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西欧視点ではない女性の言葉

お会いしてみたい人のひとりに、モロッコのフェミニズム社会学者のファティマ・メルニーシーさんがいる。
ラバトのモハメド5世大学に在籍されているはずだ。
イスラム社会で女性の権利や生き方を主張するのはかなり大変だと思われるが、鋭く切り込み、その潔さがカッコいい。
彼女に共感できる点は、フランス語や英語で執筆し、西欧社会の問題をも指摘するところにある。それがまた、スカッとするのだ。
日本もイスラム圏も、フェミニズムは西欧から学ぶことが多いが、その理論をそっくりそのまま当てはめようとしても、やはり無理がある。
もちろん、西欧の女性は自律していると認めるが、いつもそこでジレンマを感じてしまう。
メルニーシーは西欧式をそのままコピーするのではなく、イスラムやモロッコの伝統や文化に基づいて、自分の身近な女性たちの自律を追究している。
しかも、それを西欧社会に堂々と発表しているところが、素晴らしい。
日本語訳になっているのは、「ハーレムの少女ファティマ」と「ヴェールよさらば」だけなのが残念だ。
今読んでいる「ヴェールよさらば」(心泉社)の第二章で、次のような一節があった。
ちなみに、原本は湾岸戦争後の1993年発行だが、日本では2003年に刊行されている。
湾岸戦争が教えてくれた貴重な教訓として、書いている。

……普通のアラブ人は恵まれてはいないかもしれないが、それよりも孤独で、か弱いのは、表向きは権力の衣をつけたアラブの指導者の方だ。
 孤独で脆いのが私たちのリーダーだとは! テレビを見ながら私は何度か涙をこらえたことがある。リーダーたちの毅然とした表情の下に、私たちの無力と悲しみが映し出されているからだ。実際、アメリカ側についたにしろ、アメリカ側と戦ったにしろ、どちらを選択したにしてもそれは同じであった。
……湾岸戦争は、強大な力を秘めた指導者と、つねに力を奪われてきた国民との間の歴史的な距離を取り払った。そしてそれこそが、多くの子どもたちをはじめとするイラク人の死を正当化する唯一の理由である。少なくとも彼らは、これから築いていくべき民主主義の犠牲者になったといえるだろう。
 強いアラブ指導者は強いアラブ国民なくしては存在しない。私たちがこの戦争以前に考えていたのとは裏腹に、国民の強さは愚かしい武器によって得られるものではない。強い国民というのは、教育と高度な技術を持った国民のことであって、指に引き金をかけ、無数の弾薬の上にあぐらをかいているような国民ではない。これは標的になる犠牲者が同胞であろうと外国人であろうと同じことだ。

「アラブ」を「日本」に代えて読んでみてください。
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by k_nikoniko | 2008-09-19 00:28 | ジェンダー
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