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世界の人々が身近に(2002年W杯 決勝戦)

波乱といわれた大会は、王者ブラジルの優勝で幕を閉じました。ブラジルの個人技に勝るものなし。カフー、ロナウド、リバウドらブラジル選手の笑顔はおちゃめですね。一方、気丈なドイツ選手は負けても泣きません。ゲルマン魂は、最後まで不変でした。
選手やサポーターの泣き笑いには国民性が表れることを、W杯を通して知ることができましたね。世界の人々が、実態のある身近な存在になったと思いませんか?
札幌ドームで、私は初めてエクアドル人に触れました。以前は位置さえ定かではなかったこの国ですが、サポーターを直接目にしたことで、親近感を覚えるようになりました。対戦相手のイタリア選手を撮影してはしゃぐ姿は、とても無邪気。応援の言葉の意味を知りたくて声をかけたら、かなり無愛想。どちらも素顔のエクアドル人です。
この大会で見た世界の人々は、想像の人物ではなく、いい面も悪い面もある等身大の人間です。少し大げさかもしれませんが、勝利の喜びや敗北の悲しみが万国共通ならば、日常生活の楽しさや憂いも、みんなで共有できそうな気さえしてきます。
W杯の魅力は、試合のスリルはもちろんですが、世界の人々と同じ視線で世の中を見つめ、分かち合う喜びを教えてくれるところにあります。そして、感動的なエピソードが生まれることも忘れてはいけません。決勝戦で途中出場したアルモアは、ドイツの人種差別の壁を崩した初の黒人選手です。また、3位決定戦では、心温まる光景を目にしました。涙する韓国選手の手を取り、健闘を称えたトルコ選手。その立派な精神に拍手を贈りたい。
すばらしいシーンだけでなく、ささやかな美談もしっかり心に残しておきましょう。
万歳(ビバ)、日韓共催ワールドカップ! そして、ありがとう。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年7月1日


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by k_nikoniko | 2015-07-19 07:48 | 掲載記事(2000~2010)

朝鮮学校サッカー部の監督に(『希望』)

「生徒はヤンチャでしたけど、なついてくれました」 藤代隆介 北海道 37歳

--サッカーの選手と指導者を育成する石川県金沢市の専門学校・ルネス学園で北海道出身の在日朝鮮人チョウ・ホリョルさんに出会った。彼の誘いで1997年12月、縁もゆかりもない北海道へ。そして札幌の北海道朝鮮学校サッカー部の外部コーチに就任した。

小学校1年生からサッカーをやってました。推薦で帝京高校に入って。部員が1年生だけで130人って言ってたかな。それが結局、20何人までに絞られるんです、夏が終わるまでに。サッカーマシーンが集まるようなとこです。
怪我して挫折しましたけどね、高校3年の春。チームはその後、全国制覇するのですが。左足のひざの外側靭帯切って、右のアキレス腱の炎症を起こし、まともに歩けない状態が3ヶ月続いて。「もうサッカーやめたほうがいいよ。人生長いんだから」と主治医に言われて、もう「がーん」。
大学はサッカー推薦で入れると思ってたんです。プロになることを諦めてなかったし。そんなレベルじゃないんですけど、サッカーしかなかったから。
それが、ガラガラガラって崩れちゃった。それから必死で勉強しても…。サッカーやるために、大学にもう一度チャレンジしようと、予備校通いました。親には迷惑をかけたくなくて、住み込みの新聞配達しながら。
浪人中、サッカー以外の道も探ってはみたんですけど、何か想像するだけでも怖くて。普通に働いて、普通にサラリーマンやって、楽しいのかなって。
だんだん足が元通りになって、「もう一回チャレンジ!」と思ったときに、「うちでサッカーやらないか」と声がかかったんです。サッカーをもう一度やれる喜びがすごくあって。人生のすべてが(サッカーに)詰まってますから。
それで、金沢の学校(専門学校・ルネス学園)に入り、チョウに会いました。「オレは在日だ」って。人間的に素敵な人でしたね、はじめて同級生で尊敬できるような。いろんなイデオロギーの話をしてくれたり。
だいたい日本の高校生や大学生は、喫茶店行ったら、テレビ番組やお笑いがどうのこうのって話をするじゃないですか。僕もその類だったしね。
でも、そいつは政治の話しとかしましたね。衝撃的でしたよ。「オレは違う、こう思うよ」というタイプだったので、それがすごく新鮮で。「在日朝鮮人って何なんだ。面白いなぁ」って。
卒業するときに、チョウが「オレは北海道に帰ってサッカーの仕事をする。それぞれ違う道に行くけど、最終的におまえを呼ぶから。それまで勉強していてくれ」って。で、「わかった」って、別れたんですね。
金沢でコーチとして1年半、広島県で監督を1年半やって、こっちに来たんです。3年契約で。その後の仕事先は決まってて、3年で辞めるつもりでした。それが、ハッと気づいたら13年(笑)。

--小学校のときに住んでいた埼玉で、地元の朝鮮学校初級部のチームと対戦し、そのときはじめて、「日本にいる朝鮮人なんだよ、国技がサッカーで」という話を聞いた。

うちもけっこう強かったし、「簡単に負けないよ」って。真夏のすごい暑いときに試合したんですけど、(相手は)強烈に強かったんですよ。すげぇ走るし、体の作りから違う。「なんだこれ~」って。
帝京高校のすぐ隣に東京朝鮮があり、1年生のときから、週1回ぐらい東京朝鮮の3年生と試合してたんですね。ものすごくうまいし、「東京にこんなに強いチームあったんだ」って。
「ここに勝たなくちゃ全国に出れない。厳しいな」と思ってたんですけど、関東大会とか、インターハイ予選とかに、全然出てこないんですよ。「地区大会で負けるのはちょっとおかしい」と。聞いてみたら、出られないんだって。そのときはすごい理不尽に感じたんですよね。
試合は普通にしてましたが、交流は一切ないですね。目を合わせるな、とか。相手はハングルですし、こっちはこっちでプライドあるから。
今は東京朝鮮の同期とはすごい仲がいいですけど。ここ(北海道朝鮮学校)で働らかなかったら、彼らとは会わなかったと思います。向こうも指導者やってますから、「あれ!」って。向こうも覚えてて、「出てたよな?」と。
偏見はありました。報道がすでにそうでしたからね。北朝鮮バッシングとかね。100%報道は正しいと思ってましたから。うちの親もそうでしたし。
韓国に対しても、そんなにいい印象はなかったですね。特に何がどうっていうのはないんですけど。
(札幌に行くとき、)一番反対したのは母親でした。「なんで今のサッカーの仕事ではダメなの?」って。負のイメージしかなかったから。
でも、最終的に一番応援してくれたのは母親でした。父親が亡くなって、(母親を)北海道に連れてきたんです。在日の人がよくうちに来てくれたりして、母はすごい勉強して。本当に一番の理解者でした。三年間ぐらい一緒に暮らしたのですが、亡くなりました。
家族の支えは大きいですね。理解がないとやっていけないです。サッカーの指導者自体、家族の理解がないと100%できませんから。

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by k_nikoniko | 2015-07-18 07:45 | 掲載記事(2011~)

トルコ ネチっこく奮闘(2002年W杯 トルコ対ブラジル)

応援するチームがあるのとないのでは、サッカー観戦に対する気合の入れ方が違ってきます。ブラジルとトルコ、どちらを選ぼうか。両国ともそれなりに愛着を感じているので、迷ってしまいました。
なぜなら、外国で初めて友だちになったのがトルコ人なら、海外生活最後に親しくなったのがブラジル人。ちなみに、そのブラジル人は、サッカーに全然興味がないという珍しい女性。母親はサッカー好きだけど、フランスのジダン・ファン。
決めかねたので、客観的に観ることにしました。ブラジルとトルコはかなり硬派だし、ミーハ-に騒ぐ必要もなさそうです。この2チームには、ネックレスやピアスを装着している選手がほとんどいません。昔懐かしい体育会系男たちの戦いです。そして、なぜか大吾郎ヘアが二人(ロナウドとイルハン)。これは、お笑い系を狙っているのかしら?
しかし、外見は飾り気がなくても、卓越したテクニックはため息ものです。人々を引き付けるのに十分すぎるほど素晴らしい。曲芸師のようなプレイに、この日もみせられてしまいました。シナリオなどあるはずないのに、上等のショーを演じているみたいでした。
ところで、トルコの粘り強さと絶妙な動きから、ある記憶が鮮明によみがえってきました。ロンドンのトルコ料理レストランでのことです。キラキラのセクシードレスを身につけた豊満な女性がベリーダンスを踊り出したとたん、客のトルコ人男性たちが豹変したのです。おひねりを手に浮かれ騒ぐ姿は、表現不可能な妖しさでした。
そのときのムンムンとした熱気は、選手たちのネチっこいプレイにも感じられました。暗そうなハカンシュキュルや森島似のバストゥルクも、はしゃぐのでしょうね。想像するのは少し怖いけど…。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月27日


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by k_nikoniko | 2015-07-16 08:53 | 掲載記事(2000~2010)

欧州の世界観 再発見(2002年W杯 イングランド対ブラジル)

決勝までとっておきたかったイングランドーブラジル戦。先取点を入れたのはイングランドでしたが、ブラジルがベスト4に一番乗りしました。4年前に「ワンダーボーイ」として華々しくデビューしたオーエンも、今回は影が薄かったですね。
ここまでくると、テレビ映りより、なりふりかまわずゲームに集中する国のほうが強い。ヘアスタイルに凝るのはいいけど、美容師呼びよせてもね…。勝ち残っているチームの選手のほとんどが素朴な髪型ですよ。ビジュアルではなく実力を楽しむしかありません。
ところで、この大会、イタリア人がかなりセコい性格だとわかるなど、サッカー以外の面でも面白い発見ができます。
例えば、実況&解説の相違点。二カ国語の音声を切り替えてみると、その違いがわかるはず。
日本はひっきりなしに説明と分析を話し続けますが、英語解説は無言の時間が長く冷静。興奮してうわずったりしません。しかも、正統派クイーンズイングリッシュで、意味がわからずとも、なかなか格調高い感じです。
また、ヨーロッパメディアが映像を担当しているため、観戦する日本の有名人が無視されていることも興味深いところです。海外の要人は画面に登場しますが、日本では知名度の低い人物だからか、何者なのかわからないで終わってしまうこともしばしば。イングランドーブラジル戦も英国のアンドリュー王子が観戦していましたが、コメントがなかったみたい。
ヨーロッパ主導のW杯は、アメリカ式世界観に慣れている日本人にとって、別の角度から世の中を見るいい機会だと思います。
そういえば、自国が8強入りしても、アメリカ国民は無関心だったらしいけれど、ブッシュ大統領がサッカーファンだったら、「ブラジルに黒人はいるか?」などというつまらない質問をしなかったでしょうね。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月22日


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by k_nikoniko | 2015-07-13 09:10 | 掲載記事(2000~2010)

ラテン気質 不遇の時代?(2002年W杯 ブラジル対ベルギー)

ブラジルはやっぱり強かった。ロナウドは絶好調ですね。リバウド、ロベカル、ロナウジーニョなどなど、個人技が光っていました。対するベルギーもすばらしかった。惜しいチャンスが何度もあり、本当に残念。ブラジル選手の喜びの笑顔がいい。反則を犯して謝るベルギー選手がさわやか。スペイン対アイルランド戦に続き、感動的なゲームでした。
サッカーは、ただ点を取るだけでは、観ていて物足りないものです。フィギャ-スケートや体操のように、技術力、表現力も評価の対象にしたいぐらい。派手なパフォーマンスがあってこそ、華やかに盛り上がり、サポーターも夢中になるのです。
でも、大波乱といわれるこの大会、1次リーグで危なげなかったのは、どちらかと言うと、ドイツやスウェーデンのような地味な職人気質のチームでした。
個人技を見せるというより、ダッシュしてゴールを狙う速攻スタイル。選手の表情は、彫りの深い能面のごとく硬い。得点を入れることが仕事だというように淡々とボールを蹴り、ゴールを決める。これが21世紀の地球村で勝ち抜く法則?
確かに、黙々とがんばる人のほうが、着実に勝ち組に入れそうなご時世なのかもしれません。アクの強いスター選手がそろった強豪チームは、早々に敗れてしまいました。突然リストラされたエリート社員みたいです。そして、大胆に遅刻してしまうような常識破りの個性派集団も消されてしまう。ラテン気質で生き残るのは、難しい時代なのかしら…。
決勝トーナメントは、少々退屈かもと思っていたのですが、それは大きな間違いでしたね。一回戦のゲームは、どれもエキサイティングです。一回勝負なだけに、選手たちの燃え方が違います。これからの展開が楽しみで、やっぱり最後まで目が離せません。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月18日


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by k_nikoniko | 2015-07-10 08:10 | 掲載記事(2000~2010)

華麗な脚 封じた湿気(北海道新聞 2002年W杯)

各グループの予選通過チームが全てそろいます。一足先に決勝トーナメント出場を決めたのは日本。韓国には勝ち残ってもらいたい。けれど、ポルトガルにも負けてほしくない。とても複雑な心境で、14日夜の一戦を見ました。
開始5分ほどで、ポーランドがアメリカを2点リードしているという情報が入り、少し気が楽に。これで、韓国とポルトガルの両チームとも勝ち抜く可能性が出てきました。しかし、「ポーランドありがとう」と喜ぶのは早かった。ポルトガルはレッドカードで二人退場となってしまいました。韓国はガッツのチームだとわかっていたけど、ポルトガルは華麗なプレイが特徴だったはず。でも、絶対に落とせない試合で、キレイにこだわっている場合ではない。野獣に変身。
しかし、サポーターの大声援に支えられた韓国は強い。機敏な動きで積極的に攻めまくり、9人で戦うポルトガルを追いこみます。そして、京都パープルサンガ所属の朴智星がゴール。
引き分けが良かったな~というのが本音です。またしても優勝候補の敗退で寂しい。フィーゴよ、さようなら。世界のファンタジスタたちが、輝きを残さないまま姿を消してしまいました。
軽やかな脚さばきが武器にならない。どんより重い空気がのしかかり、モタついてしまうのかしら。強敵は、相手チームより湿気なのかもしれません。肌にベットリ張り付くのは、多くの選手にとって初体験だったはず。恐るべきアジアの気候です。
それはさておき、韓国&日本おめでとう。両国とも決勝トーナメント出場を果たしました。さて、次に目指すはベスト8。蒸し暑さに慣れている韓国と日本は、またまた粘り強いところを見せてくれるでしょう。黄善洪(ファン・ソン・ホン)や中山ゴンの出場も期待したいですね。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月15日


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by k_nikoniko | 2015-07-08 07:52 | 掲載記事(2000~2010)

日本がロシアを下し決勝トーナメントへ(北海道新聞 2002年W杯)

若者の粘り強さに拍手

やりましたね。決勝トーナメント進出に王手をかけた日本。すばらしい!
両国にとって大切な一戦。おまけに、政治的発言で、スポーツ精神以外の敵対心もなきにしもあらず。「この国だけには負けたくない」と燃えていた人もいたかも。
日本とロシアは近くて遠い国。海を隔ててお隣同士なのに、知らないことが多すぎる。このさい、じっくりロシアを観察しましょ。
フィールドにいるロシア選手のほうが多い!
そんな気がしたのは最初だけ。日本選手は、恐ろしいほどの運動量で存在感を見せつけます。すばしこい走りでボールをカットし、ロシア得意のパス回しを封じます。速い、うまい、すごい。また一段と上達しましたよね。
先制点を入れたのは稲本でした。小野に駆けより、がっちり抱擁。どちらも歓喜に満ちた表情がすがすがしい。2試合連続のゴールに、サポーターの興奮も最高潮です。
後半、スタミナ不足を心配したのですが、日本選手の動きは衰えません。「根性」という言葉は、死語ではなかったのです。若者の気迫と粘り強さに、圧倒されてしまいました。テレビの前で拍手喝采の連続です。全国民の声援が、ヨコハマまで聞こえたのでは?
一方、お人形さん顔のカルピンは、目をぱちくりさせて不満そう。クールなロシア人も、焦って表情が崩れがち。その姿はとても人間的で、親しみがわいてきました。
試合終了後に選手が握手するところを見たかった、なんて甘い考えかしら。観戦中の小泉総理は、この試合で、どんなことに「感動した」のでしょう。外交も正々堂々とお願いしたいですよね。ところで、ロマンチェフ監督って、プーチン大統領に似ていませんか?

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月11日


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by k_nikoniko | 2015-07-06 07:43 | 掲載記事(2000~2010)

ベルギービールで乾杯!(北海道新聞 2002年W杯)

バンザーイ! サポーターはもちろん、トルシエ監督も思わず派手なアクションで喜んでいました。2002年6月4日は、日本サッカー史上忘れられない日のひとつとなるはずです。ワールドカップで念願の勝ち点ゲット。国民の興奮で、日本の気温が少し上昇したかも。
「レッドデビル(赤い悪魔)」と呼ばれるベルギーへ挑む意気込みからか、戸田は髪を真っ赤に染めて登場。でも、鮮やかな赤のユニフォームに身を包んだベルギー選手は迫力たっぷりです。
体格のいいディフェンス選手が4人ずらりと整列する姿は、悪魔というより赤鬼。ワッフルやチョコレートがおいしいベルギーですが、ガンとして立ちはだかる彼らに、甘さのかけらもありません。その厚い壁は、突破を試みる前に萎縮してしまいそうなスゴさです。
しかし、勇敢に立ち向かうのが我ら日本代表。攻撃を阻止されたって、くじけたりしません。そして、持ち前の粘りでチャンスを作りました。ベルギーの先制にもひるまず、鈴木が会心の同点ゴール。これで勢いがつき、うれしい逆転。速攻でゴールを決めた稲本は、「おれだよ、おれ!」と満面の笑顔。だてに銀髪にしたわけじゃありませんね。アピールも外国仕込みの貫禄です。
そういえば、中田英寿もチームメートに声をかけ、頼もしいかぎり。それぞれが大きく成長している日本代表選手たち。これからの試合がとても楽しみになってきました。
目指せ一勝。次回の応援に備え、体調を整えておかなくては! 試合中は、期待と不安で少々息苦しくなってしまいました。引き分けという結果に満足した後は、緊張をほぐしリラックス。ベルギービールで乾杯といきましょう。うまい酒の肴(さかな)は、テレビのスポーツニュース。ハイライトで見る日本チームのビビッドな活躍に勝る“つまみ”などありません。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月5日


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by k_nikoniko | 2015-06-26 07:47 | 掲載記事(2000~2010)

ゲルマン魂 容赦なし(北海道新聞 2002年W杯)

歴史に残る、北海道でのワールドカップ第一戦。試合開始前からウエイブが起こり、スタジアムは熱気ムンムン。ピッチ上にいる選手たちは、生ですよ、生。テレビ画面ではなく、目の前で動いています。ミーハ-にカメラ小僧になってしまいそう。
ドイツ対サウジアラビア戦は、ヴィジュアルを楽しむのではなく、武骨なぶつかり合いが見もの。今宵は男のロマンに酔いしれることができるかしら…。
それにしても、身長の差がすごすぎる。ドイツ選手は、サウジアラビア選手より頭一個分背が高いのです。シークレットブーツをはいても追いつきそうにありません。ダッシュしているのに、足長ドイツ人の一歩は大きい。大人に遊ばれている子供のようです。
体格だけでなく、国民性の違いもゲームに表れました。きちょうめんでしっかり仕事をするドイツと、臨機応変が持ち味で個性的なサウジアラビア。あまりにも対照的ですが、この試合では、ドイツの正確な速攻で、サウジアラビアはボロボロ。崩れっぱなし。
それにしても、ドイツは容赦ないですね。これでもか!と、点を取りにいきます。これがウワサのゲルマン魂? そんな冷酷な根性、私ならお断り。仁王様顔のカーンもまゆなしヤンカーも、薄情者に見えてきた。スタンドからは、「ドイツいじめっ子」の声も。逆恨みだとわかっていても、そう思えてきてしまうのですよ。サウジアラビアには、せめて一点取ってもらいたい…。ああ、声援も空しくゲーム終了。勝負の世界は厳しい。
教訓。肉体的に不利な場合は、未熟な小技で立ち向かおうとしてもムダ。テクニックを極めるのが決め手。これはサッカー以外でも使えそうです。よ~し、技を磨くぞ。
アジア代表、がんばろうよ! 新たなる希望に目覚めた札幌ドームの夜でした。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月3日


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by k_nikoniko | 2015-06-22 08:47 | 掲載記事(2000~2010)

大番狂わせ…これぞW杯!(2002年W杯 フランス対セネガル)

開幕戦のフランスーセネガル戦、軽い気持ちで観戦するつもりでした。初夏のカフェを演出しようと、南仏名物アニス(ハーブの一種)のお酒「パスティス」とつまみのオリーブをデパ地下で調達。テレビ画面に集中すれば、日本のお茶の間にいることを忘れ、フレンチムードは完璧…。
でも、お祭り気分に浸っている場合ではありませんでした。フランスどうしちゃったの? 立ち上がりどの選手も悲壮感いっぱいで、動きも硬い。これまで見たことがないほど汗びっしょり。とてもつらそう。
湿気に弱いのか、それともセネガルが強いのか。さらに、シュートがゴールバーやポストに当たるなど、運にも見放されてしまったようです。アンリもトレゼゲも一応仕事はしたんだけどね。
一方、セネガルのプレイはのびのびしていて、怖いものなしで戦う姿がすがすがしい。しっかり守り、機敏な攻撃で、前回優勝国のフランスを追い詰めました。先制点を奪ったときには、ユニフォームに感謝感激の奇妙なダンスダンス。そりゃあ、うれしいでしょう。
そしてそのまま試合終了。笑顔で踊りまくるセネガル選手とは対照的に、沈痛な面持ちで立ち去るフランス選手たち。フランス選手のこんな顔は見たくなかったな~。
ベンチのジダンも、怖いぐらいシビアな表情でしたね。実は、ジダンの欠場でジョルカエフに出場のチャンスが回ってきて、ファンの私としては大喜びしていたのです。でも、やはりジダンの代役は荷が重過ぎたのかもしれません。ちょっとかわいそうでした。
それにしても、初日からいきなりの大番狂わせ。これぞワールドカップ! まだまだ波乱は続きそう。刺激的だけど、かなり心臓にかなり悪い1ヵ月になるでしょう。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!ワールドカップ」2002年6月1日


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by k_nikoniko | 2015-06-11 08:31 | 掲載記事(2000~2010)