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カテゴリ:掲載記事(2000~2010)( 105 )

古本とジャズ、パリの場合(カイ)

書物と音楽が息衝く街パリ
日常風景としてのブキニストそしてジャズ

パリの名物のひとつに、セーヌ川河岸通りで書物を売るブキニストがある。古本も扱う彼らは、歴史的建造物を背景に、野外で客の相手をする。
ブキニストは、書物の露天商という職業であると同時に、パリの風景、そして観光資源にもなっている。本の青空市は、約三キロメートルにわたる。セーヌ川河岸は世界遺産に登録されており、午前十一時ごろから日暮れまでそこに居るブキニストは、彼ら自身が“パリの遺産”の一部だと自覚している。
一八五九年以来、ブキニストは市に税金を払い、許可証を更新して営業している。新規の申請者は、場所が空くまで待たなければならない。本を並べる深緑色の箱は、大きさが規制されている。壁に固定された箱は、夜になると蓋に鍵がかけられ、置きっぱなしにされる。
パリ市によると、二百十七のブキニストが、九〇〇の箱を並べ、古本から新刊本まで三〇万冊を販売しているという(二〇〇九年二月二六日現在)。
ブキニストの歴史は古い。「ブキニスト」という言葉は、一七八九年刊行のアカデミー・フランセーズの辞書で確認できるそうだ。
パリに書物の露天商が現れたのは、大学が創立された十三世紀ごろだという。架台や地面に並べたり、木箱を革バンドで首から下げてブラブラ歩き、通行人に本を販売していた。
現存する最古の橋ポン・ヌフが完成した一六〇一年以降、ここが格好の稼ぎ場となる。商売は大繁盛。書籍商・印刷業ギルドとの対立や、「よからぬ思想を撒き散らす」と王権や教会からの度重なる取り締まりを受けながらも、露天売りはつづけられた。一七世紀半ばのブキニストの数は二四人だったという。
ルイ十五世は、風刺本、宗教や政治的パンフレットの流布を危惧し、ブキニストを厳しく弾圧したが、穏健派のルイ十六世時代、ポン・ヌフ一帯は再び社交と文学の場となった。フランス革命時、路上は危険きわまりなかったにもかかわらず、徴集・略奪された書物がブキニストのもとにもたらされ、商売は盛況だったらしい。
一九世紀、フランス文壇華やかな時期には、著名な作家たちがいたるところで文学講義を催し、そのおかげもあり、ブキニストは飛躍的な発展をとげた。
一九二〇年に二〇四名だったブキニストは、二つの大戦による影響をさほど受けることなく、一九五六年には二三〇名に達し、大きな変動のないまま、いまに至っている。
二年前に発行されたブキニストの冊子には、一九九三年に行われた実態調査の結果が紹介されている。十四年たった現在もほとんど状況は変わっていないとのこと。
ブキニストの七割が男性。年齢は、二〇歳から三五歳が四割で、三六歳から五〇歳が三割。親や配偶者の後を継いでいる人が多いという。
ブキニストになるための資質は、本好きで、自由を愛し、人と接するのを好み、さらに、独創的で独立精神旺盛なこと。
寒空の下で椅子に腰掛けている姿は、“堅物”に見えなくもないが、パリのど真ん中で、常に通行人の目にさらされる仕事なのだから、ブキニストが「人嫌い」なわけがない。
ブキニストは、ともすれば閉鎖的になりがちな書物を“野外”に持ち出すことで、通りすがりの人と文化とを媒介しているともいえる。誰もが容易にアクセスできてこそ、文化は本来の意味をなすのである。
音楽もしかり。フランスは、革新的な試みで、近寄りがたい音楽の“殻”破っていった。たとえばジャズ。フェスティバルという形で、フランスはジャズを大衆に広めたのである。
一九四八年二月に南仏のニースで開催されたのが、世界初のジャズ・フェスティバルだといわれている。翌年の五月には、パリで国際的なジャズ・フェスティバルが催された。当時、ジャズに限らず、こうした音楽祭は画期的なイベントだった。各国の演奏家が集まったジャズの祭典は成功をおさめ、その後、各地でも行われるようになったという。
フランスにジャズの愛好家が現れたのは、三〇年代ごろからである。一部の熱狂的ファンに支持されていたジャズは、フェスティバルをひとつのきっかけにして、一般市民の手の届く音楽となった。
五〇年代と六〇年代に、パリではジャズの隆盛期を迎える。サン・ジェルマン・デ・プレやサン・ミッシェル界隈のジャズ・クラブに、多くの若者が詰めかけた。この頃の様子は、映画「ラウンド・ミッドナイト」に描かれている。また、「勝手にしやがれ」「死刑台のエレベーター」といった、この年代を代表するフランス映画は、ジャズが用いられていることでも話題になった。
“流行遅れ”といった観念が希薄なフランスでは、現在でも、ジャズが広く親しまれている。老若男女に問わず、ジャズは自然体で聴かれているのだ。本場フランスのジャズに触れたければ、インターネット・ラジオで視聴可能だ。
フランスにおけるジャズのイメージは、日本のそれとは違うかもしれない。五月から数ヶ月、ピクニック気分でジャズが楽しめるからだろうか。夜一〇時ごろまで太陽が沈まない夏、ジャズ・フェスティバルは、まさに季節の風物詩となっている。
ちなみに、今年五〇回目を迎えるニースのジャズ・フェスティバルは、七月一八日から二五日。パリは、ヴァンセンヌの森にある植物園で六月と七月の土日にコンサートが開かれる。
文化は、生産・普及・受容を脈々と繰り返し、暮らしを豊かにしていく。その主体は、特権階級の人間ではなく、一般の人々だ。エリート主義と難解さからの変容。書物であれ、音楽であれ、こうして、フランスの文化は日常生活と密接に結びつき、浸み込んでいくのだ。

『カイ』2009年夏号


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by k_nikoniko | 2015-07-25 08:19 | 掲載記事(2000~2010)

「フランス語講座」ビューティ編(VoCE)






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by k_nikoniko | 2015-07-24 10:26 | 掲載記事(2000~2010)

世界の人々が身近に(2002年W杯 決勝戦)

波乱といわれた大会は、王者ブラジルの優勝で幕を閉じました。ブラジルの個人技に勝るものなし。カフー、ロナウド、リバウドらブラジル選手の笑顔はおちゃめですね。一方、気丈なドイツ選手は負けても泣きません。ゲルマン魂は、最後まで不変でした。
選手やサポーターの泣き笑いには国民性が表れることを、W杯を通して知ることができましたね。世界の人々が、実態のある身近な存在になったと思いませんか?
札幌ドームで、私は初めてエクアドル人に触れました。以前は位置さえ定かではなかったこの国ですが、サポーターを直接目にしたことで、親近感を覚えるようになりました。対戦相手のイタリア選手を撮影してはしゃぐ姿は、とても無邪気。応援の言葉の意味を知りたくて声をかけたら、かなり無愛想。どちらも素顔のエクアドル人です。
この大会で見た世界の人々は、想像の人物ではなく、いい面も悪い面もある等身大の人間です。少し大げさかもしれませんが、勝利の喜びや敗北の悲しみが万国共通ならば、日常生活の楽しさや憂いも、みんなで共有できそうな気さえしてきます。
W杯の魅力は、試合のスリルはもちろんですが、世界の人々と同じ視線で世の中を見つめ、分かち合う喜びを教えてくれるところにあります。そして、感動的なエピソードが生まれることも忘れてはいけません。決勝戦で途中出場したアルモアは、ドイツの人種差別の壁を崩した初の黒人選手です。また、3位決定戦では、心温まる光景を目にしました。涙する韓国選手の手を取り、健闘を称えたトルコ選手。その立派な精神に拍手を贈りたい。
すばらしいシーンだけでなく、ささやかな美談もしっかり心に残しておきましょう。
万歳(ビバ)、日韓共催ワールドカップ! そして、ありがとう。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年7月1日


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by k_nikoniko | 2015-07-19 07:48 | 掲載記事(2000~2010)

トルコ ネチっこく奮闘(2002年W杯 トルコ対ブラジル)

応援するチームがあるのとないのでは、サッカー観戦に対する気合の入れ方が違ってきます。ブラジルとトルコ、どちらを選ぼうか。両国ともそれなりに愛着を感じているので、迷ってしまいました。
なぜなら、外国で初めて友だちになったのがトルコ人なら、海外生活最後に親しくなったのがブラジル人。ちなみに、そのブラジル人は、サッカーに全然興味がないという珍しい女性。母親はサッカー好きだけど、フランスのジダン・ファン。
決めかねたので、客観的に観ることにしました。ブラジルとトルコはかなり硬派だし、ミーハ-に騒ぐ必要もなさそうです。この2チームには、ネックレスやピアスを装着している選手がほとんどいません。昔懐かしい体育会系男たちの戦いです。そして、なぜか大吾郎ヘアが二人(ロナウドとイルハン)。これは、お笑い系を狙っているのかしら?
しかし、外見は飾り気がなくても、卓越したテクニックはため息ものです。人々を引き付けるのに十分すぎるほど素晴らしい。曲芸師のようなプレイに、この日もみせられてしまいました。シナリオなどあるはずないのに、上等のショーを演じているみたいでした。
ところで、トルコの粘り強さと絶妙な動きから、ある記憶が鮮明によみがえってきました。ロンドンのトルコ料理レストランでのことです。キラキラのセクシードレスを身につけた豊満な女性がベリーダンスを踊り出したとたん、客のトルコ人男性たちが豹変したのです。おひねりを手に浮かれ騒ぐ姿は、表現不可能な妖しさでした。
そのときのムンムンとした熱気は、選手たちのネチっこいプレイにも感じられました。暗そうなハカンシュキュルや森島似のバストゥルクも、はしゃぐのでしょうね。想像するのは少し怖いけど…。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月27日


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by k_nikoniko | 2015-07-16 08:53 | 掲載記事(2000~2010)

欧州の世界観 再発見(2002年W杯 イングランド対ブラジル)

決勝までとっておきたかったイングランドーブラジル戦。先取点を入れたのはイングランドでしたが、ブラジルがベスト4に一番乗りしました。4年前に「ワンダーボーイ」として華々しくデビューしたオーエンも、今回は影が薄かったですね。
ここまでくると、テレビ映りより、なりふりかまわずゲームに集中する国のほうが強い。ヘアスタイルに凝るのはいいけど、美容師呼びよせてもね…。勝ち残っているチームの選手のほとんどが素朴な髪型ですよ。ビジュアルではなく実力を楽しむしかありません。
ところで、この大会、イタリア人がかなりセコい性格だとわかるなど、サッカー以外の面でも面白い発見ができます。
例えば、実況&解説の相違点。二カ国語の音声を切り替えてみると、その違いがわかるはず。
日本はひっきりなしに説明と分析を話し続けますが、英語解説は無言の時間が長く冷静。興奮してうわずったりしません。しかも、正統派クイーンズイングリッシュで、意味がわからずとも、なかなか格調高い感じです。
また、ヨーロッパメディアが映像を担当しているため、観戦する日本の有名人が無視されていることも興味深いところです。海外の要人は画面に登場しますが、日本では知名度の低い人物だからか、何者なのかわからないで終わってしまうこともしばしば。イングランドーブラジル戦も英国のアンドリュー王子が観戦していましたが、コメントがなかったみたい。
ヨーロッパ主導のW杯は、アメリカ式世界観に慣れている日本人にとって、別の角度から世の中を見るいい機会だと思います。
そういえば、自国が8強入りしても、アメリカ国民は無関心だったらしいけれど、ブッシュ大統領がサッカーファンだったら、「ブラジルに黒人はいるか?」などというつまらない質問をしなかったでしょうね。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月22日


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by k_nikoniko | 2015-07-13 09:10 | 掲載記事(2000~2010)

ラテン気質 不遇の時代?(2002年W杯 ブラジル対ベルギー)

ブラジルはやっぱり強かった。ロナウドは絶好調ですね。リバウド、ロベカル、ロナウジーニョなどなど、個人技が光っていました。対するベルギーもすばらしかった。惜しいチャンスが何度もあり、本当に残念。ブラジル選手の喜びの笑顔がいい。反則を犯して謝るベルギー選手がさわやか。スペイン対アイルランド戦に続き、感動的なゲームでした。
サッカーは、ただ点を取るだけでは、観ていて物足りないものです。フィギャ-スケートや体操のように、技術力、表現力も評価の対象にしたいぐらい。派手なパフォーマンスがあってこそ、華やかに盛り上がり、サポーターも夢中になるのです。
でも、大波乱といわれるこの大会、1次リーグで危なげなかったのは、どちらかと言うと、ドイツやスウェーデンのような地味な職人気質のチームでした。
個人技を見せるというより、ダッシュしてゴールを狙う速攻スタイル。選手の表情は、彫りの深い能面のごとく硬い。得点を入れることが仕事だというように淡々とボールを蹴り、ゴールを決める。これが21世紀の地球村で勝ち抜く法則?
確かに、黙々とがんばる人のほうが、着実に勝ち組に入れそうなご時世なのかもしれません。アクの強いスター選手がそろった強豪チームは、早々に敗れてしまいました。突然リストラされたエリート社員みたいです。そして、大胆に遅刻してしまうような常識破りの個性派集団も消されてしまう。ラテン気質で生き残るのは、難しい時代なのかしら…。
決勝トーナメントは、少々退屈かもと思っていたのですが、それは大きな間違いでしたね。一回戦のゲームは、どれもエキサイティングです。一回勝負なだけに、選手たちの燃え方が違います。これからの展開が楽しみで、やっぱり最後まで目が離せません。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月18日


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by k_nikoniko | 2015-07-10 08:10 | 掲載記事(2000~2010)

華麗な脚 封じた湿気(北海道新聞 2002年W杯)

各グループの予選通過チームが全てそろいます。一足先に決勝トーナメント出場を決めたのは日本。韓国には勝ち残ってもらいたい。けれど、ポルトガルにも負けてほしくない。とても複雑な心境で、14日夜の一戦を見ました。
開始5分ほどで、ポーランドがアメリカを2点リードしているという情報が入り、少し気が楽に。これで、韓国とポルトガルの両チームとも勝ち抜く可能性が出てきました。しかし、「ポーランドありがとう」と喜ぶのは早かった。ポルトガルはレッドカードで二人退場となってしまいました。韓国はガッツのチームだとわかっていたけど、ポルトガルは華麗なプレイが特徴だったはず。でも、絶対に落とせない試合で、キレイにこだわっている場合ではない。野獣に変身。
しかし、サポーターの大声援に支えられた韓国は強い。機敏な動きで積極的に攻めまくり、9人で戦うポルトガルを追いこみます。そして、京都パープルサンガ所属の朴智星がゴール。
引き分けが良かったな~というのが本音です。またしても優勝候補の敗退で寂しい。フィーゴよ、さようなら。世界のファンタジスタたちが、輝きを残さないまま姿を消してしまいました。
軽やかな脚さばきが武器にならない。どんより重い空気がのしかかり、モタついてしまうのかしら。強敵は、相手チームより湿気なのかもしれません。肌にベットリ張り付くのは、多くの選手にとって初体験だったはず。恐るべきアジアの気候です。
それはさておき、韓国&日本おめでとう。両国とも決勝トーナメント出場を果たしました。さて、次に目指すはベスト8。蒸し暑さに慣れている韓国と日本は、またまた粘り強いところを見せてくれるでしょう。黄善洪(ファン・ソン・ホン)や中山ゴンの出場も期待したいですね。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月15日


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by k_nikoniko | 2015-07-08 07:52 | 掲載記事(2000~2010)

日本がロシアを下し決勝トーナメントへ(北海道新聞 2002年W杯)

若者の粘り強さに拍手

やりましたね。決勝トーナメント進出に王手をかけた日本。すばらしい!
両国にとって大切な一戦。おまけに、政治的発言で、スポーツ精神以外の敵対心もなきにしもあらず。「この国だけには負けたくない」と燃えていた人もいたかも。
日本とロシアは近くて遠い国。海を隔ててお隣同士なのに、知らないことが多すぎる。このさい、じっくりロシアを観察しましょ。
フィールドにいるロシア選手のほうが多い!
そんな気がしたのは最初だけ。日本選手は、恐ろしいほどの運動量で存在感を見せつけます。すばしこい走りでボールをカットし、ロシア得意のパス回しを封じます。速い、うまい、すごい。また一段と上達しましたよね。
先制点を入れたのは稲本でした。小野に駆けより、がっちり抱擁。どちらも歓喜に満ちた表情がすがすがしい。2試合連続のゴールに、サポーターの興奮も最高潮です。
後半、スタミナ不足を心配したのですが、日本選手の動きは衰えません。「根性」という言葉は、死語ではなかったのです。若者の気迫と粘り強さに、圧倒されてしまいました。テレビの前で拍手喝采の連続です。全国民の声援が、ヨコハマまで聞こえたのでは?
一方、お人形さん顔のカルピンは、目をぱちくりさせて不満そう。クールなロシア人も、焦って表情が崩れがち。その姿はとても人間的で、親しみがわいてきました。
試合終了後に選手が握手するところを見たかった、なんて甘い考えかしら。観戦中の小泉総理は、この試合で、どんなことに「感動した」のでしょう。外交も正々堂々とお願いしたいですよね。ところで、ロマンチェフ監督って、プーチン大統領に似ていませんか?

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月11日


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by k_nikoniko | 2015-07-06 07:43 | 掲載記事(2000~2010)

現役の葛藤を代弁『実録 くにおの警察官人生』

『実録 くにおの警察官人生』 斎藤邦夫著(共同文化社)

本書は、組織ぐるみによる裏金づくりの証拠となる「裏帳簿」を公表し、北海道警察(以下、道警に不正の事実を認めさせるきっかけをつくった元弟子屈署次長の実録だ。
上層部が裏金の恩恵を受ける傍らで、冷遇される「下の者」たち。旅費や夜食代など捜査費に窮する現場。警察学校の教壇に立った経験、不正に蝕まれる教え子たちとの再会。
警官時代に見聞した内部の実態が赤裸々に語られている。
「裏金づくりマニュアルの全貌」では、ニセ書類作成の実務にたずさわった本人だからこそわかる、具体的な手口を明かす。
つじつま合わせの工作は実に涙ぐましい。制服に身を包み、ニセ書類作成に汗水流す警官の姿が冷笑的に描かれている。
不正に関与しながらも、「サラ金に手を出すな、酒や女で不祥事を起こすな」ともっともらしく訓示する。そんな自分に嫌気がさし、著者は三五年間勤務した道警を早期退職した。
再就職して落ちついたころ、公私ともに親交の深い道警OB原田宏二氏が裏金問題を告発。身内に警官や公務員がいるなかで、実名告発に踏み切った。それによる失職や裏切り。本書では「告発者」の苦悩も吐露する。
著者は現在、ヘルパーとして福祉施設で働き、警察再生を目指す活動にたずさわる。
暴露本ではあるが、事故の失敗談を交え、ユーモアと人情味ある口調で綴られている。
警察官を拝命した純真な若者が、組織のなかで歯車のひとつに組み込まれ、良心の呵責に苛まれながらも、裏金システムに慣らされていく。
いちOBの独白は、多くの現役警官の心の葛藤を代弁しているともとれる。「若き警官たちへエールを送る」一冊でもある。

『週刊金曜日』2010年8月27日号
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by k_nikoniko | 2015-07-01 08:46 | 掲載記事(2000~2010)

イングランド対アルゼンチン戦(北海道新聞 2002年W杯)

まだまだ続くストーリー

5月31日の開幕以来、筋書きのないゲームが繰り広げられているW杯。でも、今夜は少し違います。イングランド対アルゼンチン戦は、まさに大河ドラマ。キックオフ前から物語は始まっていたのです。W杯5回目の対戦となる今日のタイトルは、「闘将の雪辱」。
前回は、老獪なシメオネの挑発に乗り、若く無垢なベッカムがレッドカードを受け、退場してしまったというお話しでした。アルゼンチンの勝利で「つづく」となり、その先を楽しみにしていたのです。
復しゅうか? 度肝を抜く展開になるのか?
役者に不足はありません。シメオネはしぶとく健在。大人になったベッカムは、骨折というヒーローにふさわしいエピソード付きで登場。脇を固めるバティストゥータやオーエンのからみも気になります。
豪華キャストで贈る対決が、いよいよスタート。なんだかアクション活劇を見る気分です。でも、予想に反して、荒れた戦いではありません。一点が欲しい両チームによる必死の攻撃。流れを変えたのは、前半39分ごろから開始されたベッカムの敵討ち。まず肘鉄でキリゴンサレスに鼻血。その数分後、PKでゴールを決め、晴れ晴れした顔で雄たけびです。
ハーフタイムに入るとき、シメオネと握手するベッカム。これで爽やかに和解成立かな?

後半は、野獣となったアルゼンチンが攻めまくり、イングランドは足元フラフラ。かなり危なげでしたが、守り通して勝利を手にしました。それにしても、和気あいあいとユニフォーム交換した選手など、一人もいませんでしたよね。かなり恨みは根深いのかしら。

両雄が決勝トーナメントに進んで勝ち上がれば、6月26日の準決勝で再び相まみえます。物語の続きを、今回の大会でぜひ見たいものです。

『北海道新聞』夕刊 「ビバ!サッカー」2002年6月8日


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by k_nikoniko | 2015-06-30 08:26 | 掲載記事(2000~2010)