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幌尻岳の沢渡り

日曜日、幌尻岳に登ってきました。
といっても、取水ダムから幌尻山荘までの3キロほどです。
この間、沢渡りが15回ほど。
登山初心者向きではないのを承知で、連れて行っていただきました。
私が参加したのは、「日高山脈ファンクラブ」主催の「幌尻山荘排泄物人力運搬事業」。
つまり、「山荘にたまった人間の糞尿を汲み取って、それを担いで下山し、処理する」ための登山です。
幌尻岳は、「百名山」ブーム以来、登山者が急増。トイレの問題が深刻化しています。
以前は排泄物を山に捨てていたそうですが、それが生態系に影響を及ぼし、幌尻岳では土壌が汚染されているという結果が報告されました。
そこで、5年前から、有志の方々が年に3回ほど、排泄物を担いで下ろす活動が行われています。
この日は、札幌の「山のトイレを考える会」のメンバーも参加し、総勢12名。
お天気に恵まれ、みなさんのサポートのおかげで、私も何とか無事に行って帰ってくることができました。
はじめての登山ゆえ、ついていくのが精一杯で、風景を楽しむ暇もなく…。
山荘では糞尿の臭いに包まれながら(?)、1斗缶と4リットル缶にせっせと汲み取り、昼ごろには作業を終えて下山。
合計で1斗缶14缶、4リットル缶8缶、小便用のポリタンク1つの219kgを下ろしました。
2斗缶(20キロ以上)+自分の荷物を背負って下山する方々も。
こうした活動には、本当に頭が下がります。
そして、なぜ一般市民がこうした活動をつづけなければならないのかを考えると、憤りを覚えます。
山のトイレにかかわり、はじめて、山の環境汚染の悪化、管轄が複雑な国定公園の実態、営利だけを目的にした山のツアービジネスといった問題が見えてきました。
登山愛好家だけが解決すべき課題、とはいいきれないはずです。
山には登らなくても、山を見た多くの人が”美しい”と感動し、その壮大な姿を残して欲しいと願っているのではないかと思います。

エコバッグやマイ箸さえやっていれば、なんとなくそれで、「自分はエコ人間だ!」と責任を果たしている気の人もいるでしょう。
もちろん、エコバッグやマイ箸はやらないよりやったほうがいいです。
でも、お金を出せば簡単に買え、痛くも臭くもない行動で解決できるほど、環境保全はなまっちょろいものではありません。
悲鳴をあげたくなりそうな筋肉痛で、私はそれを実感しています。
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by k_nikoniko | 2009-08-18 00:15 | 社会問題

暑いっ!

このぐらいの暑さでブーブー言ったら笑われそうですが、北海道も暑いです。
今日は函館の緑の島の野外イベントの見学で、また一段と日に焼けてしまいました。
時計やサンダルのあとがクッキリ。
数年ぶりの函館は、すっかり観光地化されていて、ちょっと面食らいました。
開港150周年のイベントをあちらこちらで開催していて、観光客もたくさんで、にぎやかでした。
元町の細道に、民家を改造した素敵な茶房を見つけ、クリームぜんざいでひと休み。
こうした洒落た茶房に出会うのが、函館の楽しみでもあります。

昨夜は、函館に移動したばかりの若い記者と会いました。
「毎日3本、記事書いてます!」とやる気満々な彼女は頼もしく、同時に、自分の自堕落さを反省。
これからは、もう少しマメにブログを更新しようと、ささやかに決心したのでした。

このところ、道内のNPOや市民活動の見学をしています。
今まで知らなかった分野の活動や人々との交流は、いろいろなことを発見させてくれます。
人々が動くのは、それだけ社会には問題があるからです。
自分の足で歩いてみて、世の中にはこんなにさまざまな問題が存在しているのか、と呆然としています。
それに気づかなかった理由のひとつは、情報をきちんと伝えていないからです。
情報を伝えるのを仕事にしている立場として、非常に責任を感じます。
小さな団体の地域の活動が、実は日本全体にかかわったり、世界にも共通する問題だったりします。
ささいな事柄にも鈍感にならないで、ちゃんと伝えていきたいと思います。

と、書いたものの、夏休みの宿題みたいに、3日坊主に終わりそうなので、できる範囲で書いていきます。

暑い、といえば、久しぶりにイラクの友人にメールをしたら、次のような返事がきました。
「バスラはとても暑く、しかも電気の供給が十分ではないので、エアコンが使えないときがあります。水も不足しています」
電気や水をわかちあいたい。その手段があれば…。
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by k_nikoniko | 2009-08-11 21:58 | ひとりごと

就活という奇妙な文化

職人から仕事を学ぶ体験教室を開いている団体の方と話をした。
最近の子どもたちになりたい職業を尋ねると、スーパーの店員やレジ、コンビニといった答えが返ってくるそうだ。
都会の子が日常生活で目にするのは、こうした職業である。
また、親の会社名は言えても、どんな仕事をしているか知らない子が多いともいう。

先日、ある大学院生に、「ライターって、どうやって生活してるんですか?」と聞かれた。
別のリタイア男性には、「フリーの編集者って、何をするのかわかんないなぁ」と言われた。
こうした仕事が仕事として成立していることに納得がいかないようである。
でも、ライターや編集者という肩書きで働いている人はけっこういるのだ。
もちろん、出版業界不況の折、「割のいい仕事」ではないが、面白い。

このところ大学生や若者たちと話す機会があり、就職の話題になることが多い。
やはりみんな安定志向である。
それにしても、就活の話しをするときの、若者たちの暗い表情が気にかかる。
就活は私の時代にもあったが、どうしていっせいに就職活動しなければならないのだろう?
日本では、学校卒業と同時に就職するのが、優秀(常識)だとみなされている。
こうした就活は、日本独特の文化といえる。どれほどの意味があるのだろうか。
ちなみに、私の場合、就活に全くいい思い出がない。
大手商社とスッチーの試験に落ちた経験がある。そのトラウマからか、就職試験は大嫌い。

就職を前にしたアイルランド人Bくんは、日本人の若者とは対照的で、生き方がしなやかだ。
大学卒業後、ATL(外国語指導助手)として北海道にやってきたが、日本で過ごすのは1年間だけ、と決めていて、任期を終えた7月、インド旅行に旅立った。
インドやアジアで1年過ごし、来年の夏からは、ノルウェーのオスロ大学で、環境問題について学ぶという。
彼は将来、「NGOみたいな仕事をしたい」のだが、その前に、いろいろ体験するのだという。
日本での生活も経験を積むのに役立ったらしい。
アイルランドの大学では、フランス語とロシア語を専攻し、環境問題はこれから本格的に勉強するという。
「来年はオスロにいるから、連絡取り合おうね~」とアッケラカンとしている。

アイルランドのBくんにかぎらず、卒業後にブラブラしてから(そうしながらも働いてはいるのだが)、定職につく外国人は珍しくない。その後、職を転々と変えるケースもよくある。
なのに、日本の若者は窮屈そう。特に男性。
「妻と子どもを養わなくっちゃ」という気負いがなくなれば、もっと自由に仕事選びができるのかなぁ。
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by k_nikoniko | 2009-08-10 01:28 | 社会問題

生涯賃金と失業

30歳で失業すると、同じ企業で正規社員として働いた人に比べて、生涯賃金が最大4割減少するという。
政府が発表した2009年度年次経済財政報告書をもとに書かれた記事が、北海道新聞の7月25日朝刊1面トップに掲載された。
「30歳で失業 最大4割減」の大きな見出しに、気が滅入る。嫌だなぁ、と思った。
その事実よりも、この記事の扱われ方に。
私自身、転職や失業を経験して「正規社員」のレールから外れたので、そこからくるヒガミなのかもしれない。
単純に考えても、4割以上少い収入だと思う。
女性の場合、30歳で失業しなくても、男性より約4割減の所得に甘んじていることもつけ加えておく。
つまり、私は女性なので、さらに生涯賃金は減る。
「男性の正社員」に比べて、ゲンナリするほどの金額になりそうだ。我ながらカワイソウになる。
でも、不幸かと聞かれたら、「NO」である。
所得の高さと幸福度はいつも比例するとは限らない。
失業状態は辛いけれど、仕事を変えた人が全員不幸になるわけでもない。

高卒の男性が18歳から59歳まで正社員で勤めた場合、生涯賃金の推計は2億4410万円なのだという。
その金額が”幸せ”に値するのか、私にはまったく検討がつかない。
18歳から59歳までの40年間、平々凡々と暮らせる人などいるはずもなく。
失業するかもしれないし、自分や家族が病気になり、仕事を辞めざるをえない事態になるかもしれない。
いろいろなリスクに遭遇するのが人生。「つまずき」は誰にでも起こりうることだ。
終身雇用の「正社員」の生涯賃金は現実味がなさすぎるし、それを基準に”少ない”と悲観するのはどうかと思う。

正社員で過ごす人生が平均で、それが全ての人にとって幸せなのか、疑問だ。
「正社員にならなくちゃ損!」とプレッシャーをかけられている気がする。
一方で多様な働き方は認められるべき、と言いながら、矛盾していないだろうか。
非正規社員そのものではなく、労働条件や賃金の悪さなどが問題なのだと思う。

「失業」という文字は痛い。
日本では、「失業=落伍者」とみる傾向にあるからだ。
失業が深刻な「格差」を引き起こす可能性があるというが、原因は失業にあるのだろうか。
偏見や再就職の機会が少ないことも理由にあげられそうだ。

低所得でも、健康で文化的な暮らしが可能な社会であれば、幸せを感じることができるかもしれない。
なのに、失業を敗者とみなし、お金がない人は不幸になると強調する。
その刷り込み方に不快感を持つ。


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by k_nikoniko | 2009-08-06 00:43 | 社会問題