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朝鮮人労働者の未払金一部をGHQが保管(週刊金曜日)

GHQ文書の公開により明らかになった給与の行方
朝鮮人労働者への未払い金は2億円?

戦時中に北海道・室蘭市の日本製鉄輪西製鉄所で就労させられていた朝鮮人労働者三人の遺骨が五年前、祖国へ返還された。室蘭の寺に納められていた骨箱に入っていた遺品は、空っぽの給料袋と給料明細のみ。遺族の依頼で給料を追跡したところ、意外にも米国・連合国最高司令官総司令部(GHQ)の文書からその行方は明らかになった。北海道内で働いた朝鮮人の未払金の一部は、いったんGHQが保管していたのだ。

アジア太平洋戦争時、日本政府や軍の命令で労務や軍務などに動員された朝鮮人は一〇〇万人以上にのぼる。暴力や甘言で連行されたケースが多く、劣悪な環境の中、重労働を強いられた。彼らが手にする現金収入はわずかで、大半は貯金に回され、通帳は雇用主が保持していた。
戦時中に死亡したり、受け取りを待たずに帰国した人もいたため、企業の手元には賃金や貯金、積立金、給付金などの未払金が残った。その総額は、軍人・軍属も含め約二億円と見積もられている。
これに対し日本政府は一九四六年、未払金の供託を義務づけた。以来、現金は東京法務局に、通帳はゆうちょ銀行福岡貯金事務センターに保管され、現在もそのままだ。
ただ、北海道は他府県と少し違う。未払金の一部は別の経緯をたどり、GHQが日本銀行内の連合軍預託金口座で管理したのだ。
GHQが北海道の未払金に関与したのは、北海道に炭鉱が集中し、その労働力として動員された朝鮮人が多かったという特殊な事情による。
四五年八月一五日以降、日本はGHQに間接統治された。植民地だった朝鮮にも三八度線以南に米軍政庁が置かれ、日本国内の朝鮮人の処遇もGHQの政策をあおぐ形となった。

GHQの妙案

戦後すぐ、日本国内の朝鮮人労働者は怒りを一挙に爆発させ、労働運動が全国規模で広がった。北海道のストや賃金闘争は特に激しく、四五年九月中旬から一一月ごろまで各地で頻発した。
GHQや日本政府は事態の悪化を憂慮した。というのも、石炭の生産増強は日本復興の柱だったからだ。経済科学局長のクレーマー大佐は同年一〇月二九日付の覚書で、「送金不可の措置による朝鮮人の不満が、北海道の石炭生産量の減少を引き起こした」と説明している。
このため、九月二二日付の覚書で海外への送金を禁じたGHQは、朝鮮人の「故国の家族への送金」を可能にする解決策をひねり出す。
その妙案とは、日本政府から朝鮮米軍政庁に石炭を輸送する際、朝鮮側が日本側に支払うべき石炭代金から「送金」分を差し引き、朝鮮人労働者の代わりに朝鮮に住む彼らの家族に現金を支払う方法だ。
その手順としてまず、北海道の該当企業に、朝鮮人労働者の賃金や貯金のなかから送金分を日本銀行内の連合軍預託金口座に預けさせる。そして、朝鮮で天引きされた石炭の代金を、この口座への入金額で相殺する仕組みだ。
早速、GHQは日本政府にこれを命じ、「労働者名と住所、朝鮮の家族の氏名と住所、金額を記した名簿を企業に提出させ、それをGHQ本部に毎月送る」指示も出した。
この要請を受け、北海道企業は日本銀行札幌支店への入金を開始する。四六年五月五日付覚書「北海道から帰国した朝鮮人労働者の未払金」には、入金記録が詳細に記されている。この覚書は、米軍第七四師団(札幌)から第九軍団(北海道を管轄する組織で仙台が本部)経由、第八軍団(連合軍最高司令部の下部組織で横浜が本部)に宛てたものだ。
例えば、「三井美唄炭鉱、一九四六年二月二八日に小切手一〇万一九三四円四三銭を北海道拓殖銀行札幌支店から振り出す。これは同社で就労していて帰国した朝鮮人の賃金と賞与で、名簿も添付」「赤平炭鉱、一九四五年一二月一八日に小切手三万一五〇〇円を北海道拓殖銀行札幌支店から振り出す。(以下同)」など、二〇以上の入金が確認できる。
東京の日本銀行内連合軍預託金口座へは、第七四師団のピッケル中尉が四六年三月十一日に入金した旨の文書が残っている。
一方、マクダーミド大佐は五月二七日にソウルで朝鮮軍政庁と面談し、送金の手筈を整える。
五月三一日、GHQは、朝鮮の仁川に駐屯する米軍第二四軍団司令官宛に、「夕張炭鉱の労働者の貯金および賃金分一九万一二一四円八八銭に相当する額を石炭代から差し引き、その分を労働者の家族に渡す」指令を出した。「受取人の住所、居住地の詳細を明記した日本語と朝鮮語の名簿は、現地から直接郵送される予定」ともある。連合軍預託金口座からこの額が差し引かれたのは、七月二九日付の民間財産管理局から会計監査官宛の覚書で確かにわかる。
北海道では企業からの入金が続き、七月二七日、室蘭進駐軍のアレン中佐が、日本製鉄輪西製鉄所の小切手を日本銀行札幌支店に入金した。北海道地区軍政のヒルデブランド中隊長は八月五日、第八軍司令官宛に、「室蘭の日本製鉄輪西製鉄所で雇用されて帰国した朝鮮人の所持金を含む合計一七万三七九八円四七銭の小切手が一九四六年七月二七日付で安田銀行室蘭支店から振り出された」「氏名、住所、内訳を記した名簿原本は、軍最高司令部からの指示が出るまで、当軍政部で保管」との文書を送っている。冒頭で触れた給料袋の中身も、この金額に入っているとみられる。

宙に浮いた未払い金

ところが、送金がスタートしたばかりの六月、この計画をめぐってGHQ内で意見の食い違いが生じ、七月にこの事業が頓挫してしまう。
連合軍預託金口座に預けられた未払金は、宙に浮く状態となった。この時期、つまり四六年夏ごろから、日本政府は「未払金の供託」を画策し始める。そして、同年一〇月一二日、厚生省労務局長が正式に供託の通達「朝鮮人労務者等に対する未払金その他に関する件」を出す。結果、雇用主は朝鮮人の賃金や貯金などを供託し、手続きが完了したら地方長官へ報告しなければならなくなった。
四九年に入り、韓国政府からの要求で、GHQは日本政府に未払金返還を働きかける。GHQの命で、大蔵省は未払金の調査を始めた。しかしその矢先、五〇年に朝鮮戦争が勃発。サンフランシスコ講和条約の調印でGHQは方針を転換し、未払金問題は日韓間での解決へと移行した。
連合軍預託金口座の北海道の朝鮮人労働者の未払金残高は、五一年五月一〇日で二六三万一四四八円七〇銭。この年、この口座は閉鎖となり、一二月一九日の覚書により未払金は賠償庁へ移管される。そして、五二年四月二八日の賠償庁の廃止にともない、大蔵省へと引き継がれるが、五九年九月八日付で、東京法務局に供託され、現在にいたっている。
東京法務局庶務課に問い合わせたところ、「この供託金が朝鮮人労働者の未払金であるとは認識しているが、日韓協定により請求権は放棄されており、返還の予定はない」と回答。法務省民事局商事課供託係は、「こちらでは供託金として預かっているだけ。北朝鮮とは協定もなく、今後どうするかは外交次第」と言う。
朝鮮人の未払金は、本人や家族らに何も通知されなかったばかりか、半世紀以上たったいまもなお、遺族にその存在すら明かされていない。

『週刊金曜日』2013年11月15日


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by k_nikoniko | 2015-07-11 08:43 | 掲載記事(2011~)
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