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ポーランド女性から聞いた話

昨日、ポーランド人について触れたので、パリで会ったポーランド人女性のインタビューを紹介します。
1997年ごろ書いた記事なので、彼女の生活状況はその後かなり変わってしまったけれど、今でも逞しくパリで暮らしているはずです。

彼女が、フランス語を学ぶためにパリへやって来たのは3年前。
一度は故国へ戻るが、パリでの“運命的な出会い”がきっかけで、再びパリへ。
アイルランド人の恋人と暮らしながら、大学で知的障害児教育学を専攻している。
「あこがれの都パリでの生活は、想像していたものと少し違っていました。日常生活の速度がとても早く、競争の毎日。することがたくさんありすぎで、時間の余裕がない人々。組織の中に抑圧された機械みたい。大都市では、当然なことなのかもしれないけれど…」
共産圏だったポーランドが民主化されたのは、1990年代初めのこと。
民間企業が次々に進出・設立し、ポーランドにも競争社会が浸透しはじめている。
「仕事と家を往復する静かな生活は、過去のものになりつつあります。ポーランドは今、初めの一歩を踏み出したばかり。この急激な変化に否定的な人も少なくありません。政治に興味がなく、工場で静かに働き、安定した社会保障を得たいと思っている人は、『何てことになったんだ、共産主義の方がいいじゃないか』と不満を持っています」
95年の大統領選挙では、18才前後の若者たちが共産党を支持し、注目を集めた。
民主化される前の時代を知らない若者が、インフレや貧富の差など資本主義の抱える問題に不安を抱いている表れなのかもしれない。
「以前のシステムは、個人のパーソナリティを無視したもの。私と同世代や少し上の世代のほとんどの人たちは、民主主義への変化に賛成しているのです」
彼女たちは、ポーランドの将来を担っていく世代ともいえる。
教育が自由選択へと変わり、外国で何かを学ぼうと、パリやロンドンで勉強する若いポーランド人の増加が著しい。
2002年にはECへの加盟が認められる予定で、ポーランド発展の期待が盛り上がっている。
しかし、海外での生活は、楽しいことばかりではないのが現実だ。
「EC諸国ではない東欧人にとって、ビザの関係などでフランスの滞在はなかなか困難。将来、パリで働くかどうかは、まだわかりません。子供のカウンセラーとしてフランスの公共機関で働くには、フランスの国籍が必要ですし…。仕事ができるのなら、他の職業でもかまいません。外国人のためのフランス語教師になろうかとも思っているところです」
パリの街並みとかわいい小さな通りは好きだが、パリジャンの閉鎖的な性格が嫌いだという彼女。
ポーランド人は“開放的で、親しみやすく、親切"。この評価は、彼女の人柄そのものを表現しているかのようだ。素朴な笑顔の合間に見せる力強い印象は、社会の変動を直視し、自由と独立の尊さを肌で学んだことからくるのだろう。
最高のパートナーと“人生を分かち合い”ながらも、一個の人間として自分をしっかり見つめている。
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by k_nikoniko | 2007-06-12 21:16 | 社会問題

政治の話は誰とする?

世の中かなりオカシイのに、政治に無関心な人が多い。
「政治の話しをするとみんな引く」と、先日若者が言っていたが、こういった話を聞くと、いつも思い出すことがある。
1992年、ロンドンの語学学校でのこと。
当時、ベルリンの壁が崩壊した直後で、東欧、特にポーランドから来たたくさんの若者がロンドンで英語を学んでいた。
クラスに同じ年(30歳ぐらい)のポーランド人男性がいて、その人と政治の話しになった。
というより、「政治の話しを友達とするか?」といった話し。

このことについて、以前コラム(北海道新聞「朝の食卓」)に書いたので、加筆して引用します。

「日本人は家族と政治の話しをしない」と私が言うと、彼はすっとんきょうな声を上げ、「じゃあ、日本人はいったい誰とどこで政治の話をするの?」と驚いた。
日本はバブルの余韻に酔いしれていた頃だ。
私は返事に窮した。
友だちや家族と政治の話しなんてダサいでしょ? 
これが本音だったが、さすがに言えず、笑ってごまかした。
あの当時、東欧諸国は民主化を実現し、若者たちはキラキラした瞳で、「民主主義」を口にしていた。
民主主義しか知らない私には、それが異様に見えた。
あれから10数年。政治に無関心のままヘラヘラ過ごしていたら、日本はこんな世の中になっていた。
自業自得よね。
あのポーランド人のビックリした顔が、今になって鮮明によみがえる。

2003年5月16日のこの記事は、「不在者投票をした」とはじまっている。すっかり忘れていた。
「1票をムダにしたくなかった」理由は、「映画”戦場のピアニスト”を見た翌日、イラク戦争が始また」からとなっている。それで、ポーランド人の言葉を思い出したと……。
これを書いてから4年。いったい私は何をしてたんでしょう。あらためて反省。
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by k_nikoniko | 2007-06-11 23:33 | 社会問題

北大祭で目からウロコ

今日は北海道大学の学園祭に行ってきました。
留学生がお国自慢の料理を出店していて、知り合いが手伝っていたレバノン料理でランチ。
食べたのは、ファラフェルです。
以前、このブログでパリのユダヤ人街で食べたファラフェルのことを書いたのですが、私はつい最近まで、ファラフェルはユダヤ料理と思っていました。
でも、パレスチナ周辺の料理なのだそうです。
パリの人たちも、ファラフェルはユダヤ料理だと信じているかもしれない…。
ユダヤ人も食べるけど、もともともアラブ料理とのこと。

ヘェーと驚いていたら、もうひとつ意外な話しを聞きました。

イラクではシーア派とスンニ派の宗派対立が問題になっている、と西欧および日本では報道されていますが、2つの宗派があることを理解しているのは、イラクとレバノンぐらいなのだそうです。
他のアラブ諸国では、宗派があることすら知らない人がいるというのです。
あるヨルダン人は、「学校で宗教の時間はあっても、宗派の話は全くしないので、自分がどの宗派に属しているかも知らなかった」と言っていました。

また、「イラン・イラク戦争は、シーアとスンニの対立ではなく、ペルシャとアラブの戦いだった」と述べるアラブ人も。

私たちはものすごく誤解しているのかもしれません。
西欧の色眼鏡の色を少しずつ落とし、自らの目で世界を見て、判断できる人間になりたいたいと思います。
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by k_nikoniko | 2007-06-09 23:42 | ひとりごと

カミカゼって言った?

聞き間違いでしょうか?
先ほど、試合終了後のインタビューで、オシム監督が「カミカゼ」と言ったように聞こえました。
字幕にはなかったので、私が聞き違えただけかもしれません。
「カミカゼ」は、フランスでよく使われます。自爆テロのことです。

先日の講演会で、憲法学者の樋口陽一氏はこの言葉に言及されました。
「西欧がカミカゼと言うことに対し、日本が何も抗議しないのはおかしい」とおっしゃっていました。

以前、新聞のコラムで、フランスで使われる“カミカゼ”について書いたので、加筆して引用します。

悲しいフランス語
キティちゃんブームで、フランス人も「カワイイ」という日本語を覚えたそうだ。フトン(布団)、キモノ(着物)、シアツ(指圧)など、フランスで定着している日本語がいくつかある。
しかし、フランス語化した日本語は、ほほえましいものばかりではなく、聞くたびに憂鬱にさせられる言葉もある。
「カミカゼ」
この言葉は、2年半ほど前から、新聞やテレビで盛んに用いられるようになった。フランスでは「自爆テロ」を意味する。
この借用には、フランス特有の辛辣さが含まれているのかもしれない。それよりなにより、日本が世界を恐怖に陥れたという事実を真摯に受け止めるべきだろう。日本が与えたインパクトは、あまりにも強烈だったのだ。
半世紀以上もの過去が風化せず、海の向こうで、日常語となって繰り返される。日本の漫画やキャラクターに夢中になっている若者や子どもたちも、テロや戦争の悲惨な映像を見つめながら、あの言葉を口にしているに違いない。それを想像すると胸が痛い。
自爆テロがなくならない限り、「カミカゼ」も使われ続けることが何より悲しい。
不幸な言葉を決して生み出してはいけない。日本は、また危険な一歩を踏み出しつつあるようで、とても恐ろしい。
2004年1月29日 北海道新聞「朝の食卓」より
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by k_nikoniko | 2007-06-05 23:48 | ひとりごと

若い中国人女性から聞いたこと

10年ほど前、パリで留学中の中国人女性にインタビューをしました。
公開する場がなく今に至ったので、ここで紹介します。

大学で経済を専攻する陸雲(リー・ユィン)は21歳で、パリ生活は3年半。
一人娘の将来を考え、親がパリの学校を決めたという。面倒な留学ビザの準備をするため、両親が先に上海から移り住んだ。
子供の学業のため親が居住地を変えるのは、中国人でも珍しく、ユィンはとても恵まれている。
そのためか、野心的な雰囲気はなく、ウワ~とした印象を与える。
「今ではパリの生活に慣れ、楽しくやっています。2~3年はここで勉強しますが、その後どうするかは未定。フランスで働くのは、とても難しいし…。中国に帰るかも…」
文化大革命の頃に生まれ、上海で育ったユィン。中国の急激な発展と、ヨーロッパの停滞を冷静に見つめ、若い女の子にしては現実的な考え方をする。
「中国では外国の企業の進出が著しく、若者が活躍できるチャンスがあります。特に大卒の若者は仕事が豊富で、期待されているんです。一方、労働者を解雇できない公共企業、ギリギリの生活をしている人たち、地方からの出稼ぎ労働者など、問題もたくさん…」
海外に移住する中国人は多く、パリの中国人コミュニティはかなり大きい。しかし、不法労働者など、フランスでの滞在に関するトラブルは尽きない。
「学生と偽って働く人が多いため、中国人がフランスで勉強するためのビザは、とても複雑で取得が難しいんです。お金があっても留学できない人も少なくありません」
近代化によって上海の風景が少し殺風景になってしまったのは残念だが、中国で暮らす人々の気質は昔と変わっていないそう。
美しい街並みや奥の深い文化など、パリは魅力的な街だが、東洋人から見たパリジャンは、なかなか理解しがたい人種だという。
「中国人同士のつきあいはとても親密ですが、フランス人は外国人との間に壁を作ります。深い友情を感じません。帰りにお茶を飲んでおしゃべりすることもあまりしませんね」
若い世代でも、“礼節”を大切にするのが中国人。フランス人は礼儀正しいが、東洋人の“思いやり”が全く通用しないことがよくわかったという。
「自由に自分のしたいことをするのはいいことだけど、自分のことだけを考えている人が多いようです。東洋人は、自分をどう思うか、心の底で相手の気持ちを意識しますよね」
中国に興味があるというフランス人のボーイフレンドは、一般のフランス人より親近感があり、穏やかな性格。でも、習慣やメンタリティでの共通点が少ないとクールな意見。
「彼は私と中国に行きたいようだけど、それは少し重荷。中国では、外国人と一緒にいるとじろじろ見られ、奇妙に思われるの。フランス人の恋人を持てば、会話が上達して楽しいけれど、結婚するなら中国人の方がいいわ。上海の男の子は思いやりがあって優しいのよ。女性はそういう中国男性を尊敬しているの。中国の男性は、全然マッチョじゃないしね」
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by k_nikoniko | 2007-06-04 23:15 | 社会問題

ガザは巨大な刑務所、という話

先日、ヨルダン国籍のパレスチナ人と話していて、「ガザは巨大な刑務所のようなもの」と表現していました。
この言葉で、年末に会ったマジダさんの講演を思い出しました。
そこで暮らすということはどういうことか、彼女が語った話を紹介します。

パレスチナは、ガザ、ヨルダン川西岸、東エルサレムと3つに分断されていて、それぞれの行き来がままならない。
150万人が暮らすガザの広さは、南北に47キロ、東西に11キロほどである。
ここには働く場所がなく、大学も、映画館も劇場もない。
ガンの治療ができる病院も存在しない。
ガザ内でできることは限られているにもかかわらず、四方が閉鎖されていて、外へ出るのは容易ではない。
沿岸部の東側はフェンスで囲まれ、地中海にイスラエル海軍が停泊する。
イスラエル入植地と隣接している北側は往来ができず、南側のエジプト国境もイスラエル空軍が管理している。ガザの上空は、つねにイスラエル空軍が監視している。
ガザとヨルダン川西岸自治区の距離は車で1時間ほどだが、パレスチナ人は行き来ができず、私も7年間訪れたことがない。
ヨルダン川西岸自治区の大学に進学したガザの学生はなかなか戻れず、家族も近づけない。

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by k_nikoniko | 2007-06-03 14:20 | 戦争

2児虐待死のぬる~い法廷

2児虐待死の3回目の法廷を傍聴。
今回は、DV問題の専門家でもある東北大学大学院教授・沼崎一郎さんの証人喚問でした。
その内容は後ほどまとめて紹介しますが、それよりなにより、この裁判に漂う、ダラ~っとした空気が気になってしょうがない。
前回の法廷で驚いたのは、若い女性検察官のタメ口ともいえる口調。
「だからね、あなたね、ってわけでしょ?」といった調子は、優等生の生徒会長がヤンキー系同級生を責めているようでもある。

今日は、裁判長の口の利き方に憤りを感じた。
質問の主旨は、「すべての女性がDV被害者になりうるのか?」で、私自身も気になる点だった。
しかし、その聞き方が、「だからサ…」といったぐあいにはじまり、「みんながみんなDVの被害者になるわけじゃないでしょ!」とややキレ気味に言い切り、何か言いかけて、「まぁいいや」とやめてしまった。
前回も、「まぁいいや」と途中でやめた。

全体的に流れるだらけたムードは性にからむ事件に対する蔑視と関係している気がする。
被告人が“DV男に翻弄されて2児を失ったナイーブな若い女性”というレッテル。
命を奪われた2児を軽く扱っているようで、腹立たしくなってくる。
虐待され、殺害されたのに、裁判所でも大人たちに“どうでもいいように”扱われ、なんてかわいそうなんだろうと思う。

DV被害者が社会的に理解されていないことも、この裁判からは見えてくる。
DV加害者と被害者、そして子どもの事件は、“取るに足らない”程度にしかとらえられていないようだ。
でも、本当に“どうでもいい”事件なのだろうか。
毎日、シェルターに逃げ込んでくる被害者はいるし、逃げることもできずに耐えている人もいるはずだ。
DV被害者は将来、加害者になる可能性が高く、服従に何の疑問も抱かない女性が延々と育てられている。
この連鎖を断ち切るための仕組みはほとんど機能していない。

人を食ったような裁判自体が、精神的な苦痛を与えるDVのように思えてきた。


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by k_nikoniko | 2007-06-02 00:01 | 社会問題

「結婚しやすい」人間の条件って?

ヨルダン国籍のパレスチナ人から、「日本は大臣の自殺の記事ばかりだけど、中東ではイラクとパレスチナの記事以外ないというぐらい、この2つの問題が大部分を占めている」といった話しを聞いた後、家で新聞を広げたら、ちょっと腰が砕ける記事を見つけた。

結婚情報会社と名古屋大による「結婚しやすさ」の調査結果で、 男性は“若くて稼ぎのいい”ほうが結婚しやすいとのこと。
当たり前の話といえば当たり前の話。
“中年で稼ぎの悪い”男性よりは、その逆のほうがポイント高いでしょう。
ニートとか派遣社員とかが問題になっているなか、「“若くて稼ぎのいい”ほうが結婚しやすい」というのは、かなり残酷な宣告。
「あなたは結婚ムリムリ」と言われているようなもので、この結果に、うなだれている若者や母親が多数いるかも。
女性はといえば、“元気さが結婚の鍵”なのだそうです。
この記事の締めくくりは、「あまりしゃべらないほうが結婚しやすいようだ」となっている。
調査結果によるものだけど、“元気であまりしゃべらない女”というのはどんな女?
すぐ浮かんだのが、体が丈夫で、骨盤がしっかりしていて、愛想はいいけど慎ましやかな女。
男にはたてつかないで子どもをたくさん産む女、って、まさに“産む機械”というか…。
「元気でも、しゃべり過ぎる女は結婚しにくいんだ」とわかったからといって、何がどうなるわけでもないけど、どっと疲れた。

この記事の半分のスペースでもいいから、今イラクがどうなっているか伝えてほしいなぁ、と思うのは、私だけなのだろうか?
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by k_nikoniko | 2007-06-01 01:39 | 男と女