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ガザは巨大な刑務所、という話

先日、ヨルダン国籍のパレスチナ人と話していて、「ガザは巨大な刑務所のようなもの」と表現していました。
この言葉で、年末に会ったマジダさんの講演を思い出しました。
そこで暮らすということはどういうことか、彼女が語った話を紹介します。

パレスチナは、ガザ、ヨルダン川西岸、東エルサレムと3つに分断されていて、それぞれの行き来がままならない。
150万人が暮らすガザの広さは、南北に47キロ、東西に11キロほどである。
ここには働く場所がなく、大学も、映画館も劇場もない。
ガンの治療ができる病院も存在しない。
ガザ内でできることは限られているにもかかわらず、四方が閉鎖されていて、外へ出るのは容易ではない。
沿岸部の東側はフェンスで囲まれ、地中海にイスラエル海軍が停泊する。
イスラエル入植地と隣接している北側は往来ができず、南側のエジプト国境もイスラエル空軍が管理している。ガザの上空は、つねにイスラエル空軍が監視している。
ガザとヨルダン川西岸自治区の距離は車で1時間ほどだが、パレスチナ人は行き来ができず、私も7年間訪れたことがない。
ヨルダン川西岸自治区の大学に進学したガザの学生はなかなか戻れず、家族も近づけない。



ガザの検問所のうち、一般のパレスチナ人の通行が可能なのは一か所だけだ。
北側の検問所は基本的に外国人や国連職員向けで、パレスチナ人は特別の許可を申請しなければならない。認可は非常に厳しく、40歳以上で子持ちの既婚者が最低条件で、VIP待遇の人、特例の病人、クリスマス時のキリスト教徒ぐらいしか許可されない。
西側の2ヶ所の検問所は物資専用で、普段は閉鎖している。牛乳などの乳製品が不足したときのみ、イスラエル製品の運搬が許可される。イスラエルにとって好都合のときのみ使用されるといっていい。
南側の検問所は、建築資材や小麦などの物資をエジプトから輸入するときに使用され、通行の許可を出すのはイスラエルである。
ガザのパレスチナ人が使用できるのは、エジプトの国境にある検問所ラハだけだ。ここもイスラ
エル軍の管理下にあるが、EUの国際監視員が常駐している。
この検問所も通常は閉鎖していて、2週間もしくは1ヶ月に一度8時間といった具合に開く。門が開く情報は前日の夜11時のニュースでテロップが流れ、開門日にはガザ中から何千という人が押し寄せるため、ほとんどの人が通行できずに帰っていく。
今回私が日本へ来るときも、3日間通って、ようやく成功した。

パレスチナ人もパスポートを所持できるようになったが、自治政府が成立する以前は無国籍で、外国に行くときは、パスポートよりランクの低い渡航証明書を持たされた。当時、ガザはエジプトの支配下にあり、渡航証明書はエジプトが発行していた。にもかかわらず、エジプトへの渡航は禁止だった。
1967年の第3次中東戦争後、ガザがイスラエルに占領され、パレスチナ人はアラブ諸国への入国が不可能になった。60~70年代、学生だけがエジプトの大学への留学を認められたが、そこへ行くための交通手段は国際赤十字のバスしか許されていなかった。
80年代初めにイスラエルとエジプトは国交を結んだが、しばらくの間エジプトはイスラエルに軍事的な脅威を抱いていたため、状況は変わらなかった。
1993年にパレスチナとイスラエルが和平合意を結び、エジプトの態度は懐柔したが、9・11以降、悪化したといっていい。
エジプトに入国したパレスチナ人は、まず警察署に行き、ガザ出身のパレスチナ人であることを証明し、滞在許可を得なければならない。この手続きが終わるまで、ホテルへ行けない。エジプトでの滞在期限は1ヶ月で、1日でも遅れると、次のビザは発行されない。
前回海外から戻ったとき、ラハの国境が42日間開かず、その間エジプトで待機していた。ビザの有効期間は1ヶ月なので、その後は毎日警察へ通って申請し、延長分の料金を支払った。
また、日本ビザを申請するにはイスラエル・テレアビルの日本大使館へ行くしかないのだが、パレスチナ人は直接足を運べない。日本のNGOの駐在員に往復してもらうしかなく、一般のパレスチナ人はビザの申請さえできない。
パレスチナ人が搭乗できる航空会社はエジプト航空だけだ。2、3時間のトランジットにもビザが必要なため、ヨーロッパ系の航空会社は利用できない。アラブ系の航空会社は、イスラエルでの営業が許可されておらず、代理店が存在しない。
エジプトのカイロ空港までは、ラハ検閲所から車で6時間ほどかかる。ガザのパレスチナ人は招かれざる客で、特に若い男性の扱いはひどい。空港までは護送車のようなバスに乗せられ、空港で足止めを食らうと、3日だろうが1週間だろうが、監獄のような部屋に閉じ込められる。
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by k_nikoniko | 2007-06-03 14:20 | 戦争
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