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元原発作業員が労災認定を求めて提訴

今日発売の『週刊金曜日』のアンテナ欄に、「札幌の元原発作業員が労災認定を求めて提訴」の記事を書きました。

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by k_nikoniko | 2017-03-10 11:47 | 掲載記事(2011~)

フランスの原発労働者2,606人が過剰被ばく

フランスの脱原発市民団体から届いたニュースです。

2016年9月6日にIRSN(フランス放射線防護原子力安全研究所)が原子力産業で働く労働者の被ばくに関する報告書を発表した。

それによると、2015年に放射線量測定を受けた365,830人の労働者のうち、核物質を使用する労働者(ウラン濃縮工場、核燃料製造、原子力発電所、燃料取り出し、解体作業、核廃棄物)の2,606人が年5m㏜以上の被ばく線量で、14,138人が1m㏜以上が被ばく線量だったという。

過剰被ばく労働者が多い上位企業は、アレバとフランス電力公社である。

被ばく線量は20m㏜以上だった労働者は2人おり、アレバの労働者が20m㏜を1.1m㏜上回り、フランス電力公社の労働者が3m㏜上回っていた。
別の1人は500m㏜以上の被ばく線量だった。
原子力産業で働く人の年間の被ばく線量は1m㏜に制限されている。

原子力産業で直接もしくは間接的に働く人の30%が、平均の1.17m㏜~1.38m㏜以上の被ばく線量だった。

集団積算線量は、2014年の56.3人シーベルトに対し、2015年は61.9人シーベルトと増加している。

IRSNの報告書PDFはこちら(フランス語で、130ページのボリュームです)


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by k_nikoniko | 2016-09-29 23:06 | 原発・核

女性除染作業員の取材追記(2)

「道路工事に出くわすように、除染現場に出くわすことがあります。子供を連れていて、マスクも何も用意してなくても、その道を通らなくてはならないんですよ」
福島市在住の女性はそう言っていた。
「でも、今は雪があるから、除染はしてないですよ。計画通りにはやってないです。そうそう、高校の敷地内に除染した汚染物質が積み重なってるので、ぜひ行ってみてください」

そう教えられ、ホテルでの朝食後、さっそく学校へ行ってみた。
ちなみに、私が滞在したホテルは、復興庁のあるビルにあったので、平日の朝食は、作業員らしい人や、職員らしい人(みな顔色悪い感じ)と一緒になった。
地産地消がホテルの朝食の売りらしく、福島産コシヒカリや牛乳などが並んでいた。

説明通り行ったら、高校にたどりついた。通学路に沿って、敷地内にずら~っと放射性汚染物の袋が並ぶ。
除染作業は終了していないようで、ここに一時保管しているらしい。

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福島に住む別の女性が、「美術館と図書館の横に汚染物が積まれていた。開館してないと思ったら、通常通りやっていて、びっくり」と言っていたのを思い出し、美術館にも行ってみる。


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by k_nikoniko | 2014-03-23 15:22 | 原発・核

『週刊女性』に「女性除染作業員」について書きました

本日3月11日発売の『週刊女性』に、除染の仕事をする女性たちについて書きました。
「フクシマ19歳女性除染作業員の『思い』」です。
よかったら読んでください。コンビニにもおいてあります~。
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by k_nikoniko | 2014-03-11 17:43 | 掲載記事(2011~)

仏版Elleに掲載された「フクシマの母親たちの怒り」

フランス版『エル』の2011年12月23日号に掲載されたAlissa Descotes-Tさんのレポートを、個人的に訳しました。
名前はイニシャルに変えています。

危険にさらされた子どもたち
フクシマの母親たちの怒り

避難すべきか、残るべきか? 子どもたちを空気のいい地域に移動させるか、家のなかに閉じ込めておくか? 政府が危険性を軽視した状況、そして被ばくの恐怖のなかで、福島の女性たちは絶望に打ちひしがれながらも、救済の道を模索している。

太陽が降り注ぐ道を、3人の女の子が楽しそうにおしゃべりしながら、下校してきた。マスクはしていないが、首に線量計をかけている。「調査するからって、今月末これをもらいました」とひとりが語った。「何て言うんだっけ?」と二人目が質問する。「放射線」ともうひとりの子が答えた。福島第一原発から60キロの福島市で、政府(県)は子どもたちに線量計を配布し、学校の土の除染作業をはじめた。しかし、日に日に不安を募らせている母親たちにとっては、測定だけで十分とはいえはない。原発事故から9ヶ月、母親たちは、汚染されたなかでの子どもたちを守る日常の闘いについて語った。“避難”という唯一可能な解決策を納得させようとして、周囲の人たちと対立し、彼女たちはしばしば孤立感を深めている。
 「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の事務所で、Mさんは家賃無料の住宅情報を整理していた。このネットワークは、長期間の「自主避難」希望者の支援で重要な役割を果たしている。「県は避難を勧めていないばかりか、それに反対している」とこの若いボランティアの女性は言う。ネットワークのサイトにには、避難の説得で悲嘆にくれた母親から、読むのがたいへんなほど多くの書き込みがある。「市役所の人は電話に出るが、答えてくれない。親の不満を聞くだけ。こうした状況は耐えられない」とある母親は書いている。多くの国際機関や民間団体が公式発表の放射線量測定値を疑問視して以来、母親たちは警戒を強めている。放射線量の年間許容量は、事故後すでに増加している。もうひとりのボランティアのSさんはこう主張する。「1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに変更されたとき、私たちは抗議しました。この数値は原子力施設で働く従業員の被ばく量であることは、誰もが知っています。私たちはモルモットではありません! ある日、若い母親は、学校が子どもたちに線量計を配布したと喜んでいました。親たちは、それが子どもたちを守ると思っていますが、線量計は警戒体制を抑えるだけでしかありません。1、2ヵ月後には、測量計を県に返し、放射能の影響を調べるのです」 約36万人の子どもたちと妊婦に配布された機器は、広島と長崎の被ばくで実施されたテストを連想させる。2つの原爆の投下後にABCC(原爆傷害調査委員会)により実施された経験は、治療ではなく、原子力産業の知識を高めるものだった。「ABCCは現在も広島に存在しています。信じられないかもしれませんが、同じことが福島でも行われているのです」とSさんは言う。

女の子の線量計は、9月に1.7ミリシーベルトを記録した。この結果を発表したにもかかわらず、自治体は「健康には影響ない」と宣言した。「子どもを守るふりをした計画はこれからも続くでしょうが、今後も政府が問題ないと言うだろうことはわかっています」とSさんはいらだつ。多くの市民団体がネットワーク化されて以来、福島での情報の流れは向上した。しかし、Sさんによると、やるべき手段は残されている。「ここでの問題は、大半の人が知りたがらないことにあります。母親たちは、匿名を使い、ネットで絶望的な訴えを投げかけています。父親たちは、仕事を辞めたくありません。圧力が非常に強く、子どもでさえ、心配を学校で口にすれば、他の子どもにいじめられます」
 ショッピングセンターのアーケードで、Kさんは子どものボディカウンターの測定が終了するのを待っていた。市民放射能測定所に設置されたこの器械は、体内被ばくを測定できる。「子どもは5歳と8歳です」とこの若い母親は説明する。3月12日に原子炉が爆発したとき、彼女は福島市にいた。「3月18日に家族で北海道に避難しましたが、4月に戻ってきました。子どもたちは、“放射能”という言葉に関するすべてに、ひどくトラウマを持っています。たぶんもう遅すぎるのでしょうが、とにかく知りたいのです」 心配はしているが、彼女は福島にとどまりたいと思っている。「私の両親が実家に戻ってほしいと言っています。でも、ものごとはそう単純にはいきません…」とKさんは笑う。彼女は苗字を明かすのを拒んだ。測定の結果は1ヵ月後にわかる。待ち時間は長いが、福島にはこの一台だけで、この上もなく貴重だ。


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by k_nikoniko | 2012-10-22 20:23 | 原発・核

福島県飯舘村の動画をアップしました

先月(9月)に飯舘村で撮影したビデオ「飯舘村 2012年秋」をYoutubeにアップしました。
帰村を目標に除染事業に取り組む飯舘村で、実際に放射線量を測定してみました。
偶然お会いした農家の方にもお話をうかがっています。
ぜひご覧ください。
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by k_nikoniko | 2012-10-06 23:22 | 原発・核

福島でのイラク人医師講演会の報告

9月7日に福島市で行われたイラク人医師の講演会の記録から、会場との質疑応答です。

参加者:がんや白血病のほかに、病気の発症はありますか? あるとしたら、それはどういった病気ですか?

フサーム医師:子どもに関しては、流産や死産が増えています。大人では、肺がんや乳がんが見られます。免疫力の低下で、これまで以上に抗生物質が必要になっています。

参加者:健康に問題がある子どもの割合はどのくらいですか?

フサーム医師:イラクでは、劣化ウランだけではなく、1991年と2003年の2度の戦争、その間の経済制裁で、インフラも壊滅し、電気や水が不足するなど、複合的な要因で病気が発生しています。経済制裁の期間中、ワクチンは悪用の可能性があるということで、輸入ができませんでした。そのため、感染症も増えました。
たとえば、下痢は飲み水が原因だったりしますが、イラクでは他にもさまざまな要因が関係していると思います。
健康に問題のある子どもの割合を言うのは難しいです。

参加者:イラク戦争後、イラクがどうなっているのか、とても心配でした。今日はいろいろなお話を聞き、どういうことが問題かがわかり、私なりにお手伝いができたらな、と思います。
劣化ウラン弾を使ったアメリカに対して損害賠償請求するべきではないかと思いますが。

フサーム医師:ありがとうございます。みなさんがご心配してくださっていることに感謝します。そして私たちも福島のみなさんにお見舞い申し上げます。原発事故でみなさんが大変な思いをされていることに心を痛めています。
アメリカに損害賠償請求しても、拒否するでしょう。汚染を調査するのも、許されないと思います。イラク政府でさえ、それは認めないでしょう。
イラク政府はアメリカの傀儡で、損害賠償請求などするつもりもなく、それどころか、この問題を話題にしたがりません。
アメリカは民主主義をもたらすために戦争をしかけました。しかし、その代償を支払わなければならないのは我々イラク人なのです。

フサーム医師:今、福島は放射線で汚染されている状況ですが、それについて、政府は正確な情報を発表していますか? 子どもの安全を守る対策をとっていますか?
イラクのテレビなどはほとんど報道されないので、実際の状況を教えてください。

参加者:日本政府が発表しているのが事実かどうかは、疑っています。というのは、事故直後に、本当の情報が国民には伝わらず、隠蔽されていました。後から発表された情報を信じろといわれても、できません。信用を失っています。
政府は福島の子どもたちはここに住んでも大丈夫だと言っています。でも、私たちは安全だとは思わないので、ずっと政府に交渉しています。
自分で危険だと悟った人は、福島の地を離れています。でも、多くの人は福島にとどまっています。ですから、その子どもたちをどうしたらいいのか、日々考えています。
子どもたちの内部被ばくを防ぐために、食べ物をなるべく安全なところから取り寄せたり、長期の保養にできるだけだしたりしています。

フサーム医師:イラクではそういうこともできない状況です。

参加者:福島では、安全だと吹聴する医師もいます。逆に、危険だという専門家もいます。私は本当のことを知りたい。
過ぎてしまった時間は戻りません。自分の子ども、未来の子どもを守りたい。何代か先の子どもたちに何が起こるかわからない、と言われても、時は戻らないのですから。自分の子ども、将来の子どもを安全に守りたいというお母さんたちは、心配しすぎかもしれないけれど、一番重いほう(危険性の高いほう)をとって(信じて)いるでしょう。時間は取り返せないから、子どもを守りたいのなら、一番重いほうをとって、それで何もなければ、そのほうがいいじゃないですか。

参加者:イラクは砂埃が多いというイメージがありますが、マスクをするとか、食べ物に気をつけるとか、具体的に身を守る方法があるのですか?

フサーム医師:イラクでの問題は、劣化ウランの放射線の危険性に関する知識がないことです。市街地には、劣化ウラン弾が撃ち込まれた戦車などがおきっぱなしになっており、そこに多くの人が集まってきたり、落ちている武器で子どもたちは遊んだりしています。放射線についての啓蒙はまだまだ先のことです。
放射線汚染されているゾーンは近づかないようにすべきですが、政府はまだそうしたことができない状況です。

フサーム医師:福島のみなさんはガイガーカウンターを持ち、いつも測定していますよね? どうしてですか? 政府の測定結果を信じないのですか?

参加者:政府は「大丈夫」と言いながらも、測定しませんでした。そこで、ガイガーカウンターをあちこちから集めて、寄付してもらったりして、測定をはじめました。政府のものより簡易型ですが、正確な数字はでなくても、相対的に線量が高い地域はわかります。
最初にそれを実行したのは、子どもたちを守るためです。通学路が発表されている数値より高いのではないか、という疑いを持ち、測定をはじめました。そうしたら、政府が発表しているより高い値を示していました。その状態は今もつづいています。
その後、政府はモニターリングポストという公式の計測の場を設けました。文科省のHPで結果を閲覧できます。それらの数値は、2割ぐらい低めになのが事実です。場所によってはかなり差がでます。モニターリングポストによると、福島市内には1マイクロシーベルトを超えるところがありません。逆にそうした場所に設定し、発表しているのです。
今、イラクと比べれば、福島のほうが線量が高いのではないかと推察しています。確認するのは難しいですけれど。日本からガイガーカウンターを持っていって、確認していただいたらいいのでは。

フサーム医師:チェックしてお送りします(笑)。

最後に佐藤幸子さん(放射能から子どもを守る福島ネットワーク)より
劣化ウラン弾も原発も、大人が欲のために作ったもの。その被害を一番受けているのは子どもたちです。心が痛む思いでお話を聞きました。たまたまそこに生まれた、この時代に生まれた子どもたちが、どうしてこんな人間の欲のために被害を受けなければならないのか。この時代でなければ、こんな被害は受けなくてもよかった子どもたち。それを私たちは重く受け止め、これから先、こういうことが二度と起こらないように、原発も劣化ウラン弾も、とにかく人間が手におえないものは使ってはいけない。人間はそこをしっかり受け止めなければいけないのではないか、とあらためて感じました。
お忙しいなか、福島まで足を運んでいただき、ありがとうございました。
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by k_nikoniko | 2012-09-19 17:23 | 原発・核

劣化ウランによる小児がんが増加するイラクでは治療放棄も多く

9月8日に行われた講演会で、フサーム医師はイラクで増加する小児がんの実態と厳しい治療状況などをお話くださいました。その記録です。

フサーム医師は、1970年にイラクの南部バスラで生まれ育ち、バスラの医学部を1993年に卒業。地方の病院で研修医をした後、1999年からバスラ産科小児科病院の専門医となり、2010年からバスラ子ども専門病院勤務。
<訳注:1993年はサダム・フセインの政権下で、自由に国外に出られず、海外の最新の文献もなかなか見る機会がなかった。そうした状況のなか、研修医時代を過ごした>
*<訳注>は通訳の井下医師(JIM-NET)の解説です(以下同)

今回は5回目の来日です。セイブ・ザ・イラクチルドレン広島のおかげで、広島大学病院での研修が実現できました。
JIM-NETをはじめ、NGOのおかげで治療を継続でき、数多くの成果を得ています。そのひとつが、今回一緒に来日したザイナブさんのように、がんを克服した患者です。
今日はイラクの国や病院の事情について話させていただきます。

1999年に働いていた病院は、4台のベッドしかなく、検査機器や医薬品が不足し、非常に乏しい状況でした。政府の支給はなく、薬もほとんどありませんでした。

2003年に小児がん専門病棟が開業しました。この小児がん病棟は、オーストリアのエバ医師やセイブ・ザ・イラクチルドレン広島、JIM-NETの支えによって運営されていました。
このときもまだ多くの問題がありました。ベッドが少なく、患者が多いという状況で、入院患者用の病室と外来のいずれも患者であふれかえり、床に座るほどでした。入院患者45人に対し、ベッド数は24しかなかったのです。
外来は、小児外科などとも共同で、小児がん専門の診察室はなく、混雑していました。ここでも多くの患者が床の上に座っていました。

2010年10月5日に新しい病院に移りました。新設された小児がん専門の「バスラ子ども専門病院」です。この病院は、ブッシュ前大統領の妻ローラ・ブッシュが設立したプロジェクト・ホープという団体の寄付で建てられました(実際は、ブッシュ夫人の寄付により、プロジェクト・ホープの支援で建設)。
個人的意見ですが、イラク戦争でがんの増加が予想できたので、寄付を決めたのでしょう。アメリカ人が罪を感じている、イラク戦争後に何が起きるかを認識している証拠のひとつだと思います。
以前の病院では、小児がん科は他の科に属していましたが、新しい病院は、小児がんを専門に治療ができるようになりました。
子ども病院のプレイルーム、新生児集中治療室、院内学級があります。
すばらしい建物だと思いませんか?
しかし、医療品、検査機器、CTスキャン、放射線治療機器、検査室などがまだまだ足りません。

ベッド数は病院全体で123台。一般の小児科用が14、小児がん用が49です。
外来患者用ベッドは、小児がん用に8<訳注:抗がん剤治療は時間がかかるため、1日滞在するベッドが必要です>、小児外科用に27。
リハビリ用が4、新生児集中治療室に15、救急が4です。
小児科医は7人で、小児がん専門医が4人。研修医が4人、研修医から専門医になる前の医師が6人、メディカルアシスタント<訳注:食事を運ぶなど看護師ではない医療従事者>が20人、看護師が78人です。
小児がん専門医は4人しかおらず、薬もなく、ベッドも少なく、非常に忙しいです。ですから、がん専門医になりたがる医師は少ないです。
月に245人の患者が入院しており、新規の小児がん患者が月15人入院します。
<訳注:日本では大きめの大学病院の新規入院患者は10人に満たないと思う。それに対して、小児がん専門医は10か20人いる。日本と比較すると、イラクではとても目の届かないという状況で治療をしている>

さまざまなタイプの小児がんが発症しますが、血液悪性疾患が一番多いです。
<訳注:がんには、脳腫瘍、固形がん、血液悪性疾患<白血病、悪性リンパ腫>といったいろいろなタイプがある>
2004年から2011年末まで、血液悪性疾患の患者は合計634人で、白血病が420人、悪性リンパ腫が214人でした。
一度治療を終えて再び外来を訪れる患者は、月300人です。

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by k_nikoniko | 2012-09-19 11:33 | 原発・核

「イラクからのメッセージ」放置されたままの劣化ウランの放射線汚染

来日したイラクの小児がん専門医フサームさんの報告によると、劣化ウラン弾を投下されたイラクでは、放射線の危険性が知らされておらず、調査も行われていないとのことでした。
講演会でのお話を紹介します。

1991年の湾岸戦争は、クウェートとバスラだけが戦場になり、この地域で劣化ウラン弾が使用されました。
2003年のイラク戦争では、バスラだけでなく、イラク中部など、北部以外のイラク全域で劣化ウラン弾が使用されました。
サダム・フセインが戦車などを市街地に隠していたからかもしれませんが、そうした兵器を攻撃する名目で、劣化ウラン弾が市街地に投下しました。
劣化ウランに汚染された戦車やミサイルは、戦後も市街地に放ったままにされています。
放射線の危険性について、誰も警告をしません。
イラクの人々は危険性を知らされていないため、子どもたちは破壊された戦車をおもちゃにして遊んでいます。
また、そうした金属を解体し、スクラップして売り払ってしまうケースもあります。
放射線の危険性について、政府も無頓着です。
劣化ウランの影響調査については、ほとんど行われていません。
日本人の科学者を含む何人かの科学者が調査したらしいのですが、組織だって包括的に行われていません。国際的な機関による調査は行われていません。
数人の科学者や専門家の調査は十分ではなく、あくまでも個人レベルにとどまっています。
その結果を教育や啓蒙に役立てられてはいません。
アメリカは、イラクに民主主義をもたらしたと主張しますが、劣化ウランの放射線も拡散しました。これは非常に深刻な問題です。
確かに米軍は撤退していますが、イラクには世界最大のアメリカ大使館が存在し、その意味でも、劣化ウラン被害の調査を妨害する可能性もあり、適切な調査が行われるか疑問です。
イラク政府もまったく頼りにならず、劣化ウラン問題には目を向けていません。
個人的な意見ですが、私はアメリカが民主主義をもたらしたとは信じていません。
アメリカはイラクに破壊をもたらしました。イラクの石油の利権を奪うのが目的だったのだと思っています。
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by k_nikoniko | 2012-09-18 20:31 | 原発・核