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集団的自衛権が命を守れない理由(週刊女性)

戦う前にパワハラで悲鳴の現場

「自衛官の反応はゼロですよ」
集団的自衛権が閣議決定して1か月半。自衛官の相談機関「米兵・自衛官人権ホットライン」事務局長で軍事評論家の小西誠氏のところには、これといった問い合わせはないという。
「大半の自衛官は新聞やテレビの報道に無関心で、政治的教育もされません。危機感を抱くのは、実際に訓練が始まってからでしょう」
イラク戦争のときも同様で、派兵が現実味を帯びるまで、家族や隊員からの相談はほとんどなかった。
「それよりも……」と、小西氏は語気を強める。
「毎日寄せられるのは、辞めたい、死にたいというメールです。自衛隊は深刻な状態に陥っているのです」
ホットラインを立ち上げて10年たつが、パワハラや自殺の相談は年々増加しているという。多いときに1日2回、少なくても週3~4回は、新しい自衛官からの悲痛な声が届く。
最近の特徴は、幹部自衛官からの相談が目立つこと。一般隊員より待遇がよく、命令する立場の幹部自衛官が、さらに上級の幹部から嫌がらせや暴行を受ける。
「過剰任務に、海外派兵や災害派遣などが加わり、パンク状態なのです。私もびっくりしましたが、幹部隊員は、平日は夜中の1時2時まで働き、土日も出勤しているんです」
こうしたストレスフルな環境のなか、いじめが陰湿化していく。一般企業でみられる現象が、自衛隊内でも起きているのだ。
自衛官のストレスの激化は、「トランスフォーメーションがきっかけ」と小西氏は分析する。ソ連の崩壊で仮想敵国が中国に移り、00年ごろに自衛隊は北方重視から南西重視に再編した。部隊の配置や任務が大きく変わり、訓練も、装甲車で敵を狙う作戦から、近距離のゲリラ戦へと転換。それまで戦車に乗っていた隊員が、小銃を持たされ、相手の目を見て撃ち、「トドメを刺す」射撃まで要求されるようになった。
この訓練は大きなストレスとなり、異常な戦場心理状態を生みやすくする。
ほぼ同時期に海外派兵もはじまり、とたんに自殺者が急増した。極限まで精神的に追い詰められた結果、暴力や恫喝という形で、自分より弱者へと向かう。
「集団的自衛権はさらなる追い打ちになりますよ。パワハラや自殺はエスカレートするでしょう」と小西氏。
集団的自衛権で安部首相は「国民の命」を守るというが、実際は「日本と密接な関係にある他国」を守るために行使される。だが、人権が奪われ、自分の命さえ危うい自衛官に任務の遂行は土台無理な話だろう。
自衛隊の上層部や政府は、自衛隊の実態をある程度知りながらも、怖くて見ようとしないのだという。
「自殺者は統計上約100人ですが、未遂を合わせたらものすごい数です。自殺理由の半分は”不明”となっていますが、パワハラですよ。遺書があるので、わかっているはずです。刑事責任が問われるのが嫌で、ごまかしているんですよ」
こうなると徴兵制導入も心配だが、「国家総動員型の世界戦争はまだ想定外。地域紛争ぐらいなら志願で十分です。高報酬を提示すれば、志願者は集まるでしょう。残念ながら」
ここまで強引に「壊れた軍隊で戦争をさせようとしている」のは、ひとえに、軍事大国家復活の夢をかなるため。安倍首相が打ち出している一連の政策で着々と、そして巧妙に”戦争ができる国”に仕上がりつつある。
女性活用もしかり。
「女性自衛官を3倍、5倍に増強する手段も考えられます。現在は約1万3000人しかいませんから」
「女性が輝く社会」と謳う陰に、女性を積極的に戦争で活躍させたいという目論みが透けて見える。
「最終的には、石破茂幹事長の言うように、軍事法廷で懲役300年や死刑にして、派兵を強制するしかない。母親たちに反対されては困るので、特定秘密保護法などで周りを固め、社会全体に軍国主義の雰囲気を盛り上げているわけです」

『週刊女性』2014年9月2日号


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by k_nikoniko | 2015-06-01 07:47 | メディア掲載記事(2010~)

職場でいじめを受けて

『Vital』2013年春号(15号)「さようなら、いじめ」で書いた記事です。

 「働くのが怖くなってしまったんです。金輪際、働きたくないです」 そう話す西田信さん(24歳、仮名)は3年前から生活保護を受けている。アスペルガー症候群と診断されたのは22歳のとき。それまでの間、どの職場でも、仕事が遅い、不器用と蔑まされてきた。
 強烈なトラウマとなったのは、新聞販売所での「いじめ」だった。
 岩手県出身の西田さんは、高校においてあったパンフレットを見て、新聞奨学生に応募した。
 「地元に仕事はないですし、専門学校に通いながら働けるのであれば何でもよかった。とにかくお金を稼ぎたかったんです。誰でも無条件で受け入れてくれて、高収入。だから、飛びついちゃったんです」
 配属されたのは、東京23区の20人規模の販売所で、10人ほどいた専属はみな20代のアスリート系。
 初日から「仕事のできないのはダメ人間」と叩き込まれた。配達は1~2日で覚えられる。できて当たり前。そう仕込まれるが、運動が苦手で物覚えが悪い西田さんは、配り忘れなどミスを連発。すぐに「いじめ」の対象になってしまう。
 「ぶきっちょで要領が悪いんです。とろいという理由だけで、蹴られたり、殴られたり。『いじめられたくなければ、完璧に仕事をこなせ!』と怒鳴られました」
 虐待も根性で乗り越えられる。それがまかり通っている職場。
 「先輩がよく口にしていたのは“努力精進”。勝利主義の最たるものでしたね。人生は勝ちつづけることが絶対で、休むことも、負けも許されない。『自分に勝て!』と」
 鉄道の旅が趣味の西田さんは、五月の大型連休を利用して遠出した。それを知った先輩からは、『そんな遠くへ行く気力があったら、何でそれを仕事にまわさないかなぁ』と言われた。
 販売所内では誰も助けてはくれず、奨学会も耳を貸さなかった。たまりかねた西田さんは、「労働環境の改善」を求め、店長に直談判する。しかし、返ってきた言葉は、「やる気がないからだ。そんなに辛いなら辞めろ」だった。
 結局、3ヶ月で退職。親に援助してもらい、2年契約の前借分は一括返金した。
 「心の傷を癒そうと、労働局、占い師、精神科医とか、いろいろなところに相談したんですよ。どこも決まって言うんです、『ふるさとに帰れば』と。東京の人は、挫折したら田舎に戻るのが当たり前だと思ってますからね。継ぐべき家業などないですよ。帰ったら、引きこもりかニートになるしか道はない。ただでさえ、岩手の求人は少なく、県外の製造工場の派遣だけで占めている状況ですから」
 東京にとどまった西田さんは、専門学校に通いながら、バイトを転々として食いつないだ。試食販売、新聞の集金、宅配便の仕分け、派遣会社からの単発の日雇い。比較的簡単に稼げる仕事は、皮肉なことに体育会系ばかり。どこへ行っても、いじめられ、人格否定された。
 生活費のためにがまんしつづけたが、2009年に派遣村に参加し、生活保護を申請することに。「いじめから解放され、楽になりたかったんです」
 働く意欲をすっかり失った西田さんは、うつろな表情で言う。「『早くしろ』とせかされると、かえって手元が狂っちゃうんです。こんな自分を大目に見てくれるところがあればいいけどね。日本企業はどこも体育会系なので……」

 「営業電話をバンバンかけてました。号令のもとに、体育会系のノリで」
 新卒入社したブラック企業について、井上夕美さん(27歳、仮名)もまた、“体育会系”という表現を用いた。昼夜休まず電話しろ、出向いたら何時間でもねばれ。こうしたやり方に、井上さんはすぐに違和感を抱いた。
 「大学の就職課にその企業を勧められたんです。私の大学は、就職率の高さと面倒見のよさで評判でした。でも、後になって、『問題の企業であることを隠していた』と真顔で言われました。そこに入社した卒業生のなかには、精神疾患で寝たきりになった人もいるそうです」
 7月末で退社したTさんは、故郷の福島に戻り、親も薦める地元有名企業で、8月から働きはじめる。
 「会社をたった3ヶ月で辞めてしまい、そのままずっと家に引きこもっていたくなかったんです」
 正社員を希望したが、まずは試用期間としてパート採用だった。井上さんは、ここでパワハラを体験する。
 「『接客の態度がぎこちない』『愛想がない』『笑顔が足りない』と、経営者から怒鳴られました。教えられた通りやっているのに」
 経営者が面接し、適性検査も受けての採用だった。それなのに、井上さんの仕事ぶりだけが、あら捜しの対象となった。
 営業担当者からは、「しゃべり方がおかしい。売り上げが悪くなったらどうするんだ」と責められた。
 掃除の仕方を母親に習ってこい、結婚能力がない。暴言はプライベートの面にもおよんだ。
 12月に入ってからは、仕事量を減らされ、退職を促す言動はエスカレートする。「みんなに嫌われているのだから、この会社にいてもしかたがないじゃないか」と経営者に言われ、井上さんはついに辞表を提出。クリスマスの日に退職した。
 「本当に無愛想なのか、自分を疑ってしまいました。この会社を辞めて数年後に、発達障害かも、と不安になり、心療内科を受診しました。結局、発達障害は見つからなかったのですが…」
 それでも、パワハラにめげず、井上さんは仕事を求めた。職業訓練校に通いながら、就職活動の資金を稼ぐために、飲食店でも働いた。しかし今度は、中傷に悩まされる。
 「『大卒なのに、正社員じゃないのはおかしい』『未婚でパートなんて』『最初の仕事を3ヶ月で辞めてる』と言われました。田舎は、家柄や学歴など、個人情報が透明なんですよ」
 2度のパワハラで福島を去る決意を固め、2010年8月、今は夫である恋人のいる東京へと居を移した。
 「東京では試用期間切りになり、団体交渉を行いました。その職場でも、怒鳴られてばかり。そのたびに焦って、小さなミスをしてしまうんです」
 辞めさせられたとき、労働契約について尋ねたら、『試用期間には関係ない』と言われた。それに納得できず、労働組合に相談。復職はできなかったが、解決金を受け取り、保険にも加入してもらった。
 「団体交渉というのを、そのときはじめて知りました。労働の権利とかも知らなかったです。大学の就職課では、履歴書の本人希望欄に、『御社の条件に従います』と書くように指導されます。採用に不利になってしまうから、と」
 上京して正社員になったものの、企業の倒産や譲渡などの不運に見舞われ、仕事は安定しているとはいえない。履歴を見て、飽きっぽい性格だと思われるのが悔しいという。
 「パートでも正社員でもかまわないから、長く勤めたい。“お局さま”になりたいです(笑)」



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by k_nikoniko | 2015-05-06 09:40 | メディア掲載記事(2010~)