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アラブ革命のなかでイラクは

イラク南部バスラに住む小児白血病専門医のフサーム医師に会った。
フサーム医師はセイブイラクチルドレン広島の支援で、2004年に広島の病院で研修し、今回は原爆の日にあわせて4回目の来日。
2008年に広島に滞在していたときに一度お会いしていたので、3年ぶりだった。
フサーム医師は以前よりちょっと表情が厳しくなった感じだった。
それもそのはず、イラクはここ3年間、ほとんど何も変わらず、あいかわらず厳しい生活がつづいているという。
「戦争中よりは少しよくなった」そうだが、戦争の傷跡は大きい。
夏場のバスラは、50℃を超えることもある。しかし、1日18時間電気が止まり、エアコンが使えないそうだ。
きれいな飲料水もまだ満足に手に入らない。

バスラは、湾岸戦争と先のアメリカの侵略戦争で劣化ウラン弾が多く使用された地域だ。
小児ガンの数は増加している。
しかし、医療機器や薬品が十分ではなく、治療が満足にできない。
貧困のため、治療を放棄する親も少なくないという。

こうした話は、3年前とほとんど同じだった。
3年間何も変わらなければ、人々は苛立ち、希望を失っていくだろう。

フサーム医師が3年前と明らかに違ったのは、やはり、チュニジアやエジプトなどアラブの革命を目の当たりにしているからでもあったと思う。
イラクでも、まったく報道はされないが、小さなデモや抗議行動が行われているそうだ。
フサーム医師は何度も、「民主主義は押しつけられるものではなく、自ら手に入れるもの」と繰り返した。

8月7日にフサーム医師の報告会が開催され、イラクで兵士の息子が戦死したのをきっかけに反戦運動をはじめたシンディ・シーハンさんも出席していた。
彼女が、「サダム・フセイン時代と今の生活はどちらがいいか?」と質問したのに対し、フサーム医師はこう答えた。
「フセイン時代は独裁政権、戦後は安全保障が完全に崩壊した社会で、両者を比較することはできない。独裁政権時代は、表現の自由などなく、行動の拘束が厳しかった。しかし、安全な生活はできた。今は自由はあっても、まったく安全保障が失われてしまっている。外を安心して出歩くことも、子どもたちが無邪気に遊ぶこともできない。社会保障や教育システムも崩壊してしまった」
シンディさんとしては、息子が命を落とした意味として、せめて「イラクが良くなった」という言葉を聞きたかったのだと思う。
でも、フサーム医師は、「比較できない」という返答でかわした。
そして最後に、「民主主義は自分たちで手に入れる」と述べた。

イラク戦争はいったい、イラクの人に何をもたらしたのだろう。
アラブ世界のいたるところにつづいて、イラクでも民主化の革命が起きるのだろうか。


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by k_nikoniko | 2011-08-19 01:42 | 戦争
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