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カテゴリ:原発・核( 198 )

大間原発建設差し止め裁判と建設現場

10月18日、東京地方裁判所で、大間原発建設差し止め裁判の第10回口頭弁論が開かれました。
毎回、収容席数98席の広い第103法廷で行われ、いつも定員数以上並ぶので、抽選で傍聴券が配られます。
はずれは少ないはずなのに、クジ運悪く、はずれた…でも、悪運に強く、傍聴券を譲ってもらい、この日も傍聴できました。

今回は、原告側(函館市)の代理人弁護士が、「竜巻による大間原発の危険性」をプレゼン。前回は、「火山の影響の想定誤りによる危険性」でした。

裁判については、函館市のHPに詳しく情報開示されています。

先日、函館市に行ったときに、大間町を訪れ、建設中の大間原発を見てきました。
この大間原発建設工事状況の日付ごろなので、私が遠目から見たのは、この状況です。

函館から大間までは、フェリーで1時間半。

朝9時半に函館港を出港し、11時に大間港着。
夏以外は1日2往復しかないため、帰りは大間港発14時10分に乗船。
超短時間の滞在でしたが、実際に町を歩き、地元の方と少し会話でき、行った価値がありました。
まず驚くのが、大間港から大間原発がくっきり見えること。
見たくないのに見える。人家に近い。それだけでゾッとする。
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写真中央、クレーンの右の白い屋根の灰色と水色の建物が原子炉建屋です。

過去に2回、見たくなくて見えてしまった原発に、ゾッとしたことがあります。
ひとつは、岩内のホテルの窓の真正面に見えた泊原発。
朝、爽やかな気分でカーテンを開けたら、目の前にくっきり泊原発の姿。

もうひとつは、フランスのパリからアヴィニョンに向かう電車TGVの窓から見た、ロワール川沿いに建つベルヴィル原発。
すごい至近距離で、ひっくり返りそうになりました。

この大間原発も、見たくないのに、フェリーに乗るたびに見てしまう近さ。
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西吹山展望台から見た建設現場。
この近くに、「陸(おか)マグロ」と呼ばれる大間牛の牧場がありました。
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のどかな風景です。
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こちらが漁港。マグロ漁船も。
そして、大間崎。
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大間埼灯台の向こう、津軽海峡をはさみ、函館市が見えます。
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大間原発建設差し止め訴訟の第1回口頭弁論で、工藤壽樹市長は次のように意見陳述しています。

福島の原発事故によって、はっきり分かったことは、ひとたび原発の過酷事故が起きると、地方自治体、その地域が事実上半永久的に消え去る事態に陥るということです。……
地震や津波のような自然災害も大きな被害をもたらしますが、まちを再建することはできます。……
戦争もまちに壊滅的な打撃を与えますが、復興は可能です。……
しかし、放射能というどうしようもない代物を広範囲にまき散らす原発の過酷事故は、これまでの歴史にない壊滅的な状況を半永久的に周辺自治体や住民に与えるのです。……
私たち函館市民は、承諾もなく近隣に原発を建設され、いざというときに避難もままならない状況の中に置かれることになります。
自分たちのまちの存続と生命を守るために、この訴訟を起こしたのです。……
世界を震撼させた福島原発事故を起こした我々世代の責任として、最低限立ち止まって考えるべきだということを申し上げたいのです。そのため私が訴えてきたのは、原発建設の無期限凍結なのです。
福島の事故を目の当たりにし、その後の福島の現実を見て、原発に大きな不安を抱く多くの人たちに対し、国や事業者は真摯に向き合い、もっと丁寧な対応をすべきだということを申し上げたいのです。
今はその努力、姿勢が全く欠けていると言わざるを得ません。……


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by k_nikoniko | 2016-10-30 20:50 | 原発・核

フランスの原発労働者2,606人が過剰被ばく

フランスの脱原発市民団体から届いたニュースです。

2016年9月6日にIRSN(フランス放射線防護原子力安全研究所)が原子力産業で働く労働者の被ばくに関する報告書を発表した。

それによると、2015年に放射線量測定を受けた365,830人の労働者のうち、核物質を使用する労働者(ウラン濃縮工場、核燃料製造、原子力発電所、燃料取り出し、解体作業、核廃棄物)の2,606人が年5m㏜以上の被ばく線量で、14,138人が1m㏜以上が被ばく線量だったという。

過剰被ばく労働者が多い上位企業は、アレバとフランス電力公社である。

被ばく線量は20m㏜以上だった労働者は2人おり、アレバの労働者が20m㏜を1.1m㏜上回り、フランス電力公社の労働者が3m㏜上回っていた。
別の1人は500m㏜以上の被ばく線量だった。
原子力産業で働く人の年間の被ばく線量は1m㏜に制限されている。

原子力産業で直接もしくは間接的に働く人の30%が、平均の1.17m㏜~1.38m㏜以上の被ばく線量だった。

集団積算線量は、2014年の56.3人シーベルトに対し、2015年は61.9人シーベルトと増加している。

IRSNの報告書PDFはこちら(フランス語で、130ページのボリュームです)


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by k_nikoniko | 2016-09-29 23:06 | 原発・核

「3.11甲状腺がん子ども基金」が設立

9月26日から福島市で、子どもの甲状腺がんをテーマにした国際会議が開かれているそうです。
福島県が福島第一原発事故時に18歳以下だった約38万人に実施している「県民健康調査」では、6月末現在で135人が甲状腺がんだと診断されました。

福島では、子どもが甲状腺がんと告知されても、当事者の子どもも家族も世間の目を恐れて孤立し、患者の家族同士がつながることさえ難しい状況だといいます。
先行検査(2011~2013年)で小児甲状腺がんが確定した福島の子どもは85人、そのうち手術待ちは23人でした。
こうした子どもや家族を支援しようと、「3.11甲状腺がん家族の会」が発足したのは今年3月12日です。

個人的な話ですが、私の身内は3人、がんを告知されています。
当事者でないにしても、生存率が高くても、がんの告知を聞くのは落ち込みます。
何回聞いても慣れるような話ではありません。
誰にも相談できない状況を想像すると、とても胸が痛みます。

小児甲状腺がんと診断された本人や家族は、治療などの経済的負担も大きく、困窮しがちだそうです。
まずは経済的に支援を、と「3.11甲状腺がん子ども基金」が設立され、9月17日に設立記念シンポジウムが開催されました。
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シンポジウムでは、代表理事の崎山比早子さんが、日本甲状腺学会雑誌で放射線被ばくが「甲状腺がんのリスクファクター」の最も高いグレードAであると紹介。

この日本甲状腺学会雑誌(2010年10月)の「甲状腺がんリスクファクター」の部分(特集「甲状腺腫瘍の診療ガイドライン」)は、PDFでネットにアップされています(雑誌の99ページ、PDFの4ページ目)。
Q&A方式で、「甲状腺癌のリスクファクターにはどのようなものが存在するか?」との質問の回答は次の通り。

推奨グレードA:放射線被曝(被爆時年齢19歳以下、大量)は明らかなリスクファクターである。
推奨グレードA:一部の甲状腺癌には遺伝が関係する。
推奨グレードB:体重の増加はリスクファクターである。
これ以外に科学的に立証されたリスクファクターは今のところ存在しない。

このガイドラインによると、科学的に立証されたリスクファクターは、放射線被曝、遺伝、体重増加だけで、これを福島の子どもに適用すると、「放射線被ばく」は最も重要なファクターとしてはずせないということになります。

にもかかわらず、県民健康調査を担当する福島県立医大は「放射線の影響は考えにくい」と主張しています。
しかも、福島県では、甲状腺検査が「過剰診断」との意見も出ており、検査縮小に向けた見直しの動きがでているそうです。


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by k_nikoniko | 2016-09-27 23:51 | 原発・核

原発稼働ゼロでも電力需給は困らない

8月15日発売の『ビッグイシュー日本版』に、「原発稼働ゼロで、今夏の電力需給は間に合う。しかし、節電要請さえせず、原発依存で再稼働」を書きました。
認定NPO法人環境エネルギー政策研究所(ISEP)の研究報告「定着した原発ゼロの電力需給」をお読みください。

電力が足りているのに、どうして再稼働するんだ!
と、暑いのに怒り。
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by k_nikoniko | 2016-08-17 14:07 | 原発・核

東電の元会長ら3人を強制起訴

久しぶりにうれしいニュースです。

東京電力福島第1原発事故をめぐり、東京第5検察審査会は本日31日、勝俣恒久元東電会長(75)、武藤栄元副社長(65)、武黒一郎元フェロー(69)の3人について、業務上過失致死傷容疑で起訴すべきだと議決しました。

告訴、告発された旧経営陣3人は、これまで2度にわたり、事前に事故を防ぐことは不可能だったとして、東京地検が不起訴処分にしていましたが、2度目の検察審査会でも起訴となりました。

川内原発の再稼働が差し迫ったこの時期に、東電の元会長らが強制起訴されたことは、とても意味深いと思います。

検察審査会の議決要旨から、「犯罪事実」を掲載します。
内容は変えていませんが、読みやすいように少し手を入れています。

被疑者・勝俣恒久(以下「勝俣被疑者」)は、平成14(2002)年10月から東京電力株式会社(以下「東京電力」)の代表取締社長、平成20(2008)年7月からは東京電力の代表取締役会長。
被疑者・武黒一郎(以下「武黒被疑者」)は、平成17(2005)年6月から東京電力の常務取締役原子力・立地本部長、平成19(2007)年6月からは東京電力の代表取締役副社長原子力・立地本部長。
被疑者・武藤栄(以下「武藤被疑者」)は、平成17(2005)年6月から東京電力の執行役原子力・立地本部副部長、平成20(2008)年5月からは東京電力の常務取締役原子力・立地本部副部長、平成22(2010)年6月からは東京電力の取締役副社長原子力・立地本部副部長。
つまり、勝俣被疑者は東京電力の経営における最高責任者としての経営判断を通じて、武黒被疑者は同社の原子力担当の責任者として原子力発電所に関する知識、情報を基に実質的経営判断を行うことを通じて、武藤被疑者は同社の原子力担当の責任者として原子力発電に関する知識、情報を基に技術的事項に関して実質的判断を行うことを通じて、3人はいずれも、福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」)の運転停止または設備改善等による各種安全対策に関する実質的判断を行い、福島第一原発の地震、津波による原子力発電所の重大事故の発生を未然に防止する業務についていた者である。

福島第一原発は、昭和40年(1965年~)代に順次設置許可申請がなされて設置され、我が国では津波に対する余裕の最も少ない原子力発電所とされていた。

しかし、文部科学省に設置された地震調査研究推進本部(以下「推本」)の地震調査委員会が平成14(2002)年7月31日に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」)において、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでも津波マグニチュード8.2前後の津波地震が発生する可能性があるとされた。

原子力安全委員会が平成18(2006)年9月に改訂した耐震設計審査指針(以下「新指針」)では、津波について、施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことは十分に考慮したうえで設計されなければならないとされた。

原子力安全・保安院は、それを受け、各電力業者に対し、既設の原子力発電所について新指針に照らした耐震バックチェックを指示。
そのバックチェックルールでは、津波の評価につき、既往の津波の発生状況、最新の地検討を考慮するとされる。
その一方で、それまでの海外の事例や東京電力内で発生した浸水事故等により、想定津波水位を大きく超える巨大津波が発生して原子力発電所が浸水した場合には、非常用の電源設備や冷却設備等が機能喪失し、最悪の場合には炉心損傷等の重大事故が発生する可能性があることがすでに明らかになっていた。

平成19(2007)年11月ころより、東京電力では、耐震バックチェックにおける津波評価につき、推本の長期計画の取り扱いに関する検討を開始。
その結果、平成20(2008)年3月ころには、推本の長期評価を用いると福島第一原発の小名浜港公示基準面+10メートルの敷地(以下「10m盤」)を大きく超える津波が襲来することが判明した。
それ以降、武藤被疑者は少なくとも平成20(2008)年6月に、武黒被疑者は少なくとも平成21(2009)年5月ごろまでに、勝俣被疑者は少なくとも平成21(2009)年6月ごろまでにはその報告を受け、被疑者ら3名はいずれも、福島第一原発の10m盤を大きく超える津波が襲来する可能性があり、それにより浸水して非常用の電源設備や冷却設備等が機能喪失となり、炉心損傷等の重大事故が発生する可能性があることを予見し得た。
したがって、武藤被疑者は少なくとも平成20(2008)年6月以降、武黒被疑者は少なくとも平成(2009)年5月以降、勝俣被疑者は少なくとも平成21(2009)年6月以降、福島第一原発の10m盤を大きく超える津波が襲来した場合に対する何らかの設備改善等の安全対策を講じることを検討し、何らかの合理的な安全対策を講じるまでの間、福島第一原発の運転を停止すること等も含めた措置を講ずることにより、いつか発生する可能性のある大規模地震に起因する巨大津波によって福島第一原発が浸水し、炉心損傷等の重大事故が発生することを未然に防止すべき注意義務があった。
しかし、これを怠り、必要な対策を講じることなく、運転を停止することもないまま漫然と福島第一原発の運転を継続した。

その過失により、平成23(2011)年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」)に伴い、本件地震に起因して生じた巨大津波による福島第一原発の浸水により、全電源喪失により非常用の電源設備や冷却設備等を機能喪失させ、炉心損傷等の重大事故を発生させた。

同日以降に生じた水素ガス爆発等により福島第一原発から大量の放射性物質を排出させた結果、別紙被害者目録(省略、以下同様)の番号1ないし13の計13名につき、水素ガス爆発等により生じたがれきに接触するなどして同人らにそれぞれ同目録記載の障害を負わせた。

福島第一原発から約4.5キロメートルに位置する福島県双葉郡大熊町大字熊字新町176番1所在の医療法人博文会双葉病院に入院していた患者のうち同目録の番号14ないし57の計44名につき、前記放射性物質の大量排出に起因して災害対策基本法に基づく避難指示により、長期間の搬送、待機等を伴う避難をさせた。その避難の過程において、同目録記載の同人らの既往症をそれぞれ悪化させ、よって、同項目記載の日に同人らをそれぞれ同目録記載による死因により死亡させたものである。


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by k_nikoniko | 2015-07-31 19:14 | 原発・核

札幌「核のごみ」最終処分場の説明会が非公開で

昨日1日、札幌市で、高レベル放射し廃棄物の最終処分についての説明会が、道内自治体向けに非公開で行われました。
この説明会には、「深地層研究センター」のある幌延町からも参加があったとのこと。
「核のゴミ」処分場選定説明会(NHK札幌放送局)

会議の会場では、市民団体が抗議活動を行ったそうです。

北海道・幌延町の「深地層研究センター」がなし崩し的に最終処分場になるのではないか?
そうした懸念は以前からあり、昨年2014日2月3日は東京で「NO! 核のゴミ 高レベル放射性廃棄物の最終処分を考える東京集会」が開催されました。

フランスのビュールでも、核のゴミを地下深くに埋める地層処分に反対する活動がつづいています。
今週日曜日(6月7日)には、ビュール研究所(ムーズ・オート=マルヌ地層研究所)をスタートし、地層最終処分場建設地一帯を人間の鎖でつなぐ抗議活動「100000 pas à Bure(ビュールへの10万歩)」を行うそうです。

以下、昨年2月に書いたものです。

北海道の豊かな放牧地が危ない!
幌延町が「核のゴミ」最終処分場の候補に?

~フランスでも過疎の村が狙われた!
地下貯蔵処分場建設が決まったビュール~

北海道・幌延町の「深地層研究センター」がなし崩し的に最終処分場になるのではないか?
そう懸念する声が聞かれる。
北海道以外の人でこのセンターについて知っているのは2%という。
地元の反対運動は小さく、「上関原発に反対する祝島のような外からの支援」が必要だ。
幌延で反対運動をする久世薫嗣さんは、人気のナチュラルチーズを製造・販売しており、この土地が放射能で汚染されることを危惧している。

幌延とそっくり同じ状況なのが、フランスの小さな村ビュール。国が地下貯蔵処分場の候補地をいくつか選定し、急激に過疎化が進むこの村が建設地に決まった。
地元の反対は小さいため、各地から人々が集まり、反対運動を繰り広げている。
ビュールは、シャンパンの産地シャンパーニュ地方にある。周辺の豊かな農地だけでなく、セーヌ川やその川が流れつくパリの貯水所の水も汚染されるのが心配される。

小泉純一郎元首相の発言を受け、高レベル放射性廃棄物の最終処分を巡る議論が加速している。
「核のゴミ」の選定方法は、これまで自治体が応募する方式だったが、国が候補地を選定する方式に切り替えることが正式に決まった。
そうしたなか、「候補地になるのではないか?」と懸念されているのが、核廃棄物の地下貯蔵に関する研究を行う「深地層研究センター」がある北海道・幌延町。
2000年に幌延町は「町内への核廃棄物持ち込みを認めない」条例を制定し、「研究のみ」の合意を得たが、それが反故にされる恐れもある。
しかし、核廃棄物最終処理場に反対する地元住民は多くない。過疎化や高齢化が進み、交付金を期待しているからだ。
1984年に貯蔵センターの計画が公表された当時は、大々的な反対運動が起こった。しかし、2000年に「研究のみ」の協定を結んでからは、この問題への関心が薄れ、反対運動もさほど盛り上がっていない。
反対運動をつづけていのは、「核廃棄物施設誘致に反対する道北連絡協議会」。この会の代表委員のひとり久世薫嗣さんは、ナチュラルチーズなどを製造・販売する工房レティエを営んでいる。放牧できる土地、を求めて、兵庫県から富岡町(幌延町と隣接)に移住した久世さんは、この土地が放射能で汚染されるのを危惧する。
幌延での反対運動は小さく、ネット環境を利用せず、地道に活動している。久世さんらは、「みなさんの援助を待っている」と言う。
これに応え、札幌の生活クラブの会員(女性)たちが毎年幌延に行き、地元住民宅を一軒一軒訪ね、反対を呼びかけている。

幌延町とそっくり同じようなことが、フランスの小さな村でも起きている。フランスの核廃棄物地下貯蔵処分場の建設予定地となっているビュールだ。この村は、フランス北東部、バル=ル=デュック県とサン=ディズィエ県の間に位置し、シャンパンの産地で知られるシャンパーニュ地方にある。
周辺は特に産業もなく、観光ビジネスからもはずれ、特に過疎化が進んでいる地区。
ZIRA(処分場の設置に向けて2009年12月にANDRA<放射性廃棄物管理機関>が政府に提案して詳細な調査が実施された区域)の4つの村の住民は、1k㎡あたり6人のみ。
1987年にはじまったフランスの地下貯蔵処分場建設の最初の試みは、住民の強い反対により失敗に終わり、ANDRAは予定にしていたすべての地区から撤退した。
しかし、政府はすぐに巻き返しを図り、「急速に過疎化が進むビュールしかない」と最終決定。ANDRAは誘致に成功する。
今、この地域は原子力関連施設の集中地帯になりつつある。
2005年、たった1年の調査でANDRAは、「ビュールの地層は数万年間、核廃棄物の放射能を含有できる」と結論づけた。そして、国民投票を拒否し、公開討論での住民の声は反映されず、2006年に「2015年までの調査」が決まり、その後施設の建設がはじまる予定。
2025年に最初の放射性廃棄物の容器が、100ヘクタールの広さの地下埋蔵所に保管されることになっている。
2013年に公開討論会が実施される予定だったが、抗議運動により数度中止になっている。
ここで建設反対運動を行っている団体のひとつが、2004年2月22日、15人の共同代表によって設立された「BURE ZONE LIBRE(ビュール地区の解放)」。この団体は、ビュール中心地の廃墟(600平方メートル)を購入・改築した「Maison de Bure(ビュールの核のゴミ箱に反対する家)」を拠点に、情報提供や、常設および特別展覧会、講演会、上映会、毎年9月にフェスティバルも開催し、抗議活動を行っている。


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by k_nikoniko | 2015-06-02 09:24 | 原発

北海道知事選は「原発」が最大の争点

3月26日に告示された北海道知事選は、現職・高橋はるみ氏(自公推薦)と新人・佐藤のりゆき氏(民主・維新・共産・社民・新党大地・市民ネットワークの支持・支援)の一騎打ち。
佐藤氏は脱原発を明言しており、「原発」がこの選挙の最大の争点です。

北海道のマスコミは、告示前から、「泊原発再稼働」や「大間原発建設」など「原発」を巡る両氏の発言を大々的に取り上げ、「原発」報道が繰り広げられています。

脱原発知事の実現の可能性が、いま最も高いのが、北海道。
全国的にはあまり知られていないようですが、北海道知事選に注目しましょう。



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by k_nikoniko | 2015-04-05 10:57 | 原発

大間原発建設差し止め訴訟の第3回口頭弁論

12月25日、函館市が国と電源開発に大間原発の建設差し止めなどを求めた訴訟の第3回口頭弁論。
傍聴の抽選に160人近く並び、またしてもハズれた。
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しかたがないので、弁護団の集合場所に立ち寄りました。
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函館市を含む北海道8区で復帰を果たした逢坂誠二さんのお姿も。
脱原発派議員が選出されたのは、函館市としても良いですね。

「今日の裁判はたいしたことなさそうです」と弁護団のおひとりがもらしてましたが、一歩前進があったようです。

函館市が訴えたことに対し、国や電源開発は「自治体には訴える資格はない」と却下を求めていますが、増田稔裁判長は、「門前払い」したりせず、「判断は留保」と述べながらも、「実質審理に入るつもりでいる」との方針を示したそうです。


福島原発事故後に原発を建設しようなど、わけがわらない。傲慢である。



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by k_nikoniko | 2014-12-26 23:11 | 原発

「被爆者の最高の姿を撮りたかった」と写真家の森下一徹さん

昨日は、「世界ヒバクシャ展」主催の「写真家・森下一徹 半世紀の軌跡 ~広島、長崎から世界ヒバクシャ展へ~」トーク&記念パーティーに参加しました。

40年以上にわたって、広島、長崎の被爆者を撮りつづけてきた森下さん。被爆者と初めて出合いを振り返り、次のようなお話をされました。

初めて被爆者を撮ったのは、写真学校を卒業してアシスタントをしていたとき。
原水爆世界大会がはじまって10年目に、原水禁と原水協に分裂したため、カメラマンが足りなくなり、1964年の京都大会に呼ばれたのが最初だった。
そこで、長崎の被爆者・渡辺千恵子さんに初めて会った。彼女が確信に満ち溢れた態度で演説する姿を見て、驚いた。たくましく、美しく、きれいな声で話したからだ。
それまで、被爆者は弱く、みじめな人と思っていた。
千恵子さんが壇上に上がると、ざわざわしていた会場がしんと静まり返った。
それ以来、被爆者をどうとらえたらいいか、考えるようになった。
惨めでかわいそうだから助けなければならない、などと言うのはおこがましい。
自分の写真には、惨めさを出さないで、強さを表現しようと思った。
被爆者の写真を撮りはじめて14年経ち、写真集を出そうと出版社にかけあったが、出版してもらえなかった。
ケロイドや傷をもつ惨めでかわいそうな被爆者の写真でなければ、本にはできないと言われた。
でも、それではだめだ。それでは、被爆者は喜ばないし、観る人に会われ実を求めてはいけない。
結果的に、そう決意して良かった。
写真集が出版されて一番喜んでくれたのは、被爆者だった。

突然、渡辺千恵子さんの髪の毛が抜けてしまったことがあった。お見舞いに行きたかったが、「強そうにしてるけど、女性だから、髪のない姿を写真家に見せたくないだろう」と言って、周囲の人が入院先の病院を教えてくれなかった。
後に千恵子さんにその話をしたら、「どうして来てくれなかったの?」と責められた。
「あれが原爆でしょう。原爆が原因で髪の毛が抜けたのです」と。
それを聞いて、びっくりしてしまった。自分が弱かったと…。
女性だからいやだろう、と思ったが、被爆者はそうではなかった。その姿を撮ってほしかったのだ。とても残念だった。
被爆者にはそういう強さがある。
それから、自分の思い通りに被爆者を撮ってきた。
被爆者は積極的に撮らせてくれた。だから偽りがない。
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by k_nikoniko | 2014-12-15 23:03 | 原発・核

福島県楢葉町に行ってきました

11月23日、「大沼演劇&浜通り視察ツアー」(ウシトラ旅団主催)に参加し、福島県の楢葉町に行ってきました。

元町議の松本喜一さんの案内で、ご自宅があった山田浜地区へ。
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津波でこの一帯の家は流され、基礎だけが残っています。
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周辺に茂るススキなど草が、3年の月日を物語っています。
放射能汚染のため処理ができず、被害にあった家もそのまま放置されていました。
冷蔵庫のドアを閉め忘れた、と戻り、行方不明になっている方もいると…。

楢葉町の木戸川は、太平洋側一の鮭の収獲量を誇っていたそうです。
毎年1800万の稚魚を放流し、多いときには10万匹が川に戻ってきたといいます。
震災の前日に放流した鮭が今年戻ってきました。でも……。

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澄んだ川に浮かぶ息絶えた鮭。橋の上でも腐敗臭が鼻につきました。
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「人が住んでいれば苦情が出て、処理するんだけど」と松本さん。
放射能は無臭ですが、魚の腐敗臭として記憶されました。


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by k_nikoniko | 2014-12-03 00:10 | 原発