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教育する、それは分かち合うこと

10月末、教育について考える機会がありました。
市民教育の活動をしているフランスのNGO(ネットワーク)が主催したワークショップにしたからです。
市民ひとりひとりが社会の一員として行動して「もうひとつの世界」を作ろう、そのために市民に学びの場を提供しよう、というのが、このネットワークの設立趣旨。
ワークショップは3日間、分野は広く、教育、人権、環境、労働、経済、メディアなど数多くのテーマが用意されていました。
フランス人だけでなく、カナダのケベック、ブラジル、アルゼンチン、ネパール、タイ、ベトナム、カンボジア、パキスタン、コンゴ、ベナン、ルーマニアなど、海外からの参加者もいました。

各国の教育事情を発表するシンポジウムでは、ルーマニアの保育士が教員のリストラや減給について、パキスタンのNGO代表は女性が学ぶことの難しさなどを語りました。

「教育って何だと思う?」と聞かれて、正直、私は答えられませんでした。
「教育」という言葉から連想するのは、「試験のための勉強」。
日本では、これがまっとうな答えじゃないかと思います。

でも、ワークショップでの「教育」は、受験勉強ではありません。
子どもの情操教育、持続可能な開発のための教育、生涯教育、そして、おかしな政治や社会にノーと言うための教育…。
だから、テーマも幅広い。私たちの社会で起きていることすべてが、学習のテーマです。

教育とは何か。アルゼンチンから来ていた女性が、すばらしい文章を朗読しました。
彼女が語っている間、会場はし~んと静まりかえった。
スペイン語がフランス語に訳されたとき、大きな拍手がおこりました。
文字になった彼女の文章を読みなおしてみました。意訳ですが、紹介します。


教育する、それは分かち合うこと by Natalia Rivas

教育する、それは分かち合うこと
自然界に「ひとつ」は存在せず、「ふたつ」が出会い、はじまり、命になる。それを理解すること

教育する、それは分かち与えること
物質だけでなく、経験を。書くだけでなく、語り合い、こころゆくまで楽しみあい、深く感動しあい、理解しあう。分かち合いながら、いつも誰かと、そばにいる友とかかわりあいながら

抵抗する、それは創造すること
種をまき、発見し、生きているという不思議な可能性に満ちているのが日常生活だと理解すること。誰かとともに、すべての人とともに。

抵抗する
ラテンアメリカは500年間抵抗している。500年の支配、沈黙。そして今、ラテンアメリカは、私を通して語る。信じてではなく、確信して。私たちは一部であるという確信。そして、たくさんの一部が集まりすべてを作る。

規律、それは与えること。なぜなら、円は永遠であり、時間と空間は同じ円のなかで結合されるから。あなたが与えたものすべては、あなたに戻ってくる。いつも。毎日。

教育する、それは分かち合うこと。
仕事や食事、空気、楽しみや喜びを分かち合いながら、ともに抵抗して闘う。創造し、発見し、心ゆくまで楽しむ、シンプルなこと。そして、私たちはすべてを作ることができる。自分の力を恐れてはいけない。しかし、自分がまいた種は、それがたとえどんな小さな種であっても、すべて果実となることを理解しなければならない。重要なのは種。命を与える種。

私たちは、障害、野望、支配から引き離されなければならない。すべての文化、世界のあらゆるところにおいて。そして、私たち自身、すべての人間たちにおいて。

確信はすぐ目の前にある。命はすぐ目の前に現れている。見て知るだけで十分だ。

分かち合い、手を差し伸べる。なぜなら、そう、なぜなら、こうだから。

抵抗する、それはともに種をまくこと。教育する、それは創造すること。創造する、それは新しい時代の革命。私たちがみな、現在、「ホモサピエンス」であるなら、明日はそれよりずっとずっといいものになるだろう。それは私たち次第だ。

原文はこちら。スペイン語もしくはフランス語
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by k_nikoniko | 2010-12-10 01:29 | 社会問題

教育とごみ処理と、佑ちゃん

今日の午後の北海道は、佑ちゃんの日ハム入団会見一色でした。
経済効果は58億円なのだそう。またかぁ、という感じです。
サッカーの岡田監督、新庄剛さんなど、ネームバリューのある人物が来るたびに、同じようなことが言われてきたからです。
でも、景気がよくなった実感は全くありません。私がここに住みはじめてから10年間。
他力本願だからじゃないかな、と思います。

先日、広報さっぽろ12月号の平成21年度決算状況(13ページ)を見て、軽いショックを受けました。
歳出の項目の最後の「その他」に、「教育やごみ処理に関するお金など」とあり、「教育費」と「ごみ処理の費用」が並列されていたからです。
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重箱の隅をつつくようなことかもしれませんが、「教育費」というのは、こんな風に、「その他」のなかで小さく扱われてしまうものではないと思います。
これを見たときに、「教育」に対する姿勢のみならず、この自治体のレベルがわかった気がしました。

調べてみたら、札幌市の教育費は380億ほどで、ごみ処理については4,000万円ほどではないかと思います。
桁違いなのに、並べるというのはどういうことでしょうか?
スペースは十分あるので、一項目増やすこともできたはずです。 
教育費は土木費の半分で、一般会計の5%でしかありません。
教育費を別立てにすると、あまりお金をかけていないことがバレてしまうからではないでしょうか。
などと、うがった見方をしたくなります。

ついでに、他の自治体の教育費を調べてみたのですが、わかった範囲(正確な比較ではありません)では、さいたま市や静岡市は9%台、新潟市が8%台、横浜市は6%から8%に上昇など、5%は全国的にも高くないようです。

人材を育てることを疎かにすれば、いつまでたっても街は元気にならないし、他力本願から抜け出せません。
教育については、もっともっとみんなで議論しなければならないと思います。

そもそも、「教育とは何か?」など、じっくり考えてみたことがないような気がします。
学校に通っている間は、「勉強しなくちゃ」ぐらいにしか思わなかったし、親にしてみれば、「いい学校に行って欲しい」が教育かもしれない。
そして、自分(や子ども)が学校を卒業してしまえば、それから先は「教育」とは無関係になってしまいがちです。

受験勉強が教育だとは思わないし、「教育」という表現はちょっと違和感ありますが、「学ぶこと」はどこかで区切りをつけて終了するようなものではないでしょう。
世の中がものすごい勢いで変化しているなかでは、つねに学んでいても、何が正しくて何が間違っているのかを判断するのは非常に難しい。

「教育」を受けた賢い市民がいてこそ、的確な「ごみ処理」が実行でき、みんなが暮らしやすい街になるのではないでしょうか。


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by k_nikoniko | 2010-12-09 22:15 | ひとりごと