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イングランド対アルゼンチン戦(北海道新聞 2002年W杯)

まだまだ続くストーリー

5月31日の開幕以来、筋書きのないゲームが繰り広げられているW杯。でも、今夜は少し違います。イングランド対アルゼンチン戦は、まさに大河ドラマ。キックオフ前から物語は始まっていたのです。W杯5回目の対戦となる今日のタイトルは、「闘将の雪辱」。
前回は、老獪なシメオネの挑発に乗り、若く無垢なベッカムがレッドカードを受け、退場してしまったというお話しでした。アルゼンチンの勝利で「つづく」となり、その先を楽しみにしていたのです。
復しゅうか? 度肝を抜く展開になるのか?
役者に不足はありません。シメオネはしぶとく健在。大人になったベッカムは、骨折というヒーローにふさわしいエピソード付きで登場。脇を固めるバティストゥータやオーエンのからみも気になります。
豪華キャストで贈る対決が、いよいよスタート。なんだかアクション活劇を見る気分です。でも、予想に反して、荒れた戦いではありません。一点が欲しい両チームによる必死の攻撃。流れを変えたのは、前半39分ごろから開始されたベッカムの敵討ち。まず肘鉄でキリゴンサレスに鼻血。その数分後、PKでゴールを決め、晴れ晴れした顔で雄たけびです。
ハーフタイムに入るとき、シメオネと握手するベッカム。これで爽やかに和解成立かな?

後半は、野獣となったアルゼンチンが攻めまくり、イングランドは足元フラフラ。かなり危なげでしたが、守り通して勝利を手にしました。それにしても、和気あいあいとユニフォーム交換した選手など、一人もいませんでしたよね。かなり恨みは根深いのかしら。

両雄が決勝トーナメントに進んで勝ち上がれば、6月26日の準決勝で再び相まみえます。物語の続きを、今回の大会でぜひ見たいものです。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月8日


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by k_nikoniko | 2015-06-30 08:26 | 掲載記事(2000~2010)

地域に根を張る島根県の保健所(月刊自治研)

人と人とをつなぎ合わせて
地域の健康を支える

地域に根を張る島根の保健所――保健師の数は全国トップ

地域住民の健康や公衆衛生を支える保健所は、都道府県などが設置する公的機関。近年は、市町村の保健課と混合されがちで、その業務内容は地域の人になかなかわかりにくい。
そうした現状のなか、島根県の保健所は、市町村と連携し、地域に根差した活動で知られる。島根県の保健所は、長年、七か所すべての保健所で、公衆衛生の専門医が保健所長を務め、地域特性を生かしながら脈々と活動してきた。
もうひとつの大きな特徴としては、市町村の事業である健康診断を受託し、保健所の専門職種が公民館や集会所に出向き、行政担当者と一緒に健診してきたこともあげられる。市町村の保健事業にかかわりながら、「どのような病気が多いか」「生活の状況はどうなのか」といった地域性や健康課題を把握し、市町村とともに対策を検討してきた背景がある。
今回、全国的にも注目されている益田保健所を訪問した。県庁から最も遠い圏域に存在し、益田市、津和野町、吉賀町をかかえる益田保健所は、「益田圏域健康長寿しまね推進会議」の事務局として、「第二次益田圏域健康長寿しまね推進計画」を進めている。第一次計画は、一九九九年に県が打ち出した「健康長寿しまね推進計画」を受けて、二〇〇一年度にはじまった。
これを基盤に、益田市、津和野町、吉賀町の三市町も健康増進計画を策定。市町の健康づくり会議と、公民館単位の健康づくりの会が、健康長寿日本一を目指し、「健康づくり」「生きがい活動」「要介護状態の予防」という同じ目標を掲げて活動を展開している。

途切れかけていた関係を再びつないで
――市町村と保健所、互いの活動を重ね合わせる

保健所のモデルケースとして取り上げられることが多い益田保健所だが、村下伯所長は、「保健所と市町村の関係がギクシャクした時期もありました」と苦笑いする。
保健所の活動を歴史は大きく三期に分けられるという。まず、保健所が地域に出かけて健康診断を行っていた時期。次に、一九九四年の地域保健法により市町村との関わりを模索していた過渡期。そして、「益田圏域健康長寿しまね推進協議会」の活動がはじまって以降。
市町村との関係がこじれたのは、地域保健法の制定が原因だった。「身近な保健サービスは市町村、専門的な取り組みは保健所」と仕分けされ、厚生労働省からは「市町村と都道府県の役割分担」をかなり強く指摘されたのだ。
これにより、難病や結核といった専門分野が保健所固有の事業として残り、健康診断や母子保健、三歳児健診の実施主体は市町村に移行した。これまでのように保健所の保健師が健康診断に出向く機会が減り、市町村とのつながりが遠のいてしまったのだ。
「国のほうからのこうした議論のなか、現場では保健所も市町村も、『これまで築いてきた関係を大切にしていこう』との意見がありました。役割を分担するのではなく、市町村と保健所の活動を重ね合わせ、最終的には地域の健康に責任持って取り組んでいく。そうした新しい協働関係が構築されてきています」
市町村は、子どもから高齢者まで、あらゆる年代、さまざまな職種の人が生活する地域に束ねる。一方、保健所はより広域的視野を持ち、医師会、歯科医師会、薬剤師会、栄養士会、労働基準監督署、教育委員会、JAといった関係機関と連携していく。こうした役割分担のもと、保健所は圏域全体を見つめ、各市町村の課題も提起していく。市町村のほうも、圏域の課題を承知したうえで、具体的どう取り組んだらいいのかを考える。保健所と市町村が地域の問題をしっかり把握し、地域の解決すべき課題を共有することで、効果的な対策を進めるのが理想だ。
それを実現するべく、益田圏域健康長寿しまね推進会議を母体とし、圏域内の保健、医療、福祉、教育、企業などが連携するネットワークが構築された。推進会議の構成員は、当初の二八関係機関・団体から、二〇一二年度には三八に拡大。保健所は、構成団体の会員や職員への研修や啓発など、健康を支援する環境づくりをてがける。市町のかかわり方としては、市町の健康づくり会議がこの推進協議会とともに、「食と歯」「運動とこころ」「高齢者の健康づくり」「たばこ」のワーキング部会を設置し、具体的な健康づくり計画を進めていく。
それぞれの部会は、約一〇の機関の代表者と各市町担当者で構成され、年二回の会議で、それぞれに特化した健康づくりを検討する。六月頃の会議でその年度の活動方針を決め、二月頃に結果を報告し、次年度の計画に生かしていく。また、それぞれの部会の活動内容は「まめなかね通信」に掲載し、それを配布して情報発信もする。


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by k_nikoniko | 2015-06-29 08:17 | 掲載記事(2011~)

英国シングルマザー事情(1993年)

1993年7月11日のテレグラフ紙日曜版の記事の翻訳。

イギリスでは130万人がシングルペアレント(片親)で、その数は20年前の2倍に上る。そのうち、90%が女性で、イギリス人の母親の1/5がシングルマザー。しかも、若い女性が多い。
シングルマザーの70%が生活保護を受けており、40%が生活保護のみの収入。
政府は社会保障予算の負担増加を懸念している。シングルペアレントに対する国民年金給付は、ここ10年で30億ポンド以上増加した。

問題は、シングルマザーの貧困にある。
オックスフォード大学のある教授は、「両親のそろった子供に比べ、シングルペアレントの子供は病弱で、学校の成績が悪く、失業しやすい傾向にある。犯罪や非行に走りやすく、親と同様の不安定な生活を繰り返す。寿命も短い」と語る。
政府は、暴力が蔓延する荒廃の文化が広まるのを恐れている。
One plus One(結婚&恋愛リサーチ団体)の調査によると、「シングルペアレントの子供は健康状態が十分ではなく、胃潰瘍や大腸炎になりやすい。心の病をわずらう人も多い。また、成績もよくなく、学校でおちこぼれる。男子の失業率は、両親を持つ人の3倍」とのことだ。

シングルペアレントの増加は、結婚生活の崩壊と深い関係がある。
家族で暮らす場合、結婚しているケースが一番多いのは20年前と同じだが、1961年の392000組以来、結婚する人の数は徐々に減っている。
最近著しいのは、再婚、再々婚の増加で、1961年は5000組だったのが、1989年には50000組に達した。
この傾向は、離婚の増加とも関係があり、1961年の離婚は27000組だったが、1989年には164000組となり、結婚したカップルの1/3が離婚し、この数はヨーロッパ平均の2倍である。
一方、事実婚は、1961年には5%以下だったが、1988年には約50%を占めるようになった。
離婚はまた、財政を圧迫している。離婚にかかる負担は、年間13億ポンド。8.5億ポンドは生活手当、3.2億ポンドは住宅手当、7300万ポンドが法律上の費用、2700万ポンドが養育費に使われる。

最も頭を悩ませるのが、養育費である。というのも、シングルペアレントのほとんどは、再婚するか事実婚をするのだが、再び別れるケースが多いのだ。事実婚が増加していても、事実婚の崩壊は結婚の3倍で、結局、子供だけが増えていくことになる。
現在のイギリスでは、出生の30%が婚外子で、16歳以下で親の離婚や別離を経験している子どもが1/5におよぶ。

イギリスも北欧型になりつつある。北欧では、事実婚が多く、結婚したカップルの半分が離婚、出生の50%が婚外子である。
One plus Oneの調査によると、「離婚した男性が心臓病を患う確率は、既婚者の2倍。離婚者が心の病にかかる率は4~6倍。自殺を図るケースは、男女とも離婚者が4倍になっている。さらに、循環器と呼吸器の病気、もしくは事故で若くして命を落とす傾向にある。また、別れた相手の死が、ストレスの原因にもなる」とのこと。

British Medical Journalは、「シングルペアレントの子供は、他の貧困家庭の子供に比べても、最も死亡率が高い」と発表した。
再婚してもうまくいかない場合が多く、離婚率は高い。シングルペアレントの再婚により、子供は傷つくことが少なくない。

離婚が簡単にできるようになり、出生率が減少し、離婚や事実婚に対する偏見がなくなり、働く女性が増加した。このような社会で、伝統的な家族の価値へ立ち返るのは容易なことではない。
住宅および家族ローンなど、シングルマザーに不利なシステムを改善するのは可能だろう。
また、逃げる父親を追跡するサポートシステムを強化することもできるかもしれない。
もしくは、税金や他の年金システム(結婚手当てなど)で結婚したほうが有利にするか。


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by k_nikoniko | 2015-06-27 07:51 | 男と女

ベルギービールで乾杯!(北海道新聞 2002年W杯)

バンザーイ! サポーターはもちろん、トルシエ監督も思わず派手なアクションで喜んでいました。2002年6月4日は、日本サッカー史上忘れられない日のひとつとなるはずです。ワールドカップで念願の勝ち点ゲット。国民の興奮で、日本の気温が少し上昇したかも。
「レッドデビル(赤い悪魔)」と呼ばれるベルギーへ挑む意気込みからか、戸田は髪を真っ赤に染めて登場。でも、鮮やかな赤のユニフォームに身を包んだベルギー選手は迫力たっぷりです。
体格のいいディフェンス選手が4人ずらりと整列する姿は、悪魔というより赤鬼。ワッフルやチョコレートがおいしいベルギーですが、ガンとして立ちはだかる彼らに、甘さのかけらもありません。その厚い壁は、突破を試みる前に萎縮してしまいそうなスゴさです。
しかし、勇敢に立ち向かうのが我ら日本代表。攻撃を阻止されたって、くじけたりしません。そして、持ち前の粘りでチャンスを作りました。ベルギーの先制にもひるまず、鈴木が会心の同点ゴール。これで勢いがつき、うれしい逆転。速攻でゴールを決めた稲本は、「おれだよ、おれ!」と満面の笑顔。だてに銀髪にしたわけじゃありませんね。アピールも外国仕込みの貫禄です。
そういえば、中田英寿もチームメートに声をかけ、頼もしいかぎり。それぞれが大きく成長している日本代表選手たち。これからの試合がとても楽しみになってきました。
目指せ一勝。次回の応援に備え、体調を整えておかなくては! 試合中は、期待と不安で少々息苦しくなってしまいました。引き分けという結果に満足した後は、緊張をほぐしリラックス。ベルギービールで乾杯といきましょう。うまい酒の肴(さかな)は、テレビのスポーツニュース。ハイライトで見る日本チームのビビッドな活躍に勝る“つまみ”などありません。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月5日


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by k_nikoniko | 2015-06-26 07:47 | 掲載記事(2000~2010)

原発震災離婚(週刊金曜日)

『週刊金曜日』(2011年10月21日)に書いた記事です。

原発事故が引き裂いた男女の絆

当山 原発事故が起きた時、最初は夫も一緒に避難してきました。でも、事故があまりにもダラダラと続くし、政府は「大丈夫だ、大丈夫だ」としか言わないし。そうしたら、夫が「一旦帰る。福島には仕事あるから」って言い出したんです。避難生活では180万円があっという間に消えてしまいましたから。それでみんなで帰ろう、って決めたんです。でも、ちょうどその時に2回目の大地震が起きて……。それで私は、やっぱりまだ様子を見たいと思い、子どもと残りました。それからは福島との二重生活。夫は「オレが福島で働いて、仕送りするから」って。

藍田 私は、地震後すぐに娘と一緒に東京へ避難しました。夫とは電話も通じなかったし、仕事の邪魔もできないと思ったから、告げずに避難したんです。東京にいる1カ月間、夫は一度も来てくれなかったし、「そこ(東京)から危ないと言われても困る」って、話しを全然聞いてくれなかった。でも、私も仕事を中途半端にしたままにしてきたこともあって福島に帰りたくなったんです。それで、4月の終わりに「避難生活やめる」と言ったら、夫は結局それを待っていたみたいですごくうれしそうでした。
当山 やっぱり、別居生活が2カ月、3カ月と続くと精神的に追い詰められていくんですよね。これまで家族で暮らしていた家にポツンと一人。仕事して家に帰っても料理作って待っててくれる人もいないし、子どもの賑やかな声もない。友だちはみんな福島で普通に生活し始めたので、「どうしてうちだけこんな生活しなきゃいけないの。寂しいよ」と夫からは言われました。
藍田 私も一度は福島に戻ったんです。でも、五月下旬に娘が鼻血を出して、それで心配になって、夫に「鼻血出したんだよ、おかしいよ」と言ったら、「医者に行けばいいだろ」って真剣に聞いてくれなかった。外に出たら被ばくしちゃうのにって、涙がボロボロ出てきて……。それで、翌日、また娘と一緒に逃げてきました。夫には、ひじきの煮物作って置いてきたまま……。
立花遥香 私は、被ばくが心配だったから、夫に「仕事やめて」と言いました。「(福島では)子どもも絶対に産まない。耐えられない。安心して子どもを育てられるところに移ったほうがいいんじゃない」って。
立花光男 妻と私は、お互い二男・二女で、アパート暮らしだったから、身軽だったというのはあります。ただ、できれば避難はしたくなかった。地元に愛着や想い出がたくさんありますから。でも、福島でいろいろと気にしながら生活するよりは、違う土地で健康な生活を送れればいいのかな、と。
当山 放射能って見えないからわからないんですよね。夫からは「自分が生まれ育った町が汚れているとは思えない。俺は残りたい」と言われました。でも、客観的に福島を見ると、私にはもう無理なんです。生活していい場所だとは全然思えない。福島のアパートの部屋は、空気清浄機をつけてやっと0.2マイクロシーベルトまで下がるんですよ。夫には「健康が保証されないところに子どもを連れて帰れない」という話をして「仕事も見つけておいたから、こっちへおいでよ。私も働くから」って言ったんですが、彼の踏ん切りがつかなかった。それで夫から「もう耐えられない」と離婚を切り出してきました。

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by k_nikoniko | 2015-06-25 07:46 | 掲載記事(2011~)

スウィンギングロンドン(VoCE 1998)

ロンドンがバブルで活気づきはじめたころの書いたものです。
1ページ目を紛失してしまったので、2ページ目から。

②FoodとFashionのレベルは比例する!?
”ロンドン=不味い”の定式が崩れた。'90年代初めのロンドンのレストランは、雰囲気、質、サービスと三拍子そろって最悪だった。しかし、ここ数年の景気のよさを反映し、続々と新しいレストランが誕生している。フランスほど料理にプライドがないため、味にも冒険的な新感覚のレストランは、20~30代のロンドン・ヤッピーたちでにぎわっている。それにともなってモード度も上昇。モデルのトリシア曰く、「外食の日はワンピース。着飾って行くレストランが増えてうれしいわ」
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③アフタヌーンティーの習慣、すでにない!?
お茶をする喫茶店らしきものがなかったロンドンに、大陸からカフェが上陸。パリ風カフェのチェーン店をはじめ、ものすごい勢いで増加している。「土曜日はカフェでランチするのが最近の日課」とデザイナーのイヤ・イヤラさんも語るように、カフェのテラスで過ごす楽しみが、やっと定着したようだ。かなり前から、本格的なアフタヌーンティーは一部の階級だけの習慣となっていたが、”紅茶好きのイギリス人”はもやは過去のものになりつつある。コーヒーの味も向上、エスプレッソやカフェオレの人気は伝統的ミルクティより優勢。


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by k_nikoniko | 2015-06-24 08:29 | 掲載記事(1991~1999)

イタリア国民投票後の脱原発の課題(週刊金曜日)

フクシマの事故が脱原発へ イタリア国民投票後の課題

フィレンツェ大学物理学部のアンジェロ・バラッカ教授は、一九七〇年末から一貫して反原発運動をつづけている。
「国民選挙(二〇一一年六月)で廃炉が決まったのは、フクシマの影響が大きい。次は私たちが、日本に協力する番です。国際的な連帯を強め、世界の脱原発を実現しなくてはなりません」
あまり知られていないが、イタリアは、一九六四~六五年に三基の原子炉が稼動させており、アメリカ、イギリスに次いで世界三番目の原発先進国だった。その後、原発建設は一時停滞し、第一次石油ショックで計画が再開する。
この頃から、イタリアでは科学者や一般市民の原子力への不信感が高まっていった。バラッカ教授もまた、イタリアの脈略のない原発政策に疑問を抱き、原子力に関する研究に傾倒していく。
一九七七年、イタリア政府は、原子炉二〇基を建設する大プロジェクトを提案。この計画に、大規模な反対運動を巻き起こり、国内各地で抗議デモが繰り広げられた。
「イタリアの原発政策はつねにビジネス優先で、国民の利益は二の次」 バラッカ教授もこれを機に、反原発運動に深く関りはじめた。
チェルノブイリ事故の翌年(一九八七年)の国民投票でイタリアは「全原発の停止」の決断を下す。それ以降、原子力問題が取りざたされない時代がしばらくつづいたが、二〇〇八年、ベルルスコーニ政権が原発再稼動に動き出した。
バラッカ教授は、「原発問題に鈍感になり、反原発運動が存在しない」イタリアの状況を危惧し、『L’Italia Torna al Nucleare?』(イタリアは原子力に戻るのか?)を出版するなど、活動を開始。二〇一〇年に原発再稼働の是非を問う国民投票の実施が決定してからは、公開討論や講演会などを活発に繰り広げた。
政府はマスコミを利用し、国民投票阻止のプロパガンダを展開していた。そんな中での「草の根」の運動だった。
街頭活動などもないわけではなかったが、全国規模での抗議デモにはいたらず、焦りも感じたという。七〇~八〇年代の反原発運動の勢いを目にしているバラッカ教授によれば、今回のイタリア人の態度は、実に冷めたものだったそうだ。
「フクシマの事故がなければ……」とバラッカ教授は漏らす。
実際、福島第一原発の事故が決定打となった。三月十一日以降、世論が脱原発へと大きく傾いた。ただ、バラッカ教授は、「すさまじい事故を見て、拒絶反応を示しただけ」と分析する。現に、イタリアでは、国民投票で決着がついたかのごとく、原発への関心が急速に薄れている。経済危機をはじめ、国内には優先されるべき問題が山積みだからだ。
「国内での原発建設は違法ですが、イタリアは間接的に原発稼動に関与しています。イタリアの電力会社ENELは、スロバキア、スペイン、ブルガリアの原発運営企業の株主です。国営であれば国民投票に従う義務がありますが、民間企業には何も言えません」
イタリアでもまだ闘いは終わっていない。国を超えた脱原発に向けて、何をすべきか。
「政策を変えていく挑戦はできます。そのひとつが、再生可能エネルギーに有利な法律の整備です。やるしかないですね。まだまだがんばっています」

Angelo Baracca
ミラノ大学物理学部卒業後、フィレンツェ大学で博士号を取得。1968年よりフィレンツェ大学で統計力学や高エネルギー物理学などを教える。2009年の退職後も同大学で教鞭をとりつづけるかたわら、執筆や講演会、キューバの大学との協働研究など、国内外で活躍中。

『週刊金曜日』(2012年1月13日)「『金曜日』に逢いましょう」に掲載


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by k_nikoniko | 2015-06-23 13:59 | 掲載記事(2011~)

ゲルマン魂 容赦なし(北海道新聞 2002年W杯)

歴史に残る、北海道でのワールドカップ第一戦。試合開始前からウエイブが起こり、スタジアムは熱気ムンムン。ピッチ上にいる選手たちは、生ですよ、生。テレビ画面ではなく、目の前で動いています。ミーハ-にカメラ小僧になってしまいそう。
ドイツ対サウジアラビア戦は、ヴィジュアルを楽しむのではなく、武骨なぶつかり合いが見もの。今宵は男のロマンに酔いしれることができるかしら…。
それにしても、身長の差がすごすぎる。ドイツ選手は、サウジアラビア選手より頭一個分背が高いのです。シークレットブーツをはいても追いつきそうにありません。ダッシュしているのに、足長ドイツ人の一歩は大きい。大人に遊ばれている子供のようです。
体格だけでなく、国民性の違いもゲームに表れました。きちょうめんでしっかり仕事をするドイツと、臨機応変が持ち味で個性的なサウジアラビア。あまりにも対照的ですが、この試合では、ドイツの正確な速攻で、サウジアラビアはボロボロ。崩れっぱなし。
それにしても、ドイツは容赦ないですね。これでもか!と、点を取りにいきます。これがウワサのゲルマン魂? そんな冷酷な根性、私ならお断り。仁王様顔のカーンもまゆなしヤンカーも、薄情者に見えてきた。スタンドからは、「ドイツいじめっ子」の声も。逆恨みだとわかっていても、そう思えてきてしまうのですよ。サウジアラビアには、せめて一点取ってもらいたい…。ああ、声援も空しくゲーム終了。勝負の世界は厳しい。
教訓。肉体的に不利な場合は、未熟な小技で立ち向かおうとしてもムダ。テクニックを極めるのが決め手。これはサッカー以外でも使えそうです。よ~し、技を磨くぞ。
アジア代表、がんばろうよ! 新たなる希望に目覚めた札幌ドームの夜でした。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月3日


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by k_nikoniko | 2015-06-22 08:47 | 掲載記事(2000~2010)

「戦争はイヤだ」と女たちで国会包囲

昨日は「女の平和6.20国会ヒューマンチェーン」に参加してきました。
赤い洋服を着て。
お天気も味方して、梅雨晴れの一日。
1万5000人が集まったそうです(主催者発表)。
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戦争は本当にイヤです。

今、衆議院で審議されている「安全保障関連法案」の「11法案って何?」については、内閣官房の『「平和安全法制」の概要』をご参考に。

集団的自衛権が命を守れない理由(『週刊女性』2014年9月4日号)


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by k_nikoniko | 2015-06-21 14:39 | 戦争

パレスチナの現状

聞いた話しによると、ヨルダン国民の60%ほどがのパレスチナ難民だそうです。
ヨルダンの難民は比較的恵まれているほうで、最悪の状況で暮らしているのはガザのパレスチナ人だろうとのことでした。

昨年末(2006年)にお会いしたパレスチナ人のマジダさんは、次のようなことを言っていました。


中東は大変美しい地域です。
私はときどき、さまざまな宗教の人が同じ権利を持つ国境のない世界を夢想します。
パレスチナやイスラエルといった名前にとらわれず、どのような人でも人間としての尊厳と自由を持っている社会が誕生してほしいと心から願っています。
日本人は北海道でも東京でも似たような生活ができますが、私たちパレスチナ人は違います。
私の夢はいつも破られてしまいます。
現実に目を向けると、イラクで戦争がはじまり、レバノンが侵攻されています。
なぜ世界の人々は黙って傍観しているのか、私はその理由を知りたい。
パレスチナ問題はアラブの問題でも、イスラムの問題でもなく、国際的な人権問題だと考えています。そして、パレスチナ問題を別の目的に利用されたくはありません。
ガザをはじめ、パレスチナの3領域は封鎖されていて、刑務所や強制収容所と同じです。
こうした状況に置かれていては、パレスチナ人の力だけではどうすることもできません。
世界の人々の手を借りなければ、平和を実現できないのです。
パレスチナで起きていることを人権問題として考え、私たちに力を貸して欲しい。


以下、彼女の話をまとめました。



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by k_nikoniko | 2015-06-20 08:54 | 戦争