フリーライター木村嘉代子のブログです。日々感じたことを綴っています。Copyright(C)2005-2016 Kayoko Kimura
by k_nikoniko
お問い合わせ:
k.kayoko.7☆gmail.com
☆→@に変えてください

最新の記事
こんな国際恋愛も…という話を..
at 2017-12-08 09:23
福島県大熊町の復興についての..
at 2017-10-24 20:00
南スーダンPKO自衛隊派遣差..
at 2017-10-06 08:58
”首はとられ”ないが社会を変..
at 2017-09-07 13:23
「南スーダンPKO派遣差止訴..
at 2017-08-15 08:46
ドキュメンタリー映画『まなぶ..
at 2017-07-19 09:38
3つのがんを発症した福島原発..
at 2017-06-28 11:38
南スーダンPKO派遣差止め訴..
at 2017-06-20 11:06
札幌の自主夜間中学が公立化か
at 2017-06-16 08:36
ルモンド紙より「南スーダンの..
at 2017-06-03 14:05
カテゴリ
全体
掲載記事(2011~)
掲載記事(2000~2010)
掲載記事(1991~1999)
掲載記事(1990以前)
ジェンダー
男と女
ひとりごと
フランス
イギリス
国際ニュース
社会問題
原発・核
デモ日記
戦争
歴史
メディア
カルチャー


サッカー
外部リンク
ライフログ
タグ
検索


<   2007年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

フランス国民であることに誇りを持っているか

フランスの心理学雑誌プシコロジの2007年7・8月号に掲載された、「フランスに誇りを持てるか?」と題した編集長の文章。

「選ぶことができたら、あなたは今の自分の国の国民になりたいか? それとも違う国を選ぶか?」というシカゴ大学の調査で、“自分の国”と答えたフランス人は1/3だけだった。
その割合は非常に少ないが、ドイツやスペインの1/5よりは多い。アメリカの3/4よりは圧倒的に少ない。
ヨーロッパが意気消沈している証として嘆くべきだろうか。
それとも、ナショナリズムの衰退によって共通の価値を持つ人々との接近が容易になったと考えて喜ぶべきか。
答えは明らかではない。
特に、ヨーロッパ人としての自覚が二義的でしかない、とみるなら、なおさら答えは不明確だ。
そうした意見は誰も提唱したがらないにもかかわらず、どのようにして増加していったのだろう。
“フランス人は他の人より素晴らしい”といった恐ろしいほどの盲目的愛国心の終焉を誰もが歓迎している。
“フランス人はフランスのために生きて、フランスのために死ぬ”といった軍国主義的愛国心の衰滅に後悔はしていない。
フランスに暮らし、フランスの国籍を持つ場合、我々によって形成される人口や我々が生活する土地への帰属が、どのように正当化されるのだろうか。
それは具体的な問いであり、日常的に問われている。
アルセロールやスエズの株式公開買い付け、移民に対する法の強化、そしてもちろん、ワールドカップにもその問題が横たわっている。
8ヵ月後に迫った大統領選挙までの間、“国家”についての議論が中心になるだろうし、どの政党も極右の思い通りにはさせないだろう。
人々は“フランスの衰退”に檄を飛ばさすだろうし、自らの“奮起”を約束し、国家の“建て直し”を目にするだろう。
フランス国民はペタン主義に立ち戻るかもしれない、と怯えてはいないが、有権者に有利に見るとはいっても、国民はまだ旗を振る以上のものを見出していない。
国際協調主義は共産主義の戯画として崩れ去った。世界連邦主義は、進歩と同義語だと考えられていたが、扇動的な脅威へと変化した。
国家という感情は、ヨーロッパ、自由主義、テロリズム、もしくはより実践的な経済競争に対する国家利益の防御にすぎない。それを案じるべきだろうか?
自分がよい親であり、正直な市民であり、信頼できる人間であり、もしくはフランス人であることに誇りを持てるかどうかを自問することで、それぞれが自分自身で答えを見出すだろう。


[PR]
by k_nikoniko | 2007-09-11 08:33 | フランス

パバロッティさようなら

オペラ好きというわけではないけれど、パバロッティが亡くなり、残念です。
テレビで最後に観たのは、昨年のトリノ・オリンピックの開会式。
「わぁ、パバロッティだ!」と喜んだのもつかの間。
放送時間終了だからと、最後まで歌を聴くことができませんでした。
まったく気がきかない、とあのときも頭にきたけれど、亡くなってしまった今となっては、本当に悔やまれます。
パバロッティ死去のニュースは、昨日の昼ごろ、ネットでRTLラジオを聴いているときに知りました。現地時間で朝6時半ぐらいでしょうか。
その報道の1時間後ぐらいから、ラジオはパバロッティ一色になりました。
ゆかりの人やファンが電話インタビューしたり、歌声が流れたり。
日本でオペラといえば、敷居が高いイメージです。
はじめてのオペラは、パリで上演された「フィガロの結婚」。
25フラン(500円程)のチケットを手に入れて観ました。
観た、というのはウソで、舞台はほとんど観えない席。
それでも十分満足でした。貧乏人でも楽しめるシステムがうれしかった。
バスティーユのオペラ座に「魔笛」を観に行ったときは、劇場のスタッフがスト中で、衣装なし、振り付けなし、舞台美術なしでした。
オペラ歌手が普通のオジさんっぽくて、それはそれで面白かったのですが…。
オペラのストなど、めったにない経験だったようです。

パバロッティのCDを1枚だけ持っています。
ボスニアの子どもたちを救うチャリティーCD「Pavarotti & friends」。
このCDが録音されたコンサートには、故ダイアナ妃も出席していたそうです。
久しぶりに手に取り、時代の流れを感じてしまいました。
[PR]
by k_nikoniko | 2007-09-07 21:05 | ひとりごと

ビッグイシュー札幌で今日から販売

f0016260_19174875.jpg今朝から、札幌でビッグイシューの販売がはじまりました。
昨日まであんなに暑くて天気がよかったのに、今日はあいにくの雨模様。
空までが札幌の不景気をあざ笑っているかのようで、腹が立ちましたが、自然現象に八つ当たりしてもしかたがない。
いまのところ、なんとか天気はもっています。
札幌ではまだ知名度がないため、「好調な売れ行き」とはいえないまでも、なかなかのすべりだしのようです。
なによりも、販売者が照れながらも晴れやかな表情なのがうれしいです。
夕方18時半まで販売している予定ですので、見かけましたら、ぜひご購入ください。
9月1日発売の最新号は、「ボノ(U2)」特集です!

札幌の販売場所は、4カ所です。
 札幌駅前通り・みずほ銀行前あたり
 大通り・西3丁目(駅前通り)あたり
 狸小路・4丁目入口あたり
 札幌駅前通り・日興コーディアル証券前、もしくは道庁近辺
[PR]
by k_nikoniko | 2007-09-03 13:43 | 社会問題

イギリスを誉めすぎた

イギリスは15年以上も前から、ものすごく立派なことばかりやっているように書いてしまった。
確かに、リサイクル、ビッグイシュー、フェアートレードなど、日本で今やっていることのなかには、ずいぶん前にイギリスではじまったものが少なくない。
そういう意味では、イギリスは進んでいる。
“西欧先進国の後追い”みたいで抵抗はあるけれど、日本人が思いつかないのであれば、良いことを取り入れてもいいと思う。
ただ、“進んで”いるからといって、すべてが良いとは限らない。
ここ近年日本で起きているような残酷な事件もまた、ずっと以前にイギリスで発生していたりする。
こんなことまで“後追い”しているのは、とても悲しい。
1993年にイギリスで起きた事件は衝撃的だった。
2歳の幼児が、10歳の2人の少年に殺害されたのだ。
監視カメラに残っていた、3人の子供が手をつないで歩いている映像が、毎日テレビで流れた。
犯人が逮捕されたとき、新聞のトップページに、あどけない少年の顔写真がアップで掲載された。
あのとき、「こんなことありえない!」と愕然とした。
そういえば、日本に戻ってきた理由のひとつは、荒廃したヨーロッパの社会に辟易したからだった。
「犯罪の多い国はまっぴら。日本はいい国」と思って帰ってきたのだが、この国も西欧先進国がたどっている道を突き進んでいる。
悪いことは真似したくない。
イギリスの事件から学んで、事前に防ぐことができたらいいのに。と単純に思う。
[PR]
by k_nikoniko | 2007-09-02 02:24 | ひとりごと

ビッグイシュー札幌上陸

9月3日から、札幌でもビッグイシューを買うことができます。
「ビッグイシュー」は英国ではじまった雑誌で、販売するのは路上生活者です。
この雑誌の売り上げが、彼らの社会復帰の資金になります。

英国で発売されたのは1991年9月11日。
この年の11月にロンドンに渡ったので、ビッグイシューのことは強く印象に残っています。
当時のイギリスは不況の真っ只中で、失業率は10%ほど。
暗い街の路上には、暗い表情の若者たちがたくさん座り込んでいました。
そんななか、一部のホームレスの人々は、「ビッグイシュー、ビッグイシュー」と独特の口調で、この雑誌を売っていました。
あの当時、ビッグイシューを抱えているのがステイタスといえるほど、カリスマ性のある雑誌でした。

バブルの日本から移り住んだので、あまりにも沈んだイギリスに失望し、陰鬱な気持ちになりがちでした。
でも、今考えると、どん底ともいえる雰囲気のなかで、イギリスはただ静止しているだけではなかったようです。
リサイクル容器や包装紙の使用、化粧品の動物実験反対、「ビッグイシュー」というホームレスの人々の支援、といった新しい試みがはじまっていました。
市民団体オックスファムは、ロンドンにいくつものショップを展開し、大規模なイベントを開催していました。

あの頃、語学学校でも、よく「ホームレス」の言葉が出ました。
忘れられないのが、「ホームレスは形容詞だから、ホームレス・ピープルが正しい」と何度も先生に指摘されたこと。
日本の新聞の記事に、“ホームレスが……”と書いてあり(しかも多用されていた)、とても気になってしまいました。
[PR]
by k_nikoniko | 2007-09-01 22:34 | 社会問題