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26年目の祖母の涙

今日は祖母の27回忌だった。
父方の祖父が高校3年生のときに亡くなるまで、4人の祖父母が健在していた。近くに住んではいなかった、おじいちゃん、おばあちゃんの思い出はそれなりにあるほうだ。
26年前の今日この世を去った母方の祖母は、一番好きなおばあちゃんだった。ケタケタよく笑う、お洒落な人だった。
その祖母の死に際し、私はある悔いを残している。

祖母が死ぬ前年の夏、母から、「おばあちゃんが遊びに来るのを楽しみにしているから、札幌に行ってきてほしい」と言われた。
東京に住んでいた私は、夏休みにその頃家族が住んでいた新潟県にいったん帰省し、それから札幌へ向かった。
祖母は死を予感していたのだと思う。自分の若い頃の写真を見せてくれたり、得意料理の煮物を作ってくれたり、後で考えれば、変な行動が多かった。
もちろん、そのときは全く気づかず、私は久しぶりの祖母との時間を楽しんだ。
祖母はテレビ体操の時間に一緒に運動し、「いつも体操している。こんなに身体が柔らかいんだから」と屈伸しながら自慢したりしていた。病気など想像もつかないほど、元気だったのだ。
オープンしたての開拓の村に行き、キタキツネをはじめて近くで見た。
テレビ塔で祖父も一緒にそばを食べた。
向田邦子さんが飛行機事故にあわれたのも、祖母の家に滞在しているときだった。
こうして、1週間ぐらい過ごしただろうか。私は、また元気な祖母に会えることを疑いもせず、札幌を後にした。
その年の秋、家族は帯広に引っ越し、これからは頻繁におばあちゃんに会えるね、と思っていたやさき、翌年の4月に祖母は突然入院してしまった。そして、もう長くないことを知った。
15年ほどの本州暮らしの末、やっと北海道に戻ってきた喜びが、悲しみに変わってしまった。
母は特にショックだったに違いない。今の私の歳より若かったはずだ。

いつも元気な祖母しか知らなかったので、病に伏せている姿を私は見たくなかった。
祖母とはよく話しをしたのに、入院している祖母に対しては、なぜか口が重くなってしまった。
20歳の私は幼稚な子供でしかなく、祖母にやさしい言葉さえかけられなかった。

祖母が危篤に陥ったのは、9月の26日ぐらいだったと思う。
記憶が定かではないが、すぐに飛行機で、東京から札幌の病院に向かった。
祖母はすでに意識不明だった。
病室に入ったのはいいが、ベッドから少し離れたところで固まってしまった。
こういう祖母を見たくない。その気持ちが強く、近づくことができなかったのだ。
祖母はもう意識がない。もう何を言ってもわからない。祖母の声も聞けない。
立ちすくんだまま、私はそんなことを考えたような気がする。
そして、「おばあちゃん、涙を流しているよ、来たことがわかってるんだよ」と叔母か誰かに言われて、われに返った。
祖母は涙を流していた。意識がないはずなのに、涙を流してくれた。
それでも私は、祖母の命が消えていくのを受け止められず、やや離れて立っているだけだった。

この自分の冷たい行動を、私はずっと後悔していた。
大切な人と永遠の別れをしなければならないときに、この態度はないだろう、と。

心の整理がついたのは、祖母の夫である祖父の最期を看取ったときである。
祖父が認知症をわずらって引き取ることになったとき、私は日本に戻ってきた。
祖母に対するすまない気持ちがあったからだ。
もちろん、それだけが理由とはいえないけれど、同じ後悔をしたくなかった。

祖母の涙が、私を少し大人にさせてくれた。
26年の歳月を経た今、たぶん、祖母はケタケタ笑いながら私を許し、見守ってくれているのではないかと思う。
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by k_nikoniko | 2008-09-27 23:27 | ひとりごと

生むならフランス

私の周りは出産ブームです。
先月、従妹が二人目の子どもを出産し、知り合いの日英カップルの間にも赤ちゃんが誕生。
今月もひとり、来月もひとり、新しい命が生まれます。
ブラジルに住む友人からも、妊娠2ヶ月という便りが2日前に届きました。
10月出産の友人は、来週、住み慣れたパリへ旅立ちます。
パンパンのお腹で、2歳半になる娘を連れて。夫は仕事があるので日本においたまま。
彼女は、第1子もパリで生んでいます。
二人目は当初、札幌で出産の予定でしたが、「日本の産婦人科には、もー、うんざり」と、パリ行きを急遽決心したそうです。
理由を聞いて思い出したのが、以前(1995年)、パリで雑誌の編集をしていたときに、ジャーナリストの長坂道子さんに書いていただいた「フランス出産事情」。
副題は、「出産も軽やかに美しく、リラックス妊婦生活 ~気軽な妊娠生活、無痛分娩、出産祝いのジュエリー……、生みの苦しみを尊ぶ日本人とは対照的な素晴らしきフランス式出産とは!?~」。
その号をゴソゴソと引っ張り出して、読み返したら、友人の言っていることと実にマッチしているのです。
長坂さんは、「私は『フランスびいき』とか『フランスかぶれ』というタイプではないばかりか、ときには評価が辛めな方である」と前置きしながらも、「なぜ、フランスという国はそんなに素晴らしいのか」について触れています。
「第1に、『妊娠は病気ではない』という思想が、広く一般に定着している点」
体重管理に関して日本は非常に厳しいのですが、フランスではさほどうるさく言われないそうです。タバコやアルコールでさえ、ボーダーラインがゆるいといいます。
「第2に、フランスに広く行き渡っている無痛分娩(脊髄麻酔を使った出産)」
95年時点で9割の女性が無痛分娩を行っており、友人の話によると、現在はこちらから何も言わなければ無条件で無痛分娩になるとか。
札幌で無痛分娩をしている病院は一ヶ所、医師はひとりだけだそうです。
「日本では、『無痛を選ぶ』という選択がまず皆無に等しく、『出産イコール痛み』というのが常識で、それを疑ったりする者はまずいない」 
確かに。なぜか。
「ひとつには、無痛分娩を受け入れにくい精神的な土壌というものがあること。……『生みの苦しみを味わった者にしかわからない極致』というような哲学が根づいている。つまり、痛みもなしで子を生むなど、けしからんというわけだ。激痛を経た日本の母たちは、だから勝利感に顔をほころばせる……」
ニヤリとしてしまったのは、次の文章。
「もっとうがった見方としては、日本に無痛が定着しにくいのは、女たちを社会の一線から遠ざけておこうという男たちの陰謀のためであるというものがある。つまり、出産がそんなに簡単になってしまったのでは、ただでさえ有能な女たちのこと、余力を生かして何をしでかすかわかったもんじゃない、とうことだ」

政府が少子化問題に積極的でないのは、結局、女性たちに最良の環境を提供することに躊躇し、ひいては、女性に活躍の場を与えることを拒んでいるから、ともいえますね。
痛いのは誰でもイヤです。
自分がその痛みを経験する必要がないので、男性たちは女性の痛みをやわらげようなどとは考えないのでしょう。立場が逆だったら、すぐに対策がとられたはず。
などと、私でさえ、うがった見方をしてしまいます。
なぜ女性が産まないのか。
約10ヶ月の妊娠期間が重苦しく憂鬱なイメージとして植えつけられている、という点も要因にあるでしょう。
そう考えたら、少子化問題は、子育て支援だけでは解決しないことは明らかです。

ちなみに、同じ号で、私はこんなことを書いていました。ついでに載せておきます。

子供はどの国で生まれるのが幸せか? 本人には選択の余地がないわりに、その後の人生に多少なりとも影響する問題といえる。
以前、妊娠した友人が興味深い手紙を送ってきたことがある。日本では妊婦がお産について学ぶ教室が開かれており、そこに通う”将来の母”たちは、えらく気合いが入っているという。お腹の中にいるうちから、我が子の人生設計を立ててしまっている親がいるというのだ。子どもが誕生したら、次はどこの幼稚園、小学校と、特に東京など首都に住む親は忙しい。子供の意思など考える余裕もないように見える。
もちろん、子供も塾やお稽古事で毎日大変。こちらもまた、自分が何をしたいのか考える時間などなさそうだ。この世に生れ落ちた瞬間から受験戦争に巻き込まれてしまうのは、日本人に生まれた宿命なのだろうか。
それでは、フランスはどうだろう。子供を持ったからといって、”母”としての役割だけを果たす女性は少ない。あくまでも”女”であることを忘れないフランス女性は、そこまで子供の人生を独り占めしたりしない。父親もしかり。ただし、男、女を捨てないということは、ヘタをすれば子供を犠牲にする場合もあるのだが…。
受験勉強で暗記したことは、忘れるのも早い。日本人は、考えること、意見を述べることに慣れていないために、外国生活で苦労した人も多いはずだ。まだ経験がないので大きなことは言えないが、未来の子供のために、何が彼らにとって幸せかを考えたいと思う。
パリの美術館、博物館では、親子連れの子供をよく見かける。幼児期からアートに触れる機会が多い彼らは幸せだ。緑が豊富で自然にも恵まれている。このような環境が、大人や子供たちに心の余裕を与えているのだろう。
子育てはとてもクリエイティブな仕事だと思う。まずは我々大人が”センス”を磨かなければならないのかもしれない。
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by k_nikoniko | 2008-09-24 22:13 | 男と女

男性学「男に生まれる―神話と実話」

10月から6回にわたり、「男に生まれる―神話と実話」という講座の進行を担当します。

「男も弱い人間である。ということを、女性は忘れていないか? 『男女の役割が変わったことによる男の戸惑い』を、女性はどれだけ理解しているか? 女性の権利を主張するだけでいいのか? 男性は自分の弱さを見せまいと虚勢を張っていないか? 弱さを認めることは恥ずべきことではなく、弱い自分を認めることで、女性や弱者の気持ちがわかるのではないか?」
こうした疑問がこの企画を提案した理由。

男性学は、90年代ごろ、欧州で盛んに語られていました。
女性が力をつけたら、男女の関係も必然的に変化する。
新しい男女の関係とはどうあるべきか。
こうした論点から、「男性についてもっと知ろう」という議論が活発に展開されていたのです。

でも、日本ではいまだにほとんど話題にならず、”男性と女性の新しい関係”など真剣に考えようとはしません。
女性は従うだけではなくなりました。
そうした社会変化のなか、男性は、強い女性の前ではやや腰を引きながらも、隙あれば「男らしさ」を主張し、自分より弱い女性を見つけて専横的な振る舞いをしています。

女性もまた、男性の弱さを認めようとしない傾向にあります。
女性は権利を要求したり、封建的な男を否定しながらも、「男にモテるメイク法」に夢中になり、「夫は自分より給料がいいのは当たり前」と言い張ったりします。
男性に”責任”と”頼りがい”を求める受身の姿勢はあまり変わっていません。

一番気がかりなのは、お互いがお互いを知らなすぎること。
その結果、悲惨な事件が生まれているのではないか、とも考えます。
たとえば、最近起きた福岡の事件のように、母親がわが子を殺めるといった事件が後を絶ちませんが、そのほとんどに、”夫”の存在が見えません。
相談相手として、”夫”は含まれていないのは、どういうことなんだろう。
「夫婦とはそういうもの」なのだろうか?
夫婦だけでなく、職場でも、社会のあらゆるところで、男女の関係が歪んでいます。
暮らしていくうえで、非常に息苦しい。

と、ここまで書きましたが、実は、少し自信がなくなっています。
男性学は、女性の権利がある程度保障されている成熟した社会で語られるべきで、現在の日本では尚早で、受け入れられないのではないか、と。
女性が力をつけるには、男性とよりよい関係を築くことが大切だと思います。
女と男の役割に変化が生じているのであれば、関係の変化にも焦点を当てるべきでなはいか、と。
多くの方がこの講座に参加し、活発な意見交換していただきたい、と思っています。

男に生まれる:神話と実話
全体コーディネーター:瀬名波栄潤(せなはえいじゅん) 北大文学部准教授 英米文学ジェンダー論

●日時:10月7日(火)開講 全6回(隔週火曜) 18:30~20:30
●会場:さっぽろ自由学校「遊」 (札幌市中央区南1条西5丁目愛生舘ビル2F)
●受講料:通し 一般6,000円 会員・学生4,800円 (単発 一般1,500円 会員・学生1,000円)
●問い合わせ:NPO法人さっぽろ自由学校「遊」 
TEL.011-252-6752 FAX.011-252-6751
syu@sapporoyu.org  http://www.sapporoyu.org

生物としての男、社会が作り出す男性像、そして男達の本当の姿。フェミニストのボーヴォワールが『第二の性』で発した「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」はあまりにも有名ですが、男に生まれるとはどういうことなのか。
本コースでは、初回と最終回を除いては毎回ゲストスピーカーをお招きし、「男」についての研究やエピソード、そして多様な性を生きる「男」たちの生の声を紹介します。さあ、「男」について楽しくそしてまじめに考えましょう。

①10月7日(火) イントロダクション:男性神話と男たちの今
瀬名波 栄潤(せなは えいじゅん):北大文学部准教授 英米文学ジェンダー論
ウォーミングアップです。男の歴史、理想的男性像と男の現実、男の多様性、男として生きる楽しさやむずかしさなど、男を取り巻く環境を、映画を紹介しながら概観します。

②10月21日(火) 分子細胞遺伝学:生物としての男
黒岩 麻里(くろいわ あさと):北大創成科学共同研究機構講師
生物学的には女性は「原型」、男性は「模型」といわれ、デフォルトの女性か男性を作ります。男性がどのように作られるのか、男性とはどのような生物なのかを紹介します。

③11月4日(火) 男性学/男性性研究ヘの誘い
兼子 歩(かねこ あゆむ):大学非常勤講師 歴史学・ジェンダー論
「男について研究する」とはどんなことなのでしょう。いろいろな分野で行われている「男性学」とは何か、いったいどんなことが語られているのか、紹介いたします。

④11月18日(火) 楊貴妃になりたかった男たち2008
武田 雅哉(たけだ まさや):北大文学研究科教授 中国文学
男も女もそれらしい服装を--この規範はここ何千年、基本的には変わっていないようですが、ひねくれ者は必ずいるもの。その諸相を、中国の奇譚の海から拾い読みしてみましょう。

⑤12月2日(火) 性の多様性
田中たみえとHSA札幌ミーティングの人たち
田中さんは「性のバリアフリーをめざす会ピーナツハート」代表、HSAは「北海道セクシャルマイノリティ協会」のこと。彼らにとって、「男に生まれる」とはどういうことなのか。真面目に耳を傾けましょう。

⑥12月16日(火) 「男に生まれる」とは...?
瀬名波 栄潤(せなは えいじゅん):北大文学部准教授 英米文学ジェンダー論
最終回です。「男」って何なんだろう。参加者の皆さんとじっくり考えます。
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by k_nikoniko | 2008-09-23 22:23 | 男と女

西欧視点ではない女性の言葉

お会いしてみたい人のひとりに、モロッコのフェミニズム社会学者のファティマ・メルニーシーさんがいる。
ラバトのモハメド5世大学に在籍されているはずだ。
イスラム社会で女性の権利や生き方を主張するのはかなり大変だと思われるが、鋭く切り込み、その潔さがカッコいい。
彼女に共感できる点は、フランス語や英語で執筆し、西欧社会の問題をも指摘するところにある。それがまた、スカッとするのだ。
日本もイスラム圏も、フェミニズムは西欧から学ぶことが多いが、その理論をそっくりそのまま当てはめようとしても、やはり無理がある。
もちろん、西欧の女性は自律していると認めるが、いつもそこでジレンマを感じてしまう。
メルニーシーは西欧式をそのままコピーするのではなく、イスラムやモロッコの伝統や文化に基づいて、自分の身近な女性たちの自律を追究している。
しかも、それを西欧社会に堂々と発表しているところが、素晴らしい。
日本語訳になっているのは、「ハーレムの少女ファティマ」と「ヴェールよさらば」だけなのが残念だ。
今読んでいる「ヴェールよさらば」(心泉社)の第二章で、次のような一節があった。
ちなみに、原本は湾岸戦争後の1993年発行だが、日本では2003年に刊行されている。
湾岸戦争が教えてくれた貴重な教訓として、書いている。

……普通のアラブ人は恵まれてはいないかもしれないが、それよりも孤独で、か弱いのは、表向きは権力の衣をつけたアラブの指導者の方だ。
 孤独で脆いのが私たちのリーダーだとは! テレビを見ながら私は何度か涙をこらえたことがある。リーダーたちの毅然とした表情の下に、私たちの無力と悲しみが映し出されているからだ。実際、アメリカ側についたにしろ、アメリカ側と戦ったにしろ、どちらを選択したにしてもそれは同じであった。
……湾岸戦争は、強大な力を秘めた指導者と、つねに力を奪われてきた国民との間の歴史的な距離を取り払った。そしてそれこそが、多くの子どもたちをはじめとするイラク人の死を正当化する唯一の理由である。少なくとも彼らは、これから築いていくべき民主主義の犠牲者になったといえるだろう。
 強いアラブ指導者は強いアラブ国民なくしては存在しない。私たちがこの戦争以前に考えていたのとは裏腹に、国民の強さは愚かしい武器によって得られるものではない。強い国民というのは、教育と高度な技術を持った国民のことであって、指に引き金をかけ、無数の弾薬の上にあぐらをかいているような国民ではない。これは標的になる犠牲者が同胞であろうと外国人であろうと同じことだ。

「アラブ」を「日本」に代えて読んでみてください。
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by k_nikoniko | 2008-09-19 00:28 | ジェンダー

女は武器を使いたいか?

突然の首相辞任にはあっけにとらたが、次の総裁が女性かもしれないという動きにも唖然とする。
なにより驚いたのが、「人材より女性であることのほうが大事」とのコメント。
一国のリーダーは人材で決めてもらわなければ困る。
女なら誰でもいいなど、女たちは思っていない。

一度、「若くて女性」という理由で、ある依頼を受けたことがある。
それでしか評価されていないように感じ、ショックだった。

ただ、それを利用して上昇気流に乗る女性もいるのは事実だ。
女性がのし上がるには、大きく2つのタイプがあると思う。

ひとつは、いわゆる色仕掛けを使うタイプ。
「涙」を使うのかもしれないし、もっと大胆な手段で迫る場合もある。
こういうやり方は悲しい。チープだ。

もうひとつは、人間的な魅力で、周りをうなずかせてしまうタイプ。
色気がないわけではなく、だからといって、やりすぎず、はかなすぎず。
母でもなく、妻でもなく、愛人でもなく、という多様なキャラクターで、ガツリと人心をつかむ。
こういう女性は、男性だけでなく、女性にも圧倒的に支持され、息の長い活躍をする。

ところで、「女の武器」という言葉があるが、これを使うのは、前者のタイプだと思う。
しかし、「武器」を使わなければ人を説得できなかったり、魅了できないのは、卑怯な感じ。
「女性の武器」とされているモノやコトは、本来、大切な人、愛する人のためのものであり、武器と同格にされるべきものではないはずだ。

どのような分野であろうと、「武器」は用いないほうがいい。

話は飛ぶけれど、戦う場での男女平等について、どうしても賛同できない。
女は武器など持ちたくない。私はそう思っているけど、違うだろうか。
「男は戦争、女は平和」という考えはステレオタイプとの批判があるが、女性が平和を望む体質だとしたら、それは肯定的に受け入れたい。
戦闘的な女性がいてもいいが、その人たちを正当化するために労力は使いたくないかも。

それよりも、武器を持ちたがる男性や女性に、戦うことの意味を考えてもらいたい。
戦う場での男女平等を主張するのは、先進国の女性たちではないかと思う。
そして、犠牲になるのは、たいがい途上国の女性たち。
女性の権利を主張するとき、恵まれた国に暮らす自分たちだけがよければ、それでいいのだろうか。
武器を向ける相手が権利を蝕まれている女性だとしたら、やはり私は武器を持ちたくない。
自分が権利を守ったことで、他の女性が犠牲になるのは耐えられない。
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by k_nikoniko | 2008-09-04 13:36 | ジェンダー