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カテゴリ:イギリス( 15 )

ロンドンのシティ占拠とオリンピック

6年ぶりにロンドンを訪れた。
エンジェルに用事があり、その辺を歩いたら、大きく変貌していた。
昔(10年以上前)は何もなかった通りは店でうめつくされ、ショッピングセンターもできていた。
大型店舗チェーンが多く、いかにもグローバリゼーションの尖端を感じさせる。
初日に2件万引きを目撃してしまった。いずれも若者。
繁栄しているようで、儲けてるのは一部の人だけなのだろう。

夜のBBCニュースで、翌日、デモが行われることを知った。
「ギリシャ、ウォール街、スペインのデモが、ロンドンにも広がった」との報道。
セントポール寺院近くに集まり、シティをデモ行進するという。
ニュースでは、集合場所は私有地で、進入禁止とか。

翌日朝10時、デモ隊の侵入を阻止するため、すでに警官が警備をしていた。
デモ隊の姿はまだ見えない。

セントポールに立ち寄った後、オリンピック会場となるストラトフォードに行ってみた。
ロンドン東部イーストエンドは、ずっと昔は何もなく、足を踏み入れたことがなかった。
地下鉄を降りたら、いきなり近代的な都会が現れてビックリ。
巨大ショッピングセンターがピカピカしていた。
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イギリスの下町人情連続ドラマ「イーストエンダーズ」は、まだ続いているのだろうか。
そんなことを考えてしまった。
あのドラマに出てくる素朴な風景や人物は、この街の近代化に伴い、どう変化したのかなぁ。

ショッピングセンターの横がオリンピック会場。
道路から金網ぞいに、スタジアムが見えた。土曜日の朝だから、工事はしていなかった。
よく見えなかったので、デパートの上から、もう一度眺めた。
まだあまり完成していない印象。しかし、大開発である。
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午前中は人がまばらだったが、昼ごろにはものすごい賑わいになった。
地下鉄を降りた大勢の人たちが、ショッピングセンターのなかに呑み込まれていく。
オリンピック開催時には、もっと多くの人が訪れるのだろう。

12時過ぎ、再びサンポールへ。
ここには、デモの人たちがたくさん集まっていた。
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女子大生二人は、「不公平な今の社会に反対するために参加した」と言う。
また、若い女性の二人組みにも話を聞いた。
「今の金融システムは間違っている。税金が私たちのために使われていない。今の政権はまったく民主的ではない」
「私イーストエンド出身。オリンピックの再開発で、この地区を立退きさせられた人もいる。チケットは高すぎて地元の人は買えない。チケットの多くは、企業にわたっている。私たちの税金なのに、何の恩恵もない」

何が驚いたかというと、デモを取り囲む警官の数。
ロンドン在住の友人によると、キャメロン政権になってから、デモの制圧が強まったという。
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途中、デモ隊と警官の衝突があるかと思わせるような雰囲気になった。
セントポールの地下鉄は封鎖され、機動隊まで動員された。
最後まで見届けることはできなかったが、非暴力で終わったようだ。

英国、デモに表れたオリンピックへの不満(ビッグイシュー)



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by k_nikoniko | 2011-10-25 19:10 | イギリス

ロンドンの暴動:世界的な苛立ち

2011年8月9日のメディアパルトに掲載された、ロンドンで起きた暴動に関する、人類学者でパリ8大学のアラン・ベルト教授のインタビューの一部です。

アラン・ベルト教授は暴動現象研究の専門家。イギリスの暴動のタイプについて、2005年のフランス郊外の動乱との共通点、そして、ロンドンの反乱でも世界各地と同様に用いられた最新テクノロジーの果した役割について話をうかがった。

ロンドンの暴動は、一般的な反乱と同じ文脈か?

深刻さはさまざまだがいくつもの事件が、1月以降、世界各地で起きている。それらは、一般人と警察および国家権力との対立という共通の特徴を持っている。その観点から、ロンドンの暴動は時流に乗っているといえる。イギリスのメディアによると、ロンドンの暴動は、不可解な情況で警官に虐待された若者が死亡した後、突発した。この出来事は、伝統的な政治的ルールのわくでは自己表現できないがために緊張が高まり、それに連続した兆候として起こる対立突発という、典型的な事件である。

若者が死亡した後の暴動は、2011年1月1日以来、世界中で20数件すでに起きている。それらの暴動、それらの状況、それらの怒りの爆発にはそれぞれの特徴がある。伝統的な政治議論では出てこないものを我々に伝えている。

金融市場に強制された国家の厳しい政治が、これらの暴動に影響を与えている。強国であろうとそうでなかろうと、国家は、人々に予算的要求へと関心を向けさせている。世界中で、治安および警察的政策の普及が加えられている。ギリシャ、イタリア、アフリカ諸国など、いたるところでそれを見てとれる。チュニジアのケースも同じである。

チュニジアの革命は、警官に敵視され、ひどい扱いを受けた若者が自殺した後にはじまった。若者が自分にもかかわりがあると感じるのであれば、孤立した現象であるはずがない。人々が金融資本主義を負わされている明らかに腐敗した国では、すべてが爆発にいたって終わる。

治安権力と若者との関係が、イギリスの暴動の原因のひとつか?

イギリスのメディアが報道した証言によると、イギリスでは、フランスの状況に類似しているが、極度の緊張感、庶民階級に対する象徴的で現実的な暴力的な現象のなかにあるようだ。大勢の人が若者の死にかかわっていると感じたら、論争は非常に重大で、日常生活の実際の体験は本当に耐えられないものだ。

この観点からすると、治安の論理は、国家の本質を警察が行使しているのであり、フランス以外のほかの国、特にイギリスでも起こっているようにみえる。これはつねに悪い結果で終わる。中国でも同様で、ここ数週間いくつかの暴動が起きたが、人々と警官の関係は良くないことを証明した。

どのような政治体制でも、国家は現在、厳しい政策へと向わざるを得なくなっている。国民の利益を無視し、正当性を失うだけだ。治安の論理は、「恐怖、対立、緊張のなかでの正当性を模索する」ということだ。

イギリス政府の厳しい政策に対する6月30日の大きなデモは、今回の事件の予兆として解釈できるか?

6月30日のデモの最後の数時間のなかに、今回の前提をみることができた。このデモは対立を残したまま終了し、イギリスではかなり例外的だった。同じ手法で、学生のデモ、特に、春に起きた保守党に抵抗する反乱を予兆とみている。

さまざまな社会的前線において、権力側からの政治的対話を維持するのが不可能だ。たぶん、それをしないで、人々を違った方法で理解させようと誘導する。今のところ、これはかなりヨーロッパ的な現象であり、どこにでも見られるというわけではない。ここには2つに区分される。一方では、イギリスの大学改革に反対して警察と対立する学生たち。もう一方は、ここ3日間の暴動。この2つの出来事は、主観的および政治的に、区別した現象としてイギリスで起こった。これはチュニジアやエジプト、セネガルのケースとは違う。これらの国では、最も貧困な庶民階級の若者とゆとりのある若者の間の接点がある。

イギリスのメディアは、今回の暴動と、1985年11月に同じくトットナム起きた突発的な暴動とを比較している。これは正しいか?

我々は新しい時代にいると思う。事件は同じ地域で起きてはいるが、主役となっている人たちは同じタイプではない。20~25年前ほどの時代と正確に同じ厳しさ状況のところはどこにもない。国内政策の確固とした選択と特にサッチャー首相の結果がこの状況だと考えることができる。政治の行き詰まりがさらに明白になった。2つの暴動現象の間の共通点はあるかもしれあないが、むしろ別の次元にいると私は仮定する。

イギリスの事件と、2005年にフランス郊外で起きた動乱に共通点はあるか?

ロンドンの暴動は、フランスの2005年の暴動よりも計画性がある。主役となった人たちの年齢が高い。イギリスの運動は、参加はしなかったが、特に反対しなかった人々がかなりいて、暗黙の同意を受けていたようだ。

2005年のフランスはもっと分断されていた。車が燃やされた地域では、起こったことを特に大騒ぎをしなかったし、かなり局地的だった。ロンドンでは、現象がより大きいようにみえる。


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by k_nikoniko | 2011-08-16 12:36 | イギリス

イギリスのエイズと性調査

新型インフルエンザには大騒ぎしても、日本ではHIV感染について無関心。
日本は、先進国で唯一、エイズ患者/HIV感染者が増加しているという。
12月1日の国際エイズデーの頃、連日インフルエンザ報道が繰り返されていた頃、インターネットラジオBBCワールドでは、「ロシアでエイズ患者/HIV感染者が増加中」というレポートを数回流していた。
「ヨーロッパで唯一増加している国」という扱いだった(と思う)。

日本のエイズ対策といえば、その中心は若者だ。
しかし、中年夫婦(夫から感染する妻)もかなりの数いるそうだ。
ピンポイントに情報がいきわたっていないのかもしれない、とも思う。
いずれにしても、積極的に収集しないと情報が得られないので、その実態はなかなかわからない。

もう15年以上前の話になるが、イギリスでは、エイズ対策を目的とした性調査が行われ、1994年1月16日のインディペンデント紙日曜版に掲載された。かなりのボリュームだった。

「調査にいたるまでの過程について」で次のように述べられている。

1989年初頭、エイズおよび教育対策を目的とする調査の実施が決定し、資金援助を政府に申請した。
しかし、9月10日にサッチャー首相から「調査は適切ではない」という理由で、公式な説明のないまま却下された。
ある科学者団体によると、「戦後のイギリスで、このような拒否は先例がない」とのことだ。
政治家の一人は、「イギリス人はますます無節操になり、バイセクシャルの世の中になりつつある。このような調査は、エイズで苦しむ人たちの何の役にも立たない」と反対したそうだ。
そこで、民間非営利団体が基金を募り、調査を続行した。

このような本格的な調査は、イギリスでも初の試みである。
今回のイギリスの調査は面談形式で、社会階級、学歴、民族、出身地の異なる16~59歳を選出し、18876人から回答を得た。

性調査はいつの世も奇異とみられる。20世紀末でも、それは少しも変わらない。
このような調査を警戒するのは、サッチャー首相だけではないのだ。
1940年代にアメリカで性調査を行ったキンゼイ氏は辞職を迫られ、1930年代に調査を実施したベルギーの研究者は、警察の家宅捜査を恐れ、夜に仕事を進めたという。

ヨーロッパの他のチームも、エイズ対策としてこのような調査を実施しているが、どこでも拒否反応がおこっている。スウェーデンでは、調査を中止したほどだ。
幸い、イギリス人は調査の回答に対して反対はなく、参加を依頼した65%の人から同意を得た。これは高い確率である。

彼らが事実を答えているかと聞かれたら、おそらく全てが正しいとはいえないだろう。
しかし、調査員は、なるべく正直に答えてもらう工夫をした。
面談は家族が同席しないで行われ、答えづらい質問は用紙に記入してもらう方式をとった。
その用紙は、無記名の封筒に入れ、封印して調査員に手渡すようにした。

調査結果は、わかりきったことを伝えただけだろうか。それは読者に決めてもらおう。
ただ、次の質問に答えてもらいたい。
15歳までに初体験するティーンエイジャーの割合は?
大卒は高卒より異性愛性体験をする年齢が早いか遅いか?
事実婚カップルは、結婚カップルより誠実にパートナーと関係を保つか?
ビジネス出張で宿泊する機会の多い男性は、そうではない人より性関係を持ちやすいか?
性欲は年齢とともに衰えるか?

この調査は、エイズ患者の助けにはならないかもしれないが、それは問題ではない。
この調査は、どのような人にエイズの危険性があるかを医師らに気づかせ、教育の効果を査定する基準となるだろう。
エイズになる人を増やさないために、この調査は役に立つであろう。

例えば、16歳以下ですでに性経験のある若者の割合がわかれば、14~15歳で性教育をしても遅すぎると知ることができる。
ある政治家は若い独身者の性の乱れを危惧していたが、彼らより、別居・離婚・死別者のほうがHIV感染の恐れが高い。
また、ゲイは何人も相手を変えるというのは誤解だということもわかった。

この調査の最大の価値は、私たち自身について知ることである。
性は、20世紀末のメディア(新聞、映画、テレビドラマ、小説、広告など)を支配している。
あらゆるところで強力なメッセージを伝え、何が容認でき、何が好ましいかのイメージを複雑にしている。
多くの人にとって、性は興味の対象であると同時に、大きな不安材料にもなっているのだ。

自分がアブノーマルかを知りたい人もいるだろう。
また、人はもっと楽しんでいるのか、たくさん回数をしているのかを知りたい人もいるだろう。
パートナーは貞節か、子供はエイズの危険にさらされているのか、を知りたい人もいるだろう。
この回答結果を読み、警戒する人もいるだろうし、安心する人もいるだろう。
ここに知るべき事実があるのだ。

以下、調査結果は省略。


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by k_nikoniko | 2010-01-11 15:49 | イギリス

ロンドン、初めてのクリスマス

この季節になると、初めてロンドンに暮らし始めた頃を思い出します。
渡英したのは11月。
すぐに、「時期を間違えた!」と後悔しました。
冬のロンドンは、日暮れが早く、日中もほとんど曇り空。
友人もほとんどいないし、張り切って入った英語学校でもくじけっぱなし。
憂鬱な気分になりがちでした。
そんなある日曜日、近所を散歩したときのこと。
住宅街をあてもなく歩いていたら、こじんまりした”ヴィレッジ”にたどりつきました。
細い通りには、洒落たショップが数軒並んでいます。
一軒のアンティークショップの前で、私は足を止めました。
ウインドーにちょこんと置いてあった2脚のティーカップ。
水色のバラが描かれたカップを見たとき、懐かしさがこみあげてきました。
長い間捜し求めていたものを発見したかのように。
「ウインドーのカップをください」とつたない英語で伝えたら、中年のマダムはニッコリ微笑み、「クリスマスだから」と、少しおまけしてくれました。
彼女の応対がとても温かく自然だったため、寒々しいロンドンでの緊張がほぐれていくのを感じました。
f0016260_19143128.jpgこのティーカップは、海外で迎えた最初のクリスマスの、自分へのプレゼントです。
厚手で安物の普通の食器(左イラストのカップ)ですが、私にとっては宝物。
マダムの一言がなければ、イギリス嫌いになっていたかも……
そう思いながら、いまでもこのカップでミルクティを飲んでいます。
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by k_nikoniko | 2006-12-26 01:17 | イギリス

イギリスの若者が活躍できるワケ

イギリスの景気が回復したとき、若者の勢いが顕著だった。
若者の活躍の場が用意されている、と感じた。
42、3歳のブレア首相の誕生もその象徴ともいえる。
その当時、ブレア首相より年上の男性に、「若い首相でも応援するか?」と聞いたら、「もちろん」という明るい答えが返ってきたのを覚えている。
イギリス人は、若い世代に道を譲るのが上手だと思う。
若者の能力を疑ったり、いつまでもでしゃばる中高年者は少ないように見受けられる。
で、その理由も、「社会保障制度が確立していて、将来の不安が少ないからじゃない?」ということらしい。
国の基盤がしっかりしているため、自信と余裕を持って次の世代に任せることができる。がむしゃらに地位にしがみついたりしないのである。
というのは、友人の弁だ。
これもまた、妙に納得できてしまった。
「国が守ってくれるかどうかわからず、信じていいものか??」との迷いから、若者の活躍に脅威をおぼえる。ということは、大いにありそうだ。
健康で元気なのは喜ばしいことだが、若者と張り合うのは大人げない。
自分の経験を少しでも若い世代に伝え、失敗しないよう見守り、成功を応援する大人になりたいです。
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by k_nikoniko | 2006-11-23 23:49 | イギリス

イギリスの若者が不景気を乗り越えたワケ

私の住むところは、いつも景気が悪い。
90年代初頭のイギリスは大不況、その後暮らしたフランスは景気が停滞、そして札幌も寂しい状況。
つまり、私が疫病神なのかもしれない。
その証拠かどうか、私が去った後、イギリスはバブル期を迎えた。
ただ、フランスはいまだ景気が回復していないので、札幌の不況は私のせいだけではないと思う。
とにかく、イギリスの復活ぶりは目をみはるものがあった。
不機嫌そうな人が多かったのに、景気が良くなったら、親切な人が増えたのは印象的だった。
聞いても道を教えてくれない、と信じていたけれど、バブリーになったとたん、聞いていないのに道を教えてくれる人まで現れた。
「お金の力ってすごい」と実感したものだ。
日本のバブルがはじけてしばらくたったころ、知り合いの会社員にそんなイギリスの話をしたら、「不況のときにイギリス人がどう耐えたのか教えてもらいたいよ」とつぶやいた。
それは私も疑問だ。
どん底の厳しい時代に10代を過ごしていた若者は、どのような将来像を描いていたのだろう?
その当時、うなだれて、不満いっぱいに見えたイギリスの若者や青少年が、同じ人種とは思えないぐらいに生き生き活動しているのだから、不思議になってくる。
(もちろん、すべての問題が解決されたわけでもなく、犯罪に走ったり、貧困に苦しむ若者もいるが)
元気に欠ける日本の若者が、景気回復とともに活発になり、この国を盛り上げるだろうか。
う~ん。
「イギリス人がどうやって不況期を乗り越えたか?」 その答えはなかなか見つからないのだけど、先日、イギリス人の夫を持つ友人がこんなことを言っていた。
「社会保障制度が確立していて、将来の不安が少ないからじゃない?」
いざというときは国が守ってくれる、とイギリス人は信じているらしい。
だから、変にふてくされたり、極端に荒れたりしないで、不況時でも未来を描くことができた、と。
ちなみに、彼女の義母はホスピスで最期を迎えたが、ホスピスのサービスは完璧に近かったという。
イギリス人は、老後や失業といったセーフティーネットを確信しているのだという。
もし国民を裏切るような気配を感じたら、国民は黙ってはいない。
政府に対して異議を唱え、自分たちを守ってくれる世の中に修正していく。
「国が守ってくれると信じている」という言葉を聞いて、ハーっとため息が出た。
「国が守ってくれるかどうかわからず、信じていいものか??」と迷いながら過ごさなければない日本人というのは、悲しいかも。
景気が回復しても、不安が払拭されそうもないのだから、最悪ともいえる。
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by k_nikoniko | 2006-11-21 22:55 | イギリス

イギリスのテロ再び(2006年)

2006年7月6日のフランス・リベラシオン紙で、「リーズの幽霊」と題して、前年のロンドン地下鉄テロの犯人二人の出身地リーズを取材した記事が掲載されました。

リーズのイスラム・コミュニティの人々は記者の質問には多くを語らなかったそうです。
あの事件を“忘れたい”というのが市民の心情です。


記事によると


街はやっと平静さを取り戻していた。犯人たちが通っていた本屋は閉店。
ひとりの犯人の父親は、経営していたフィッシュ&チップス屋は所有者が代わっていた。この父親は4軒の家を賃貸していたのですが、今では借り手がいない。
もうひとりの犯人は教師。彼の生徒だった男性は、「先生は人の面倒をよくみたし、泥棒を捕まえ、とても優しい人だった」と答えた。服装も普通で、テレビの映像でケフィエ(かぶりもの)を身につけた姿を見ても、彼だとわからなかったという。
リーズ市長は、「我々はアイルランド人も、インド洋諸島の人々も、中国人も、パキスタン人も、ポーランド人も、誰でもここに暮らすことを歓迎する。これらの人々は、リーズを豊かにしているのだから」と語っている。「スケープゴートと名指して、このハーモニーを壊すことはしたくない。昨年の出来事と、リーズのイスラム・コミュニティは何の係わり合いもない。犯人たちがゲットーで生活する哀れな移民として紹介するのは、全く間違っている。彼らは裕福な家庭の出身だ」
さまざまな人種が排他的に暮らす他の町と違い、リーズは交流が盛んなほうだ。それでも、学校などでは、白人と有色人種とのケンカがときどき問題になる。
パキスタン系の名前を持つ若者は、「爆弾を持ってないかい?」とからかわれる。彼は犯人のひとりと知り合いだったといい、イラクへのイギリス軍駐留について触れながら、「イラクでイギリス軍が10人殺したというとき、イギリスでは両方の側に対して胸が痛む。犯人たちはたぶん、この国を攻撃するためには、罪のない人々も殺すという覚悟ができていたのだと思う」と語った。
テロ後、リーズでは何度も会合を開き、コミュニティのあり方を議論しあっている。


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by k_nikoniko | 2006-08-11 15:22 | イギリス

イギリスの三面記事にみる裁判官の判決文

日本でも裁判員制度が導入されることになりました。
戸惑いの声のほうが多いようですが、そういえば、ロンドンに滞在していたときの大家が陪審員だった時期があり、彼はとても誇らしそうだったことを思い出しました。
イギリスでは、陪審員に選ばれるのは名誉なことなのかもしれません。

ところで、イギリスの新聞の三面記事には裁判官の言葉が引用されることが多く、ときにはオツな一言を述べていて感動します。

たとえば、過失で夫を撃ち殺した妻の事件。
49歳の妻は、夫のピストルを持ったまま歌って踊り、はずみで夫を射殺してしまった。
夫の人柄は温厚で穏やか。射撃が趣味だったそうだ。
妻の証言によると、護身用にピストルを持ち、正しい使い方をしていたが、床に置こうとしたときに偶然発射したという。
裁判長は妻の言葉を認めず、「夫婦はかなり酒を飲んでケンカになり、妻が夫を撃ち殺してしまった。その後、妻はすぐに深く後悔した」と判断し、妻に禁固16年の刑を言い渡した。
裁判長は妻に向かってこう諭したそうだ。
「今回のケースの最大の悲劇は、酒に酔って愛する男性の命を奪ったことにある。
そのことで、あなたの人生も完全に崩壊させてしまった。
事件の夜に何が起きたのかは、正確に知っている人はいないだろう。
死人に口なしであり、証明できるのは、生きているあなただけだ。
しかし、陪審員はあなたの証言を信じることができなかった。
これは計画的殺人ではないが、突発的というより、あなたの軽はずみな行動で起きてしまったといえる。
ただ、あなたが事の重大さに慄き、苦悩したことは認める」

記者がわかりやすい表現に代えているのかもしれませんが、裁判長の用いた言葉はとてもわかりやすい。。

ところで、先日、集団でパニック症候群になった女性たちがいるというニュースがありました。
ひとりがパニックになり、それに続いて次々とパニックを起こすという“集団パニック症候群”は、日本特有なのだそうです。
「人に合わせたほうがいい」という習性と関係しているとか。

陪審員のなかにとても強烈なキャラクターがいて、その人がグイグイ主導権を握ったら、それが間違いだとしても、他の人は反論できずに流されていく可能性はないのでしょうか。
それは非常に恐ろしいことのような気がします。
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by k_nikoniko | 2006-08-02 23:02 | イギリス

イギリスで10代の少年が終身刑

10代の少年による犯罪など、日本でも珍しくないのですが、これはイギリスの事件です。
違いといえば、未成年でも実名で報道されていることと、刑の重さでしょうか。

学生を刺殺した罪で終身刑
学生ひとりを死に至らせ、もうひとりに重傷を追わせるという残酷非道な殺傷犯罪で、10代の殺人犯が終身刑の判決を下された。
この犯罪に加わったとされる他の二人は、最低5年の禁固刑という無期懲役となった。
この犯罪の詳細は、監視カメラに録画されていた。
恐ろしく悲惨な暴力は40秒間にわたり、20歳の大学生ダニエル・ポーレンは顎を強打されて倒れ、胸をナイフで刺された。録画に映るポーレン青年は、力なく両腕を広げている。
友人の医学生アンドリュー・グリフィスは数回にわたりナイフで刺された。
二人はショッピングセンターの手すりに腰掛け、帰宅する車を待っていた。談笑していたのだが、事件に巻き込まれてしまった。
盗みの罪で保釈出獄中だった16歳のマイケル・リンチは、殺害の意図があったとして、終身刑が下された。最低でも15年の禁固となる。
ティミー・サルヴァン19歳とマイケル・オノカー25歳は、殺人罪は免れたが、意図的に傷を負わせたとして、傷害罪を宣告された。

海外の出来事は、よほど突飛でなければ日本に伝わりませんが、このような事件は毎日のように報道されています。
それぞれの国によって判決や市民の受け取り方が違うし、三面記事はその国の社会を映す鏡として参考になります。
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by k_nikoniko | 2006-07-31 23:04 | イギリス

英仏で介護の話をしても

イギリスやフランスの介護事情を調べるつもりが、今回は失敗に終わりました。
パリ行きの飛行機で「明日の記憶」を観て、気合も十分だったのですが。
イギリスやフランスの50歳以上の人に介護について聞いてみたのですが、ほとんどみな無関心で、「なぜそんなことを聞くの?」という顔をしました。
パリのある女性は、「高齢者はホームで暮らすというライフスタイルは、今の老人が2世代目だから、誰も疑問に思わない」と語っていました。
専門のスタッフが介護をし、いざとなったら施設に入る。これが普通。
問題もあるのでしょうが、介護にたずさわるスタッフの数も多く、施設も充実していそうです。
とにかく、親の介護を心配する人は少ないし、自分の老後を案じる人も少ない。
「そのときはそのとき、介護が必要になるまでは人生大いに楽しもう」と考えているのです。
友人の母親は80歳ですが、水着姿やショートパンツで微笑む写真を見たら、介護の話を持ち出すのは無意味なような気がしてきました。
誤解のないようにつけ加えますが、イギリス人やフランス人が介護はしないといっても、親に冷たいわけではありません。
日本では介護という言葉に触れない日がないぐらいです。
それでいて、介護が原因の悲惨な事件も絶えません。
人生を楽しむ前に介護の心配をしなければならないとしたら、こういうことが起きてしまうのも無理はないといえます。
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by k_nikoniko | 2006-07-26 18:09 | イギリス