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ロンドンの暴動:世界的な苛立ち

2011年8月9日のメディアパルトに掲載された、ロンドンで起きた暴動に関する、人類学者でパリ8大学のアラン・ベルト教授のインタビューの一部です。

アラン・ベルト教授は暴動現象研究の専門家。イギリスの暴動のタイプについて、2005年のフランス郊外の動乱との共通点、そして、ロンドンの反乱でも世界各地と同様に用いられた最新テクノロジーの果した役割について話をうかがった。

ロンドンの暴動は、一般的な反乱と同じ文脈か?

深刻さはさまざまだがいくつもの事件が、1月以降、世界各地で起きている。それらは、一般人と警察および国家権力との対立という共通の特徴を持っている。その観点から、ロンドンの暴動は時流に乗っているといえる。イギリスのメディアによると、ロンドンの暴動は、不可解な情況で警官に虐待された若者が死亡した後、突発した。この出来事は、伝統的な政治的ルールのわくでは自己表現できないがために緊張が高まり、それに連続した兆候として起こる対立突発という、典型的な事件である。

若者が死亡した後の暴動は、2011年1月1日以来、世界中で20数件すでに起きている。それらの暴動、それらの状況、それらの怒りの爆発にはそれぞれの特徴がある。伝統的な政治議論では出てこないものを我々に伝えている。

金融市場に強制された国家の厳しい政治が、これらの暴動に影響を与えている。強国であろうとそうでなかろうと、国家は、人々に予算的要求へと関心を向けさせている。世界中で、治安および警察的政策の普及が加えられている。ギリシャ、イタリア、アフリカ諸国など、いたるところでそれを見てとれる。チュニジアのケースも同じである。

チュニジアの革命は、警官に敵視され、ひどい扱いを受けた若者が自殺した後にはじまった。若者が自分にもかかわりがあると感じるのであれば、孤立した現象であるはずがない。人々が金融資本主義を負わされている明らかに腐敗した国では、すべてが爆発にいたって終わる。

治安権力と若者との関係が、イギリスの暴動の原因のひとつか?

イギリスのメディアが報道した証言によると、イギリスでは、フランスの状況に類似しているが、極度の緊張感、庶民階級に対する象徴的で現実的な暴力的な現象のなかにあるようだ。大勢の人が若者の死にかかわっていると感じたら、論争は非常に重大で、日常生活の実際の体験は本当に耐えられないものだ。

この観点からすると、治安の論理は、国家の本質を警察が行使しているのであり、フランス以外のほかの国、特にイギリスでも起こっているようにみえる。これはつねに悪い結果で終わる。中国でも同様で、ここ数週間いくつかの暴動が起きたが、人々と警官の関係は良くないことを証明した。

どのような政治体制でも、国家は現在、厳しい政策へと向わざるを得なくなっている。国民の利益を無視し、正当性を失うだけだ。治安の論理は、「恐怖、対立、緊張のなかでの正当性を模索する」ということだ。

イギリス政府の厳しい政策に対する6月30日の大きなデモは、今回の事件の予兆として解釈できるか?

6月30日のデモの最後の数時間のなかに、今回の前提をみることができた。このデモは対立を残したまま終了し、イギリスではかなり例外的だった。同じ手法で、学生のデモ、特に、春に起きた保守党に抵抗する反乱を予兆とみている。

さまざまな社会的前線において、権力側からの政治的対話を維持するのが不可能だ。たぶん、それをしないで、人々を違った方法で理解させようと誘導する。今のところ、これはかなりヨーロッパ的な現象であり、どこにでも見られるというわけではない。ここには2つに区分される。一方では、イギリスの大学改革に反対して警察と対立する学生たち。もう一方は、ここ3日間の暴動。この2つの出来事は、主観的および政治的に、区別した現象としてイギリスで起こった。これはチュニジアやエジプト、セネガルのケースとは違う。これらの国では、最も貧困な庶民階級の若者とゆとりのある若者の間の接点がある。

イギリスのメディアは、今回の暴動と、1985年11月に同じくトットナム起きた突発的な暴動とを比較している。これは正しいか?

我々は新しい時代にいると思う。事件は同じ地域で起きてはいるが、主役となっている人たちは同じタイプではない。20~25年前ほどの時代と正確に同じ厳しさ状況のところはどこにもない。国内政策の確固とした選択と特にサッチャー首相の結果がこの状況だと考えることができる。政治の行き詰まりがさらに明白になった。2つの暴動現象の間の共通点はあるかもしれあないが、むしろ別の次元にいると私は仮定する。

イギリスの事件と、2005年にフランス郊外で起きた動乱に共通点はあるか?

ロンドンの暴動は、フランスの2005年の暴動よりも計画性がある。主役となった人たちの年齢が高い。イギリスの運動は、参加はしなかったが、特に反対しなかった人々がかなりいて、暗黙の同意を受けていたようだ。

2005年のフランスはもっと分断されていた。車が燃やされた地域では、起こったことを特に大騒ぎをしなかったし、かなり局地的だった。ロンドンでは、現象がより大きいようにみえる。


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by k_nikoniko | 2011-08-16 12:36 | イギリス

チュニジアのジャスミン革命

1月も半分終わってしまいました。今年もどうぞよろしくお願いします。

2011年初めの投稿は、チュニジアのジャスミン革命についてです。
突然、日本でも報道されだしたのですが、どうもよくわかりません。

そこで、海外のメディアで調べてみました。

チュニジアの内政については、まったくというほど知りませんでした。
パリに住む友人の夫がチュニジア人で、昨年11月、何度も会って話をしました。
「モロッコに比べてチュニジアは抑圧的な雰囲気」とは聞いていましたが、まさかこうした事態になるとは。
友人の夫に、「日本はどうして自殺者が多いのか? チュニジア人は自殺しない」と言っていたのが心に残っているので、今回のチュニジアの動乱のきっかけが、失業中の青年の焼身自殺だったのには驚きました。
イスラムの教えから自殺には否定的だったようなので、だとしたら、今回の出来事は、チュニジア人に大きな衝撃を与えたのだと思います。

日本のマスコミ報道の中心は、「治安」と「邦人の安全」で、チュニジア人の抗議行動を「暴動」と呼び、「不穏で危険」といった印象を与えています。
海外のネットメディア(アフリカやフランス)が、「民衆の力による独裁政権の崩壊」と一般的には肯定的に伝えているのとは対照的です。

チュニジアで抗議行動に立ち上がったのは、特に若者でした。
大学を出ても職がなく、汚職にまみれた政府を信用できず、自分の国に明るい未来を見出せない若者たち。
どうも対岸の火事とは思えないのです…。


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by k_nikoniko | 2011-01-17 23:13 | 国際ニュース

サッカーが最優先、フランスも日本も

今夜は日本とパラグアイの試合。
そのため、明日の地元紙の朝刊は配達が遅れるらしい。
真夜中の試合ではないので、好きな人はテレビで観戦するはずだし、ハイライトもテレビでやるはず。
明日の朝、あらためて一般紙の一面で、日本戦の記事を掲載する意味って、何なんだろう?
とっておきの特ダネ入りであることを期待します。

サッカーは大好きだが、ここまでサッカー一色になると、「これでいいのか?」と首をかしげたくなる。
若いサポーターたちの応援する姿をみながら、「このうちの何人が参院選の投票に行くのかなぁ」とも思う。
G8やG20では、日本の存在感はなさそうだった。マスコミの報道も少なかった。
サッカーで勝てば、それでいいんだ。国際社会で発言力がなくても???

ついでに、あれだけ「危険」だった南アフリカは、どうなっちゃったんだろう?
日本が勝ち進んだとたん、「危険」じゃなくなったみたいな印象を受ける。
南アフリカの貧困もエイズもなにもかも、ふっとんじゃった感じ。

フランスでも、サッカーを優先したサルコジ大統領が批判されていた。
6月26日付の電子版のフランスのリベラシオン紙の記事によると、サルコジ大統領は、帰国したティエリー・アンリ選手と会うために、国際NGO代表との会合をキャンセルしたそうだ。
このNGOは、130のNGOで構成されており、G8およびG20を前に、途上国の貧困対策について、サルコジ大統領に提言する予定だったという。
NGO代表者は、テレビの報道で、「怒りというより、ショックだった。フランスの大統領は、南アフリカなどの貧困問題に取り組んでいるNGOより、サッカー選手のほうが大事なのか」といったようなコメントしていた。
6月24日付の電子版ルモンド紙でも、「NGOよりサッカーを優先」について触れ、その記事の最初の部分では、「サッカーを最優先するのは驚くほどのことではない。経済効果が高いのだから」と述べている。

私がサッカーを観だした1998年のフランス大会から、フランスのサッカーは政治利用されてきたようにみえる。
98年に優勝したときは、ジダン選手をはじめ移民の活躍に、「多国籍国家の成功例」と称えた。
2006年のドイツ大会で決勝まで進んだときは、前年に移民問題で若者のデモが頻発していたときだったので、「移民との一体感」を強調していた。

日本の場合、政治利用はしていないかもしれないが、違う意味で、政治よりサッカー優先。
それも大いに問題あり、だと思う
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by k_nikoniko | 2010-06-29 10:57 | サッカー

フランスのノーマルさと闇、そしてG8

インターネット・ラジオのフランス・アンフォを聴いている。
数日前から、フランスではデモやストが続いているようだ。
漁港では漁師が船で港をブロックしてストをしている。
パリでは約17万人が、年金対策に反対するデモ行進を行い、まだ混乱している様子。
G8を前にした札幌・北海道より、フランス市民たちはずっと盛り上がっている。
などと思っていたら、若者のネット心中のニュースが入った。
森の中に駐車していた車の中で、3人の若者が発見されたという。
日本だけじゃないんだ、知らなかった。
日本の問題、地域の問題が世界につながっている。
それをあらためて実感した。
G8まで40日あまり。
私たちの声を世界に届け、世界の問題を共有するためにG8を利用したい。
この機会を無駄にするのは、とてもとてももったいないと思う。
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by k_nikoniko | 2008-05-24 23:21 | フランス

カフェで声をかけるのは変な人?

娘がパリに留学中という女性に、フランス男性のナンパ状況について聞かれた。
「『三国ナンパ論』に出てくる男性は特にひどい人たちでしょ?」と問われ、「確かに全員があのような男性ではないけれど…」と答えつつも、「けっこういるんですよ、あのタイプの男性が」とも言ってみた。
私だけでなく、多くの日本女性があの手の男性に出会っているのだから、かなりの数いるのではないかと思う。
でも、信じてもらえそうにない。
「まともな人はカフェで声をかけないはず」と主張されても、それは正しいとはいえない。
どちらかというと、声をかけない人のほうが珍しい。
女性を引っ掛ける目的とは限らず、何かひと言ぐらい話しかけるのが、フランス人やイタリア人だ。
うっとうしくても、それが普通なので、生活していくうちに慣れてくる。
しかし、日本にいると、カフェで声をかけるのは、変態の部類ととらえられがちだ。
「カフェではみな声をかけますよ。恋愛が生活の一部なので、カフェも大切な出会いの場なのです」などと返答してみたけれど、自分の言葉が恐ろしく浮いてしまった。
”恋愛が生活の一部”なんて、ここではかなり“異質”な感じ。言ってしまった自分に引いた。
もうひとつ、その女性は「フランス人は簡単に恋愛をする」的な発言をしたが、これも間違った情報だ。
フランス人は、日本人がイメージするほど、ポンポンと恋愛を楽しむ軽々しい人たちばかりではない。
どちらかというと、重苦しい人たちだと思う。
結局、「しっかりしていれば、変な男性に騙されたりしませんよ」と締めくくってみたけれど、本当だろうか。自信はない。
“しっかりしている”って、どういうことだろう?
そもそも、日本女性は、国際レベルで自律しているのだろうか?
私たちの世代は、外国人と接する機会がいまほどなかったし、外国人とのつきあい方もよく知らなかったし、女性の地位も低かった。
それゆえ、海外に住みはじめたとき、みんなとんでもない経験をしたりした。今なら笑い話だけど。
あれから20年近くたっているので、最近の女性たちは、もっと上手に外国人とつきあい、堂々と自分の意見を言い、胸を張って海外で生きているのだろうか?
だとしたら、「日本女性好きの外国人に騙されないように!」なんて、時代錯誤ということになる。
でも、実際は、昔とあまり変わっていないのではないかと思う。
この夏、パリのパーティを覗いたが、男性はほとんどフランス人、女性は圧倒的に日本人、という、あいかわらず歪んだ光景だった。
それにしても、こうしたことを言いつづけるのも疲れてきちゃった。
外国人と関係を築く日本女性はそれほど多くないのだから、あれこれ気を揉むこともないのかな、と。
日本人同士が自律した関係を築くことができたら、日本女性も国際社会で立派にやっていけそうな気がする。
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by k_nikoniko | 2007-11-18 02:57 | 男と女

ポーランド女性から聞いた話

昨日、ポーランド人について触れたので、パリで会ったポーランド人女性のインタビューを紹介します。
1997年ごろ書いた記事なので、彼女の生活状況はその後かなり変わってしまったけれど、今でも逞しくパリで暮らしているはずです。

彼女が、フランス語を学ぶためにパリへやって来たのは3年前。
一度は故国へ戻るが、パリでの“運命的な出会い”がきっかけで、再びパリへ。
アイルランド人の恋人と暮らしながら、大学で知的障害児教育学を専攻している。
「あこがれの都パリでの生活は、想像していたものと少し違っていました。日常生活の速度がとても早く、競争の毎日。することがたくさんありすぎで、時間の余裕がない人々。組織の中に抑圧された機械みたい。大都市では、当然なことなのかもしれないけれど…」
共産圏だったポーランドが民主化されたのは、1990年代初めのこと。
民間企業が次々に進出・設立し、ポーランドにも競争社会が浸透しはじめている。
「仕事と家を往復する静かな生活は、過去のものになりつつあります。ポーランドは今、初めの一歩を踏み出したばかり。この急激な変化に否定的な人も少なくありません。政治に興味がなく、工場で静かに働き、安定した社会保障を得たいと思っている人は、『何てことになったんだ、共産主義の方がいいじゃないか』と不満を持っています」
95年の大統領選挙では、18才前後の若者たちが共産党を支持し、注目を集めた。
民主化される前の時代を知らない若者が、インフレや貧富の差など資本主義の抱える問題に不安を抱いている表れなのかもしれない。
「以前のシステムは、個人のパーソナリティを無視したもの。私と同世代や少し上の世代のほとんどの人たちは、民主主義への変化に賛成しているのです」
彼女たちは、ポーランドの将来を担っていく世代ともいえる。
教育が自由選択へと変わり、外国で何かを学ぼうと、パリやロンドンで勉強する若いポーランド人の増加が著しい。
2002年にはECへの加盟が認められる予定で、ポーランド発展の期待が盛り上がっている。
しかし、海外での生活は、楽しいことばかりではないのが現実だ。
「EC諸国ではない東欧人にとって、ビザの関係などでフランスの滞在はなかなか困難。将来、パリで働くかどうかは、まだわかりません。子供のカウンセラーとしてフランスの公共機関で働くには、フランスの国籍が必要ですし…。仕事ができるのなら、他の職業でもかまいません。外国人のためのフランス語教師になろうかとも思っているところです」
パリの街並みとかわいい小さな通りは好きだが、パリジャンの閉鎖的な性格が嫌いだという彼女。
ポーランド人は“開放的で、親しみやすく、親切"。この評価は、彼女の人柄そのものを表現しているかのようだ。素朴な笑顔の合間に見せる力強い印象は、社会の変動を直視し、自由と独立の尊さを肌で学んだことからくるのだろう。
最高のパートナーと“人生を分かち合い”ながらも、一個の人間として自分をしっかり見つめている。
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by k_nikoniko | 2007-06-12 21:16 | 社会問題

若い中国人女性から聞いたこと

10年ほど前、パリで留学中の中国人女性にインタビューをしました。
公開する場がなく今に至ったので、ここで紹介します。

大学で経済を専攻する陸雲(リー・ユィン)は21歳で、パリ生活は3年半。
一人娘の将来を考え、親がパリの学校を決めたという。面倒な留学ビザの準備をするため、両親が先に上海から移り住んだ。
子供の学業のため親が居住地を変えるのは、中国人でも珍しく、ユィンはとても恵まれている。
そのためか、野心的な雰囲気はなく、ウワ~とした印象を与える。
「今ではパリの生活に慣れ、楽しくやっています。2~3年はここで勉強しますが、その後どうするかは未定。フランスで働くのは、とても難しいし…。中国に帰るかも…」
文化大革命の頃に生まれ、上海で育ったユィン。中国の急激な発展と、ヨーロッパの停滞を冷静に見つめ、若い女の子にしては現実的な考え方をする。
「中国では外国の企業の進出が著しく、若者が活躍できるチャンスがあります。特に大卒の若者は仕事が豊富で、期待されているんです。一方、労働者を解雇できない公共企業、ギリギリの生活をしている人たち、地方からの出稼ぎ労働者など、問題もたくさん…」
海外に移住する中国人は多く、パリの中国人コミュニティはかなり大きい。しかし、不法労働者など、フランスでの滞在に関するトラブルは尽きない。
「学生と偽って働く人が多いため、中国人がフランスで勉強するためのビザは、とても複雑で取得が難しいんです。お金があっても留学できない人も少なくありません」
近代化によって上海の風景が少し殺風景になってしまったのは残念だが、中国で暮らす人々の気質は昔と変わっていないそう。
美しい街並みや奥の深い文化など、パリは魅力的な街だが、東洋人から見たパリジャンは、なかなか理解しがたい人種だという。
「中国人同士のつきあいはとても親密ですが、フランス人は外国人との間に壁を作ります。深い友情を感じません。帰りにお茶を飲んでおしゃべりすることもあまりしませんね」
若い世代でも、“礼節”を大切にするのが中国人。フランス人は礼儀正しいが、東洋人の“思いやり”が全く通用しないことがよくわかったという。
「自由に自分のしたいことをするのはいいことだけど、自分のことだけを考えている人が多いようです。東洋人は、自分をどう思うか、心の底で相手の気持ちを意識しますよね」
中国に興味があるというフランス人のボーイフレンドは、一般のフランス人より親近感があり、穏やかな性格。でも、習慣やメンタリティでの共通点が少ないとクールな意見。
「彼は私と中国に行きたいようだけど、それは少し重荷。中国では、外国人と一緒にいるとじろじろ見られ、奇妙に思われるの。フランス人の恋人を持てば、会話が上達して楽しいけれど、結婚するなら中国人の方がいいわ。上海の男の子は思いやりがあって優しいのよ。女性はそういう中国男性を尊敬しているの。中国の男性は、全然マッチョじゃないしね」
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by k_nikoniko | 2007-06-04 23:15 | 社会問題

整然とした街の陰と陽

パリ近郊に住む友人は、以前、サルコジが大統領になったら「セネガルに移民する」と言っていた。
選挙後のメールでは、「セネガルじゃなくてウルグアイのほうがいい。でも、今重要なのは、この反乱をなんとかすることだと思う」と書いてあった。
フランスはかなり混乱しているらしい。
しかし、このところ暴動など直接目にしていないので、それがどんなものかを忘れつつある。
昨年、ワールドカップの準決勝をパリのスタジアムで観戦したが、試合後は“暴動”に近い騒ぎだった。
ガラス瓶が飛び、道路で火が燃え、憲兵隊のバリケードに押しつぶされそうになり、地下鉄では若者が走り回って喧嘩していた。
ちょっと怖かったが、旅行者の私にとっては数時間の出来事で、今ではそれが現実ではなかったようにさえ思える。
札幌は整然とした街で、ワサワサした乱雑さがあまりない。
ここに滞在していたイラク人は、帰国時に名古屋に立ち寄ったとき、「札幌のほうが秩序正しい」と耳打ちした。
外国人がたった1日で見抜けるぐらい、両都市は“ワサワサ感”が違う。
それはそれで大変すばらしいことだけど、無菌室のようでもあり、スッキリしすぎていて、そうではない部分が見えづらい。
“人々の多様な暮らし”に触れるチャンスは少ないともいえる。
先日、南アフリカのスラム街を描いた映画「ツォツィ」を観た後、若者たちと「“スラム街”をイメージするのは難しい」という話になった。
美しい街・札幌には、スラム街と呼ばれるようなエリアはないし、地下鉄の危ない路線もないし、湿気が少ないので汗のすえた臭いもあまりない。
飢えた目をした少年たちが道端でケンカしているシーンにも出くわすことはめったいにない。
うつろな目の少年少女はうろうろしているけれど。
何度も書くが、キレイな街であることは大変良いことだ。
でも、世界中の大多数の国にはスラム化した地域があり、満たされない感情を暴力で発散する若者たちがたくさんいる。
そこから見えてくるのは、社会の歪みや心の痛み。
平穏な街で生活しているからこそ、そうした暮らしができることを感謝するとともに、社会の暗部にも目を向ける(見るだけでは十分ではないかな)姿勢が求められると思う。
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by k_nikoniko | 2007-05-13 13:29 | ひとりごと

モロッコで起きていること

昨夜のスポーツ番組で、K1のバタ・ハリ選手を紹介していました。
オランダに移民したモロッコ人で、「モロッコには自慢するものが何もない」と言い、オランダに住む同郷の移民たちの希望の星になっているとのことでした。
ちょうどその日、モロッコ人留学生と話しをしたばかりで、「フランスはもちろんだけど、オランダへの移民が多い」と言っていたので、バタ・ハリ選手やその周辺の人々の発言を興味深く聞いてしまいました。
ただ、「自慢するものが何もない」というのは誇張だと思います。
これまで何人かのモロッコ人と会ったことがありますが、自分の国をそう卑下する人はいませんでした。
文化的な価値は高く、観光地としての魅力も十分にあります。
留学生によると、「資源は豊富。ただ、技術がない」そう。
ただ、政治および経済システムに不満を抱いている人は多いようです。
貧富の格差が大きく、高学歴者であっても仕事がない。
修士号を持っていても、就職できず、収入がないので40歳になっても親と同居している人が少なくないそうです。
そういう人たちは、カフェで時間をつぶし、お茶を飲むお金がなければ街をぶらぶらし、フラストレーションをためていきます。
職もなく、金もなく、結婚もできず……。
失うものが何もない人々が決断する、社会へ訴える最後の手段が“カミカゼ(自爆)”。
それは、「西側のメディアが伝える“テロ”とは少し違う」といいます。
社会が何も変わらない。人々にわかってもらうために、自ら“爆発”する。
すべてのカミカゼ(自爆)に宗教的思想が介入しているわけではないのに、イスラム教徒が関与していると、西側メディアは、「テロ」と決めつけます。
西側諸国の偏見が、中東の人々をさらに追い詰めるという悪循環。
無実の他人を巻き込むのですから、正しい行為とはいえませんが、社会が変わらない限りこの連鎖は断ち切れそうもありません。

日本で起きている、自殺や無差別殺人、家族殺しも、突き詰めていったら社会システムへの不満が要因にあるのではないかと思います。
でも、日本では、無実の他人を巻き込んだとしても、それをテロとはいいません。

イスラム世界についての知識に乏しいのに、西側メディアの報道を真に受けて、「アラブ人はテロリスト」と恐れるのはフェアではないです。
それよりなにより、西側メディアの報道した国際ニュースですら、十分に日本では伝えられていなくて、世界で何が起こっているのかわからないのが問題です。
先週11日、モロッコで自爆事件があったのですが、これについてはほとんど報道されていないと思います。
フランスのリベラシオン紙電子版によると、「“3人のテロリスト”がカサブランカで次々と自爆し、警官一人が死亡、数人が負傷した」とのこと。
18日の報道では、モロッコ政府が、「モロッコは今、カサブランカはじめ国内が“最危険状態”である」と発表しています。


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by k_nikoniko | 2007-04-19 13:33 | 国際ニュース

あれが若い英国人女性でなかったら

殺害された英国人女性は非常に気の毒ですが、この事件について少しうがった見方をしてしまいます。
被害者がアジア系の女性なら、これほどまで騒ぎにならなかっただろう、とか。
海外にいる日本人女性が外国人男性宅で殺害されたら、「のこのこついていった女が悪い」と非難されるかも、とか。
それにしても、英語圏の白人は日本では優遇されていますね。
「ちょっと日本を見てみたい」と気軽にやってきた若者が、比較的簡単に英語教師になり、こずかい稼ぎができるのだから。
あくまでも、彼女の友人の話しだけど。
英語圏の白人以外はどうなんだろう?
英語圏以外の白人はどうなんだろう?
と、疑問が広がっていきます。
日本人が、「ちょっと外国を見てみたい」と気軽にロンドンやパリへ行っても、まず仕事など見つかりません。
日本語ブームとはいえ、日本語を教えるのはそんなに簡単なことではないし。
英語圏の人にとって、英語は特技でも何でもなく、誰もが教えられるわけはないと思うのですが、大学を出て(専攻は何?)、ひょいと英語教師になれたりするらしい。
ロンドンの英語教師がピンきりだったことは、以前も書きましたが、日本で英語教師を選ぶときの基準などはあるのだろうか?
何だか腑に落ちない。
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by k_nikoniko | 2007-04-02 00:04 | 社会問題