フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2016 Kayoko Kimura
by k_nikoniko
お問い合わせ:
k.kayoko.7☆gmail.com
☆→@に変えてください

最新の記事
南スーダンPKO派遣差止め訴..
at 2017-06-20 11:06
札幌の自主夜間中学が公立化か
at 2017-06-16 08:36
ルモンド紙より「南スーダンの..
at 2017-06-03 14:05
『道新』セクハラ認めずも始末書
at 2017-05-05 17:38
恵庭OL殺人事件の第2次再審..
at 2017-05-01 14:35
通信制中学の記録映画『まなぶ..
at 2017-03-24 11:54
元原発作業員が労災認定を求め..
at 2017-03-10 11:47
南スーダンPKO派遣差し止め..
at 2017-03-03 11:39
札幌の自主夜間中学が公立化か
at 2017-02-24 11:36
約126万人が義務教育未終了
at 2017-02-16 13:11
カテゴリ
全体
掲載記事(2011~)
掲載記事(2000~2010)
掲載記事(1991~1999)
掲載記事(1990以前)
ジェンダー
男と女
ひとりごと
フランス
イギリス
国際ニュース
社会問題
原発・核
デモ日記
戦争
歴史
メディア
カルチャー


サッカー
外部リンク
ライフログ
タグ
検索


<   2014年 01月 ( 18 )   > この月の画像一覧

都知事選直後の2014年3月11日に震災が起きたら

都知事選の投票日から約1か月後に、3.11がやってくる。
2月9日に都知事が決まり、その約1か月後に、2011年の大震災・原発事故が起きたと想像してみる。
誰が都知事だったら、その危機を乗り切り、都民の命を守ることができるか?

大震災・原発事故の惨状は経験済みである。
それが都知事選後に起きたとき、「ああ、この都知事でよかった」と思えるか、「失敗だった」と嘆くか。

震災を「天罰」と表現した元知事を後ろ盾にする田母神氏だったら?

舛添氏だったらどうか?
フランスのウィキペディアによると、舛添氏は、経団連など財界4団体が母体の「エネルギー総合推進委員会」の委員を2007年まで20年間務めたとある。この委員会は特に日本の原子力発展を研究するシンクタンク、とも説明されている。
日本のウィキペディアにはこれに触れていない。

細川氏と宇都宮氏は脱原発を掲げるが、どちらが効果的に事態に対応できるだろうか?
そして、どちらが国や世界さえも動かせるか?

3.11規模の地震が都知事選直後に起きる可能性はゼロではない。
そのときに後悔しない都知事を選ぶべきだと思う。


[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-31 09:49 | 社会問題

海外で出会った人々:メキシコの若い女性

写真学校に入るためにパリにやってきたという彼女。
学校が始まるまで、語学学校に通ってフランス語を学んでいた。
19歳の彼女は、いまどきの女の子タイプ。
おちゃめだが勉強はあまり好きではないらしい。
学校はしょっちゅう休み、毎回言い訳で、みんなを笑わせてくれる。
その語学学校は、授業料が比較的高いほうで、生徒はアメリカ人、イギリス人、スイス人、ドイツ人、日本人が多かった。
メキシコやブラジルからやって来た人は、いかにも金持ちのお嬢さんお坊ちゃんっぽい。
彼女もまた、お嬢様といった感じだった。
「私、一回だけメキシコに行ったことがあるのよ」
「えー、どこ?」
「サンディエゴとの国境」
「ティファナね。でも、あそこはメキシコじゃないよー」 
そうなの?
20歳のころ、アメリカの西海岸でホームスティしていたとき、そこの家族に連れて行ってもらったのだ。
「メキシコはガソリンが安いから」という理由で。
国境を車で越えたとたん、雰囲気がガラリと変わった。
道をひとつ隔てただけで、まるで別世界。
島国・日本に育った私には、それが信じられなかった。
着古したTシャツの子どもたちにジロジロ観られたのを覚えている。
昼ごはんを食べに入ったのは、簡素な小屋のような食堂。そこのチリコンカンは絶品、とてもおいしかった。
土産に、テキーラを1本だけ買った。
あそこもやっぱりメキシコでしょう。たとえ、彼女とは無縁の場所であっても。

1998年、パリにて
[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-26 22:25 | ひとりごと

キャメロン首相は「The Smiths」ファン

イギリスのキャメロン首相は、The Smithsのファンなのだそう。
それを公言したら、労働党側から、「保守党の人間はThe Smithsのファンになる資格はない!」と批判されたという。
メンバーのひとりからも、「ファンになってもらわなくてけっこう」と拒否されたって。
最近聞いて一番ウケたイギリスの話。


[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-26 18:02 | ひとりごと

海外で出会った人々:ケベックの女性

パリの北駅近くにある安ホテルで、朝食を食べていたときのこと。
彼女はあいている私のテーブルの椅子を見つけて、「ここ、いい?」と言って座った。
お互い女の一人旅。
「もしよかったら、一緒に観光しない?」
そう誘われて、彼女とパリ観光することに。
「私、何も決めてないし、どこでもいいの」
気の向くまま、ポンピドーセンター、パレロワイヤル、リュクサンブール公園などをブラブラと見学。
日本人のように、ぴっちり予定を決めることなく、ショッピングすることもなく、いきあたりばったりの観光を楽しんだ。
やることがなくなると、「映画を観よう」と言い出す。
「これ観たかったのよ」と彼女が選んだのは、マレーネ・デートリッヒの「モロッコ」。
24才の女性にしては渋い。
新しいものだけを追い求めるキャピキャピギャル日本女性とは大違い。
彼女の親はアーティストだという。
以前、日本人の20代の女の子が、「古い映画はちょっと」と言っていたのを、ふと思い出した。
彼女はケベック出身で、フランス語がペラペラだ。
何をするにも、自信に満ちていてカッコいい。
何よりも、全く人種を越えて、時代を越えて、好きなものを認める心の広さには驚かされた。
「お母さんは、日本の化粧品が気に入ってるのよ」と、かなり日本びいきらしい。
「和食も大好き。今夜は、和食にしようよ」
そこで、サンミッシェルの安い串焼き屋さんに入った。
ちょっといいところを見せようとしたが、店員は日本人ではなく、メニューもフランス語のみ。
結局彼女の世話になってしまうはめに…。
国際的って、どういうのを言うんだろう?


1993年、パリにて
[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-24 20:49 | ひとりごと

脱原発都知事を絶対実現してほしい

どうしても原発はゼロにしてほしい。
私は都民ではありませんが
、脱原発の都知事が生まれたら、地方にも大きな影響を与えるので、関心を持ち続けています。
東京は地方の犠牲のもとに繁栄している部分もあることを忘れないでほしいです。
福島が多大な被害にあったにもかかわらず、東京のオフィスやビルは真冬でも暑いぐらい暖房がきき、電車や地下鉄は2分遅れただけでお詫びのアナウンスが入り、電光掲示板はチカチカ。
節電して
いる様子、反省の色はいっこうにみえません。
少しは地方の痛みを分かち合ってほしい。
都民の健康と安全を守るだけでなく、東京に電気を送っている原発立地県の人々の健康と安全にも責任をもってほしい。
東京に労働力をとられ、過疎化のために原発立地地域になった地方の人々の健康と安全にも責任をもってほしい。
だから、脱原発都知事を絶対実現してほしいです。


[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-23 09:59 | 社会問題

再び「脱原発都知事を実現する会」

22日17時からの細川護熙氏の政策発表を受け、「脱原発都知事を実現する会」は記者会見を開き、「全面的な支持」を表明した。
20日の記者会見では、「脱原発を掲げなければ支持しない」と条件つきでの支持表明だったが、「政策は予想以上の内容」と代表の河合氏は評価。
公約の監視については、「東京エネルギー戦略会議を立ち上げるとのことなので、そのメンバーに私たちの仲間を選んでもらい、政策に注文をつけていく」という。
鎌田氏も「東京から脱原発の思想を全国的に広げていく」と決意を述べた。
さらに、「統一の道はまださぐっている。あきらめていない。
脱原発運動を分裂させたくない」と、選挙後も脱原発運動を継続させる重要性を強調した。
会見と同時に勝手連の事務所開きも行われ、投票日に向けてここを拠点に電話がけなど、応援活動を繰り広げるという。

f0016260_17583751.png


[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-22 17:57 | 社会問題

海外で出会った人々:スリランカの若者

通っている英語の語学学校に、スリランカの若者が加わった。
パリから英語を勉強しにロンドンへやってきた、20代のスリランカの男性。
両親がパリへ移民し、彼は祖国に行ったことがない。スリランカ語もほとんど話すことができない。
しかし、彼は、パリの自慢話を全然しなかった。

同じクラスには、スペイン人、イタリア人、トルコ人などが多かった。
アジア系は、彼と私だけ。
授業中、イギリス人の教師に、「僕と君の違うところは?」と質問され、彼は「名前が違う」とだけ答えた。

トルコ人の女性は、授業が終わってから私にこう言った。
「彼はきっと肌の色にコンプレックスを感じているのね。肌の色が違う、とは答えたくなかったんだわ」
私はそうした考えがまったく浮かばなかったので、ドキっとした。
自分もまた、白人に対し、コンプレックスを感じていたからかもしれない。

「日本人の女の子がダンスをするのを見たいもんだ」とか、このスリランカの若者は、私にときどきちょっと憎たらしいことを言った。
でも、そこには親しみが感じられた。アジアの仲間、だしね。

1992年、ロンドンにて



[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-21 09:54 | ひとりごと

脱原発都知事を実現する会

20日午後、「脱原発都知事を実現する会」が記者会見を行い、都知事選での細川護熙氏の支持を表明した。「苦渋の選択」と説明。
夜は、「さようなら原発1000万人署名市民の会」の実行委員会。いつもとかわらない参加者だった。つまり、宇都宮さん陣営と細川さん支援側の両者が集まる。会議の後は新年会。
選挙では立場が分かれても、脱原発運動が分裂したわけではない。
ただ、このままでは票が分れるのは避けられず。
「実現する会」は、今後も統一化に向けて交渉をつづけるという。...
告示日までわすかだが、何とか折り合いがつくことを期待する。
個人的には、「選挙は勝たなければ意味がない」と思っています。辛いけど。
f0016260_17511377.png

[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-20 17:49 | 社会問題

外国語が苦手なのは日本人だけじゃない、オーストラリアの女性の場合

彼女は、ボーイフレンドと一緒にパリにやって来た。
オーストラリアでは、ファッション誌のグラフィックデザイナーで、パリでも同じ職を探していた。
彼女の祖母はアイルランド人で、国籍も取得していたため、仕事をする権利をもっているという。
一番のネックは言葉。
彼女は英語以外の言葉が話せなかった。
「若いうちにやらなくちゃね。ちょっと遅すぎたのよ」 
恥ずかしがり屋の彼女は、なかなかフランス語を話そうとしない。
ほとんどどこでも通じる英語が母国語だと、外国語を学ぶ必要もなかったのだろう。
「何か言って、笑われたら…」と躊躇しているのが、ひしひしと伝わってくる。
そんなに気にしなくてもいいのに、となかば開き直っている私は、こう思ってしまうのだが。
ある日、彼女と二人で地方の印刷所へ行くことになった。
駅に着いたら、彼女は銀行でお金をおろしたいと言い出した。
場所がわからないので、キオスクの人に教えてもらおうことに。
彼女は駅のベンチに座り込み、フランス語会話集を取り出した。
「銀行は、banqueでしょ。どこは、ouだから、Where is a bankは…」と、一生懸命に英語からフランス語に直訳を始めた。
「『銀行、どこ?』と、2つ単語並べるだけで通じるんじゃない?」と私は思うが、それを英語で伝えるのも面倒。
なにより、必死になっている彼女を見て、少し安心した。
「語学が苦手なのは、日本人だけじゃないんだ」と。
ところが、その後、アリスンは、フランスで仕事を見つけ、フランス人に囲まれて働いたため、驚くほどフランス語が上達した。
とてもついていけないまでになってしまった。

1995年、パリにて
[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-19 08:04 | ひとりごと

海外で出会った人々:ブルガリアの高校生たち

ブルガリアのカザンラクという小さな町で行われるバラ祭りの日。
民族音楽とダンスのコンテストを取材中、「上空から写真を撮りたい」という話になった。
近くのアパートを見上げると、上階に少年少女たちが集まっているのを発見。
「あそこから撮影させてもらう入れてもらおう」
といっても、アパートの入り口も、彼らの部屋のドアもわからない。
何とかアパートに入り込んだが、部屋はどこ?
見知らぬ人のドアをノックして、怪訝そうな顔をされる。言葉もわからず、うまく説明できず…。
やっとのことで、少年一人を見つけ、片言の英語と適当な身振り手振りで、中に入れてもらった。
そこには、男女合わせて10人ぐらいが集まって、パーティをしている様子。缶ジュースがあるぐらいの質素なものだが。
彼らは、珍客に大喜び。
始めてみる日本人なのだろうか。珍しそうに見たり、ニコニコしたり。
残念なことに、英語も片言なので、単語を並べてコミュニケーションをとるしかない。
わかった会話は、「あなたたちは夫婦ですか?」ぐらい。
「違うよ、仕事だよ」と言ったけど、わかってくれたかなぁ?
男女カップルを見て、「夫婦?」と聞くあたりは、無邪気な高校生。
祭りになると、友達の家に集まり、ワイワイ騒ぐというのは、世の東西を問わず共通している。
しかし、こんなのどかな町も、いずれ近代化されていくのだろうか。

1996年、ブルガリアにて

[PR]
by k_nikoniko | 2014-01-18 08:07 | ひとりごと