フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2016 Kayoko Kimura
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久しぶりのサッカー

この間の日曜日、札幌ドームでサッカー観戦をした。何ヶ月ぶりだろう。
J1昇格がかかった大事な試合。応援にも気合が入ってしまった。
後半ロスタイム寸前まで、“J1確実”と興奮状態だったのに、PKで追いつかれ試合終了。
この中途半端な気持ちをなんとかして~、と叫ぶ元気もなく、宙ぶらりんな気分。
声がかすれるほど大声を出したので、すっきりはしたけれど、本当になんとかして欲しい。
ところで、イングランドは来年のヨーロッパ選手権の出場を逃したらしい。
昨日、BBCワールドラジオではそのニュースが繰り返されていた。
その声の暗く冷たく、陰険なことといったら。アナウンサーは感情むき出しだった。
そうとう頭にきている様子。
聴くたびに、笑ってしまった。
負けたら、あっさりクールに突き放すのは、いかにもイギリス人らしい。
まさに弱肉強食の社会、といった感じがする。
怖すぎて、私はついていけないかも。
日本はオリンピック出場を決めたけど、もし負けていたとしても、イギリスほどには冷酷な口調にはならないのだろうなぁ、と思う。
甘いから強くなれない、ということもあるのだろうけど。
寒さが身にしみるこの季節に、あのような冷たい態度をとられたら、完全にヘコみそう。
日本でよかった…と、こういうときは思う。
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by k_nikoniko | 2007-11-23 01:33 | サッカー

アラブ・カフェという試み

9月の1週間、アラブ料理を出す「アラブ・カフェ」というものをやってみました。
私はアラブ料理が大好きなのですが、札幌には中東料理のレストランがありません。
昨年、イラク人が札幌に滞在しているとき、「あったらいいね」という話しになったりもしたので、ちょっと試してみたくなったのです。
来客のほとんどがアラブ料理初体験のようで、少しカルチャーショックだったかもしれませんが、その様子を見た私もカルチャーショックでした。
アラブ問題に関心があっても、「料理は食べたことない」人が多いのです。
難しい議論ばかりではなく、味覚や視覚、嗅覚から “アラブ”に触れたほうが、もっと親しみを持てるのではないしょうか。
「今食べている食物が手に入らない」とか、「楽しい食の時間が奪われている」とか、実感できるからです。
今回のアラブ・カフェでは、イラク人が帰国の際においていったスパイスも使いました。それを知った友人は、「イラクには行けないけど、イラクの味を知ることができて感慨深い」と言ってくれました。
また、アメリカ人が、「懐かしい。アメリカでよく食べた」と喜んだのも意外でした。デトロイトにはたくさんのアラブ人が住んでいて、アラブの食品店も多いそうです。タヒーナ(ゴマのペースト)、バラクワ(アラブ菓子)といった言葉も普通に知っていました。
アラブ料理といっても、国によって大きく違うこともあらためて発見。
北アフリカで食べるクスクスを、シリア人やヨルダン人は「食べたことがない」と言い、イラクで使うドライ・レモンを、西側のアラブ諸国の人々は「初めて見た」と珍しそうに手にとっていました。
一辺倒なアラブ紹介ではなく、角度を変えて、見ること、知ることが大切です。
これからもいろいろ試してみたい気持ちになりました。
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by k_nikoniko | 2007-11-21 13:13 | ひとりごと

カフェで声をかけるのは変な人?

娘がパリに留学中という女性に、フランス男性のナンパ状況について聞かれた。
「『三国ナンパ論』に出てくる男性は特にひどい人たちでしょ?」と問われ、「確かに全員があのような男性ではないけれど…」と答えつつも、「けっこういるんですよ、あのタイプの男性が」とも言ってみた。
私だけでなく、多くの日本女性があの手の男性に出会っているのだから、かなりの数いるのではないかと思う。
でも、信じてもらえそうにない。
「まともな人はカフェで声をかけないはず」と主張されても、それは正しいとはいえない。
どちらかというと、声をかけない人のほうが珍しい。
女性を引っ掛ける目的とは限らず、何かひと言ぐらい話しかけるのが、フランス人やイタリア人だ。
うっとうしくても、それが普通なので、生活していくうちに慣れてくる。
しかし、日本にいると、カフェで声をかけるのは、変態の部類ととらえられがちだ。
「カフェではみな声をかけますよ。恋愛が生活の一部なので、カフェも大切な出会いの場なのです」などと返答してみたけれど、自分の言葉が恐ろしく浮いてしまった。
”恋愛が生活の一部”なんて、ここではかなり“異質”な感じ。言ってしまった自分に引いた。
もうひとつ、その女性は「フランス人は簡単に恋愛をする」的な発言をしたが、これも間違った情報だ。
フランス人は、日本人がイメージするほど、ポンポンと恋愛を楽しむ軽々しい人たちばかりではない。
どちらかというと、重苦しい人たちだと思う。
結局、「しっかりしていれば、変な男性に騙されたりしませんよ」と締めくくってみたけれど、本当だろうか。自信はない。
“しっかりしている”って、どういうことだろう?
そもそも、日本女性は、国際レベルで自律しているのだろうか?
私たちの世代は、外国人と接する機会がいまほどなかったし、外国人とのつきあい方もよく知らなかったし、女性の地位も低かった。
それゆえ、海外に住みはじめたとき、みんなとんでもない経験をしたりした。今なら笑い話だけど。
あれから20年近くたっているので、最近の女性たちは、もっと上手に外国人とつきあい、堂々と自分の意見を言い、胸を張って海外で生きているのだろうか?
だとしたら、「日本女性好きの外国人に騙されないように!」なんて、時代錯誤ということになる。
でも、実際は、昔とあまり変わっていないのではないかと思う。
この夏、パリのパーティを覗いたが、男性はほとんどフランス人、女性は圧倒的に日本人、という、あいかわらず歪んだ光景だった。
それにしても、こうしたことを言いつづけるのも疲れてきちゃった。
外国人と関係を築く日本女性はそれほど多くないのだから、あれこれ気を揉むこともないのかな、と。
日本人同士が自律した関係を築くことができたら、日本女性も国際社会で立派にやっていけそうな気がする。
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by k_nikoniko | 2007-11-18 02:57 | 男と女

年の違う人たちと

この数日、大学生と話をする機会が何回かあった。
若者と話すのは楽しいし、元気になる。
こんなことを書くと、オバサンくさいけど。
昔、同じようなことを言う男性に会ったことがある。
パリに住む、50歳になろうとしていた男性カメラマン。
彼は、「若者と交流したい。そうしないと、感性が鈍りそうで怖い」みたいなことを、お酒の席で、やや真面目に訴えていた。
私はまだ30代だったので、彼の焦り方がおかしくて、笑ってしまった。
そして、次のような話をした。
「日本人は同世代の人と交わる傾向にあるけど、他の国は、年の離れていても、友人としてつきあっている」と。
そう強く感じたのは、ロンドンの取材で、25歳ぐらいの若者を数人集めたときだった。
若者の友人がいなかくて探していたら、知り合いの中年(それこそ50歳前後)イギリス人&アイルランド人男性が、若い”友人”を紹介してくれた。
パブの飲み友だち、だという。
パブで知り合う友人の年齢はさまざまで、ジェネレーションギャップなどほとんどないようだった。
そういう関係をうらやましいと思った。
パリのカメラマンも、この話を聞いて「いいなぁ」とつぶやいた。
こうした関係を目にしてたのもあり、年齢にこだわらず、いろいろな人とつきあうようにしている。
交友のある人たちの年齢幅は50歳以上かもしれない。
年上の方にもタメ口で生意気なことを言ってしまい、自分の息子や娘ぐらいの若者の前でもまったく貫禄がなく、「これでいいのか?」と反省することもあるけれど、“感性が鈍る”という感覚には陥っていないので、まぁいいかな。
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by k_nikoniko | 2007-11-17 22:32 | ひとりごと

パリで永眠した友人へ

今日は、友人の偲ぶ会だった。
Sさんの訃報は、9月末に突然届いた。
病を患っていたのだが、命にかかわる病気ではなかったので、まさかこんな悲しい知らせを受け取るなどと思ってもみなかった。
最後にSさんと会ったのは、今年の7月。
入院先の病院を訪ね、その翌週、退院したので自宅におじゃました。
彼女はいつもと変わらず、フランス人の夫と台所に立ち、食事の用意をしていた。
その日の昼食の光景は、絵に描いたような“幸せ”そのものだった。
太陽の光が明るくふりそそぐ居間で、料理がいっぱいに並んだ食卓を囲み、Sさん夫婦、Sさんの舅さんと会食した。
楽しく、穏やかで、幸福感に満ちたひとときだった。
そして、これが最後になってしまった。
今でもまだ、その現実を受け止められないでいる。
Sさんは、札幌オリンピックのときに知り合ったオランダ人に招かれてヨーロッパへ行き、パリでフランス語を修得し、帰国する直前に夫となる男性と知り合い、そのまま30年以上パリで生きた女性だ。
外国暮らしをするうちに変わってしまう日本人は多いが、Sさんはとても自然だった。
いい面も悪い面も知ったうえでフランスを愛し、それよりなにより、日本、北海道を愛しつづけた人だと思う。
13年ほど前に知り合って以来、Sさんはいつも私に優しい言葉をかけ、励ましつづけてくれた。
なのに、お礼もできないうちに、彼女はこの世を去ってしまった。
それが悔しく、切ない。
でも、Sさんはこう言うかもしれない。
C’est la vie, et la vie continue.(これが人生、そして、人生は続く)
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by k_nikoniko | 2007-11-11 21:59 | ひとりごと

バブリー世代のつぶやき

先日、同じ年の同業者と大いに盛り上がった。もうひとり一緒だった女性が80年代生まれだったので、自分たちがその時代何をしていたか、と話が弾んだ。
若い彼女はあっけにとられたに違いない。
80年代の思い出といえば、そのほとんどが仕事につきる。
特に後半の数年は、ドロドロになるまで働いた。
仕事は楽しかった。企画作り、取材、執筆、校正、校了と、その繰り返しではあったけれど、ページができあがっていくのが喜びだった。
彼女と話しているうちに、そんな新鮮な興奮が久しぶりによみがえってきて、うれしくなった。
そして、「よく働いたなぁ」と思い、少し安心した。
というのも、80年代の社会運動について調べていて、その当時の社会問題や国際問題の記憶がほとんどなく、自分自身に情けなくなっていたからだ。
驚いてしまうぐらい、社会的な出来事を覚えていない。
その理由が何なのか、悩んでいた。
ボケーっともったいない生き方をしていたんだっけ?と。
でも、働いていたのだった。
言い訳に過ぎないけど、とにかく、がむしゃらに働いていた。
ほかのことに目を向ける余裕もないほどに。
私たちの世代は、“忙しく働くのが、向上心のある自律した女性”と信じ込んでいたところがある。
世の中の空気にあおられ、20代の女性たちは仕事に突っ走った。
裏を返せば、今以上に男女格差が大きく、育児支援もなかったので、働くしかなかったともいえる。
社会的な活動に参加する時間も体力もなかった。
これは言い訳かな、やっぱり。
アンバランスな生活だった、と今なら思える。
社会の矛盾と戦っていた人がいたのに、そういうことには一切背を向けて生きていたのだから。
最近知り合った若者たちは、仕事の楽しさを実感できず、吐くまで働いた経験もないという。
そういう若者は、社会のゆがみと闘うことばかりに情熱を傾けがちだ。
それもまた、バランスを欠いている。
ちょうどよく生きるのは難しいのだろうか。
こんなことを書いていたら、力がわいてきた。
バブリー世代はしぶとく図々しいのである。
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by k_nikoniko | 2007-11-09 23:38 | ひとりごと

フランスはスト・スト・スト

年金問題に揺れるフランスは、本格的なストに突入しているようです。
来週から再びストに入り、政府からの歩み寄りがない場合は、さらに大規模なストになるでしょう。
クリスマスを控えた年末、交通の乱れは多くの人に影響を与えそうです。
95年にも同じ時期にストがありました。私がフランスで経験したストの最長。
3週間という長さにも驚いたのですが、それよりなにより、ストを否定的にとらえる人は少なかったことが意外でした。
今朝友人から届いたメールにも、「来週はスト。多くの人がサルコジ大統領の政策に不満を持っている」と書かれ、ストにウンザリしている風ではありません。
フランスでは、“ストをする権利”が尊重されています。
日本でも昔はストをしましたが、遠い過去ともいえます。
先日、「なぜ日本ではデモをしないのか?」という話になったのですが、フランスはほとんど毎週デモがあり、テレビで交通規制の情報を流します。
フレンチ・デモという道いっぱいに広がるデモ行進は、いまでも普通に行われています。
そこには、「古臭い、カッコ悪い、道行く人の冷たい視線に耐えられない、楽しくない、、、」といった要素は見られません。
なにがあっても市民が声を上げない日本人のほうが、国際的にマイノリティなのですが、その辺りをきちんと報道していないので、国民は気づきません。
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by k_nikoniko | 2007-11-07 13:02 | フランス

フランス婚!?

フランス婚なんていうものがあるわけではないけれど、この夏、パリで会ったカップルたちは、みなラブラブでした。
知り合いの娘の結婚式にちょっと立ち寄り、50過ぎにしてパパになる友人宅で昼食をし、同じく50にして年下の男性と暮らしはじめた友人のアパートに泊めてもらいました。
ほのぼのした気持ちを忘れかけていたので、フランスの“浮いた”雰囲気は妙に新鮮。
とはいっても、若い二人は生活費をがんばって稼がねばならず、父親になった友人はここまでくるのに紆余曲折し、新婚?の彼女はイスラム教徒の夫と過ごす難しさを知り…と、単にラブラブなわけではありません。
こうした“複雑さ”をともなうのが、まさにフランス婚ともいえます。
当の本人たちは、“複雑さ”などなんのそので、これが“普通”だと思っているに違いありませんが。
ちなみに、フランス婚といっても、このなかで正式に「結婚」したのは若いカップルだけ。

ところで、フランスの女性がどのように男性を”調教”していくのか、今回はじっくり観察(?)できました。
居候させてもらった友人は、年下の北アフリカ出身の男性と暮らしています。
離婚経験もあるバリバリのフランス女性が、パリに住み始めたばかりの封建的な北アフリカの男性を手なずけるのです。
「手なずける」とは言葉が悪いのですが、たとえば、食事を運ぶとか、コーヒーをいれるとか、いちいち教え込んでいきます。
フランス男性があたりまえにやることが、彼には進んでできないのです。
彼女の態度に対して、「それは女性がやることだ」とちょっと文句を言ったり、「そうだよね?」と私に同意を求めます。
日本人の男性も、フランス女性にかかると、こうして“教育”されるのでしょうか。

それにしても、彼女は厳しい。さすがの私もそこまではできない…。
フランス女性のような徹底していなければ、男女平等など達成できないのかも。
と思いつつも、つい手伝ってあげたくなるのです。
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by k_nikoniko | 2007-11-06 22:52 | 男と女

市民活動を市民の手に

参加していた市民団体の活動がひとまず休止となった日、これまで運動に縁が薄かった組で飲んだのですが、お酒がいいぐあいに回ってきたころ、外部から支援してくださったAさんが、「事務局は頭のいい人の集まりで、難しくてわかりにくかった」と言いだしました。
それを聞いたBさんは、「市民活動の敷居が高いと感じる訳はそれだ」と、喉のつかえがとれたようで、しばらくその話題で盛り上がりました。Bさんは、「そんなことも知らないの?」と言われたり、そんな視線を感じることがあり、ときどき肩身が狭かったそうです。
確かに、すべてとはいいませんが、市民活動は「頭のいい人の頭のいい人のための活動」になっているような気がしないでもありません。さらに言えば、「頭のいい人と行動することで自分もその気になって優越感に浸りたい人のための活動」でもあるというか。
私自身、この世界では常識とされている人物や事柄になじみが少なく、それでいて、「知らない」と言えなかったこともたびたびでした。
でも、こうした活動は、広く一般的な市民のためのものとはちょっと違います。市民と市民活動が乖離しているのです。
「政治を市民の手に取り戻そう」ではないけれど、「市民活動を市民の手に戻す」べきだと思います。
これは市民活動と違う道を歩いていた私の感想です。
この1年、「とっつきにくい市民活動の壁に風穴を通したい」と行動してきたのですが、風が吹いたのか、風が心地よかったのか、うっとうしかったのか、手ごたえはいまひとつわかりません。
私的には、新しい層を巻き込めなかったので失敗。
社会への関心の薄い人たちを振り向かせるにはどうすべきか。今はそれを考えています。
ところで、Bさんが口をついた、「オルタナティブな市民活動」というアイデアに心惹かれました。「難しくない、誰でも参加できる身近な市民活動があればいい」と。
”もうひとつの”市民活動。
暮らしのなかで矛盾を抱えながらも、声を出せないで苦しんでいる人たちには、最初の一歩としてのオルタナティブな市民活動が必要ともいえます。
もちろん、これまでの市民活動が培ってきた経験、豊富な知識、人脈は大変貴重で、短時間で手にいれられるものではありません。
そうした人たちに学びながら、一方で違うタイプの人たちの新鮮な発想や能力を取り入れ、協働で活動していけたらいいと思います。
それが受け入れられるのか、拒否されるのか。
長年活動にたずさわっている人たちはどう考えているのでしょう?
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by k_nikoniko | 2007-11-05 23:27 | 社会問題

外国人講師は主張するけど

語学学校の閉校で、外国人講師が怒っているけれど、何か違うような気がする。
そんなことを考えるのは、私だけだろうか。
日本での収入が途絶えたら、自分の国に戻ればいいのに。それもちょっと違うかな?
英語講師は白人・金髪が優遇されると聞いているので、そうした人の出身国はたぶん先進国ではないのだろうか。
貧困にあえぐ国から出稼ぎに来ているわけではないだろう(そういう人もいるかもしれない。だとしたら、私の考えは間違っているけど)。
仕事がなかったら、しかたなく自国に戻る、というのは多くの人がやっていることだ。
飛行機代がない、と言い張るが、そのぐらい確保しておけばいいのに、とも思ってしまう。
外国で働くって、かなり大変なことなのに、そうした覚悟はなかったのだろうか?
“英語を話すことができれば、日本でひと儲けできる”なんて、甘い考えの人もいたのでは…。
仕事がなくて困っているのは、日本人はもちろん、日本に住む外国人のなかにもたくさんいる。
低賃金、突然のリストラに苦しんでいる在日外国人は、声も出せずにいるに違いない。
それを思うと、外国人講師に同情する気持ちが薄れてしまう。
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by k_nikoniko | 2007-11-02 00:43 | 社会問題