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フランス結婚は減少しても少子化に歯止めの理由

フランス国立人口問題研究所(INED)のシンポジウム(2000年)資料から、Henri LERIDON(国立人口問題研究所ディレクター)「家族:崩壊と継続」の一部抜粋です。

家族における進化は2つある。
ひとつは、少子高齢化で、家族構成は再編成されている。
少子化で、兄弟姉妹、従兄弟、義兄弟の数は減ったが、両親、祖父母、曾祖母は減らない。二人の両親、四人の祖父母、八人の曾祖母は変わらないままである。
しかも、高齢化で、これらの縦の関係は延長しているともいえる。
子供たちにとって、同世代の横の関係は縮小しているが、縦の関係は拡大しているのである。

もうひとつは結婚の衰退で、70年代からその現象ははじまっている。
1945年生まれの女性の92%、男性の88%が50歳以前に結婚をしているが、1967年生まれになると、女性の71%、男性の65%が50歳以前に結婚し、30~35%が未婚という計算になる。
この未婚率の高さは、結婚制度が成立して以来、前例のない数字である。

離婚は増加し、1980年には結婚したカップルの3分の1が離婚している。
婚外子も増加し、1997年の出生数のうち、40%が結婚していないカップルから産まれた子供である。
これらもまた、結婚制度が成立して以来初めての現象である。
25歳以下の子供を持つ片親家族も増加している。そのうち、母子家庭が圧倒的で、85%を占める。

ただし、結婚の減少が、独身者の増加とはならない。
結婚以外の方法で、男女関係を築く、新しいカップル生活が生まれているのである。
カップルで生活する人のうち、同居から始めた人は、1968年の15%から、1988年の90%に上昇している。
1994年の調査によると、20~49歳の男性の51%が「既婚」、20%が「同居」、8%が「安定した恋人がいる」、21%が「恋人がいない」という結果になった。
男性の場合、同居の多い年齢は、25~29歳で33%。30歳以降は、結婚が5割を越す。
女性の場合、20~49歳の女性の56%が「既婚」で、18%が「同居」、8%が「安定した恋人がいる」、18%が「恋人がいない」。

同居と結婚の関係をみると、同居が5年続いているのは48%、籍を入れたカップルが30%、22%が崩壊。
10年前に同居を始めたカップルの場合、47%が結婚し、21%が同居を維持している。
20~49歳の男性で同居の経験がないのは21%。
同居相手の数は、63.8%が1人の相手、2人以上相手が変わったのは14.6%。
女性は、同居未経験者は14.6%、1人と同居が72.5%、2人以上が12.9%。

もうひとつの特徴として、カップルになった段階では、子供が介入してこないことがあげられる。
パートナーとの時間を最も重視し、二人の生活を楽しもうとする。
そして、子供を持つと決心した段階で、結婚へと移行するケースが多い。
ただし、子育ては物質的な問題だけでなく、カップルの関係維持の点においても難しい。
それが、子供を作るのをためらう理由になっている。


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# by k_nikoniko | 2016-11-28 09:42 | 男と女

フランス女性もうらやむスウェーデンの育児対策

ヨーロッパで最も育児政策が充実しているのはスウェーデン、というのは、フランスでもたびたび語られる。
1999年の女性誌では、「スウェーデンの政策をフランスに導入できるか?」と問いつつ、スウェーデンの育児政策を取材して記事が掲載された。

スウェーデンには行ったことがないためよくわからないが、サッカーのサポーターのかなり無礼な態度に接し、唖然としたことがある。
レディファーストの習慣はあまりないのかも?
男女同権だから、といわれれば、納得できないわけでもない。

以下、フランスの記事の翻訳です。

先月、スウェーデン出張のため空港へ向かっているとき、先方の秘書から携帯に電話が入った。会議のキャンセルしたいという社長から申し出だ。社長の子供が熱を出して学校を早退することになったが、妻は仕事を抜けられない。仕事中の妻に代わって、父親である自分が面倒をみなければならない、と言うのだ。
フランス人にしてみれば、「超現実主義者」といえるが、スウェーデンでは違う。民主主義と男女平等が結びつき、男女の権力と責任が分担されている国スウェーデンでは、25年前からこういうことが珍しくないのだ。

国会の44%、市町村議会の41%、県議会の48%が女性で、20の大臣のうち11人が女性であり、政党のほとんどが男女同数であるスウェーデンは、世界で最も男性社会ではない国である。
スウェーデンでは、25~55歳の女性の80%が働いている。
1995年までは、アイルランドの次にヨーロッパで出産率が高かった。このところの不景気のため、1990年の2.1人から1.5に減少した。
女性が仕事と家庭の両立が、スウェーデン政府の優先目的であり、国家予算も明確だ。スウェーデンの法律は、働く母親のためにあるのだ。
スウェーデンでは、子供1人につき年間60日間の有給休暇(給与の80%を支給)が認められている。男性も、子供の病気の場合、会社を休む(年間平均7日)。
育児休暇はほぼ完璧だ。給与の80%支給が11ヶ月あり、子供が8歳になるまで分割して休みをとることができる。カップルの仕事の状況に合わせて、休暇を取得する自由がある。
唯一決められているのは、有給休暇の60日間のうち、30日を父親、30日を母親がとらなければならないことである。スウェーデン人の多くが、11ヶ月の育児休暇を取得している。
政府の奨励もあり、男性も次第に育児休暇をとるようになっている。1998年には、30%の男性が1ヶ月から半年の育児休暇をとった。

保守党の若い女性議員は、「育児政策のおかげで、少しずつ考え方が変わった。女性は、仕事か子供かの選択をもはやする必要はない」と言う。
4歳と2歳の子供を持つ33歳の彼女は、完璧なモデルといえる。政治の世界に入る以前、男性社会の本拠地ともいえる海軍の長官だった。それでも、二人の子供を出産し、キャリアを犠牲にすることなく、出産休暇を利用した。
議員に選出されたとき、同じく海軍に勤務していた夫は、朝7時30から15時30のパートタイム勤務を選んだ。そうすれば、子供を迎えに行き、夕飯の世話ができるからだ。

広告デザイン会社を経営している35歳の女性は、11歳、4歳、2歳の3人の子供を持つ。第一子のときは出産休暇を11ヶ月とったが、後の二人の子供は、広告代理店の社員である夫と育児を分担した。二人でやりくりを続けている。週2回、夫は15時30に退社するので、彼女は夜遅くまで仕事をすることができる。

スウェーデン人は、他のヨーロッパ人よりも仕事と育児をうまく両立しているのだろうか?
ストックホルムに住むフランス人によると、ストレスが少ないという。
「この国は子供に優しい。家庭生活が社会と結ばれている。8時~17時という就業時間は、学校の授業時間に合わせてある。19時には、すべてのスウェーデン人が家族一緒に夕飯をとる。ベビーシッターを雇う人は少ない。この国では特に、母親というイメージが満足感を与えるものとみなされている。家庭生活が社会生活に完全に一致しているのだ。レストランでは、ビジネスランチをしている男性のすぐ横で、子供をベビーカーに乗せた女性が食事をしている。パリの有名レストランではありえない話だ」

スウェーデンは完璧なのだろうか?
いやそうでもない。「もっとよくなるはず」とスウェーデンの女性は要求している。男性はワイシャツのアイロンをかけるようになったが、民間企業の責任あるポストについているのは男性である。男性は女性より平均で15~20%給料が高い。
「組織は男性社会のままだ。その結果、大半の社長は重要なポストに男性を選ぶ。一方、女性の多くは、弾圧を恐れて地位を要求しない」とある女性は言う。

実際、80%の働く女性は、パートタイムで働き、伝統的な職種にとどまっている。
知っての通り、スウェーデンはヨーロッパで最も税金が高い。3/4の勤務時間であれば、フルタイムより課税の面で有利だ。
無料の幼稚園は存在しない。1~6歳の子供は託児所に入るが、その費用は、国家が約70%を負担し、残りは収入に応じて決められる。
つまり、収入が少ないほうが税金や託児所の費用が少なくなるのである。

重要なポストにつくスウェーデン人であっても、他のヨーロッパ諸国に比べて時代遅れのところもある。ベビーシッターや家政婦(政府から何の援助もない黒人が多い)を雇うのは、スウェーデン社会ではよく見られない。
また、「排除的な」スウェーデンでは、企業が多忙なエリート管理職に加担するケースもみられる。ベビーシッターや家政婦の料金を、労働者が負担するよう、契約の際に交渉することも可能だ。男女の社員に、育児休暇の補助金の80%の加算を求める企業もある。

フランス人の目からすると、次のように見える。
将来母親になる可能性のある女性は、企業にとって心配の種であり、その代償としてお金を徴収されている。
若い母親に対し、育児休暇後に同じポストと同じ給料で復職させないなどという、法を守らない雇用者に気をつけなければならない。
「問題をはらんだ防御策だ。最近、管理職の女性のひとりが、1年間の休暇後に電話をかけてきた。『来週仕事に復帰する』と。彼女の代理で働いていた人は、その女性と同様に有能なのだが、私には選択の余地がない」


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# by k_nikoniko | 2016-11-27 10:15 | ジェンダー

フランスの離婚補償手当と養育費

日本で検討されている「親子断絶防止法」の原案には、養育費について具体的な記述がありません。

フランスでは裁判で離婚が成立するため、養育費もきっちり算出し、支払いは義務化されていて、とても厳しいです。

また、離婚補償手当という制度もあります。
離婚補償手当というのは、離婚後の生活が困窮する側に対して、生活をサポートするために支払われるもの。
支払期限は、就職や再婚が決まるまでの一定期間で、3年程度だそうです。

やや古い内容(10年ぐらい前)ですが、離婚補償手当についてまとめました。

フランスの離婚補償手当は、離婚が原因で一方の配偶者の生活条件が悪化しないよう、不均衡を是正するために制定されています。
離婚補償手当は生活扶助料ではなく、過失に対する制裁金でもありませんが、一括契約的な特質を持つ手当で、離婚により生活水準が大きく低下する配偶者への弁償として支払われます。
そのため、二人の収入や財産の差がはっきりしていない場合は、支払いに同意する必要はないそうです。
妻が働き、夫との収入の差がほとんどないのなら、基本的には妻から要求することはできません。
また、一方的に離婚を要求する場合も、相手に支払いの同意を得ることはできません。
この補償手当は元金(3回分割での支払いが可能)か、定期(終身年金か一時金)の形で支払うことができます。
協議離婚の場合と、離婚裁判で通告命令が出たときだけ、定期金の期限付き支払いや、金額の修正ができます。
この定期金は、受け取り側が死亡するまで続き、補償手当支払い者が配偶者より先に死亡した場合、財産相続人が支払い義務を負います。
この補償手当は不変で決定的な一括契約的な特質を持っていますが、次の2つのケースにおいてのみ、修正が可能です。
ひとつは不正行為があった場合で、配偶者のひとりが財産や収入について離婚時に虚偽が認められたとき。
もうひとつは非常事態の場合で、訴訟手続きにおいて支払いの義務を保留・延期し、裁判所の判断に委ねられたとき。

以下は、フランスの雑誌の記事より抜粋です。
補償手当が悪、という内容ですが、参考まで。

離婚補償手当を払えずて刑務所に入った男
ジルベールは、控えめな男だ。かなり内気で、典型的なお人よしといえる。
彼は、昨年71日間、刑務所で過ごした。3ヶ月の服役予定だったが、模範的な行いにより、早く出所できた。
しかし、再び刑務所入りになるかもしれない。先日の判決で、4ヶ月の服役を言いわたされた。
離婚時の収入が不均衡だったため(元妻は無職、自分は月収7000F)、彼は元妻に毎月1500F(約3万円)の支払いを命じられた。
よい仕事に恵まれ、今の収入は8500Fである。支払うのが困難なわけではない。
でも、支払いたくないのだ。裁判所が彼を非難するのは当然である。
強情、頑固、幼稚だとわかっていても、彼は支払わない。
なぜなら、不平等だと思うから。支払いは間違っていると思うからだ。
ジルベールは妻をとても愛していた。離婚したいと言ったのは妻である。
「バレンタインデーの前日に突然」と彼は言う。
妻を裏切ったことなど一度もなかった。
1982年に出会ったとき、13歳年上の彼女には3人の子供がいた。
1985年に結婚し、1991年に離婚したいといわれた。
「妻と暮らして幸せだった。夫婦喧嘩などしたことがなかった。悲しみに耐えるのは辛かった。工事現場の50mの塔から飛び降りようとしたこともある。同僚が救ってくれなかったら、飛び降りていただろう」
刑務所に入るのは、さらに辛い試練だった。
上司と両親にだけに事情を伝え、仕事へ行くかのように刑務所へ行った。
事実を知っている人は少ない。
出所しても、閉所恐怖症におそわれる。
それだけではない。「写真を撮ろうとしたら、小児愛者だから刑務所に入れられたと、町中の噂になった」と語る。
住んでいた小さな町を出て、彼はパリにやって来た。
仕事がなく、匿名で職探しをしている。
弁護士は、控訴のための費用として、給料の2か月分を請求する。判決をひるがえすチャンスなどほとんどないのに。
ジルベールは、ひとりで使用人部屋に住んでいる。両親も友人もいない。
明るい将来のために、やり直すためには、失望や愛、悲しみ、そして支払いを忘れるしか方法がない。

後妻の嘆き
彼女と同じ立場にいる多くの女性は、絶望し、逃げたくなるだろう。
彼女の夫は、脳障害が原因で深い失望感に襲われ、5年前から沈みこんでいる。
二人は海外で働いていたが、帰国を余儀なくされ、彼女は自分の仕事を失った。
50歳の今、彼女はフランスで仕事を見つける望みがほとんどない。
月2500Fの生活手当では、夫と6歳の子供との3人暮らしは不可能だ。
84歳の母親の家に同居させてもらうしかない。
夫の年金(21000F)は全額、前妻への補償手当に消える。
しかし、彼女は投げ出すタイプの人ではない。
逆境の中で、ますます強くなっていくように見える。
「夫が離婚したとき、彼の二人の子供はほとんど成人に達していて、妻とは10年以上別居していた。でも、彼は全てを受け入れた。騒ぎを起こしたくなかったし、争いにウンザリしていたからだ。彼のように、脅された人はみなこんなふうになる。お人よしというわけではなく、単に心身をすり減らして疲れ果ててしまった結果といえる。早く全てを終わらせたいと思っているだけのことだ」
積み上げられた資料を、彼女はほったらかしにしている。
「この社会は、被害者を作っているだけ。法律は、前妻が億万長者になるためにあるようなもの。すべての権利を持っているのは彼女で、裁判でもつねに正当化される。後妻には何もない。家族が見捨てられるのを嘆くこともできない。夫が何も残してくれなくても、最初の離婚で次の生活が壊されても」
果てしなく続く訴訟が、生活を次第に蝕んでいく。裁判所がほとんど重視していないのに(すでに2年も待っている)“緊急”といわれるたびに、訴訟に全力を注がなければならない。
こうした延々と続く議論や話し合いは、2つの家族を内破することになる。
1つ目の家族は、二人の子供が最終的に母親の側につき、2つ目の家族は普通の生活ができなくなる。
「いつまで戦わなければならないのだろう。昼も夜もこんなことばかり話し続けなければならないのだろうか。フランスでは一夫多妻が禁止されているのだから、別れた妻を気にして生きる必要はないのに」
実のところ、彼女も2回目の結婚だ。
最初の夫はとても金持ちだったが、離婚の際、彼女は何も要求しなかった。
自分の責任として引き受けたかったし、争いたくなかったからだ。
彼女は何に対して憤怒しているのか?
「最初の結婚で自分のために拒否したこと、再婚後に起こりうることを想像しなかったこと、そして、今になって悪夢に耐えていること」と彼女は答えた。

亡き夫の借金の遺産
55歳の彼女は、2番目の夫の死からまだ立ち直っていない。
1981年に出会い、1987年に結婚し、夫は1993年に亡くなった。
「現在の状況は悲惨だけど、美しいラブストーリーだった。やり直せたらいいのに」
彼女が今耐えているのは、惨めな生活状態、閉ざされた将来、ストレスによる健康の心配、少しだけ残っている財産を失うかもしれないという恐れ、娘の子供の親権を奪われるかもしれないという恐怖である。
元職業軍人で民間企業の技術者だった夫に、彼女は大切にされていた。
しかし、今は、家政婦のアルバイトで得る給料と、友人の援助で生活している。
夫の死で、ほとんどすべてを失った。
まず、二人が住んでいた家。
夫が彼女のために購入した家だったが、第一用益権を持つ義母に譲られた。
それから、二人の口座にあった預金。
夫の最初の結婚で生まれた3人の子供への財産相続として支払い、全額失った。
さらに、彼女のお金は、夫の前妻に奪われた。
夫は離婚の際、前妻に補償手当を支払うよう命じられていた。
唯一残っているのは、生まれ故郷のイタリアにある家だけだ。彼女と夫が半々で購入したものである。
しかし、この家も失うかもしれない。
というのは、夫は生前、子供たちに40000Fの資金援助をする約束をしていたからだ。
彼女に現金はなく、家を売るしかない。
それどころか、毎月2000Fを前妻に支払い続けなければならない。
「払いたくないわけではなく、払うことができない」
彼女は、支払額の修正を申し出る方法があることを知っている。しかし、約2年間、裁判は行われていない。弁護士に頼む気にはならない。お金がかかるからだ。

離婚・日本とフランスの違い


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# by k_nikoniko | 2016-11-18 15:38 | 男と女

フランスにおける離婚した親と子の面会

「親子断絶防止法案」(正式名称「父母の離婚等の後における子と父母との継続的な関係の維持等の促進に関する法律案」)の制定に向けて、検討が進められています。
この法案の原案に対して、各方面から懸念の声が上がっています。
昨日、「面会交流等における子どもの安心安全を考える全国ネットワーク」主催の院内集会が開かれ、問題点について専門家の説明がありました。

主に懸念されるのは、DVや児童虐待の親との面会に関する具体的な配慮が示されていない、養育費の支払いについて明確な言及がない、など。

原案で気になったのは、「父母の離婚後における子と父母との継続的な関係の維持」という表現です。
たとえば、フランスも共同親権が原則ですが、「父母が離婚しても、子に対する責任を共同で負う」ことを定義としています。
日本の原案には、「父母の離婚後における子と父母との継続的な関係の維持」という長ったらしい文が15回(原案のうちの1割を占め、その分、内容がない)も出てきますが、「子に対する責任」についてはひと言も書いていません。

「関係の維持」に重きをおき、責任をとらない。
まさに日本社会の象徴のような(封建的な)原案です。

人と人との関係は、たとえ親子であっても、当事者同士が築く、もしくは、壊すのであり、どちらか片方が強制したり、他人が介入したり、ましてや国に押しつけるものではないはずです。

この原案では、「(親子)関係の維持」を強制されているようで、不気味さを感じます。

日本では、心の通った関係をなかなか築けないなかで、さまざまなところで表面的な「関係の維持」を強要され、それが原因で、多くの人が苦しんでいるのではないかと思います。
その結果として、心を病んだり、殺意を抱いたり、自ら命を断ったり、と追い詰められているのではないでしょうか。

話がそれたので、元に戻します。

フランスでは、「子に対する責任」という観点が重視されるため、責任を取れない親は、親権を取り上げられる場合があり、面会も制限されます。

DVやアルコール中毒などの親が子どもと会うときは、面会場で、カウンセラー立ち合いのもと、行われます。

日本の原案には、そうした具体的な内容が入っていません。
ソーシャルワーカーといった専門家も不足しているなかで、子どもが安心安全に守られ、子どもの権利を尊重した面会ができるか、このままでは疑問です。

フランスの女性誌で、面会場での様子を取材した記事が掲載された(1990年代末ごろ)ので、以下に一部紹介します。


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# by k_nikoniko | 2016-11-16 23:35 | 男と女

広告代理店の女性社員の座談会

1990年の女性誌で、D広告代理店の女性社員に座談会をしていただきました。
そのときの記事です。

座談会・業界トレンド男たちのありのまま言いたい放題

体育会のノリが強い。自由で軽いようだけど実は封建的だよね。

D子 新入社員も1年たつと性格変わるよね。
E子 磨かれる。
D子 ダサめがハデになるっていう変わり方はいいと思うんですよ。そういう変わり方って…。でも、すごく純粋だった子が…。
B子 スレたみたいに。
D子 そう、スレたみたいに、そう変わっていく子を見ると、「ああ、この子だけは変わってほしくなかった」と思うんですよね。
B子 自分が入社して1年たって、自分の下に人が入ってくると、もう自分は5年も10年も勤めてる感覚になって、アゴで使っちゃう。今まで1年目でいじめられてたのが、やっと解放されて、今度は自分がいじめる立場。
A子 何か、体育会の上下みたいな。
E子 男の人はすごく封建的だよね、本当は。
A子 ナンパに見えてるけど、そういうところは、ピシッと縦のつながり、上下関係をくずさない。
B子 これは絶対よね。上にいわれれば、「わかりました」って、何でも。

仕事ができる多忙な人ほど遊びも充実してる。時にははったりもね。

D子 私、テレビ局関係でしょ。今、テレビは24時間体制で、夜中とか立ち合ったり、土日も、サッカーとか陸上とかのイベントに行かなければならないとか、自分の時間をつくるのが、非常にむずかしいと思いますね。
B子 結局、夜、変な時間しかあいてなくて、その時間にウロウロしてると、そういう関係の人とかかわってきて、ハデに見えちゃうこともあるかもしれないけど、普通の人と接したくても時間が合わないのよね。
A子 営業なんかは出張が多くて、いろんなクライアントをかけもちしてると、大阪へ行って、帰ってきて、そのまま違うところへ行くとか、よくあるし。
C子 すぐ明日、海外出張とかあって、1週間の予定が大幅に延びちゃって、次の出張にそのまま海外ずっと回って、1か月帰って来れなかった人とか、そういうの見てるとかわいそすぎるなって思う。
E子 いきなりのトラブルっていうのがあって、安心していられないってカンジ。飲みに行っても、しょっちゅう電話入れて。いつも緊張してるというか…。
D子 いつ遊んでるんだろうって思うけど。
全員 ちゃんと遊んでるんだよね。
A子 仕事できる人は、遊びもキッチリ。わりと上手に、バランスとってやってる。
E子 仕事できる人は時間があるからね。でも私、本当に知ってるのかな、と思うときがある。◯◯の映画を観たっていっても、つっ込むと意外と観てなかったり、「それはどうしたの?」とかいうと、ダイジェストみたいな番組を見て、「オレは観たぞ」って人、いるんですよね、これが。
全員 (笑)
E子 努力してるんだなって思うことがあります。
A子 知らないとね、やっぱり。何かの打ち合わせで、「どういうタレントがいいでしょうか?」と聞かれて、何も知らなかったら困るし、「ああいう雰囲気で」ということもできないと思うし…。
E子 わからないことがあると、すぐ聞きに来ますね。
A子 「あれって何なの?」「◯◯ちゃんて、今人気あるの? 何に出てるの?」
E子 「今日、打ち合わせで出た言葉なんだけど、おタクの人って何?」って。「相手から出た言葉だったから、聞けなかったんだよ」とか。そういうときは、やっぱり見栄張ってるんでしょうね。
A子 「帰ったら聞かなきゃ」って思ってるんでしょうね。
D子 会議のメモとってるフリして。
E子 システム手帳に。
全員 (笑)


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# by k_nikoniko | 2016-11-11 12:50 | 掲載記事(1990以前)

北海道新聞セクハラ疑惑の民事裁判初日

本日11月4日10時より、函館地方裁判所で傍聴。
北海道新聞函館支社のセクハラ疑惑の民亊裁判の初日だった。

当時、同支社の嘱託看護師だった女性が同社男性社員2人からセクハラ行為を受け、同社が適切な対応をしなかったなどを理由に自殺したとして、遺族が訴えている。

セクハラ事件はとても難しい。

まず、わいせつな行為は、人が見ていないところ、人がいても見ていないとき、に行われる。
そのため、目撃証言がなかなか得られない。
加害者とされる側は当然、「目撃者がいないのに、そんな事実は認められない」と言い張る。

そして、酒の席での無礼講はある程度許される、と考える人が多い。
男性だけでなく、女性も、酔っぱらうと、超えていい境界線のハードルが下がる。
酔った勢いでのボディタッチは、する側もされる側も、それを見ている側も、「このぐらいOKじゃん、酔ってるし~」みたいな雰囲気になったりする。
”笑ってがまんしている”女性に、酔っぱらってハイになっている周囲は気づかない。

たとえ目撃者がいたとしても、なかなか名乗り出ない。
面倒なことに首を突っ込みたくない、からだ。
それほど仲のいい人でもないのに、自分を犠牲にしてまで、助けたいとは思わない。
これまた、理解の範囲内の心理。

最悪だが、よくあるのは、何がセクハラ(女性が嫌がる行為、発言)なのか、男性はわかっていない。
自分の行為や発言が、相手を傷つけていると気づかない。
男性が多い職場で、かつ、そこで働く女性は野心や出世欲が強い職場の人は特に、デリカシーに欠け、女性の微妙な心理がわからない。

私もその種の仕事を長くやっているので、そうした行為、発言にときどき出くわす。
いちいち気にしていたら、仕事にならない。
女性の心理など、なよなよしたこと言うな、みたいな。
だから、やりすごしてきた。が、大きな間違いだった。
やりすごしてきたから、いまだにこうした行為や発言がつづいているのだ、と。

セクハラや性暴力の被害者が亡くなっている場合、「死人に口なし」をいいことに、相手側は好きなだけ自分の弁護ができる。
現世で辱められ、命を断ってもまだ、蹂躙される。
どれだけ悔しいか。

今朝の函館は気温3度。11月にしては早すぎる冬の寒さ。
そしてもうすぐ、今年もまた、忘年会の季節がやってくる。
彼女がセクハラを受けたとされるのは、2年前の12月、忘年会でのことだった。

関連記事はこちらです。
社内のセクハラ被害で自殺 『道新』の対応を民事提訴(『週刊金曜日』2016年8月26日号)
問われる『道新』の企業責任(『週刊金曜日』2016年3月18日号)
形骸化した「男女雇用機会均等法」実効性の実態(『週刊金曜日』2015年12月25日号)
Sexual harassment at bōnenkai, inept handling, a suicide(『The Japan Times』2015年12月9日 邦訳)


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# by k_nikoniko | 2016-11-04 23:10 | ジェンダー

過去の調査結果でも女性は「ずっと仕事をつづけたい」と

先週、「『子どもができても、ずっと職業を続ける方がよい』と答えた人が54.2%に上り、1992年の調査開始以降、初めて半数を超えた」とのニュースが流れました。
10月29日に内閣府が発表した「男女共同参画社会に関する世論調査」結果です。

これに対し、内閣府の担当者は、「『社会の意識が変わってきた可能性がある』と分析」(東京新聞)、「『女性が働くことへの理解が広がってきた』とみている」(朝日新聞)とありますが、なんだか寝ぼけた発言。これが”分析”なのか、とも思います。

まったく腑に落ちないので、手元にある『昭和家庭史年表』をぱらぱらめくってみました。

1976年11月5日、内閣広報室の調査によると、「男は仕事、女は家庭」に同感しない者40%、女性が仕事をもつことが地位向上につながるという意見に59%が肯定。

回答の男女比はわかりませんが、40年前には、4割が「男は仕事、女は家庭」に否定的で、女性の社会進出での地位向上に約6割が肯定的だったようです。

この調査を尊重し、女性の活躍を意識した政策を行っていたら、いまごろは本当の意味での「女性が輝く社会」になっていたかもしれません。
「女性の活躍」というフレーズを聞くたびに、最近は腹立たしさを覚えます。

結局、どんなに調査結果が変化しても、政策には反映されず、そして、その調査結果をただ報道しただけでは、女性の働く環境は変わらない。
ということです。

私が就職したころの1978年、「女性の労働人口は2,010万人で全労働の37.4%」(総理府、初の『婦人白書』)だったそうです。

1980年1月3日、総理府の「婦人に関する世論調査」によると、「1人立ちできれば結婚しなくてもよい」「子どもができても仕事を続ける」女性が合わせて23%。前回(1973年)の倍。

1984年9月、総理府が行った「婦人に関する世論調査」で、男女の地位が「平等になっていない」と思う者73.9%、自立できれば結婚を望まない女性が3割を超える。

こうした女性たちの声はなぜ、いまのいままで、反映されないままなのでしょう。

もっとさかのぼって、面白い調査結果を発見しました。

1948(昭和23)年の「職業婦人に関する世論調査」(内閣府広報室)です。
東京23区内で働く1,724人(回収率98.9%)に個人面接質問法で実施。
この前年9月に、男女同一労働同一賃金などを規定した、労働基準法が施行されたのを受けて行われたようです。
1950(昭和25)年の女性の労働人口は1,416.9万人で女性総数の48.7%(2010年国勢調査「労働力状態」)。

その結果によると、約7割が仕事に興味を持ち、13.5%が「できれば一生つづけたい」と回答しています(「結婚するまで」が34.9%、「結婚しても子どもができるまで」が4.7%)。

そして、「現在の社会状態では家庭に入っても婦人が勤めにでることができるでしょうか」の設問に、「できる」が38.4%、「できない」が41%。
できない理由は、「育児」6.7%、「家事など」25.8%、「体が続かない」1.3%、「家庭生活がつまらなくなる」6.0%、「その他」1.2%。

つまり、「家庭が大事」という理由で仕事ができない女性は6%(家庭生活がつまらなくなる)でしかなく、育児や家事など女性の役割分担による理由が大きいということではないでしょうか。

70年ほど前の世論調査で、女性の働きにくさは明らかになっているのに、延々と同じことを繰り返す日本。

今年発表になった調査結果を、単なる調査結果で終わらせたくないですね。


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# by k_nikoniko | 2016-11-03 21:20 | ジェンダー

浜松でちょっとブラジル

かなり前の話になりますが、小学校の同窓会で浜松に行ってきました。
同窓会は夜ですが、せっかくなので、昼前には浜松に到着。
前から気になっていた、ブラジル料理のお店「セルヴィツー」でランチをしました。

浜松市は外国人が多く住み、なかでも日系ブラジル人がたくさん暮らしている街として知られています。
浜松国際交流協会のHPによると、2016年10月1日現在の外国人登録者数は21,418人(浜松市総人口は808,249人)。
ブラジル人は8,488人で、続いてフィリピン人3,383人、中国人2,464人、ペルー人1,674人、ベトナム人1,654人、韓国人1,205人、インドネシア人718人、その他(76国)1,832人。

こちらのランチはビュッフェスタイル。
欲張って、全種類トライしました。
ブラジル料理には疎いのですが、どれもおいしかった!
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レストランでは、1組の家族が大勢で食事中。
しばらくすると、大きなバースディ―ケーキが運ばれてきました。
主役は、日伯交流協会の理事で、ブラジルで暮らしていたという大塚千賀子さんのお母さま。92歳のお誕生日だそうです。
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ちゃっかりケーキをごちそうになりました。うれしい”幸せ”のおすそ分け!

こちらのお店にはカラオケ設備があり、ここで今度、外国人が童謡や唱歌を通して日本語を学ぶ教室「童謡唱歌カラオケ教室 めだかの学校」がはじまるそうです。

日本語がなかなか上達できずに困っている外国人が多いため、歌って楽しく日本語を習得してもらおう、と大塚さんが発案した試み。

日本の素晴らしい童謡唱歌を日本全国の外国の方々に、そして世界の方々に普及していきたいそうです。

日本に住む外国人、仕事で忙しい外国人は特に、日本人と交わる機会も少なく、日本語を覚えるのは大変だと思います。
子どもも参加できる、歌いながら日本語を学ぶ教室はとっても楽しそう。

日本人も童謡唱歌は忘れてしまってますよね~。
外国人と一緒に口ずさんだりできたら、コミュニケーションが広がりますね!


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# by k_nikoniko | 2016-11-02 00:06 | ひとりごと

横須賀「軍港めぐり」をしてきました

横須賀に用事があったので、空き時間を利用して、「軍港めぐり」をしてきました。
”アメリカ海軍や海上自衛隊の艦船を間近で見られる”(パンフレットのフレーズ)クルーズです。

横須賀市のHPによると、横須賀市には、「米軍関係施設が3施設(4か所)、面積約336万平方メートル(水域を除く)、市域(100.83k㎡)の約3.3%」で、「自衛隊関係施設(宿泊施設を除く)は40施設(40カ所)、面積約304万5千平方メートルが所在」、「米軍関係施設と合わせると、約640万5千平方メートル、市域の約6.4%を占めています」とのこと。

「軍港めぐり」の周遊時間は45分。1日5~6便運航されています。
この日は週末ということもあり、満員御礼でした。

沖縄がひどいことになっているのに、のんきにクルーズで米軍基地を見ていいのか、と後ろ髪をひかれつつも、「百聞は一見に如かず」で、とにかく出航。

まず見えてきたのが、米海軍横須賀基地側に停泊している自衛隊の潜水艦。
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はじめて見た潜水艦。3隻並んでいるのは珍しいそうです。


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# by k_nikoniko | 2016-11-01 00:27 | ひとりごと

大間原発建設差し止め裁判と建設現場

10月18日、東京地方裁判所で、大間原発建設差し止め裁判の第10回口頭弁論が開かれました。
毎回、収容席数98席の広い第103法廷で行われ、いつも定員数以上並ぶので、抽選で傍聴券が配られます。
はずれは少ないはずなのに、クジ運悪く、はずれた…でも、悪運に強く、傍聴券を譲ってもらい、この日も傍聴できました。

今回は、原告側(函館市)の代理人弁護士が、「竜巻による大間原発の危険性」をプレゼン。前回は、「火山の影響の想定誤りによる危険性」でした。

裁判については、函館市のHPに詳しく情報開示されています。

先日、函館市に行ったときに、大間町を訪れ、建設中の大間原発を見てきました。
この大間原発建設工事状況の日付ごろなので、私が遠目から見たのは、この状況です。

函館から大間までは、フェリーで1時間半。

朝9時半に函館港を出港し、11時に大間港着。
夏以外は1日2往復しかないため、帰りは大間港発14時10分に乗船。
超短時間の滞在でしたが、実際に町を歩き、地元の方と少し会話でき、行った価値がありました。
まず驚くのが、大間港から大間原発がくっきり見えること。
見たくないのに見える。人家に近い。それだけでゾッとする。
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写真中央、クレーンの右の白い屋根の灰色と水色の建物が原子炉建屋です。

過去に2回、見たくなくて見えてしまった原発に、ゾッとしたことがあります。
ひとつは、岩内のホテルの窓の真正面に見えた泊原発。
朝、爽やかな気分でカーテンを開けたら、目の前にくっきり泊原発の姿。

もうひとつは、フランスのパリからアヴィニョンに向かう電車TGVの窓から見た、ロワール川沿いに建つベルヴィル原発。
すごい至近距離で、ひっくり返りそうになりました。

この大間原発も、見たくないのに、フェリーに乗るたびに見てしまう近さ。
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西吹山展望台から見た建設現場。
この近くに、「陸(おか)マグロ」と呼ばれる大間牛の牧場がありました。
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のどかな風景です。
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こちらが漁港。マグロ漁船も。
そして、大間崎。
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大間埼灯台の向こう、津軽海峡をはさみ、函館市が見えます。
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大間原発建設差し止め訴訟の第1回口頭弁論で、工藤壽樹市長は次のように意見陳述しています。

福島の原発事故によって、はっきり分かったことは、ひとたび原発の過酷事故が起きると、地方自治体、その地域が事実上半永久的に消え去る事態に陥るということです。……
地震や津波のような自然災害も大きな被害をもたらしますが、まちを再建することはできます。……
戦争もまちに壊滅的な打撃を与えますが、復興は可能です。……
しかし、放射能というどうしようもない代物を広範囲にまき散らす原発の過酷事故は、これまでの歴史にない壊滅的な状況を半永久的に周辺自治体や住民に与えるのです。……
私たち函館市民は、承諾もなく近隣に原発を建設され、いざというときに避難もままならない状況の中に置かれることになります。
自分たちのまちの存続と生命を守るために、この訴訟を起こしたのです。……
世界を震撼させた福島原発事故を起こした我々世代の責任として、最低限立ち止まって考えるべきだということを申し上げたいのです。そのため私が訴えてきたのは、原発建設の無期限凍結なのです。
福島の事故を目の当たりにし、その後の福島の現実を見て、原発に大きな不安を抱く多くの人たちに対し、国や事業者は真摯に向き合い、もっと丁寧な対応をすべきだということを申し上げたいのです。
今はその努力、姿勢が全く欠けていると言わざるを得ません。……


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# by k_nikoniko | 2016-10-30 20:50 | 原発・核