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<   2011年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

6月25日の福島市の集会&パレード

25日の土曜日、福島市の街なか広場で、「原発なくそう! もう一度自然豊かな福島県を」(ふくしま復興共同センター主催)の集会&パレードが開催されました。

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県庁前を通り、再び街なか広場へ。
途中の商店街で、どこかの記者が、「こういうデモは、過激だと思いませんか?」と店の中年女性に質問しているのを耳にしました。
パレードはいたって穏やか。愚問です…。
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こちらが、街なか広場。
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「子どもは4歳、心配ですね」とお母さん。
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二人はこの日が初対面。高校生(右)は「原子力政策そのものに腹が立ちます」、求職中の男性(左)は「悔しいです。自分たちが立ち上がらなければ」と。
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シンガーソングライターの阿部純さんは、郡山市で働く介護福祉士。
高校1年、中学1年、小学5年生の娘を持つ母親です。
自宅はホットスポットになっている地区にあり、末娘の通う小学校は、毎月3~4人が転校していくそうです。
「10年後、20年後の子どもたちが心配ではあるけれど、汚れた街を捨てていきたくないし、娘たちもバラバラになるのがイヤだと言うので、残ることにしました。ここで普通の生活ができるように、きれいな街に戻るように、子どもたちにつなげていきたいです。この問題は、10年後、20年後も終わらないと思います。子どもたちには、将来、きちんとものを言える人になってもらいたい」
こう語る母親の横で、高校1年生の娘さんは、大きくうなずきました。
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by k_nikoniko | 2011-06-29 10:35 | デモ日記

福島から札幌へ

昨晩、札幌市内の駅から外に出て、まず、大きく深呼吸をしました。
空気を思いっきり吸い込む。そんな当たり前のことに、この上ない喜びを感じました。

23日から昨日の夕方まで、福島市に滞在していました。
外出のときは、マスク着用。
「濡れたハンカチをマスクの内側にはさんで!」との友人のアドバイスに従ったのですが、息苦しいのなんの。
滞在中はほとんど毎日雨で、帽子と長袖のジャケット、足がすっぽりかくれるシューズ、そして傘。
こんな重装備で歩いていました。

初夏の福島は、深緑美しい季節。
木々の葉はみずみずしく、田植が終わった田んぼは青々とし、桃の木は小さな実をつけはじめています。

放射線はまったく目に見えず、匂いもせず。
でも、放射線量の数値からも、放射線がここ一帯を汚染しているのは明らかです。

目の前に豊かな自然が広がっているのに、暑苦しい格好で歩かなければならないのは、とても哀しい。

もちろん、何も気にせずに、普段どおりに歩く選択もできたでしょう。
福島の放射線量は約毎時1.39マイクロシーベルト。札幌の約4倍です。
これだけの放射線に身をさらす気持ちには、なれませんでした。

マスクをつけたりはずしたり、傘や衣服についた雨を気にしたり。
福島市での5日間は、かなり神経質になってしまいました。
福島の人々は、そうした生活を3ヶ月も送っているのです。
「3ヶ月は精神的にもう限界」 何人かの方が、そうおっしゃってました。

福島の人々は、芽吹く大地を目にしながら、その喜びをかみしめることができないでいます。

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仙台から福島へ向う列車の窓の風景。
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同じく列車のなかから。
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送電線が恨めしい。
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伊達市のあたり。
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伊達市を過ぎて福島市へ。
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郡山市から2駅の磐城守山。
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福岡市の県庁近くのもみじ山公園。
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福岡市内の御倉亭(旧日本銀行福島支店長役宅)。
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御倉亭から見た阿武隈川。
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福岡市の信夫山。
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「遊ぶ」と題された彫刻。
子どもたちは、のびのびと遊ぶことさえできないのが、今の福島です。
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by k_nikoniko | 2011-06-28 17:29 | 原発・核

6.11脱原発100万人アクションの1日

昨日、脱原発デモに行ってきました。

芝公園23号地で集会の後、出発。6000人の参加とのこと。

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「すみませ~ん、交差点なので、わたりきってしまってください」と警官につきそわれてのデモ。
何かおかしい。

デモコースは、芝公園から経産省へ、そして東電本社前を通り、銀座へ。

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東京駅前は、修学旅行のバスが数台、通り過ぎていく。高校生たちが、バスの中から手をふっていた。

常磐橋公園で流れ解散。13時に集会がはじまり、歩き終わったのは17時半ぐらい。
長距離のウォーキングにぐったり…。デモ・ダイエットはかなり効果大かも。

一服して、20時ごろ、新宿アルタ前に到着。
こちらは若者であふれ、ものすごい盛り上がり。参加者2万人とのこと。

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福島みずほさんも駆けつけ。

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この後、終電近くまで友人と飲みに行く。
長い「脱原発アクション」の一日。
こうした日々はまだまだつづくかもしれない。でも、人々の声はしだいに高まっているのを感じる。
「脱原発」の実現はそんなに遠くない、と信じたい。
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by k_nikoniko | 2011-06-12 09:58 | デモ日記

明日は「脱原発」アクションの日

震災から3ヵ月後の明日6月11日、日本全国で、脱原発アクションが行われます。
各地の情報、当日のアクション中継は、『6・11脱原発100万人アクション』完全ライブ中継プロジェクトで。

フランスでも脱原発デモが行われます。パリの情報はこちら

日本の報道で、「フランスは原発推進ですから」というコメントを聞くたびに、首をかしげます。
確かに、フランス政府は推進だろうけど、全政党が賛成しているわけではなく、市民が推進を喜んでいるわけではないです。
この原発の問題は、国単位で推進か反対かを語るのは無理があります。
推進側(政府や経済界など)と脱原発側は、国を超えて、共通しているのです。

メディアはどこに軸足をおいて伝えるか。
原発問題の報道を比較することで、その国のメディアのあり方が明確になるのではないかと思います。

中東地域で起こった運動に関する報告書(「北アフリカ・サヘル地域の政治変容と安全保障」ITEAS・AAFDHS・JCMS共同報告書)に、抵抗運動とメディアについて、次のような記述がありました。

中東地域に広がる政治的抗議運動を「フェースブック革命」と名づけるのは、魅力的な誘惑である。……しかしインターネットは、全体の中の一つの部分に過ぎない。これまでも存在していた、いわば「古めかしい」テレビのほうが、政治的抗議運動を大衆運動に変化させる上で、おそらくより重要な役割を果たしている。
……
フェースブックとツイッターが果した役割は確かに存在する。チュニジアとエジプトでは、若者たちがこれらのツールを用いて考えを共有し、若者たちの何人かを新たなリーダーとして登場させた。……若者らはインターネットを使って、互いに結び付き、抗議運動を計画する。数百万のフォローワーらによって、メッセージが伝達されることで、多くの人々が通りに出てくることになった。
しかし、これらの若者らが革命をおこなったのではない。……
抗議に参加する人々の声は、数百から数千へと増加した。しかし数千は、まだ数万ではなかった。数万人が通りに繰り出すためには、もうひとつの変化が必要であった。2つ目の変化、これがテレビである。
テレビが登場してからも40年以上の間、中東・北アフリカの地域では大きな政治的変化がもたらされることはなく、1990年代に衛星放送が登場したことで、政府の情報管理制政策が形骸化したものの、アルジャジーラや類似の衛星放送がデモを引き起こしたということは、この15年の間ほとんどなかった。……
しかしチュニジア、そしてエジプト、バーレーン、リビアで抗議運動が始まった時期、前述したようにテレビが社会に変容をもたらした。テレビによって、それまで数千人規模だったデモ参加者が、数万人規模に膨れ上がったのである。それまで、抗議運動の起きた国々では、当局の検閲によって、抗議運動はそれぞればらばらにしか起こすことができなかった。検閲をかいくぐり、地域のテレビ局の開設が相次いだ。そしてあらゆるローカルな抗議運動は、全国ニュースそして国際ニュースに取り上げられることが可能になった。抗議運動について連日報道され、全国の視聴者は悲嘆の感情と危機感を抱いた。チュニジアとエジプトでは、数週間のうちに、軍が介入し、それまで批判することさえ難しいように感じられていた長期政権の座にあった大統領を追い出すにいたったのである。
まさに、抗議は、よいテレビをつくり、良いテレビは良い歴史をつくった。この抗議運動を拡大させたという歴史は、インターネットとテレビの間の相互作用によって生み出されたものである。リビアやイエメンのようにインターネットアクセスが比較的限られており、ソーシャル・ネットワークも普及していない国々でも、人々は同じように通りに繰り出した。これらの国々では、小さな抗議運動を一つの大きな運動にまとめる役割を果たすうえで、テレビの影響は大きかったと言える。


明日の脱原発アクションがマスコミでどのように報道されるか、楽しみです。
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by k_nikoniko | 2011-06-10 13:08 | 原発・核

アレバのCM

Tera-Ecoに、アレバのコマーシャル・ビデオが掲載されています。無料で見ることができます。
1分間のCMで、フランス語の会話は最後にひとこと語られるだけ。ぜひご覧ください。

エネルギーの歴史を書き直したアレバ

このビデオは、アレバが今年1月15日から放映している新しいコマーシャルフィルムである。素晴らしい3Dだが、その奥には…。あなたはどう思う?

最初のシーンでは古代文明の雰囲気を伝えている。そこはエジプトのある世紀。交響曲が流れ、砂漠の砂塵と大河へとつづく道に沿って植えられたヤシの木からこぼれる光…。そして映像は加速する。帆船、水車のパレット、蒸気機関車のボイラー、長い油井やぐら、ガソリンスタンドと、次々と世紀が展開する。

アレバはエネルギーの歴史をたどり、最後の場面は、水上の原子力発電所の非常に現実的なヴィジョン。CMで述べられるメッセージは「エネルギーはまだつづられていない歴史である」の一文だけだが、このCMの予算は、制作費と広告料を含め、1500万ユーロ(約17億円)。すべてが事実ではある。

あなたは、このスポットCMをどう見るだろうか?

*Tera-Ecoではネット上でフォーラムを開催し、読者に感想の投稿を求めています。


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by k_nikoniko | 2011-06-02 21:51 | 原発・核