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ロンドンのシティ占拠とオリンピック

6年ぶりにロンドンを訪れた。
エンジェルに用事があり、その辺を歩いたら、大きく変貌していた。
昔(10年以上前)は何もなかった通りは店でうめつくされ、ショッピングセンターもできていた。
大型店舗チェーンが多く、いかにもグローバリゼーションの尖端を感じさせる。
初日に2件万引きを目撃してしまった。いずれも若者。
繁栄しているようで、儲けてるのは一部の人だけなのだろう。

夜のBBCニュースで、翌日、デモが行われることを知った。
「ギリシャ、ウォール街、スペインのデモが、ロンドンにも広がった」との報道。
セントポール寺院近くに集まり、シティをデモ行進するという。
ニュースでは、集合場所は私有地で、進入禁止とか。

翌日朝10時、デモ隊の侵入を阻止するため、すでに警官が警備をしていた。
デモ隊の姿はまだ見えない。

セントポールに立ち寄った後、オリンピック会場となるストラトフォードに行ってみた。
ロンドン東部イーストエンドは、ずっと昔は何もなく、足を踏み入れたことがなかった。
地下鉄を降りたら、いきなり近代的な都会が現れてビックリ。
巨大ショッピングセンターがピカピカしていた。
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イギリスの下町人情連続ドラマ「イーストエンダーズ」は、まだ続いているのだろうか。
そんなことを考えてしまった。
あのドラマに出てくる素朴な風景や人物は、この街の近代化に伴い、どう変化したのかなぁ。

ショッピングセンターの横がオリンピック会場。
道路から金網ぞいに、スタジアムが見えた。土曜日の朝だから、工事はしていなかった。
よく見えなかったので、デパートの上から、もう一度眺めた。
まだあまり完成していない印象。しかし、大開発である。
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午前中は人がまばらだったが、昼ごろにはものすごい賑わいになった。
地下鉄を降りた大勢の人たちが、ショッピングセンターのなかに呑み込まれていく。
オリンピック開催時には、もっと多くの人が訪れるのだろう。

12時過ぎ、再びサンポールへ。
ここには、デモの人たちがたくさん集まっていた。
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女子大生二人は、「不公平な今の社会に反対するために参加した」と言う。
また、若い女性の二人組みにも話を聞いた。
「今の金融システムは間違っている。税金が私たちのために使われていない。今の政権はまったく民主的ではない」
「私イーストエンド出身。オリンピックの再開発で、この地区を立退きさせられた人もいる。チケットは高すぎて地元の人は買えない。チケットの多くは、企業にわたっている。私たちの税金なのに、何の恩恵もない」

何が驚いたかというと、デモを取り囲む警官の数。
ロンドン在住の友人によると、キャメロン政権になってから、デモの制圧が強まったという。
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途中、デモ隊と警官の衝突があるかと思わせるような雰囲気になった。
セントポールの地下鉄は封鎖され、機動隊まで動員された。
最後まで見届けることはできなかったが、非暴力で終わったようだ。

英国、デモに表れたオリンピックへの不満(ビッグイシュー)



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by k_nikoniko | 2011-10-25 19:10 | イギリス

アラブの秋、チュニジアの出発

フランスでは、カダフィ大佐の殺害場面が何度もテレビで放映された。
そのたびに目を背けるか、チャンネルを変えるか。
とても直視などできない、残酷な映像だ。
「知られたくない真実」を葬るために、カダフィ大佐は裁かれることなく殺害されたのではないか。
こうした憶測が飛び交っている。
サルコジ大統領は、カダフィ大佐と原子力に関する会談をしている。
独裁者の死によって、リビアがどうなっていくのか、まったく予測がたたない。

カダフィ大佐が殺害された20日、フランス在住のチュニジア人有権者による制憲議会選挙がはじまった。
新憲法を策定するための議員選出選挙で、217議席のうち、フランス在住チュニジア人から10議席選ばれる。
手元の資料によると、全体的には、政党数は110、候補者11000人で、無党派を加えた1570のリストから選ぶそうだ。
有権者数は約750万人だという。
居候している友人の夫がチュニジア人で、毎晩、選挙の準備をしていた。
フランス国内では、44のリストが候補者を立てている。有権者は6~7万人とのことだ。
数が多すぎて、主張の違いをどう区別するのか、とも思う。
世論調査では、イスラム政党(Ennahda)が20~30%獲得するだろうと予測している。

フランスの投票は3日間、国内数ヶ所で行われた。
最終日22日(土)の夜7時ごろ、投票場のひとつ、16区のチュニジア領事館に行ってみた。
最寄り駅の地下鉄のホームには、投票を終えたチュニジア人がたくさんいた。
領事館の前は長蛇の列。
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3歳ぐらいの娘を連れた男性は、この選挙に「期待している」と満面の笑みで答えた。
パリに数年住んでいる若い男性二人は、「チュニジアの民主主義がはじまる」「たくさんの人が投票に来ていて驚いただろう?」と笑った。

どの顔も喜びにあふれていた。
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自らの手で、ゼロから民主主義の国を作り上げる。
前途多難ではあろうが、可能性に満ちている。
うらやましいと思った。
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by k_nikoniko | 2011-10-24 06:42 | 国際ニュース

放射能と離婚

福島原発事故の放射能が引き金になり、離婚を決意した女性たちに取材した。
離婚など珍しくないご時世だが、彼女たちの話を聞くのは、とても胸が痛かった。
“放射能”の心配がなければ、離婚の危機などなく、夫婦生活をつづけていたであろう。
私が話を聞いたのは、子どもをつれて避難し、夫との二重生活を経験した後、離婚協議に入った女性たちだ。
避難していない女性の多くは、放射能について夫に相談もできずにいるという。

仮にお金で補償されたとしても(取材した女性たちは自主避難なので、補償の対象ではない)、壊れた夫婦関係は修復できない。
人間関係は、お金で解決する問題ではない。

放射能と夫婦関係の取材ではつねに、「子どもを守るために避難したい母親」と「家族を養うために留まって働くことを優先する父親」が話に出てきた。
家族における男女の役割は、“最先端の原発技術”を誇る日本で、何十年も変わっていない。
原発事故と男女の役割を一緒くたにするな、と言われるかもしれないが(この問題はどんな場合でも議論にならず、後回しにされる)、この取材をしている間つねに、やるせない気持ちになった。
伝統的な家族の役割分担が、“放射能”という生命にかかわる一大事を乗り越えるものどころか、夫婦関係に重くのしかかっているからだ。
「子どもを守るために避難したい母親」も、「家族を養うために留まって働くことを優先する父親」も、“放射能”に加えて、慣習だとか常識だとかに縛られ、がんじがらめになって苦しんでいる。

こうした状況が、日本特有のものなのか知りたく、何人かに質問してみた。
日本在住のイギリス男性「妻と夫の立場やそれぞれの意見は、人間の正直な言い分として理解できる。その上であえて言うとしたら、母親が幼い我が子の健康を心配するのは至極当然で、それを優先すべきなのももっともなこと。夫は、幼子の命を思い、仕事や居住地を変える選択をしてもいいのではないか? その決断ができないのは、自分に自信がないからか。会社の辞めて新天地で就職することに臆病になっているのではないか。日本男性は変化を好まないからかもしれない」
イタリア在住の日本女性「夫婦で話し合わないのでしょうか? イタリアでは政治的意見が正反対の夫婦が珍しくないのですが、こういうときには、とことん議論すると思います」
フランス在住のフランス女性「フランス人にとって仕事は二の次。男性も家族を優先し、仕事を辞めて避難するはず」
イギリス在住の日本女性「日本では今でも、『夫が家族を養う』という考えが残っているのですか?」

ヨーロッパの家族のあり方が正しい、と言っているわけではない。
日本の伝統的な家族で、女性も男性も幸せであるのなら、何も問題はない。
が、本当に、これで幸せといえるのだろうか…。

震災後、“絆”という言葉が、美化されて用いられている。
私個人の意見としては、“絆”は、危機が起きたときに急遽見直されるべきものでもないと思っている。
そして、“絆”を結ぶには、激しいぶつかりあいも必要だと思っている。
相手に従属するだけでなく、お互いを尊重する関係でなければ、“絆”は築けないとも思う。

取材した記事は、10月21日発売の『週刊金曜日』に掲載されています。
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by k_nikoniko | 2011-10-22 06:52 | 原発・核

フランス大統領(選)が今の注目

サルコジ大統領に娘が誕生した。4人目の子どもだという。カーラとははじめての子。ついでに、カーラも初産ではない。
昨夜から、フランスはそのニュースがひっきりなしに流れた。(カダフィ大佐の死亡で、トップニュースは変わってしまったけど)。

夜のニュース番組では、「フランスでは、45歳以上で“パパ”になるケースが増えている」という特集があった。
64歳で父親になった男性がインタビューに答えていた。
フランスでも「アラ還」が人気らしい。ちょっと笑えた。

別のニュース番組では、「子どもの誕生は来年の選挙に影響するか」を報道した。
イギリスのブレア元首相とキャメロン首相のケースを紹介し、イギリスの政治専門家の「どちらも選挙には関係なかった」というコメントで締めくくっていた。

選挙戦を前に、「良き父像」をアピール。と、かんぐりたくなるのも、わからなくもない。
このところ、サルコジ大統領はまったくといっていいほど存在感がなかった。
社会党の大統領候補者を決める投票に、メディアも国民も関心が集中していたからだ。
すでに社会党が政権を取ったかと思うぐらいの、注目度だった。
先週の日曜日(16日)に、フランソワ・オランドが社会党の大統領候補者に決まり、その後の世論調査では、「60%以上の得票率でオランドが大統領に選出される」との結果になったそうだ。

よその国の政治の話だが、フランス社会党の大統領候補者選挙は、面白かった。
ちなみに、フランスの有権者であれば誰でもこの投票に参加できるが、事前に登録を済ませなければならないそうだ。

最初に立候補したのは6人で、10月5日に討論会が生中継された。
1回目の投票は9日(日)。266万5千人が投票し、オルランドが39.2%、マルティーヌ・オブリ(女性)が30.4%が残った。予想に反して、セゴネル・ロワイヤルが6.9%で4位、脱グローバル化を訴える(正統)左派のアルノー・モントブールが17.2%を獲得して3位についた。
翌日からの注目は、モントブールとロワイヤルの票がオランドとオブリのどちらに流れるか。

知り合いの女性たちは、「マルティーヌ・オブリ」を支援しつつも、「どーせ、女性がフランス大統領になるわけない」とややあきらめムード。

オルランドかオブリかは、“脱原発”にも大きくかかわっている。
オブリは脱原発を表明していたが、オルランドは態度が曖昧だった。
脱原発派は、「オブリが選出されれば、脱原発の可能性が高い」との期待していた(が、実際はオブリは勝つ見込みがない、という声のほうが大きかった)。

12日、オルランドとオブリの討論会が生中継された。視聴率は“歴史的”な高さだったという。

16日(日)の2回目は、229万人が投票し、オルランドが勝って大統領候補者に決まった。
結局、モントブールもロワイヤルもオルランドについたが、オブリも43.61%獲得し、かなりの健闘だったと思う。本人も、「これだけ票が取れて満足」と語っていた。

こうした選挙をみていて、つくづく、フランスはサルコジ政権に辟易し、変革を求めていると感じた。
16日、友人の息子夫婦の家で昼食を食べているとき、23歳の妻が、「マルチーヌが勝たないかなぁ~」としみじみつぶやいたのが印象的だった。
28歳の夫も、「もうこんな生活はたくさん。この5年間、フランスは悪くなるばかりだ」と。日本マンガ好きの彼は、「日本のほうがいいから、日本に住みたい」と、とんでもないことを言っていた。

フランスで今、いいニュースを見つけるのは、とても難しい。
大統領の子どもの誕生でさえ、皮肉たっぷりに語られてしまうほど、不健康な空気に満ちている。。。

あ、ひとついい話しがあった。
フランスで社会党政権が誕生すれば、脱原発の可能性がグッと高まる。
フランスが動けば、他もつづくだろう。
他力本願になってしまうけど、この点ではフランスに期待できそう。。。
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by k_nikoniko | 2011-10-21 06:17 | フランス

政治と愛の国フランス

10日前、夜行列車でフィレンツェからパリに入った。
夜10時半ごろ発の寝台切符をフィレンツェで買う。
「一番安い6人部屋は若者が多いけど、4人部屋はあなたのような旅行者だから大丈夫」と窓口の女性。
「男女、どういう組み合わせか、わからないんですよね~?」と一応聞いてみたら、「それは選べないわね」とあっさり。
誰が乗り込むかわからない、というのは、かなりのスリル。
結局、北京からの若いカップルと、アフリカ系フランス人の若い男性が同じ部屋だった。
2段ベッドの上の段だったので、登ったら最後、顔も洗わず、着の身着のままで寝てしまった。
いろいろ気にしたわりには、翌朝8時ごろまで熟睡してしまった。

「男女ごっちゃの寝台はちょっとね~」と言うのは私ぐらいかと思ったら、フランス人の友人も、「知らない独身男と同じ部屋で寝るなんて、ありえない!」と目を丸くした。
もうひとり、イタリアに住んでいた友人は、男ばかりの部屋になり、車掌のほうから、「部屋を変えたほうがいい」と言われ、変えてもらったことがあるという。
「その場で判断」がイタリア式らしいが、大荷物があると車両の移動が大変だし、事前にわかるといいのになぁ。

パリに着いた夜、友人から、「今夜、コメディ・フランセーズの招待状があるけど、行く?」と誘われ、「雰囲気だけでも」と軽い気持ちで出かけた。
生まれてはじめてフランスの演劇。芝居は好きだが、フランス語はムリだろう、と、これまで一度も観たことがなかった。
その夜の演目は、ラシーヌの悲劇「ベレニス」。
フランス古典主義悲劇は、まったく予備知識がなく…。
舞台装飾も衣装もはシンプルで、7人の役者が2時間たっぷり語る。
思い切り寝てしまった。もったいない。でも、やっぱり演劇の台詞は難しすぎる。
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部屋に戻り、パンフレットをおさらいし、「あ~、こういうことだったのね」と、場面を思い出してみたりした。
ここで書くまでもないのだろうけど、「ベレニス」は、父の死で急遽ローマ皇帝の座についたティテュスは、パレスチナの女王ベレニスと結婚の約束をしていたが、異国の女性との婚姻は認めないというローマの掟から、ベレニスと別れなければならない。が、なかなか決心がつかず、ベレニスに言えない。
ベレニスは、まさかティテュスから別れを告げられるとは、信じたくない。別れるぐらいなら、いっそ死を選ぼうと考えている。
もうひとり、ティテュスの友人であり、秘かにベレニスを愛しているアンティオキュスも苦悶する。
最終的にティテュスとベレニスは、「愛しながらも別れ、生きていく」ことを決意する。

残念ながら、舞台の台詞は理解できなかったけれど、場面を振り返ると、ティテュス、ベレニス、アンティオキュスの演技から、哀しみ、苦しみ、不安、絶望感は伝わってきた。
言葉はわからなくても、辛くなるぐらいだった(途中、寝ちゃったけど)。

政治(仕事)か愛かの選択。
これだけ苦悩したら、人の痛みを理解できるリーダーになれるのではないか、と思う。短絡的だろうか。

10月9日(日)は、来年のフランス大統領選に出馬する社会党候補を決める第1回目の投票日だった。
6日だったか、6人の候補者(多い!)の討論会がテレビで生放送された。
少しゴシッピーな話題だが、候補者のなかには、フランソワ・オランドとセゴレル・ロワイヤルの元夫婦がいる。
討論会では隣同士だった。元夫婦が並んで出演するなど、日本ではスキャンダラスかも。
政策などそっちのけで、「元夫婦がバトル!」と騒ぎそうだ。

選挙の結果、オランドが38%で1位、4位のロワイヤルは第2回決選投票には残らなかった。
オランドは元妻の健闘を称え、ロワイヤルは「結果にがっかりした」としおらしく涙ぐんでいた。

日本の政治家も、愛妻家だとか、子煩悩だとか、言われているけれど、なんだかリアリティが感じられない。
それに比べ、フランスの政治家はドロドロ人間臭い。
どっちがいいのかはわからないけど、個人的には、人間臭いリーダーのほうが、人間のための政治をしてくれそうな気がして、好ましい。
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by k_nikoniko | 2011-10-10 23:58 | フランス

イタリアから日本の脱原発を願い署名活動

イタリアのピサで、ヨーロッパ在住の日本人の「脱原発」の署名活動をはじめた、齋藤ゆかりさんにお会いした。
2006年にボランティア組織「資料センター“雪の下の種”」を設立し、 平和・非暴力・環境保護および人権擁護に 取り組むイタリアと日本の市民の情報交換などを行っている。

フィレンツェからピサまでは電車で1時間ほど。駅前でバスに乗る。
知らない町でバスに乗るのは、けっこう勇気がいるもので、バッチリ時間の余裕があったのに、チケットがないと乗車できないらしく、結局、1本バスに乗り遅れてしまった。
バスに揺られること約15分。バス停を間違えないか、この間もやや不安。でも、ちゃんと到着した。

資料センターは、現在、書籍の目録の作成中とのこと。書棚に興味深い本がずらりと並んでいた。

斉藤さんは、イタリア兵の劣化ウラン弾被害の問題にかかわり、 マンガ版の「人体・環境を破壊する核兵器!」(合同出版)のイタリア語版「の翻訳をてがけた。
偶然にも、国民投票の前に出版されたため、イタリア人での反響はかなり大きかったそうだ。

署名活動ははじめてとのことで、首相に届けるまでの紆余曲折などうかがった。
その経緯は、ブログ「さよなら原発くん」で。
署名は継続中なので、ブログにアクセスしてください。

「『精神力さえあれば、放射能も解決できる』といった雰囲気が日本にある」と齋藤さん。
それで思い出すのは、福島の高校教師の言葉だ。
部活を再開させた野球部の監督のなかには、「放射能を吸収すれば強くなる」と生徒に鼓舞(?)した人もいたという。
精神力で原発事故を収束したり、放射能を防護できるなど、ありえない。

資料センターにおじゃました後、外に出て、ピサの塔を見学。
13年ほど前に訪れたときはワイヤーで傾きを引っ張っていたが、それがなくなっていた。
塔の上まで行くこともできるという。
「日本だったら、いったん取り壊して、修復しますよね」
ワイヤーで引っ張るなど、原始的な方法だけど、“古いものを大切にする”という気持ちが伝わる。
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ナポレオン時代に創設されたという、フランス式の「高等師範学校」、そして大学街を通り、メインストリートのカフェに入る。
ケーキとコーヒーで、2時間近くお話しする。

印象的だったのが、「署名を呼びかけたときの反応が、年齢や家族構成(独身か子持ちかなど)によって違った」といったお話。
この場合、男女の差は関係ないところが、興味深かった。
脱原発に無関心層は、ちょっと“寂しい”環境にいる人たちのように感じた(これは、私の個人的な感想)。

齋藤さんもおっしゃっていたが、この福島の事故は、「何が幸せか?」を問うものだった。
元の生活に戻るのが、本当に幸せなのか?
ちゃんと考えて行動するのは、今しかないと思う。
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by k_nikoniko | 2011-10-05 17:48 | 原発・核

イタリア国民投票後の脱原発

フィレンツェで、70年代末ごろから反原発を訴えつづけていらっしゃるアンジェロ・バラッカ氏にお会いする。バラッカ氏は、フィレンツェ大学の物理学の教授(現在は退職)で、今年のイタリア国民投票でも奔走されたそうだ。
バラッカ氏のお話を聞いているうちに、「イタリア人=脱原発」のイメージは少し崩れた。国民投票で原発廃止は決まったが、楽観視できない面も多々ある。
国民投票の結果は、一応、“永久”とされているが、イタリアでは、原子力政策、というよりあらゆる政策がコロコロと変わるため、原発廃止も、別の形でよみがえる可能性がないわけではない。
今回は福島の事故後ということもあり、イタリア人の拒絶反応が強かったが、脱原発の運動が全国的に大きく広がったわけでもなかったという。

とはいえ、一時的かもしれないが、人々の脱原発の声は高まったのは確かだ。

政府は、国民投票を阻止しようと、新聞やテレビを使って、あらゆるキャンペーンを展開したそうだ。あるテレビ局は、国民投票の1ヶ月前から大々的にプロパガンダを行ったという。
そういう状況で、人々はどのように情報を得たのか?
広場や路上で反対を訴える活動が繰り広げられ、活動家たちが情報を提供したそうだ。それから、もちろんインターネットの力も大きい。
バラッカ氏は、「政府のメディア戦略にも屈しなかったという意味で、今回の国民投票は大勝利だった」とおっしゃった。

イタリアでさえ先が読めない。まだまだ安心はできない。
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by k_nikoniko | 2011-10-03 23:47 | 原発・核

イタリアの変わらない風景

イタリアでの結婚式は、エコツアーのウエディング週末プランだったらしい。
式場の城はホテル形式の宿泊施設になっていて、敷地内にはキッチン付のコンドミニアムが数軒建っている。
シャワーなど近代的に改装されてはいるが、大部分が昔のままに残してある。
部屋の扉は重々しく、巨大なカギが「秘密」めいていた。
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「この城でも血なまぐさいことが…」などと考えたら怖いぐらい、リアルな城だった。
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ちなみに、値段はそれほど高くない。
観光客が続々と泊まりに来ていた。

高台に2つのプール。眺めのいい角度に備えつけられている。
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敷地内のワインショップには、地元キャンティのワインのほか、グラッパやオリーブオイルなどがおいてある。
子どもじみたキャラクターグッズがないのがいい。
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城の周辺は何もない。交通の便も悪い。ナビでも迷うぐらい。

結婚式の前日、近くの村のレストランへ行った。
昔は肉屋だったという、牛肉料理専門店。イタリアでも有名な店とのこと。
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トスカーナのこのあたりは、ブドウ畑が延々と広がっているだけ。
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何十年も、何百年も、風景が変わっていないのだろう。

点在する村は、寂れた感じもなく。
よそ者なので実際のところはわからないが、人々はのんびり暮らしているようにみえた。

イタリアでは、70年代末に、20の原発を建設する計画があったそうだが、地元の強い反対で、中止になったそうだ。
政府は多額の交付金をちらつかせたそうだが、断固とした反対運動が繰り広げられたという。

お金より土地を選んだイタリア人に興味がわく。

「何も変わらないのが素晴らしい」と、私たち日本人は誇らしげに言うことができるだろうか。
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by k_nikoniko | 2011-10-01 06:39 | ひとりごと