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イラク女性から聞いた本当のイラク

アンサムさんとガフランさんは、札幌の総合病院の小児科で臨床研修中です。日本の病院は彼女たちの勤めるバスラより医療が進んでいるため、多くの技術や知識を学ぶことができるそうです。
病院での日課は、子どもたちを診察し、会議に出席し、医療器具の使い方を学ぶとのこと。

二人は、1991年の湾岸戦争のときに医学部の2年生でした。戦争中は、2~3ヶ月勉強を中断したそうです。
その後、小児科医になりましたが、次第にイラク国内が荒廃していったといいます。
多くの医師が国外に脱出していて、医師不足も深刻です。
「国を出たいと思ったことはありますか?」と尋ねると、ガフランさんは「国外に出ようと思ったことはありません」ときっぱり。アンサムさんは「私はときどき考えます。でも、それは難しいことです。家族がいるからです。生活を全て変えるのは難しいです」と言っていました。

イラクでは、医師の4割ほどが女医で、女性が医者になるのは難しいことではなく、男性であろうと女性であろうと、学力さえあれば差別なく医学部に進学できるそうです。
女性は特に、小児科医と産科医になる傾向が強く、女性の外科医は国内に一人か二人ぐらいしかいないとのこと。反対に、小児科医は女性のほうが多いといいます。
ガフランさんは、「日本は女医が少ないですね。イラクとは大きな違いです。どうしてだかわかりませんが」と笑っていました。

イラクと日本の女性は、一般的な考え方が全く異なるそうです。たとえば、結婚観。「イラク女性は20歳前に結婚したがります。見合い結婚をする人もいます」とアンサムさん。
アンサムさんとガフランさんは未婚で、「私たちは結婚していません。例外なのです」と大笑い。「親は何も言いませんか?」と聞いたら、「何も言いません。私たちが選んだ道ですから」とのこと。



二人は英語が上手です。英語は小学生から第一外国語として学び、医学部の6年間の授業はすべて英語で、反対にアラブ語の医学用語は知らないそうです。教師はイラク人であっても英語で教えるといいます。
アンサムさんは家族とのメールも英語で書くそうです。

日本での生活には満足しているようです。ガフランさんは、「日本人は私たちにとても良くしてくれます」と喜んでいました。ただ、日本人はよく働くので、「仕事のスケジュールが少しきついです。日本人らしいですね」とアンサムさんは苦笑い。
今はラマダン(断食)の時期なので、彼女たちは日の出から日の入りまで何も口にしないため、なおさら仕事がハードに感じてしまうようです。
ここでの一日のスケジュールは、朝から夕方5時まで病院で研修し、家に戻って食事の準備。「ラマダン中なので、仕事が終わることにはお腹がペコペコ。急いで料理を作ります」とガフランさん。それから一休みして洗濯などをして、30分から1時間ほどテレビを観たり、コンピュータの前に座り、就寝。
朝の通勤列車の混み方には驚いていました。

日本の生活で唯一物足りないのは、ニュースがわからないこと。イラクにいる家族が心配でも、情報が入りにくいのが残念だといいます。
「日本語のニュースばかりなので」とガフランさん。アンサムさんも、「国際ニュースが少ないですね」と少し不満そうでした。

日本については、こちらへ来る前に少し知識があったそうです。
「兄も医者で、以前日本に滞在していました。ですから、兄から日本について少し聞いていました」とアンサムさん。
多くのイラク人医師が日本で研修を受けているので、帰国した医師からさまざまな情報を得ていたそうです。
ただ、日本の情報は十分とはいえないようです。
「日本はたくさんの資源があるので、他の国に依存する必要がないと聞いていますが」とか、「第2次大戦後、日本は自力で経済力のある国になったのではないのですか?」と疑問を投げかけられました。

お二人にイラクの現実を語ってもらったのですが、何を聞いても悲惨でした。ガフランさんは何度も、「口で言うのは難しいです。イラクに来て現実を見たら、もっと悲しい気持ちになるでしょう」と繰り返していたのが印象的です。
平和ボケしている日本で暮らしていて、どれほどイラク国民の痛みを理解できるのか、自分にも自信がありません。そう告白すると、アンサムさんは、「広島や長崎の原爆を思い出してください」と言いました。「当時と状況が似ているだろうから」と。
「日本人の多くが、あの悲劇を忘れてしまっている」と伝えると、「長く平和な日々が続いたからでしょうね」とアンサムさん。「日本人が米国に抵抗しないのは、平和に暮らしたいからではないでしょうか。トラブルを避けたいとか。また悲惨な目に合うのはこりごりだと思っているのでしょう」とも言っていました。

「日本の子どもは、イラクに比べると幸せだと思います。なんといっても、普通の生活ができるからです」とガフランさん。
普通の生活ができる喜びをかみしめ、相手の痛みを想像して思いやることが、今の日本には欠けているように感じます。
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by k_nikoniko | 2006-10-02 11:38 | 戦争
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