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カテゴリ:掲載記事(2011~)( 85 )

南スーダンPKO派遣差し止め訴訟の第1回口頭弁論

今日発売の『週刊金曜日』のアンテナ欄に、札幌地裁での南スーダンPKO派遣差し止め訴訟の第1回口頭弁論について書きました。

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by k_nikoniko | 2017-03-03 11:39 | 掲載記事(2011~)

札幌の自主夜間中学が公立化か

今日発売の『週刊金曜日』に札幌の自主夜間中学「遠友塾」について書きました。

ちなみに、松戸市が一番のりで、自主夜間中学の公立化を表明。
札幌も後につづいてほしい。

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by k_nikoniko | 2017-02-24 11:36 | 掲載記事(2011~)

約126万人が義務教育未終了

夜間中学の必要性訴える

 12月1日・2日、東京都内で第62回全国夜間中学校研究大会が開催され、教師、生徒、関係者ら約200人が全国から参加した。
 夜間中学は、義務教育を修了できなかった人たちが通う学び場。戦後の混乱期、昼間通学できない子どもたちのために、1947年ごろから各地に誕生した。
 日本の義務教育未修了者数は、85年の国会答弁で約70万人と表明されたが、その後政府は実態調査を行っておらず、正確な数は把握できていない。全国夜間中学校研究会の2003年の調査では、約126万人と推計されている。
 一方、公立夜間中学は、千葉、東京、神奈川、京都、奈良、大阪、兵庫、広島の8都府県に31校あるのみで、生徒数は1849人(15年5月現在)にとどまる。
 それ以外の自治体は、有志が自主夜間中学を運営している。
 札幌では、26年前に自主夜間中学「札幌遠友塾」が開校した。場所の確保などで苦労を重ねながらも、今年3月までに384人が卒業。現在、旭川と函館にも「遠友塾」が存在する。北海道は、樺太や満洲からの引揚者、農漁村や炭鉱地への移住者のなかに、教育の機会を失ったケースがみられるという。10年国勢調査によると、15歳以上の未就学者数は大阪府に次いで2番目に多い7374人、未就学率は全国で10番目だ。
 7日に成立した教育機会確保法には全都道府県に最低1校の公立夜間中学設置が盛り込また。公立夜間中学の開設を求めてきた「北海道に夜間中学をつくる会」の工藤慶一代表は、「『お願い』ではなく、対等な立場で行政と交渉できるようになった」と言う。
 在籍者は変遷し、中国からの引揚者、不登校生、90年代以降は新渡日外国人が増加している。
 前述の研究大会では、3人の現役生が、敗戦後の貧困、居所不明、いじめといった自らの体験を発表。学校で学ぶ喜びを語り、夜間中学の必要性を訴えた。
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『週刊金曜日』2016年12月16日

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by k_nikoniko | 2017-02-16 13:11 | 掲載記事(2011~)

北海道新聞セクハラ疑惑事件の第1回口頭弁論(2016年11月4日)

 北海道新聞社函館支社の嘱託看護師の女性が昨年2月に自宅の火災で死亡したのは、同社社員のセクハラと同社の不適切な対応が原因による自殺だったとして、女性の遺族が、同社と社員2名に損害賠償を求めた民事訴訟の第1回口頭弁論が11月4日、函館地裁(浅岡千香子裁判長)で開かれた。
 同社は、社員が女性に謝罪した事実は認めつつも、セクハラの存在を否認。事後対応にも問題はなかったと主張した。
 本件では、女性がセクハラ被害を訴えた約1か月後に、本社(札幌)から2人を出向かせ、ホテルの会議室を借りて謝罪の場を設けた。そこで社員が謝罪し、謝罪文を手渡している。
 社員はその経緯を「大いに不本意だが、ことを大きくするより謝罪ですむなら、今後の煩わしさを避けられると考え、会社の意向に沿った」と答弁書で説明している。
 同社は「何の謝罪だったのか」を明らかにしていない。原告側は、謝罪した理由をはっきりさせ、併せて、社員は始末書を提出したか、会社の注意勧告はあったか、を明示するよう求めた。
 セクハラの存在を否定するものの、その言い分には、矛盾もみられる。社員は”酒に酔いそのときの記憶がほとんどない”としながらも、わいせつな行為や発言がなかったことだけは鮮明に覚えている旨の主張を、この日の陳述でしている。
 自殺との因果関係についても、「函館市消防本部の調査で判定にいたっていない」と被告側は自死そのものを否認。しかし、遺族側が取り寄せた火災原因判定書では、「自死目的で放火」と明記されているといい、見解が食い違う。
 遺族は、「娘の残した記録から、訴訟に向けて準備していたのがうかがえた。その遺志を引き継ぎ、裁判を闘う」と心情を語った。
 傍聴した「ウィメンズネット函館」の古川満寿子さんは、「事実の隠蔽は許されない」と話す。この裁判の行方は、「パープル・ユニオン」ほか、道外の女性の人権擁護団体らも注目しており、支援に動いている。
 北海道新聞社経営企画局は「係属中の事案のため回答は控えさせていただく」とコメントした。
 第2回口頭弁論は来年1月13日15時半から函館地裁で行われる予定。

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『週刊金曜日』2016年11月11日号
『道新』セクハラ疑惑による女性の自殺で口頭弁論
「娘の遺志引き継ぎ闘う」

(フリーライター 木村 嘉代子)

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by k_nikoniko | 2017-02-09 10:27 | 掲載記事(2011~)

北海道新聞セクハラ疑惑事件の第2回口頭弁論

今日発売の『週刊金曜日』のアンテナ欄に北海道新聞セクハラ事件の続報書きました。

仮に「セクハラの事実がなかった」としても、この会社は男女雇用機会均等法セクハラ規定の措置義務に反する、と。

社員への啓発など、「事実がなかった」場合のセクハラ対策を講じていない様子。
新聞社がこれでは困る。

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by k_nikoniko | 2017-01-27 11:29 | 掲載記事(2011~)

恵庭OL殺人事件の第2次再審請求

本日発売の『週刊金曜日』のアンテナ欄に、「恵庭OL殺人事件の第2次再審請求」の記事を書きました。
死因や殺害方法に新証拠。

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by k_nikoniko | 2017-01-20 11:22 | 掲載記事(2011~)

韓国と日本の歴史観をとらえ直す写真家・孫昇賢さん

朝鮮人強制連行と遺骨返還
植民地時代の歴史に向き合う

離散した朝鮮人のポートレート撮影と聞き取りをはじめたのは17年前。個々人の物語を通して植民地時代の真実を伝え、韓国と日本の歴史観をとらえ直す写真家・孫昇賢さんが語る。

 韓国に移り住んだ、スパイと呼ばれる北朝鮮出身者を撮影するうちに、日本に戦時動員された朝鮮人労働者に関心を抱くようになった。離散や分裂が強制労働と深く結びついているのを痛感したからだ。
「北朝鮮出身のハラボジ(おじいさん)たちは、日本の植民地時代に家族らと引き裂かれた共通点があり、全員が強制労働の経験者でした。強制連行や強制労働は一人ひとりの物語の一部になっています」
 9月11日から10日間、北海道で犠牲になった朝鮮人強制労働者の遺骨返還に同行した。北海道を出発し、本州を縦断して下関から釜山、そしてソウルへと、朝鮮人が連行された3500キロの道のりを、遺骨とともに逆にたどった。
 この遺骨返還に合わせ、ソウル図書館で、北海道の強制労働者を紹介する写真展も開催。
「韓国人の大半が、日本での強制労働について知りません。事実を伝えるのが一番の目的ですが、遺骨をきっかけに、韓国人と日本人がどう向き合ったらいいのかを考えてもらいたかったのです」
 韓国人の一方的な反日感情は少し違うと感じている。
「日本では1970年代から朝鮮人強制労働者の調査や発掘が草の根で行われてきたと聞きました。この遺骨返還も写真展も、日本側の40年以上にわたる努力がなければ、実現しなかったでしょう」
 強制労働は、民族問題にとどまらず、資本主義と欲望の問題でもある。韓国人だけでなく、多くの日本人労働者も犠牲になった。
「そうした事実をとらえ直し、韓国人も歴史観を変える必要があるのではないか、と。今回の遺骨返還で日本人は“謝罪”という言葉を何度も口にしました。そうした日本側の配慮を尊敬します」
 70年間も里帰りできなかった犠牲者の運命を想像したら、遺骨返還は喜ばしい。しかし一方で、矛盾に戸惑いもする。
「『亡くなった瞬間、魂は肉体を離れ、遺骨は自由になる』という考えには同感ですが、現実に生きる私たちの状況は非常に複雑で、遺骨が自由になっても、私たちは自由になるどころか、遺骨にどんどん巻き込まれていきます。私たちはこれから、重い責任を引き受けていかなければなりません」
 遺骨が祖国に戻った翌日19日未明、日本で安保関連法案が成立した。
「センシティブな問題は、どの国も社会の危機感の度合いに関係している」と冷静にとらえる。
「安保関連法案は、福島原発事故と関連があるのでは? 2年前に大阪に行ったときにヘイトスピーチに出くわし、3.11以降の日本社会は閉塞感に満ちているのを感じました。関東大震災のときもそうでしたが、不安が集団暴動を引き起こします。恐怖心に駆られた人がどう行動するか。歴史が教えてくれるのはないでしょうか」
 今最も興味があるのは、祖国に帰った人とそれができなかった人の歩んだ、それぞれの違う人生だ。
「自分の意思でサハリンまで働きに行った場合もあるし、北海道に強制連行されて戻れなかった人もいる。さまざまな物語から歴史をさらに掘り下げたいですね」

ソン・スンヒョン(孫昇賢)
写真家、大韓民国芸術院教授。1971年、釜山出身。ソウル中央大学校大学院で写真を学ぶ。北米の先住民族の写真集『The Circle Never Ends』刊行。

『週刊金曜日』(2015年11月13日) 『金曜日』で逢いましょう

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by k_nikoniko | 2016-12-25 20:07 | 掲載記事(2011~)

パレスチナ問題は人権侵害、国際社会が担う責任です

敗戦そして広島・長崎の原爆を乗り越えた日本のように、パレスチナは必ず復興する
未来の平和を担う子どもたちに、アートを通して世論に訴え、社会を変える力を養う

「紛争のたびに激化しています」
 パレスチナ・ガザ自治区南部ハンユニスに住むマジダ・エルサッカさんは、子どもや女性を支援する「CFTA(文化的で自由な思考を目指す協会)」のスタッフ。この6月、9年ぶりに来日した。
 この間、2008~09年、12年、14年とイスラエルによる大規模な軍事侵攻が3回あった。昨年の犠牲者はこれまででもっとも多く、死者は2131人。人口の4分の1が避難民になり、停戦後も11万人が避難生活を続けている。
 子どもたちの心理的影響も大きい。戦争のトラウマが、暴力的行為、うつ、頭痛や夜尿症などの心身の症状となって現れる。
 戦争で傷ついた子どもたちには心のケアが必要だ。しかし、家や学校が崩壊し、家族を失った多くの子どもたちには居場所がない。
「第一次インティファーダ(反占領闘争)をきっかけに、〝子どもの居場所作り〟をはじめました」
 91年、4人の女性たちとCFTAを立ち上げた。放課後や休暇などに利用する児童館などを運営し、演劇や音楽といったアート活動を提供している。
 子どもたちは好きな活動を自由に選び、グループで話し合い決めていく。紙芝居や演劇では、周りで起きた出来事を題材に、台本作りからはじめる。イスラエル軍による父親の逮捕や、近所の家の崩壊など、悲劇を語り合い、その会話の中から指導員が課題を拾いあげ、それを基に子どもたちは物語を作っていく。
「重要なのは、子どもが自ら主張すること。演劇では、役になりきり、自分の意見を発言できます」
 いずれもほかの子どもたちに見せ、演じる側と観る側が意見交換する。発言の機会を与えるのも忘れない。
「自ら参加し、自分の考えを表現することで、無力感や絶望感が解消されていくのです」
 また、政治や社会問題への主体的なかかわりも大切にしている。
 最近では、ガザで深刻化している危険地帯での”児童労働”の撤廃に向けて取り組んだ。
 児童労働を自分の問題としてとらえるために三つのグループで調査を行った。一つはNGO(非政府組織)で子どもの権利や人権について学ぶ、一つは現場に行って働く子どもたちを撮影する、そして働かせている家族や雇用主にインタビューする。これらの情報を持ち寄り、「社会を変えるにはどうしたらいいか?」を話し合う。この段階で大人が助言し、自動労働廃絶運動を開始。
 子どもたちは自らの力で、労働省の役人や労働組合を会合に出席させ、労働に従事する児童の話を聞くワークショップを開いた。こうした活動も反映され、危険なトンネル内やバッファー・ゾーン(緩衡地帯)での18歳未満の子どもの労働が禁止になった。
 しかし、その後も児童労働は絶えない。子どもたちは今、「次に何をしよう?」と考えている。
「子どもたちに『変える力がある、できる』と伝えていきたい」。戦後見事に復興した日本を見習、未来の平和に希望をつなぐ。「パレスチナも復興できる、と夢見て」

Majeda Al-Saqqa パレスチナ・ガザ自治区ハンユニス生まれ。1991年、CFTAを女性5人で創設。CFTAが母体のナハール児童館を支援する「パレスチナ子どものキャンペーン」(東京)の招きで来日。今回が二度目の日本訪問。

『週刊金曜日』2015年9月4日号


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by k_nikoniko | 2016-12-20 11:05 | 掲載記事(2011~)

20か国以上の人が暮らす団地から考える外国人受け入れ

 夕方4時。神奈川県『いちょう団地』の小規模な商店街にあるアジア食品店『シーワント』は客が途絶えない。レジに並ぶ女性が手にしているのは、フォーやビーフン、パクチーといったエスニック食材だ。
「客の多くは外国人。特にベトナム人が多いです。日本人は3分の1くらいかな」
 そう流暢な日本語で話すのは、店主の上原富男さん。カンボジア出身で、33年前にインドシナ難民として家族と来日。埼玉県さいたま市や神奈川県小田原市の会社で働いたのちに帰化し、8年前にこの食品店を始めた。
 神奈川県横浜市と大和市にまたがる『いちょう団地』は、高度経済成長期に建てられた巨大団地。現在、2238戸のうち530世帯強を外国にルーツを持つ人たちが占めている。
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 '80年にインドシナ難民を支援する定住促進センターが大和市に開設され、同センターを出たベトナム、ラオス、カンボジアの人々がこの団地に住みはじめた。'90年代には、中国残留孤児の帰国者が入居。その後、家族を呼び寄せや、アジアや南米からのニューカマーらが加わり、外国人は年々増加。今では20か国超の人が暮らしている。
「ほら、チョコレート」
 店にやって来た小学生3人に日本語で話かける上原さん。ピンクのランドセルを背負った女の子たちは全員ベトナム人だという。
 団地の子どもたちが通う横浜市立飯田北いちょう小学校では、インターナショナルスクールでもないのに多国籍・多民族の児童が机を並べている。
 言葉の習得が早い子どもたちに対し、大人の外国人は”日本語”だと嘆く。日本は、外国人のための日本語教育や、通訳・翻訳といった支援が決して厚くない。
 前出の上原さんは、「大和市の難民センターで3~4か月ほど日本語を学び、あとは、土日にボランティアの人に習った」そうだ。
「この店は言葉が通じるからこそのコミュニケーションの場でもあるんです。日常生活の相談をされたりしますね」(上原さん)
 買い物に来ていた、バングラデシュ出身のビスワス・ジジトゥさんは、夫の留学に伴って来日し、今年で9年。「この団地の生活は楽しいですね」と満足しながらも、悩みはやはり「日本語。難しい~」と笑う。
「入管やパスポートの更新、出産の書類など、字が読めなくて苦労しました」
 と当時の苦労を語るのは、13年前にオープンしたベトナム料理レストラン『サイゴン』の店主グェン・バン・トアさん。30年前から日本に住み、日常会話には不自由しないが、込み入った話は少し苦手だ。
「日本に来たときに3か月ほど日本語を学びましたが、その後はずっと働きづくめで勉強する時間はありませんでした。言葉が通じず、寂しい思いやつらいこともありました。子どもたちには”パパの日本語、わかんないよ!”と言われたり、書き文字が苦手なぶん、学校の書類を音読してもらったりして。苦労をさせていまいました」(グェンさん)

多国籍団地を襲う高齢化と文化の壁

 団地を歩いてみると、文化や言葉の違いが存在しているのを目の当たりにする。立ち話で聞こえてくるのは、ベトナム語だったり、中国語だったり。
「行政は、こちらが要望すれば、多言語で看板やリーフレットぐらいは作ってくれますが…」
 と漏らすのは、いちょう団地連合自治会会長の栗原正行さん。団地ができた'71年からの居住者だ。外国にルーツを持つ人たちが住み始めて以来、”どう仲良く暮らすか”を考えて活動を続けてきた。
「団地を所有する県は入居させるだけ。入居時にそれなりの説明会はしているのでしょうが、あとは地域でよろしく、と丸投げです。困りますよ、現実的に」(栗原さん、以下同)
 ゴミの捨て方や生活騒音などの問題が起こるたびに、地域住民が外国人に理解を求めてきた。マニュアルを作成したり、防災訓練の呼びかけを多言語で行ったり、工夫を凝らす。
「ゴミ分別や防災については、子どもが小学校で学び、それを家に持ち帰り、徐々に浸透していったのではないかな。子どもを通して、日本の生活様式を理解した親も多いと思いますよ」
 いちょう団地では、日本人と外国人との交流会も活発だ。住民たちがボランティアで運営し、自治会費で費用をまかなう。
「餅つき大会に招待したのが第一回目でした。それから毎年開催し、今年で25年になります。歌や踊り、料理といった文化と食の交流から始まりました。ベトナム、カンボジア、中国の料理を作ってもらって」
 最初は集会所が会場だったが、次第に規模が大きくなり、いまでは体育館で行われるほど。こうした積み重ねの結果、最近はトラブルもなく、日本人と外国人が平穏に共存できるようになった。自治会の役員名簿には、外国人の名も連ねる。
「外国人を巻き込んでいかないと、成り立たないんですよ。70歳を過ぎた私たちが、いつまでも活動をつづけられると思っていませんし」
 団地の高齢化が進むなか、栗原さんはこう将来を懸念する。昨年春、安倍政権は、外国人労働者受け入れを積極的に推進する方針を打ち出した。しかし、受け皿体制は具体性に欠ける。現状でさえ公的支援が薄く、このまま何の施策もなければ、住民の負担は大きくなるばかり。いちょう団地のように地域住民を頼る状況は、外国人定住者が多い自治体に共通している。
「外国人労働者がどこに住むかというと、公営住宅が一番入居しやすいでしょう。今後は、ここのような場所があちこちに現れるのではないですか。行政がフォローして当たり前だと思いますけど」
 と栗原さん。
 例えば、移民を多く受け入れているイギリスには、生活相談にあたる公的機関『シチズン・アドバイス・ビューロー』があり、そこで外国人の対応もしている。同機関のホームページには、移民向けに法律、住宅、雇用、離婚やDVなどの対処法や相談窓口を紹介。内容の一部は中国、チェコ、エストニア、グジャラートなど12か国語で読むことができる。また、地方自治体も移民向けに情報を発信し、相談窓口を設けている。ほかにも、同国・マンチェスター市のホームページには、無料の翻訳・通訳サービスの案内や、政府の移民向けサイトのリンクを掲載している。
 前述のグェンさんは、ベトナム戦争を体験し、20歳のときに来日した。
「ずっとベトナムの家族には仕送りをしていましたが、今は生活も楽になりました。思うほどお金に苦労することもなく、子どもたちも無事に学校を出してやることができました今は通訳や翻訳を子どもがしてくれるので助かっています」
 ベトナム人の女性と結婚し、3人の子どもに恵まれた。息子2人は専門学校で学び、娘は大学を卒業して、団地で週3回ボランティアの通訳をしている。
 この日も店には、作業服姿の若者や家族連れなどのベトナム人がひっきりなしに立ち寄り、ふるさとの言葉を話しながら、地元の料理をほおばる。
「日本人もよく来てくれます。こうして助け合いながら暮らせて、日本に”ありがとう”という気持ち」
 グェンさんは日本に感謝し、幸せをかみしめる。しかし、30年前と現在とでは、日本社会は大きく変わった。経済状況が悪化し、外国人排斥運動が起きている昨今、体制が整わないまま多くの外国人を受け入れたりすれば、摩擦を引き起こしかねない。
 東京オリンピック招致に向けた美辞麗句でしかなかった――そう批判されないためにも、国を挙げて、いろいろな立場の外国人に”お・も・て・な・し”をすべきだろう。

『週刊女性』2015年2月17日号

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by k_nikoniko | 2016-12-17 19:30 | 掲載記事(2011~)

北海道新聞社のセクハラ事件

北海道新聞函館支社で起きたセクハラ事件に関して、2015年12月9日に『The Japan Times』に掲載された記事です。

Sexual harassment at bōnenkai, inept handling, a suicide
忘年会でのセクハラ、不適切な対応、自殺
職場での女性の権利が守られていないという日本の現実を示す事件

忘年会シーズンがやってきた。多くの労働者にとって、年末の飲み会シーズンは、羽を伸ばし、過ぎ去った12か月のあれこれを喜んだり憐れんだりする歓迎すべき時期である。しかし、一部の女性たちにとっては、酒の勢いで羽目を外し、酔っぱらった男性たちに囲まれ、セクハラが増える恐れがあり、悩ましい時期でもある。

昨年(訳注:2014年)12月8日の『北海道新聞』(以下、『道新』)函館支社の総務グループの忘年会で、40歳の同社嘱託看護師の女性が、営業部総務担当次長と同部員からセクハラを受けたという。2か月後の2月21日未明、その女性は自宅の火災による一酸化炭素中毒で亡くなった。彼女は亡くなる前日、『道新』の無神経で冷淡な対応を批判する告発資料を、北海道内の新聞およびテレビ局8社を含む13の機関に郵送していた。

焼け残った彼女の自宅の物置からは、「葬式はやらないで下さい」とだけ記した手書きのメモが見つかった。女性の遺族は、セクハラと会社の不適切な対応が原因で娘が自殺したと信じて疑わない。

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by k_nikoniko | 2016-08-27 07:55 | 掲載記事(2011~)