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<   2013年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

それぞれの当たり前を尊重するのが人間中心主義

少し前のことになるが、東京新聞の元旦の社説を読み、共感と疑問を抱いた。
「人間中心主義を貫く」のは大賛成。
でも、途中のある文章で首をかしげた。
「結婚し、子どもをもち家庭を築く、そんな当たり前の願いが叶わぬ国や社会に未来があるはずがありません」
“結婚し、子どもをもち家庭を築く”のが、当たり前の願いなのだろうか?
ここでの“結婚”には同性愛者は入ってないだろうし、何らかの事情で子どもがもてない人はいるし、家庭を築くのに入籍する必要は特にない。
日本が範とするヨーロッパで、「“結婚し、子どもをもち家庭を築く”のが、当たり前の願い」と言ったら、失笑を買うだろう。
「結婚はしてないが、子どもをもち、家庭を築いている」ほうが当たり前だったりするからだ。

これら3つの願いが叶わないから、未来がない、というのは、おかしい。
当たり前の願いは、人それぞれ異なる。
法と倫理に反することなく、社会的責任と義務を果たすという条件で、それぞれの人がそれぞれの当たり前の願いを達成してもいいと思う。
そして、多様な“当たり前の願い”を尊重しあうのが、人間中心主義の社会なのでは。

これを読んで、今年の目標を決めた。
日本のいろいろな“当たり前”にいちいち疑問を持ち、問い直してみよう、と。

この社説でもうひとつ。
「結婚し…」の文章は、「若者や働く者に希望を与えなければなりません。まず雇用、そして賃金。」につづいている。
雇用や収入が不安定だから、結婚して家庭が築けない、という意味なのだと思う。
でも、これは男性に限った問題で、女性はあまり関係がない。
女性は、夫や子どもを養う必要がないからだ。
先日、20代のパートの女性が、「どうしたら金持ちと結婚できるかな~」と言い出した。
同じくパートの女性たちのアドバイスは明快だ。
お金持ってる年寄りを狙えばいい。
40代からアラ還ぐらいでも、正社員で小金もちの独身男性はたくさんいる。
女性の肩書きがパートでも派遣社員でも、男性はいっこうに気にしない。
逆に、「外資系企業のデキるキャリアウーマン」より、パートのほうが結婚相手として望ましい。
雇用や収入が不安定でも、女性の場合、結婚にはさほどひびかないのだ。
残念ながら、日本女性はこのように育てつづけられている。
男性だけが、「妻や子どもを養わなくては」と、誰が決めたかわからない“当たり前”の重責を負いながら。

そんな“当たり前”から、いい加減解放されたらいいのに。

雇用と賃金の問題は男女とも深刻だ。
にもかかわらず、「結婚・子ども・家庭」を理由に、男性のみの問題として語られるのは、おかしい。
女性はパートでも“当たり前”で、その状況が「結婚・子ども・家庭」の障害にならないのも、おかしいに違いない。

まずはこのあたりから考えてみようかなぁ。
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by k_nikoniko | 2013-01-29 23:35 | 男と女

マリ人が語ったフランスのマリ介入

フランスによるマリの軍事攻撃について、今はヨーロッパに住んでいるマリ出身の知り合いに、家族の安否を尋ねるとともに、状況をメールで聞いてみた。

私もてっきり「フランスの帝国主義的暴挙」と思っていたのだが、彼からは意外にも、「多くのマリ人がフランスの介入に救われ、喜んでいる」といった答えが返ってきた。
そこで、「日本では、『資源や利権が目的としたフランスの新植民地的行動』と批判の声が上がっている。あなたのコメントをブログで紹介してもいいか?」と問い合わせたところ、日本での批判には触れず、「わかった。名前を載せないならいいよ」と返事をもらった。
彼は次のように述べている。

この戦争がどのようにはじまったかはわかっているが、どう決着するかはわからない。
マリにいる家族と話したところ、圧倒的多数のマリ人は、フランスがイスラム過激派に対して攻撃する決断をしたことに救われた思いで、喜んでいる。
残念なことに、マリの政府と軍隊は、この脅威の措置においてまったく無能だ。
フランスの介入がなければ、10日以内にマリの首都がイスラム過激派に占領されただろう。
マリのイスラム教徒は非常に穏健だが、イスラム過激派のリーダーは外国人(主にアルジェリア人)で、アフガニスタンのようなイスラム社会をマリで作ろうとしている。
それゆえ、困難な状況ではあるが、マリの人たちは希望に満ちている。
戦争が終結したら、マリが主導してチャンスや雇用の機会が作り出されるだろう(特にマリ北部で)。
みじめな貧困があるかぎり、暴動や問題が再び表面化するだろうから。

フランスの新植民地的行動、というのも、ひとつの側面としてあるのだと思う。
イスラム過激派を生み出した根本的原因は、植民地化したフランスにもあり、軍事介入で問題が解決するはずはない。
しかし、現実に脅威にさらされているマリの人々がいたわけで、植民地化を批判するだけでは片付けられない複雑な状況があるのも確かだ。

アフリカや中東に関して日本語で読める情報はあまりにも少なく、しかも、フランス語圏の情報となると、さらに限られてくる。
そうしたなかで、的確な判断や分析、批判をするのは、非常に難しい。

マリの軍事介入が引き金となって、アルジェリアで人質事件が起きた。
犠牲になった日本人は気の毒だ。
その一方で、アルジェリアにおける日本企業のあり方に、強い違和感を抱いた。
液化ガスの事業は、本当にアルジェリアの人たちのためになっているのだろうか?
アルジェリアのためなら、なぜアルジェリアの企業が主導して事業を行わないのだろうか?
儲けているのは、日本企業じゃないのだろうか?
犠牲者のなかには派遣社員や下請けの方がいたが、こうした雇用システムは正当なのだろうか?
こうした日本の行いは、「新植民地主義的」とは言わないのだろうか?

アルジェリアだけでなく、アフリカには多くの日本企業が進出している。
“開発”の名のもとに。
それが、本当にその国の人たちの生活を豊かにしている“開発”なのだろうか。

宗主国ではない先進国の日本に大きな期待をかけているアフリカ人は少なくない。
マリの知人もそのひとりだ。
「日本に来るのはいいけど、放射能汚染に気をつけたほうがいいよ」とメールしたら、次のような返事をよこした。

日本は民主主義の国だから、もし本当に危険だったら、政府は放射能汚染を隠し立てできないだろう。
賢い日本の人たちは、それを告発するに違いない。
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by k_nikoniko | 2013-01-26 00:40 | フランス

「せんきょCAMP」記事掲載のお知らせ

本日1月15日発売の『ビッグイシュー日本』に、「せんきょCAMP」の記事が掲載されました。
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by k_nikoniko | 2013-01-15 12:20 | メディア掲載記事(2010~)