、個人的な悩みを、身内や友人にあまりしたがらない。赤の他人にしたほうが、気が楽らしい」と教えてくれた。
そのとき、「日本人だったら、友だちとかに話すよね。他人に悩みを打ち明けたりしないで」と言ったのを覚えている。
自分のこの言葉はずっと引っかかっていて、最近は特に、その発言は間違っていたのではないかと思う。
身内や友人に悩みを打ち明けられない日本人もたくさんいる。
昔から? それとも、そういう世の中になったのか……。

気になったので、イギリス、フランス、日本の1993年ごろの自殺者数(10万人あたり、15歳以上)を調べてみた。
1993年のイギリス政府発表は、男性20.5人、女性6.5人。
その後、数は一進一退をつづけ、2008年は増加している。
1992年のフランス政府発表は、男性32.9人、女性10.6人。
フランスは、1994年ごろをピークに微減の傾向にある。
日本は詳しい数字がわからず、WHOの2005年調査によると、1995年は男性23.4人、女性11.3人。
警察庁発表から概算すると、1993年の死亡者数は22104人で、男女平均で18人ぐらいか。
1997年の24391人までは横ばいで、1998年に32845人と急増し、その後3万人台がつづいている。

フランスの対策については以前書いたが、決定的な効果が現れているとはいえないようだ。
日本も自殺対策をはじめたが、情報公開やサポートシステムは不十分だと感じてしまう。
人前でこのことを話題にするのははばかれる、という意識からだろうか。
このままでいいわけないのに。


(2010.09.18 10.06)


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# by k_nikoniko | 2018-06-03 13:45 | 社会問題

日本は世界一の中絶が多い国?

ピル解禁こそ女性革命の第一歩、ととらえるフランス女性にとって、ピルに懐疑的な日本女性は不可解な存在のようです。
日本でピルが解禁された当時、さまざまな雑誌でその状況が取り上げられました。
ある女性誌に掲載された記事には、多くの間違いもありますが、「日本女性と少子化問題」を西欧人がどう見ているのかを知ることができます。
特に、中絶については、痛烈に批判しています。以前も少し書きましたが、中絶に対して、西欧と日本には大きな考え方の差があるようです。

以下、1999年の記事です。

ピルが浸透しない日本

世界で最も中絶の多い国で、ついにピルが解禁となった。しかし、女性たちは副作用を恐れている。

9月末、日本でもピルが解禁になった。先進国のなかで、日本は禁止されている唯一の国だった。議論は長引いた。ヴァイアグラが6ヶ月で許可されたとき、騒動が起こった。政府は「ピル問題」を無視できなくなったのだ。

なぜこれほどまで遅れたのか? 多くの女性が消極的なのか? 髪を赤く染めたり、青い眼のコンタクトレンズをつけても、結局、日本女性の頭の中は変わっていないのである。

未熟で、情報不足。これがインタビューで明らかになった事実である。それだけでなく、性に関する調査が示すように、日本女性の性革命は穏やかなのだ。74%の男子、55%の女子は、マンガやポルノ雑誌から性について情報を得るのである。

日本では性教育が不十分である。「18~35歳の女性は未熟である。自分の生き方をコントロールする習慣がない。ピルを服用するかどうかは、相手次第だと答える女性が多く、自分で決めない」と語るフランス人ジャーナリストもいる。

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# by k_nikoniko | 2018-06-02 09:59 | 男と女

育児の天才は仕事もできる?

イギリスでも、男性が育児休暇をとりにくい環境だといいます。「男性も育児に協力的な紳士の国」というわけではないようです。
それでも、かなり前の話しですが、ブレア首相は就任中に息子が生まれ、公務の時間を削減して育児に取り組みました。
日本人にとっては、イギリスでさえ隣の芝生といえます。日本の父親が育児に費やす時間は1日平均17分で、非常に少ないと海外の新聞で指摘されたこともありました。
スウェーデンでは育児休暇取得者に出世の道が開かれているそうです。育児経験者は優れた企業人になる資格があるとのこと。だとしたら、「有能な企業人は、育児も立派にこなすことができる」という逆説は成立しないでしょうか。バリバリ働く日本のパパたちは、実は育児上手なのかもしれません。
相次ぐ青少年の悲惨な事件のたびに、家庭環境がクローズアップされますが、いつも話題になるのは母親と子供のかかわりです。父親の存在はいつも薄いですね。
育児は、仕事の達成に値する貴重な経験といえないでしょうか。
胸を張って育児休暇をとることのできる社会には、子供の悲痛な叫びの代わりに、笑顔があふれるのではないかと思います。


(2005.12.15 17.39)

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# by k_nikoniko | 2018-06-01 08:28 | 男と女