フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2016 Kayoko Kimura
by k_nikoniko
お問い合わせ:
k.kayoko.7☆gmail.com
☆→@に変えてください

最新の記事
南スーダンPKO派遣差止め訴..
at 2017-06-20 11:06
札幌の自主夜間中学が公立化か
at 2017-06-16 08:36
ルモンド紙より「南スーダンの..
at 2017-06-03 14:05
『道新』セクハラ認めずも始末書
at 2017-05-05 17:38
恵庭OL殺人事件の第2次再審..
at 2017-05-01 14:35
通信制中学の記録映画『まなぶ..
at 2017-03-24 11:54
元原発作業員が労災認定を求め..
at 2017-03-10 11:47
南スーダンPKO派遣差し止め..
at 2017-03-03 11:39
札幌の自主夜間中学が公立化か
at 2017-02-24 11:36
約126万人が義務教育未終了
at 2017-02-16 13:11
カテゴリ
全体
掲載記事(2011~)
掲載記事(2000~2010)
掲載記事(1991~1999)
掲載記事(1990以前)
ジェンダー
男と女
ひとりごと
フランス
イギリス
国際ニュース
社会問題
原発・核
デモ日記
戦争
歴史
メディア
カルチャー


サッカー
外部リンク
ライフログ
タグ
検索


<   2015年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

野田秀樹作・演出NODA MAP「エッグ」を観ました

野田秀樹さん率いるNODA MAP(野田地図)の舞台「エッグ」を観てきました。
野田作品は、1988年にパルテノン多摩野外特設劇場で観た「彗星の使者」以来です。
フワフワしていた時代に、フラフラしていた私にとって、野田さんの舞台は小気味よかった。
「27年ぶりに観る舞台に何を感じるのだろう」と期待もあり、ちょっと不安もあり、出かけました。

そして「エッグ」。
豪華キャストですが、テーマは重いです。
「戦時中の人体実験」を描いています。

この舞台、演出やセリフに「隠語」がたくさん用いられていました。
登場人物の名前、ゼッケンの番号などなど、気づかなかった部分も含め、あらゆるところに。
ちなみに、妻夫木くんの役名「あべ」を、出演者が呼び捨てするシーンが何度もあり。これも隠語?

従軍看護師や母性のかけらもない母親を登場させ、戦争で美化されがちな従順な女性を、まったく逆の存在として描いているのも面白い。

これだけのキャストがこういうテーマで出演できるのは、野田作品だからだろう、とも思いました。

政治的メッセージを隠語に託す。
そうしなければ、表現の自由を封じられる。サザンが謝罪したように。
これが今の日本ではいっぱいいっぱいなのかもね。
そういう息苦しさも、この舞台から伝わってきました。



[PR]
by k_nikoniko | 2015-02-18 00:22 | カルチャー

「おもてなし」する外国人を人種で差別?

「おもてなし」と言っておきながら、もてなす相手を人種で差別するなんて最低。
「分けて住む」のではなく、「混ざり合って住む」ほうが大切。
外国人と仲良く共存していこうと、努力している地域もあるのです。

お隣さんは外国人! 20か国住民のリアルな生活」(週刊女性)

[PR]
by k_nikoniko | 2015-02-15 10:23 | メディア掲載記事(2010~)

『週刊女性』に日本在住の外国人の暮らしについて書きました

今日2月3日発売の『週刊女性』に、外国人が多く住む「いちょう団地」について書きました。
80年代初頭にはインドシナ難民が、90年代には中国残留孤児の方々が入居しはじめ、現在は20か国以上の外国にルーツを持つ方々が暮らしているという、神奈川県の団地です。
国は、外国人労働者の受け入れを拡大する方針ですが、その受け皿は整っているのか、といったことも書いてます。
f0016260_23522221.jpg


[PR]
by k_nikoniko | 2015-02-03 23:52 | メディア掲載記事(2010~)

アート作品としての「慰安婦」少女像

昨日で終わってしまいましたが、「不自由な表現展」に、韓国ソウルの日本大使館前に設置されている「慰安婦」少女像のレプリカが展示されていました。

少女象の縮小模型は、2012年8月東京都美術館で開かれた「第18回JAALA国際交流展」に出品されましたが、美術館側が「(政治的表現物であるため美術館の)運営要綱に抵触する」という理由で一方的に会場から撤去されたとのこと
f0016260_00143001.jpg
今回の展示にあわせ、少女像の作家キム・ソギョンさんとキム・ウイソンさんが来日し、都内で講演を行いました。そのときのお話を紹介します。
f0016260_00135375.jpg
「慰安婦」少女像は「反日の象徴」のような取り上げられ方をしますが、この像は、芸術大学を卒業した芸術家が制作した「アート作品」です。

キム・ソギョンさんとキム・ウイソンさん夫妻は、韓国中央大学校の芸術大学卒。学生時代の80年代から民主運動にかかわり、芸術で社会問題を提起してきました。

地方から20年ぶりにソウルに戻った二人は、ハルモニたちが水曜デモを20年間もつづいていることに驚き、「このままにしておけない」と動きだしたそうです。金学順(キムハクスン)が名乗りでたのは1991年8月14日。当時はメディアも騒いだので、すでに解決されたものと思っていたのです。
2011年5月ごろ、ハルモニを支援している韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)を訪ね、「アーティストとして、私たちに何かできることはないか、それがわかれば、やらせてほしい」と訴えたところ、「2011年12月14日に水曜デモが1000回を迎えるので、平和の碑を建てたい。そのデザインを担当してほしい」と言われました。
そこで、二人は20数点のアイデアを作って見せたのですが、日本大使館前に設置することに対し、「無事にできるのか」「韓国政府が賛成するのか」という悩みが深刻になり、いいアイデアが浮かばなくなってしまったそうです。
日本政府から「建てないでほしい」との要請もありましたが、「こういう状況だからこそ、違うものを作ろう」とするのがアーティストです。
最初は文字を刻む「平和の碑」を建てる予定でしたが、「人々がコミュニケーションでき、ハルモニたちを癒す彫刻はどうだろう」と考え、挺対協がその案を受け入れてくれたので、ソギョンさんが少女像を提案しました。

日本大使館前の少女像の設置は、韓国政府から承認を得たわけではなく、地方自治体や地元警察は、何度も対策会議を開きました。拘束されるかもしれないが、その責任は自分たちでとろう、とこの少女像を建てたそうです。

少女像を制作する際、最も大切にしたのは、多くの人と分かち合えること、コミュニケーションがとれること、でした。

少女像にしたのは、10~20代のたくさんの少女が連れていかれたのがわかっているからです。最初はおばあさんにしようかと思ったのですが、「女性たちが連れて行かれたのをどう表現したらいいか」を考え、少女にしたそうです。ソギョンさんは、「女性として、娘を持つ母親として、こういう発想になった」と言います。
3か月の制作作業中、ソギョンさんは、「自分自身が被害者だったら、娘が被害者だったら」を考えていたそうです。

この少女像には、いくつかの象徴があります。

少女の背後には、影と蝶々、碑文見えます。
この影は、おばあさん、つまりハルモニたちの姿で、ハルモニの痛みや苦しみを表しています。
真ん中に飛ぶ蝶々は、既に亡くなられた被害者がよみがえり、伴にいることを表しています。
「おばあさんの影を描いたら?」とアイデアを出したのは、娘さんだったそうです。
f0016260_00145151.jpg
作りはじめたときは、手は重ねているだけでしたが、最終的には、こぶしをギュッと握る形にしました。
こぶしを握る形にしたのは、3か月の作業中に、日本政府が「建てるな」と要請したのがきっかけでした。
彼女自身との約束であり、この問題を解決するための闘い、未来の子どもたちへの思いが込められています。

おかっばの髪は、毛先がそろっていません。これは、日本人によって無理やり切られた髪をイメージしています。
最初はおさげやきれいに切りそろえたおかっぱにしてみましたが、最後にはガタガタに切られたおかっぱにしました。
「家族や祖国とのつながりをむりやり切られた」というのを表しています。
f0016260_00140818.jpg
肩にとまる鳥は、亡くなられたハルモニと生きているハルモニをむすぶ触媒の役割を持っています。

少女は裸足です。それは、険しかったハルモニの人生を表しています。
遠くに連れて行かれ、故郷に帰れなかった人、帰る故郷を失った人がいます。
ですから、かかとがすり減っているのです。
今もハルモニたちは胸に痛みを抱え、その痛みを消し去れないでいる人もいます。
f0016260_00141999.jpg
少女の横の空いた椅子は、亡くなったハルモニが座り、一緒にいるために用意した椅子です。
また、誰もがここに座ることができ、ここから日本大使館を見つめてほしいとの思いもあります。
ハルモニの心、少女の心に共感してもらうために作った椅子です。
さらに、次世代の子どもたちが、ここに座ってくれたらいいと思っています。
f0016260_00144180.jpg
この少女像は、ある日突然ひらめいたのではなく、二人は大学在学中から、芸術的才能を使って、社会的なことができないか考えていたそうです。
ウイソンさんは、「韓国には抵抗美術、民衆美術というものがあり、これを抜きにして、芸術を語れない」と言います。
民衆美術を制作する芸術家はたくさんおり、反戦や反核、女性問題や労働問題など、さまざまな分野で表現しています。
民衆美術は政治的、社会的だとの批判し、否定的な人もいますが、ウイソンさんは、「政治や社会問題を抜きにして、何の表現活動ができるのか」と。

少女像の日本の反応については、次のように述べました。
「少女像が日本大使館の前にあるから、不快なのだろう。
しかし、なぜこの少女像がイヤなのか考えてほしい。
真実をあきらかにするためにハルモニたちは闘っている。
日本政府が解決すれば、いやな気持ちはなくなるのではないか。
それまでは、いやだという気持ちを甘受すべきだと思う。
この問題が解決したら、少女像は日本政府が管理すべきだ。
そうすることで、日本の誠実さ、度量の広さが見えてくる。
これを引きうけることで、日本の偉大さが見えてくると思う」


[PR]
by k_nikoniko | 2015-02-02 23:49 | 歴史

経済は苦手ですがピケティ氏の講演を聴いた

昨日30日に日仏会館で開催されたトマ・ピケティ氏の講演に行ってきました。
予約したにもかかわらず、超満員のため、ロビーのモニターで聴くことに。
そのおかげで、会場入りするピケティ氏が間近を通りました。
f0016260_00501918.jpg
経済オンチ、しかも『21世紀の資本論』を読んでいないのですが、ピケティ氏のお話から学んだこと、考えたことをつらねます。

*************************
現在、富裕層は10%、中流層は40%、貧困層は50%の割合。
中流層が減少している。

日本も、一億総中流といわれていた時代はとっくに終わっている。
なのに、日本人の多くが、自分は中流層だと思い(込み)、貧困など他人事かのように無関心。
日本は50%の層が可視化されていないですね。

50年代~60年代にグズネッツの波が受け入れられた背景には、ハッピーエンドでいたい、忍耐強く待てば景気はよくなる、といった楽観的な考え方があった。
共産化しないためにそうすべきだと。


悪いほうに考えたくない、がまんすればよくなる、というのは日本にもある。
でも、ちっとも景気は良くならない。耐えてる人はもう限界にきている。
笑ってる人はさらに腹を抱えて笑う。それが今の経済システム。

教育制度、労働制度、税制度、コーポレイトガバナンスなどが組み合わされ、格差を生み出す。
アメリカでは教育のアクセスに大きな格差がみられる。
富裕層がいい教育を受けて、いい大学へ進学する。大学は富裕層からお金を得ている。
逆に、底辺の人々は教育へのアクセスが悪い。

日本も同様になっている…。
それにしても、日本の経済ニュースを読んでも聞いても、身近に感じられないし、よくわからないのですが、ピケティ氏の話す経済は生活に密着していて、興味をかきたてられる。

教育だけでなく、トップマネージャーが自分の収入を高く設置できるようなコーポレイトガバナンスにも問題がある。

日本で経済をわかりにくいのは、経済の仕組みを庶民に知らせたくないから?
経済を難しい学問にしておけば、高給取りにとって都合がいい。
難しい学問にしておけば、女・子どもは口出しできない、と思っているのかも。
今の日本で家計を切り盛りしてるのは女性で、教育を受けるのは子どもたち。
こういう女・子どもにこそ、経済のしくみをわかりやすく説明すべきでしょう!

戦争は、資産の破壊や賃金の圧縮といったイレギュラーな条件を生み出す。

経済システムを混乱させないためにも、戦争はすべきではないですね。

税制は社会を表している。所得税は歴史を物語る。
世代間の相続権は近代的な制度で、統計がとられるようになったのはフランス革命後である。
所得税は19世紀のフランスにはなく、1914年に導入された。
日本の所得税の統計は1896年からとられており、フランスより早い。
北欧は1880~1890年に所得税が導入され、1922年にインドは1920年代、アルゼンチンは1930年代で、この年代までに多くの国で所得税が導入された。

日本の所得税の歴史は、国税庁のサイトにありました。
所得税導入の検討は明治時代の初期にはじまり、1884(明治17)年には、イギリスの税制をもとに草案が作成された(所得税は1798年にイギリスで創設)。その後、すでに所得税を施行している各国のを参考にし、1887年(明治20)に所得税を導入した。プロシヤの影響が強い税法であったと言われている。


現在の富裕層10%が占める富のシェアは、1920年代より大きい。
1980年代から格差は大きく変化した。
富裕層10%の所得独占率はこれまでの30~35%から50%以上に増えた。
経済成長の2/3を富裕層10%が吸収している状況。
中流層の所得が停滞し、経済システムが脆弱している証拠である。

ヨーロッパの富裕層10%の所得独占率は、アメリカほど大きくはない。
日本は、ヨーロッパとアメリカの中間に位置しており、富裕層10%の所得独占率は35%~45%。

90%の人たちは、どんなに働いても、報われない…
これは、日々の生活で実感する。
どの業界も、契約や非正規社員、下請けが増加。安い賃金で、仕事量だけは多い。

富の独占の状況は、それぞれの国によって特徴がある。
アメリカの格差は、グローバル化によって生み出された。競争の激化、新興国の拡大が要因になっている。
グローバル化はヨーロッパや日本も同様だが、政策や制度が異なり、同じような状況に陥ってはいない。

資産においては、富の集中度高く、資産の格差のほうが所得の格差より大きい。
富裕層10%が資産の50~100%を独占している。
ここ数十年で割合が高くなりはじめた。
全体の40%にあたる中間層の資産のシェアは20~35%。
そして、50%にあたる貧困層のシェアは5%ほどで、ほとんど何も所有していない。

世襲社会が復活している。
アメリカより、ヨーロッパや日本のほうがその傾向が顕著である。
人口の伸びが遅く、生産性が低いため、過去に蓄積した資産が重要になるからだ。

民間資産が多くなると、公的資産が少なくなる。
ヨーロッパも日本も共産国でないので、民間資産のほうが公的資産より多い。
しかし、混合経済においても、現在は、公的資産(病院や学校など)が国民総生産の1/4、1/3、もしくはゼロになっている。
公的資産がゼロやマイナスというのは、政府の力が弱いことを示している。

富の再分配の方法はいろいろあるが、文明的なやり方としては、累進課税があげられる。
税制によって、どのように格差が生まれるかもわかる。
トップ10%の富が6~7%で成長するのであれば、どのような税率が必要か考えなければならない。
逆に、1%~2%の伸びであれば、それほどの累進課税でなくてもいい。
課税率は情報に基づくべきであり、それゆえに透明性が求められる。
情報がないままの議論は難しい。

透明性と情報。日本が最も隠したがるもの。
ピケティ氏は、自分たちが動くことで、格差社会を変えられる、とおっしゃっていたが…。



[PR]
by k_nikoniko | 2015-02-01 00:50 | 社会問題