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上関原発に反対する「長島の自然を守る会」(ビッグイシュー)

『ビッグイシュー日本版』(2011年9月1日)掲載

瀬戸内の「奇跡の海」を守りたい。
中電が分断したコミュニティの修復がカギ

上関原発に反対する「長島の自然を守る会」の高島美登里さんに聞く

「福島の本当に大きな犠牲のうえなのですが……」 上関原発建設の反対運動をつづけてきた高島美登里さんは感慨深げに言う。
福島第一原発事故を受け、間一髪、山口県熊毛郡長島田子ノ浦湾の埋め立て工事が中断された。中国電力が総勢600人を動員して工事を強行したのは今年2月21日。反対住民150人とこれまでにない激しい攻防になった。3日目に67歳の女性がケガをして救急車で運ばれ、工事は縮小されたが、3月も強行工事が確実視されていた。
そうした最中の3月11日の事故。工事を継続しようとする中国電力に対し、3月13日に山口県知事と上関町長が「慎重な対応を」と要請。6月の県議会で山口県知事が工事の許可免許延長を認めないと明言し、原発建設は事実上不可能になった。
上関原発反対運動は、計画が浮上した1982年にはじまる。特に、予定地から3.5キロ対岸にある祝島の島民は9割以上が反対し、魚場と生活を守るために30年近く果敢に闘ってきた。漁業権を守りぬき、毎週月曜日にデモを行う島民の活動に、心を打たれた市民も多く、支援の輪が広がっていった。
山口県防府市に住んでいた高島さんが、祝島を訪れたのは26年前。「祝島のおばちゃんたちがハチマキをしめてデモする姿はテレビで見ていましたが、直接足を運んだのはそのときがはじめて」。通いつづけるうちに、島民たちの「離島ゆえの生活の厳しさが育んだ自律心と誇り高さ」に圧倒されたという。
1999年9月、高島さんは有志8人と「長島の自然を守る会」を結成する。きっかけは、同年4月に中国電力が提出した「環境影響評価準備書」のずさんさ。ハヤブサやスナメリなど周辺の生きものに関する記載が抜け落ち、地元住民から数々の不備が指摘されたのだ。
早速、高島さんらは専門家に調査を依頼。その結果、長島の自然の価値が学術的に立証された。「研究者に、『ここは世界遺産にすべきですよ』と言われたときは驚きましたね。
想像以上でした」

海水の透明度15.8メートル、絶滅危惧種や希少種の宝庫

瀬戸内海の海岸線は埋め立てが進み、自然の姿をとどめるのはわずか25%ほど。しかし、瀬戸内海の西端に位置する長島は高度成長期の開発からまぬがれ、自然海岸が75%も残っている。海の透明度は15・8メートル。現在までの調査で、絶滅危惧種や希少種の生物が次々に発見された。
「瀬戸内の原風景が残っている。調査すればするほど、『このままの姿を次の世代の子どもに渡したい』との思いは募りました」
会を立ち上げ、影響評価のやり直しと上岡原発計画の中止を求める署名運動、国際シンポジウムの開催、研究者と連携した現地調査を開始した。
主に環境面から反原発を訴えてきた高島さん。「一番大切にしているのは役割分担。祝島の人たちの命を賭けた闘いを中心に、どれだけサポートできるか。私たちがよかれと思っても、祝島の人にとって迷惑になるのならやめよう。その原則は絶対に踏み外してはいけない、と」
08年には国際的保護対象種に指定されているカンムリウミスズメが確認された。しかし、山口県知事が田ノ浦の埋め立てを許可し、09から里山を削る工事がはじまった。昨年9月に本格的な埋め立て工事が開始され、月に1回の頻度で攻防が繰り返されていた。
今年2月の強行工事の際、高島さんは「どこまで持ちこたえられるか」不安だったそうだ。「祝島の方は平均年齢80歳。3日間寝ないで闘かったんですね、私たちでもヘトヘトなのに。漁師やおばちゃんが大企業に対抗しているから……。中国電力のやり方は、かつてないほど高圧的でした。3月に大攻勢があれば、かなりの犠牲者が予想される自体でした」
とりあえず工事は中断になったが、上関原発計画が中止されたわけではなく、白紙撤回に向けた運動は今後もつづく。原発に頼らない町づくりも緒についたばかりだ。
自然エネルギー100%やエコツーリズムなどをどう現実化していくか。その実現には、推進派と反対派に分断をされた上関町のコミュニティの修復も必要だ。
瀬戸内海の生態系が残る“奇跡の海”は、市民の力で守られた。「活動をはじめたとき、『どれだけ責任持てるのか』と推進派の方に言われましたが、それは当たっています。『原発反対』と外の人間がワッと来て、計画がなくなったら、寂れた町だけが残る。かかわる者として町の行く末を見守っていく責任があると思います。私は私の持ち場で」と高島さんは語る。


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by k_nikoniko | 2015-05-18 07:39 | 掲載記事(2011~)
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