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先進国って何だ?

道路で滑って、思い切り尻餅をついた。まだ痛い。
いつまで続くんだ、この寒さ! と、キレたくなるぐらい凍りついた日々が続いている。
今日は、免許証を忘れ、電車の回数券を忘れ、完全に集中力を欠いていた。
寒さのせいではないけど…。ツイてない日。フー。

先日の疑問、“先進国は野蛮な国を平和にする義務がある”について、アラブ諸国出身の知り合いにいろいろ聞いてみた。
「西欧人は、自分たちの文明が他より優れていると信じている。これは一種の病気のようなもので、治らないね。もちろん、そうではない人はいるけど、それはごくわずか。一般的に、根底には、優越感を持っている」
と、予想通りの返答。無理やり言わせたわけではないです。
西欧のNGOに関しても質問してみた。
「政府とは違う取り組みをしている点では評価するけれど、彼らの考え方も、基本的には同じだと思う。“先進国は途上国を援助する義務がある”という。ヒューマニズムは、西欧社会のなかだけに通用していて、一歩外に出たら、ラシズム(人種差別)だらけ…」
西欧文化が一番素晴らしいわけではないことを、理解してもらえる方法はないのだろうか。
「ほとんど不可能。彼らは病気なんだから」
不可能かぁ。
たとえば、アラブやアジアといった違う文明の人々が連帯して、西欧人に気づかせる、とかできないの?
「できるかもしれないけど。大概は西欧人に無視される」
私の案はあまり現実味がなかったようで、賛同してくれなかった。
じゃあ、どうすればいいのだ?
人権や民主主義などについて西欧をほめてはいるものの、何もかも西欧に学ぶといった姿勢は好きになれない。
私がこれまでブログに書いた内容は、かなり矛盾していると自覚している。
ところで、アラブ人は、日本をどう見ているのか?
「経済的な面では、日本も西欧先進国と同じ。それから、日本人は非常に頭がいいと思われている」
日本も西欧先進国と同じ。つまり、“高ビー”ということになる。
「西欧人は、経済大国として、日本を一応尊敬している。経済力がある、という点では否定できないから、尊敬している風に振る舞っている。実際はそうでもないと思うけど」

経済力や技術の進み具合で先進国であっても、人々のモラルや生き方が必ずしも“お手本”になるとは限らない。
途上国の人のなかにも、魂が美しく、尊敬できる人がたくさんいるし。
国が貧しいだけで、そこに生まれた人まで野蛮と考えるのは、とてもおかしい。
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by k_nikoniko | 2008-01-13 19:36 | ひとりごと

パレスチナ人と札幌で

昨年11月、パレスチナ人のファトヒ・クデイラートさんと話す機会を得た。講演会の翌日、夕方の飛行機で北海道を離れるまでの数時間、観光案内をしながら一緒に過ごした。
ファトヒさんは、イスラエルのアパルトヘイト政策に反対する「パレスチナ反アパルトヘイト・ウォール草の根キャンペーン」のメンバー。講演では、厳しい表情で力強い口調だったため、とっつきにくかったらどうしようと思っていたら、とても気さくで、ユーモアあふれる人だった。
これまで3人のパレスチナ人に会ったが、みな素敵な人だった。メディアで知るパレスチナの悲惨なイメージとはまったく違い、陽気でチャーミング。そして、哲学的で話好き。日本に来ることができるパレスチナ人なので、特別な人たちなのかもしれないが、私の会った3人はいずれも魅力的だった。
札幌は見せるところが少ないので、結局、カフェでしゃべって過ごした。久しぶりに楽しいおしゃべりだった。
ファトヒさんは、“女”と見下したところがなく、ひとりの人間として対等に扱ってくれている感じがして、言葉のキャッチボールができたというか。
日本の男性との会話は、いつもこうとは限らない(と書くと嫌がられるかもしれないけど、見下されているのがわかるときがある)。

ファトヒさんは何度も、「人生は一度しかない」という言葉を繰り返した。
「私は暴力も戦いも嫌いだ。人生は一度しかなく、人の命ほど価値のあるものはない。どんなに高価な時計であっても、人の命ほどの価値はない。命は誰かにあげることはできない」
「人生は一度しかなく、楽しく過ごす自由な時間は1日2~3時間程度で、1日のうち1割ほどだ。人生80年として8年間。そのうち、子ども時代と年老いてしまった時間を差し引いたら、6年ほどになる。その短い時間を、私は無駄にできない」

「あなたは今、なぜコーヒー代を支払い、自分の貴重な時間を私と過ごしているのか」と聞かれたとき、「楽しいから」と自然に答えていた。実は頼まれてアテンドを引き受けたのだが、そんなことは忘れてしまうぐらい、本当にファトヒさんと話すのが楽しくなっていた。
「お金と時間は有意義に使うべき」という彼の言葉の意味が、とてもよくわかった。
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by k_nikoniko | 2008-01-12 00:39 | ひとりごと

寒いけど心は…

今日の札幌は寒い!
歩くたびにキュッキュと雪が音を立てる日は、めちゃくちゃ寒い。
部屋に戻って、ストーブをつけて、お酒を飲んだら、やっと体が温まった。
ちなみに、灯油・ガス・電気代を節約するため、夜型から朝型にライフスタイルを変えた。
今年は(というか、冬だけは)規則正しい生活を心がけようと思う。
2008年もあっという間に過ぎていく。この9日間、邪念?と戦い、やっと落ち着いた。
いままで溜め込んでいたことを吐き出したら、とても楽になった。
追い求めていたものは、自分にふさわしいものではなかったみたい。
居心地のいい場所に戻り、心地いい人と過ごそう。もう背伸びはやめた。

サルコジ大統領の再婚話が、日本人にどのぐらい関係あるのだろうか。
と首をかしげながら、今朝のワイドショーを観ていたら、ひとつだけ、彼の言葉に感動してしまった。
「私も人間で、普通の人と同じように大切なこと、それは恋愛生活で…」とのコメント(正確ではないかも)。
生活において大切なこと、それは愛。
なんて言葉は、ここ日本では、恥ずかしくてなかなか言えない。
フランスにいたらサラリと言ってのけるのだろうけど、どっぷり日本人になった今となっては、非常に言いにくい。
でも、先日、Cちゃんと話していて、そんな感情がムクムクとわきあがってきた。
何のために平和を求めるか、何のために戦争に反対するか、何のために格差社会を憂うか。
市民運動の目的って何だろう、と話しているうちに、クリアになってきたのだ。
戦争のない平和で平等な社会になっても、難しい問題ばかりについて議論して、深刻なドキュメンタリー映画ばかり観て、ひとり寂しく生きるのなら、ちっとも楽しくない。
愛する人を理不尽な戦争で奪われたくないから、愛する人が生き生き働き評価されて欲しいから、平和で平等な社会になってほしい。
賢い人たちの理屈はもうどうでもよくなってしまった。
ただ単に、“愛し愛されて幸福になりたい”。だから、声を上げる。
というのは、わかりやすいし、多くの人が望んでいることではないかと思う。

漠然とした理想を求めるのではなく、「自分の愛する人」を「イラクのある女性(男性)の愛する人」と置き換えたら、感情移入もできるのではないだろうか。
今年はこんな風に、自分の目の高さで、社会を考えていきたい。
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by k_nikoniko | 2008-01-09 23:42 | ひとりごと

さあ新しい年!

2008年の幕開けは、かなり刺激的だった。
元日、Kさん宅で行われた新年のカムイノミとイチャルパに参加させていただいた。
いずれもアイヌ民族の儀式で、カムイノミはお酒や食物をカムイ(神々)にささげ、先祖供養のイチャルパは祖先に供える。
その後は、人間(アイヌ)たちが、たっぷりのお酒とお正月料理で大宴会。
アイヌ料理(おいしい!)に舌鼓を打ちながら、延々と語り合う。
10人ほどの集まりに、民族はいろいろ、年代もバラバラ。
まじめなテーマから浮かれた話しまで、話題もさまざま。
たくさん笑ったので、この一年は朗らかに過ごせるだろう。
自然を尊び、食物を大切にし、人間に優しく。
今年は、そんなアイヌ(人間)の生活を見習い、小さな喜びをかみしめて暮らしたい。

なごやかな飲み会ではあったが、最後は白熱した議論になった。
異文化論、とでもいおうか。
自分の国(民族)のスタンダードで他の国(民族)を批判する危険性、をうかがわせる発言に考えさせられた。
こういった姿勢でいる限り、差別はなくならないだろう。
多国籍国家とはいえない(少なくともフランスやイギリスに比べて)日本では、無意識のうちに、人種差別的な言動をしがちだ。
デリケートな問題に対して鈍感。
そして、それに気づかない人が少なくない。

それから、議論の難しさについても、あらためて考えさせられた。
議論慣れしていない日本人は、反論と「言い返し」を混同する。
“相手の意見と違うから異を唱える”というより、“相手に負けたくないから応酬して言う”傾向にある。
そして、必死になればなるほど論点がずれる。
議論を楽しむ余裕がないのだ。それはもったいないことだと思う。
たとえ意見は違っても、相手を100%理解できなくても、その考え方をいったん受け取るぐらいの余裕を持ちたい。
議論は不快なものではなく、楽しむものだと思う。
チャランケ(アイヌ語で「とことん話し合うこと」)も、今年の課題にしよう!
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by k_nikoniko | 2008-01-03 11:17 | ひとりごと